リクエストにお応えして、サキの短篇をまたいくつか訳していきたいと思います。
最初は「トバモリー」です。
原文はhttp://haytom.us/showarticle.php?id=19で読むことができます。
その1.
八月も終わりの肌寒い、雨で洗われたような午後のことだった。この時期、ヤマウズラは禁猟期で保護されているか、冷蔵庫の中で保護されているかのどちらかだし、ほかに獲物もない。ブリストル海峡を北に臨む地域なら、丸々とした赤ジカを馬で追いかけても違法ではないのだが、ハウスパーティを催したレディ・ブレムリーの屋敷は、ブリストル海峡に臨んでいるわけではなかったので、この日の午後、客はひとり残らずお茶のテーブルに集まっていた。
目玉になるようなものがひとつもない季節ではあるし、集まりも新鮮味に欠ける。にもかかわらず、一同の面もちは、自動ピアノを聞かされるのなんてごめんだとうんざりしているようすもなければ、オークションブリッジが始まるのを心待ちにしているような気配もなかった。みんな口をぽかんとあけて、ミスター・コーネリアス・アピンという風采の上がらない、地味な男に目を奪われていたのである。レディ・ブレムリーが招待した客の中で、身元が定かではないのは彼だけだった。「切れ者」といううわさを聞いた夫人が、その切れるところの一部でも、みんなのお楽しみに貢献してくれれば、と、わずかばかりの期待を込めて招待したのである。
この日のお茶の時間まで、彼がどの方面で切れるのか、夫人にはどうにもよくわからなかった。気の利いたことを言うわけでもなければ、クローケーの名手というわけでもない。人をうっとりさせるような魅力があるわけでなし、しろうと芝居を見せてくれることもない。頭脳を使う場面では、いささか見劣りのする男でも、女性なら喜んでそれを忘れてくれる外見のもちぬしも世間にはいるけれど、彼の容姿ではそれも無理というものだった。結局ただのミスター・アピン、コルネリウスというのはたいそうな名前負けである。
ところがその彼が、実は私は大変な発見をしたのです、と言い出した。火薬の発見も、活版印刷や蒸気機関の発見も、私の発見に比べればものの数ではありません、過去数十年間、科学は各方面でめざましい進歩を遂げましたが、私の発見は科学的偉業というより、奇跡の領域に属すると言えましょう、とのたもうたのである。
「というと、私たちにその話を信じろと、本気でおっしゃっておられるのですな」サー・ウィルフリッドが言った。「あなたが発見されたのは、動物に人間の言葉を教える方法である、と。そうして、うちのトバモリーがあなたの教え子第一号であると?」
「これは、ぼくが過去十七年間に渡って取り組んできた課題なのですが」とミスター・アピンは言った。「成功のかすかな糸口をつかんだのは、たかだか八、九ヶ月前のことなんです。もちろん、何千種類もの動物で実験を繰りかえしてきましたが、最近はネコに限っています。ネコはすばらしい生き物で、人間文明に見事なまでに同化しながら、ネコ特有の高度に発達した本能は依然として持ち続けている。ときおり、ネコの中でも、おそろしく優れた知能を備えたネコがいます。ちょうど、人間と同じように。一週間前、トバモリーを見かけたとき、ぼくには一目でわかりました。飛び抜けて高い知能を持った『超ネコ』だ、と。このところの実験も、成功への道を着々と歩んでいたんですが、トバモリー、そう呼んでいらっしゃいますよね、彼のおかげでぼくはゴールにたどり着いたのです」
ミスター・アピンはこの瞠目すべき発言を、勝ち誇った調子を何とか抑えてしめくくった。だれも「バカだろ」などと言ったわけではなかったが、クローヴィスの口が、一音節の言葉をつぶやいたかのように動いた。おそらく何らかの不信の思いが言葉になったものであろう。
「ってことは、こうおっしゃってるの」ようやくミス・レスカーが口を開いた。「簡単な文章とか、単語とかを、トバモリーが理解できるように、教えたってことなんですか?」
「ミス・レスカー」奇跡を起こした人物は落ち着いて答えた。「小さな子供や野蛮人、頭の鈍い大人であれば、細切れのやり方で教えるでしょう。だが、知能が極度に発達している動物は、導入部の問題さえクリアできれば、そんなまだるっこしいやり方は、必要ではないんです。トバモリーはぼくたちの言葉を完璧に話すことができます」
クローヴィスの言葉は、今度ははっきり聞こえた。「大バカだな」
サー・ウィルフリッドは、それよりは礼儀をわきまえていたが、同様に疑念を表明した。
「だったらトバモリーを連れてきて、みんなで判断すればいいのじゃなくて?」レディ・ブレムリーが提案した。
(この項つづく)
最初は「トバモリー」です。
原文はhttp://haytom.us/showarticle.php?id=19で読むことができます。
Tobermory(トバモリー)
by Saki
by Saki
その1.
八月も終わりの肌寒い、雨で洗われたような午後のことだった。この時期、ヤマウズラは禁猟期で保護されているか、冷蔵庫の中で保護されているかのどちらかだし、ほかに獲物もない。ブリストル海峡を北に臨む地域なら、丸々とした赤ジカを馬で追いかけても違法ではないのだが、ハウスパーティを催したレディ・ブレムリーの屋敷は、ブリストル海峡に臨んでいるわけではなかったので、この日の午後、客はひとり残らずお茶のテーブルに集まっていた。
目玉になるようなものがひとつもない季節ではあるし、集まりも新鮮味に欠ける。にもかかわらず、一同の面もちは、自動ピアノを聞かされるのなんてごめんだとうんざりしているようすもなければ、オークションブリッジが始まるのを心待ちにしているような気配もなかった。みんな口をぽかんとあけて、ミスター・コーネリアス・アピンという風采の上がらない、地味な男に目を奪われていたのである。レディ・ブレムリーが招待した客の中で、身元が定かではないのは彼だけだった。「切れ者」といううわさを聞いた夫人が、その切れるところの一部でも、みんなのお楽しみに貢献してくれれば、と、わずかばかりの期待を込めて招待したのである。
この日のお茶の時間まで、彼がどの方面で切れるのか、夫人にはどうにもよくわからなかった。気の利いたことを言うわけでもなければ、クローケーの名手というわけでもない。人をうっとりさせるような魅力があるわけでなし、しろうと芝居を見せてくれることもない。頭脳を使う場面では、いささか見劣りのする男でも、女性なら喜んでそれを忘れてくれる外見のもちぬしも世間にはいるけれど、彼の容姿ではそれも無理というものだった。結局ただのミスター・アピン、コルネリウスというのはたいそうな名前負けである。
ところがその彼が、実は私は大変な発見をしたのです、と言い出した。火薬の発見も、活版印刷や蒸気機関の発見も、私の発見に比べればものの数ではありません、過去数十年間、科学は各方面でめざましい進歩を遂げましたが、私の発見は科学的偉業というより、奇跡の領域に属すると言えましょう、とのたもうたのである。
「というと、私たちにその話を信じろと、本気でおっしゃっておられるのですな」サー・ウィルフリッドが言った。「あなたが発見されたのは、動物に人間の言葉を教える方法である、と。そうして、うちのトバモリーがあなたの教え子第一号であると?」
「これは、ぼくが過去十七年間に渡って取り組んできた課題なのですが」とミスター・アピンは言った。「成功のかすかな糸口をつかんだのは、たかだか八、九ヶ月前のことなんです。もちろん、何千種類もの動物で実験を繰りかえしてきましたが、最近はネコに限っています。ネコはすばらしい生き物で、人間文明に見事なまでに同化しながら、ネコ特有の高度に発達した本能は依然として持ち続けている。ときおり、ネコの中でも、おそろしく優れた知能を備えたネコがいます。ちょうど、人間と同じように。一週間前、トバモリーを見かけたとき、ぼくには一目でわかりました。飛び抜けて高い知能を持った『超ネコ』だ、と。このところの実験も、成功への道を着々と歩んでいたんですが、トバモリー、そう呼んでいらっしゃいますよね、彼のおかげでぼくはゴールにたどり着いたのです」
ミスター・アピンはこの瞠目すべき発言を、勝ち誇った調子を何とか抑えてしめくくった。だれも「バカだろ」などと言ったわけではなかったが、クローヴィスの口が、一音節の言葉をつぶやいたかのように動いた。おそらく何らかの不信の思いが言葉になったものであろう。
「ってことは、こうおっしゃってるの」ようやくミス・レスカーが口を開いた。「簡単な文章とか、単語とかを、トバモリーが理解できるように、教えたってことなんですか?」
「ミス・レスカー」奇跡を起こした人物は落ち着いて答えた。「小さな子供や野蛮人、頭の鈍い大人であれば、細切れのやり方で教えるでしょう。だが、知能が極度に発達している動物は、導入部の問題さえクリアできれば、そんなまだるっこしいやり方は、必要ではないんです。トバモリーはぼくたちの言葉を完璧に話すことができます」
クローヴィスの言葉は、今度ははっきり聞こえた。「大バカだな」
サー・ウィルフリッドは、それよりは礼儀をわきまえていたが、同様に疑念を表明した。
「だったらトバモリーを連れてきて、みんなで判断すればいいのじゃなくて?」レディ・ブレムリーが提案した。
(この項つづく)
リクエストに応えていただき、ありがとうございます。
実を申しますと、私のコメントでお気を悪くなされたのではないか、と心配しておったのです。
今どきの言葉でいいますと「ものっそい」嬉しいです。
楽しませていただきます。
早速、友人に報告せねば。
では、また。