陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

ジェイムズ・サーバー 「たくさんのお月さま」その2.

2007-10-01 22:49:53 | 翻訳
その2.


「いいえ、効果はございました」王様おつきの魔法使いは言いました。

「いいや、効かなかった。あれやこれやぶつかってばかりで、これまでと一向に変わり映えがせんかった」

「あのマントが透明にいたしますのは、身につける者の方でございます。さまざまなものにぶつからなくするようにはできておりません」

「余にわかったことといったら、たえず何かにぶつかっておった、ということだけじゃ」と王様は言いました。

魔法使いは、もう一度、一覧表に目をやりました。「そのほかにわたくしがご用意いたしましたのは、妖精の国のつのぶえ、人を眠らす砂男の眠りの砂、虹の黄金色。さらに、糸ひとまき、針ひとたば、蜜蝋ひとかたまり……失礼、これは家内がわたくしへのことづけに書いたものでした」

「余がこのたび、そちに頼みたいのはじゃな、月じゃ。姫がな、月を所望しておるのじゃよ、月が手に入らば、また元気になるのじゃ」

「恐れながら陛下、月までは241 401.6キロメートルございますし、しかも月はグリーン・チーズでできております。おまけにこの宮殿の二倍はある大きなものですゆえ」

王様は今度もまた、たいそう腹を立て、魔法使いが住んでいる洞穴に追い返しました。それから銅鑼を鳴らして、王様お抱えの数学者を呼んだのです。

王様お抱えの数学者ははげ頭で、近眼、頭にぴったりとかぶさる小さな帽子をかぶり、両耳に一本ずつエンピツをはさんでいました。数学者は白い数字がたくさんついた、黒いスーツを着ています。

「わしはな、そちが1907年からこちら、わしのために解いた問題のあれやこれやなど、聞きたくはないぞ」と王様は数学者に向かって言いました。「わしが教えてほしいのは、どうやったらレノーラ姫のために月を取ってこれるか、ということなのじゃ。姫が月を所望しておるでな。月があれば、また元気になるのじゃと」

「陛下が1907年以来、わたくしが陛下のために解いた問題の数々のことにふれていただいて、光栄に存じます」とお抱え数学者は言いました。「偶然にもわたくしはそれについての一覧表を携帯しております」

数学者はポケットから長い羊皮紙の巻物を取りだし、それに目をやりました。
「わたくしは陛下のために以下に申し上げることどもを解明いたしました。板挟みにおける板同士の距離、日夜における昼と夜の距離、AとZのあいだの距離。わたくしが計算いたしましたのは、以下に述べることどもでございます。「上」とはどれほどの高さなのか、「かなた」というのはどれほどの距離なのか、「消え失せる」とはどうなる状態であるのか。さらに、わたくしは以下のことどもを発見いたしました。ウミヘビの体長、値段のつかないものの金額、カバの体表面積。てんやわんやのときというのは、どこにいる状態なのか、単数が複数になるためにはどれだけあらねばならないか。海水中の塩分を使えば鳥は何羽捕まえられるか――もし興味がございましたら、その答えは1億8779万6132羽でございます」

「そんなにたくさん鳥はおるまい」王様は言いました。

「いるかどうかを言っているのではありません。もしいるとすれば、という仮定で話しているのです」

「想像上の鳥が7億羽いようが、そんな話は聞きたくないのだ。余はな、レノーラ姫のために月を取ってやりたいのだ」

「月は482 803.2 キロメートル彼方にぎざいます。そうして、丸く、ちょうどコインのように平らで、石綿でできております。そうしてこの王国の半分ほどの大きさでございます。何よりも、空にぺたりと糊付けされております。そのため誰にも取ることはできかねます」

王様はまた今度もたいそう腹を立て、お抱えの数学者を下がらせました。それから呼び鈴を鳴らして今度はお城の道化師を呼びました。道化師は謁見室にぴょんぴょんと跳ねながら入ってきましたが、その格好は道化師のまだら模様の服と、鈴がたくさんついた帽子をかぶる、といったものでした。そうして道化師は玉座の足下にひざまずきました。

「陛下、わたくしに何のご用でございましょう」

「だれも余の頼みを聞いてくれぬ」王様はひどく悲しそうにいいました。「レノーラ姫が月を所望し、月がなくば元気になることもかなわぬというのに、誰もそれをとってやろうとは言わぬ。あまつさえ、余が頼むたびごとに、月はいよいよ大きくなり、遠くなっていく。そちにできることはあるまいが、せめてそのリュートをかき鳴らしてくれ。何か、悲しい歌をな」

(この項続く。あと1回じゃムリみたいです。たぶん明後日でおしまいです)


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