陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

シャーリー・ジャクスン「夏の人びと」その5.

2010-07-16 23:25:57 | 翻訳
その5.


 つぎの朝、アリスン氏が郵便を取りに丘を下りているあいだに、灯油の配達人がやってきた。ちょうど灯油が残り少なくなっていたので、アリスン夫人は喜んで男を迎えた。男は灯油や氷を売るだけでなく、夏の間には、避暑にやってくる人びとの出すゴミも集めていた。土地の人はゴミなど出さないのだ。

「来てくださってうれしいわ」アリスン夫人は男に言った。「灯油がほんのちょっぴりしか残ってなかったの」

 灯油を配達してくれる男の名前を、アリスン夫人は未だに知らなかったが、その男はいつも、ホースと付属の器具を使って、20ガロン入りのタンクをいっぱいにしてくれた。その灯油が、アリスン家の明かりとなり、料理の熱源ともなる。だが今日に限っては、きちんと巻き付けてトラックの運転台に載せてあるホースの留め金を外そうともせず、困ったような顔をして、アリスン夫人の顔を穴の開くほど見つめていた。トラックのエンジンは、かけっぱなしだ。

「あんたがたはもう出ていったと思ってたよ」

「ひと月、滞在を延ばすことにしたの」アリスン夫人は明るく言った。「お天気がこんなにいいでしょう、まるで……」

「それは聞いた」男はさえぎった。「灯油なんかもうないよ」

「どういうこと?」アリスン夫人は眉を上げた。「わたしたちがこれまで通りやっていける分くらいの……」

「レイバー・デイのあとじゃ」男は言った。「おれのところの分だって十分には手に入らないんだから」

 アリスン夫人はこれまで隣人と何か行き違いがあったとき、都会での対処法は田舎の人には通用しなかったことを思い返した。田舎で人に仕事を頼むときは、あっちの調子で言うことを聞いてもらえると思っちゃだめ。そこでアリスン夫人は愛想良く笑いながら言ってみた。「でも、残り物の油を回してくれるだけでいいのよ、わたしたちがここにいるあいだ分の」

「あのな」男は、いらだたしげにトラックのハンドルを指先でトントンと叩いている。「つまり、あれだ」とのろのろと話し始めた。「うちの灯油は取り寄せなんだ。80キロ、いや、100キロ離れたところから取り寄せてんだよ。六月に、この夏どのくらいいるか見越して注文する。そのつぎに注文するのは……そうだな、たぶん十一月だ。だからいまぐらいの時期は、底をついちまってるんだ」これでこの話はおしまい、とばかりに、トントンと叩くのをやめて、出発の合図か何かのようにハンドルを両手できつくにぎりしめた。

「だけど、ほんの少しくらいなら、分けてくれてもいいんじゃないかしら?」アリスン夫人は言った。「だれかほかのところで買える?」

「この時期、どこかよそで手に入れようったって無理な話だな」男は考えながらそう言った。「何にせよ、うちにゃもうないからな」アリスン夫人が何か言おうとする前に、トラックは動き出した。それからいったん停まり、運転席の後ろの窓ごしに男は振り返った。「氷は? 氷ならやってもいいが」

 アリスン夫人は首を横に振った。氷ならまだあったし、何より腹が立ってしょうがなかった。トラックを追いかけようと、数歩駆けだして叫んだ。「なんとか手配してもらえないかしら。来週あたりはどう?」

「無理だね」と男は言った。「レイバー・デイが過ぎたら、もう無理だ」トラックは行ってしまい、アリスン夫人は怒りにまかせてトラックをにらみつけながら、たぶんバブコック氏のところから灯油を分けてもらえるだろう、と考えて、何とか自分を慰めようとした。悪くしてもホールさんだったら。「来年」とつぶやいた。「来年の夏、ここに来たらどうなるか覚えておきなさいよ」





(この項つづく)