その4.
「湖にずっといるつもりなんですって?」新聞とサンドゥイッチの店でマーティン夫人がアリスン夫妻に尋ねた。「あなた方がまだしばらくいるって話を聞いたんだけど?」
「今年のすばらしい天気を心ゆくまで味わいたいんですよ」アリスン氏が答えた。
マーティン夫人はこの田舎町では比較的新参の部類だった。近隣の農場から、この新聞とサンドウィッチの店に嫁いできてから、夫の死後もここを切り盛りしている。マーティン夫人は瓶に入ったソフト・ドリンクと、目玉焼きと厚切りパンにはさんだオニオン・サンドを出す。店の奥の調理台で料理されたものだ。ときどき、マーティン夫人がサンドウィッチを運んでくると、マーティン夫人用の晩ご飯らしいシチューやポークチョップのおいしそうなにおいが一緒に漂ってくるのだった。
「いままでそんなに長くこっちにいた人はいないと思うけど」とマーティン夫人は言った。「とにかく、レイバー・デイが終わってもいるような人はね」
「ふつう、レイバー・デイってのは、ここを発つ日ってことになってるんだ」それからしばらくして、バブコック氏の店の前で、アリスン家の隣人のホール氏が、家に帰るために車に乗ろうとしている夫妻に声をかけた。「驚いたよ。まだいたなんて」
「そんなにすぐ帰るなんてもったいなくって」とアリスン夫人が言った。ホール氏は五キロほど離れたところに住んでいて、バターと卵を届けてくれていた。ときどき、夜がふける前のホール家の人びとが起きている頃合いに、丘のてっぺんにあるアリスン家のコテージから、一家の明かりが見えた。
「ふつうの人はレイバー・デイが来たら、帰っていくもんだ」とホール氏は重ねて言った。
家までは遠く、道は悪い。あたりは暗くなり始めていて、アリスン氏は湖沿いの荒れた道を、車を慎重に走らせなければならなかった。夫人の方は、シートに深々と身を沈め、ふたりの日ごろの生活と比べると、あっという間に過ぎていった今日一日の買い物を終えて、心地よくくつろいでいた。新しい耐熱ガラス皿に、半ブッシェルの食べ頃の赤いリンゴ、それに棚の縁を飾るつもりの色とりどりの画鋲の箱が、楽しそうに帰るのを待ちわびている。「家へ帰るのはいいものね」空を背景に、黒々と浮かび上がるコテージが見えてきたところで、夫人はそっとつぶやいた。
「帰るのを延ばすことにして良かったよ」とアリスン氏も賛成した。
翌朝、アリスン夫人は時間をかけながら、ガラス製耐熱皿を丹精こめて洗った。ただ、チャーリー・ウォルポールはうかつにも、皿の一枚の縁が欠けているのを見逃していたようだが。夫人はいささかもったいないとは思ったが、食べ頃の赤いリンゴをいくつか使って、夕食にアップル・パイを焼くことにした。パイがオーブンに入るころ、アリスン氏は郵便を取りに下りていき、夫人はふたりで丘のてっぺんに植えた小さな芝地にすわって、雲が太陽を急ぎ足で横切るたび、湖面が灰色から青に変わる、息を呑むような色の変化を眺めていた。
アリスン氏がいくぶん落胆のおももちで戻ってきた。散歩が体に良いといっても、州道沿いの郵便受けまで一キロ半も歩いて行ったあげく、手ぶらで戻らなければならないとなると、上機嫌とはいかない。今朝はニューヨークのデパートからのダイレクトメールとニューヨークの新聞だけだった。新聞は郵便で来るため、発行日から一日から四日遅れで、不規則に届く。そのせいで、アリスン家に新聞が三つ届く日があるかと思うと、まったく来ないこともしばしばだった。
アリスン夫人も夫同様、自分たちが心待ちにしている手紙が来なかったせいでがっかりはしたものの、デパートからの案内は熱心に読み耽った。ニューヨークに戻ったら、何をおいてもウールの毛布のセールをのぞいてみなくては、と頭に刻みつけておく。きょうび、きれいな色で、しかも品物が良いとなると、見つけるのはむずかしいですからね。忘れないようにこの案内状は取っておこうかしら。立ちあがって家に入り、しかるべき場所に保管する手間を考えたあげく、夫人は椅子の傍らの芝生の上に放り出し、眼を半ばつむっって椅子に背をもたせかけた。
「一雨来そうだな」とアリスン氏が眼を細めて空を見上げた。
「作物には恵みの雨ね」アリスン夫人はぽつりと言い、それからふたりは声を上げて笑った。
(この項つづく)
「湖にずっといるつもりなんですって?」新聞とサンドゥイッチの店でマーティン夫人がアリスン夫妻に尋ねた。「あなた方がまだしばらくいるって話を聞いたんだけど?」
「今年のすばらしい天気を心ゆくまで味わいたいんですよ」アリスン氏が答えた。
マーティン夫人はこの田舎町では比較的新参の部類だった。近隣の農場から、この新聞とサンドウィッチの店に嫁いできてから、夫の死後もここを切り盛りしている。マーティン夫人は瓶に入ったソフト・ドリンクと、目玉焼きと厚切りパンにはさんだオニオン・サンドを出す。店の奥の調理台で料理されたものだ。ときどき、マーティン夫人がサンドウィッチを運んでくると、マーティン夫人用の晩ご飯らしいシチューやポークチョップのおいしそうなにおいが一緒に漂ってくるのだった。
「いままでそんなに長くこっちにいた人はいないと思うけど」とマーティン夫人は言った。「とにかく、レイバー・デイが終わってもいるような人はね」
「ふつう、レイバー・デイってのは、ここを発つ日ってことになってるんだ」それからしばらくして、バブコック氏の店の前で、アリスン家の隣人のホール氏が、家に帰るために車に乗ろうとしている夫妻に声をかけた。「驚いたよ。まだいたなんて」
「そんなにすぐ帰るなんてもったいなくって」とアリスン夫人が言った。ホール氏は五キロほど離れたところに住んでいて、バターと卵を届けてくれていた。ときどき、夜がふける前のホール家の人びとが起きている頃合いに、丘のてっぺんにあるアリスン家のコテージから、一家の明かりが見えた。
「ふつうの人はレイバー・デイが来たら、帰っていくもんだ」とホール氏は重ねて言った。
家までは遠く、道は悪い。あたりは暗くなり始めていて、アリスン氏は湖沿いの荒れた道を、車を慎重に走らせなければならなかった。夫人の方は、シートに深々と身を沈め、ふたりの日ごろの生活と比べると、あっという間に過ぎていった今日一日の買い物を終えて、心地よくくつろいでいた。新しい耐熱ガラス皿に、半ブッシェルの食べ頃の赤いリンゴ、それに棚の縁を飾るつもりの色とりどりの画鋲の箱が、楽しそうに帰るのを待ちわびている。「家へ帰るのはいいものね」空を背景に、黒々と浮かび上がるコテージが見えてきたところで、夫人はそっとつぶやいた。
「帰るのを延ばすことにして良かったよ」とアリスン氏も賛成した。
翌朝、アリスン夫人は時間をかけながら、ガラス製耐熱皿を丹精こめて洗った。ただ、チャーリー・ウォルポールはうかつにも、皿の一枚の縁が欠けているのを見逃していたようだが。夫人はいささかもったいないとは思ったが、食べ頃の赤いリンゴをいくつか使って、夕食にアップル・パイを焼くことにした。パイがオーブンに入るころ、アリスン氏は郵便を取りに下りていき、夫人はふたりで丘のてっぺんに植えた小さな芝地にすわって、雲が太陽を急ぎ足で横切るたび、湖面が灰色から青に変わる、息を呑むような色の変化を眺めていた。
アリスン氏がいくぶん落胆のおももちで戻ってきた。散歩が体に良いといっても、州道沿いの郵便受けまで一キロ半も歩いて行ったあげく、手ぶらで戻らなければならないとなると、上機嫌とはいかない。今朝はニューヨークのデパートからのダイレクトメールとニューヨークの新聞だけだった。新聞は郵便で来るため、発行日から一日から四日遅れで、不規則に届く。そのせいで、アリスン家に新聞が三つ届く日があるかと思うと、まったく来ないこともしばしばだった。
アリスン夫人も夫同様、自分たちが心待ちにしている手紙が来なかったせいでがっかりはしたものの、デパートからの案内は熱心に読み耽った。ニューヨークに戻ったら、何をおいてもウールの毛布のセールをのぞいてみなくては、と頭に刻みつけておく。きょうび、きれいな色で、しかも品物が良いとなると、見つけるのはむずかしいですからね。忘れないようにこの案内状は取っておこうかしら。立ちあがって家に入り、しかるべき場所に保管する手間を考えたあげく、夫人は椅子の傍らの芝生の上に放り出し、眼を半ばつむっって椅子に背をもたせかけた。
「一雨来そうだな」とアリスン氏が眼を細めて空を見上げた。
「作物には恵みの雨ね」アリスン夫人はぽつりと言い、それからふたりは声を上げて笑った。
(この項つづく)