陰陽師的日常

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シャーリー・ジャクスン「魔女」後編とサイト更新のお知らせ

2009-09-13 22:30:35 | 翻訳
【後編】

「そうなのかい?」男は如才なく、小さな男の子にそう言った。「二十六歳なんだね」通路の向こう側にいる母親をあごで示して「あれは君のお母さん?」と聞いた。

 小さな男の子は前へ身を乗り出してそちらに目をやってから答えた。「そうだよ。お母さんというのはあの人のこと」

「君の名前は?」男が聞いた。

 小さな男の子はまた、うさんくさげな目で男を見た。「ミスター・イエス」

「ジョニーったら」小さな男の子のお母さんはたしなめた。男の子の目をとらえて、きっとにらみつける。

「あれはぼくの妹」小さな男の子は男に言った。「十二ヶ月半なんだ」

「妹のことが好きかね?」男は聞いた。小さな男の子はまじまじと相手を見つめ、男は座席を回りこんで、男の子の隣りに腰をおろした。「さて、と」男は言う。「おじさんの妹の話が聞きたくないか?」

 母親は、男がわが子の隣りにすわろうとするのを心配顔で見やっていたが、やがて安心して本に戻っていった。

「おじさんの妹の話をしてよ」小さな男の子は言った。「魔女だったの?」

「そうだったのかもな」男は言った。

 小さな男の子は興奮のおももちで笑い声を上げ、男は座席に背をもたせかけると葉巻を吹かした。

「昔むかし」と男は話を始める。「おじさんにはちっちゃな妹がいたんだ。ちょうど君の妹のような」小さな男の子は男を見上げ、言葉のひとつひとつにうなずく。「そのちっちゃな妹は」と男は話を続けた。「とってもかわいくて、それはそれはいい子だったから、おじさんは世界中のどんな人や物もかなわないくらい、その子のことが大好きだった。だからおじさんがどうしたか、教えてほしいかい?」

 小さな男の子は、いっそう熱っぽくうなずき、母親も本から顔を上げ、笑みを浮かべて耳を傾けた。

「おじさんはね、妹に木馬とお人形と棒つきキャンディをそれはそれはたくさん買ってやった。それから妹をつかまえて、両手で首をにぎりしめ、ぎゅーっと力いっぱい締め上げたのさ、死んじゃうまで」

 小さな男の子はごくりと息を飲み、母親の方はぱっと振り返った。その顔からは笑みもかき消えている。母親は口を開きかけたが、男が言葉を続けたので、また口を閉じた。「それからおじさんは赤ん坊をつかんで、頭を切り落とした。それからその頭を……」

「頭をばらばらにちょん切っちゃったの?」小さな男の子は息を切らせながら尋ねた。

「頭を落としてから、手と足と髪の毛と鼻をちょん切ってやった」男は言った。「それから棒で叩いて、息の根をとめてやったんだ」

「いいかげんにしてください」母親は言ったが、ちょうどそのとき赤ん坊が横倒しになったので、もう一度すわり直させている途中、男は話を続けた。

「それからおじさんは妹の頭をつかんで、髪の毛を引っこ抜いてやった。それから……」

「おじさんの妹なんでしょ?」小さな男の子は夢中になって話をうながす。

「おじさんの妹だ」男は有無を言わさぬ調子で答えた。「それからその頭をクマの檻のなかへ放り込んだ。するとクマはそれをぺろりとたいらげたのさ」

 母親は本を置くと、通路を横切ってやってきた。男のすぐ脇に立ったままで言った。「自分が何を言ってるか、わかってらっしゃるんですか」男はいんぎんにそちらを見やり、母親は話を続けた。「ここから出ていってください」

「君を怖がらせちゃったかな」男は言った。そう言うと、男の子を見下ろし、肘でちょんちょんと相手をつついて、一緒になって笑い出した。

「この人、妹をバラバラにしちゃったんだって」男の子は母親に言った。

「車掌さんを呼んでもいいんですよ」母親は男に言った。

「車掌さんはママを食べちゃうよ」小さな男の子は言った。「ぼくと車掌さんで頭をちょん切っちゃうんだ」

「それから妹の頭もな」と男は言うと立ち上がり、母親は後ろへさがって座席から出ようとする男を通してやった。「もうこの車両にはいらっしゃらないでください」と母親が言った。

「ママがおじさんを食べちゃうんだ」小さな男の子は男に言った。

 男が笑うと男の子も笑い、男は「では失礼」と母親に向かって言うと、そのかたわらをすりぬけて、車両から出ていった。男の背後でドアが閉まってから、小さな男の子は言った。「あとどれぐらいこの古ぼけた汽車に乗ってなきゃいけないの?」

「あともう少しよ」母親は言った。立ったまま小さな男の子を、何か言いたげな面もちで見下ろしていたが、ちょっとしてから言った。「静かにして良い子でいてちょうだい。棒つきキャンディをもう一本あげるから」

 小さな男の子は張り切って座席をすべりおりると、元の席に戻ろうとする母親についていった。母親は棒つきキャンディをハンドバッグのなかから取り出し、男の子にやった。「こういうときなんていうの?」

「どうもありがとう」男の子は言った。「さっきの人、ほんとに妹をバラバラにちょん切っちゃったんだと思う?」

「冗談を言っただけ」母親は言い、ひどく力を込めて繰りかえした。「ただの冗談だったの」

「かもしれない」男の子は言った。棒つきキャンディを持ったまま自分の席に戻ると、また外を見る姿勢になった。「きっとあの人は魔女だったんだ」



The End


(※後日手を入れてサイトにアップします)

【お知らせ】
「鶏的思考的日常vol.28」をアップしました。
これで2008年分が完了です!

またお暇なときにでものぞいてみてください。

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