その3.
広い通りと交差する四つ辻にさしかかったところで、ミスター・ジョンスンは今度も住宅街を行くことに決めた。いくぶんゆっくりとした歩調で進んでいると、迷惑顔で先を急ぐ人びとは彼をはさんで二手に分かれ、反対方向へ行く人は、ぶつかりそうになりながら、足音高くどこかへ一目散に進んでいく。ミスター・ジョンスンは四つ角に来るたびに足を止め、信号が変わるのを辛抱強く待った。とりわけ急いでいる様子の人が来ると脇へ避けたのだが、ちょうど、アパートから歩道へ飛び出して、忙しげに行き交う脚のあいだで行き場を失った子猫を撫でようと立ち止まったときにやってきた若い女性は、あまりに勢いがよすぎて、ひどくぶつかってしまった。
「ごめんなさい」若い女性は必死でミスター・ジョンスンを助け起こそうとしながらも、なおかつ先を急いでもいた。「ほんとにごめんなさい」
子ネコは身の危険など一向に頓着せず、自分の住処に一目散に戻っていった。「大丈夫ですよ」ミスター・ジョンスンはそう言いながら、注意深く身だしなみを整えた。「お急ぎのようですね」
「そうなんです、急いでるの」若い娘は言った。「遅刻しちゃう」
彼女はひどくむずかしい顔をして、すっかり寄ってしまった眉根は、永久に晴れそうにない。どうやら寝坊したらしく、身だしなみを整える時間もなかったようだ。飾り気のないワンピースを着て、首飾りもブローチもつけておらず、口紅は見事にひん曲がっている。ミスター・ジョンスンを無視して通り過ぎようとしたが、彼の方はいぶかしく思った娘が機嫌を損ねる危険を冒して、腕をつかんで言った。「ちょっと待ってください」
「ねえ」険しい声になって彼女は言った。「あなたにぶつかったのはわたしだから、あなたの弁護士からわたしの弁護士に言ってくだされば、お怪我をなさったことに対しても、ご迷惑をおかけしたことに対しても、何でもお支払いはいたします。だけどいまだけは勘弁して、わたし、遅刻しそうなの」
「遅れるって何に?」ミスター・ジョンスンは言った。とっておきの笑顔を見せようとしたが、どうやらふたたびひっくり返されるような目にあわされずにすむだけの効果しかないようだ。
「仕事に遅れそうなんです」食いしばった歯の隙間からそう言った。「職場に遅刻してしまいます。わたしの仕事は、遅刻すると、きっかり一時間分のお給料を引かれてしまうんです。だからほんとにあなたのたのしいおしゃべりも、わたしにはつきあっている暇はないのよ」
(短いけど今日は疲れたのでこれでおしまい。あとは明日につづく)
広い通りと交差する四つ辻にさしかかったところで、ミスター・ジョンスンは今度も住宅街を行くことに決めた。いくぶんゆっくりとした歩調で進んでいると、迷惑顔で先を急ぐ人びとは彼をはさんで二手に分かれ、反対方向へ行く人は、ぶつかりそうになりながら、足音高くどこかへ一目散に進んでいく。ミスター・ジョンスンは四つ角に来るたびに足を止め、信号が変わるのを辛抱強く待った。とりわけ急いでいる様子の人が来ると脇へ避けたのだが、ちょうど、アパートから歩道へ飛び出して、忙しげに行き交う脚のあいだで行き場を失った子猫を撫でようと立ち止まったときにやってきた若い女性は、あまりに勢いがよすぎて、ひどくぶつかってしまった。
「ごめんなさい」若い女性は必死でミスター・ジョンスンを助け起こそうとしながらも、なおかつ先を急いでもいた。「ほんとにごめんなさい」
子ネコは身の危険など一向に頓着せず、自分の住処に一目散に戻っていった。「大丈夫ですよ」ミスター・ジョンスンはそう言いながら、注意深く身だしなみを整えた。「お急ぎのようですね」
「そうなんです、急いでるの」若い娘は言った。「遅刻しちゃう」
彼女はひどくむずかしい顔をして、すっかり寄ってしまった眉根は、永久に晴れそうにない。どうやら寝坊したらしく、身だしなみを整える時間もなかったようだ。飾り気のないワンピースを着て、首飾りもブローチもつけておらず、口紅は見事にひん曲がっている。ミスター・ジョンスンを無視して通り過ぎようとしたが、彼の方はいぶかしく思った娘が機嫌を損ねる危険を冒して、腕をつかんで言った。「ちょっと待ってください」
「ねえ」険しい声になって彼女は言った。「あなたにぶつかったのはわたしだから、あなたの弁護士からわたしの弁護士に言ってくだされば、お怪我をなさったことに対しても、ご迷惑をおかけしたことに対しても、何でもお支払いはいたします。だけどいまだけは勘弁して、わたし、遅刻しそうなの」
「遅れるって何に?」ミスター・ジョンスンは言った。とっておきの笑顔を見せようとしたが、どうやらふたたびひっくり返されるような目にあわされずにすむだけの効果しかないようだ。
「仕事に遅れそうなんです」食いしばった歯の隙間からそう言った。「職場に遅刻してしまいます。わたしの仕事は、遅刻すると、きっかり一時間分のお給料を引かれてしまうんです。だからほんとにあなたのたのしいおしゃべりも、わたしにはつきあっている暇はないのよ」
(短いけど今日は疲れたのでこれでおしまい。あとは明日につづく)