陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

シャーリー・ジャクスン「ある晴れた日に、落花生を持って」その5.

2009-09-08 22:55:03 | 翻訳
その5.

「不思議なことは? びっくりするようなことはどうだい。ありきたりじゃない、ワクワクするような出来事はどうだね」

「あんた、何か売ろうとでも言うのかい」

「そういうことだ」ミスター・ジョンスンは言った。「ひとつ乗ってみないか」

 若い男は迷っていたが、行き先と思われる通りの向こうを恨めしそうな目で見やったとき、ミスター・ジョンスンが言った。「ぼくがその時間分の給料を払ってあげよう」独特の、説得力のある口調に、彼も振り返ると言った。「よし、じゃ決まりだ。だけどオレが何を売りつけられるのか、最初に見ておかなくちゃな」

 ミスター・ジョンスンは息を弾ませながら、若い男を歩道端に引っ張っていく。そこにはさっきの娘が立っていた。娘はミスター・ジョンスンが若い男をつかまえるのをおもしろそうに見ていたのだが、いまやおずおずとした笑みを浮かべ、ミスター・ジョンスンを、もうびっくりするようなことにはすっかり慣れちゃったわ、という目で見やった。

 ミスター・ジョンスンはポケットに手を延ばして財布を取りだした。「さて」彼は言うと、紙幣を一枚娘に渡した。「これで君の日給は埋め合わせがつくね」

「だけど、ダメよ」驚いた娘は思わずそう言った。「あのね、わたしが言ったのはそんなことじゃなかったの」

「どうか最後まで聞いてください」ミスター・ジョンスンは娘に言った。「それからこれを」と、若い男に向かって言う。「こっちはあなたの分」

若い男はあっけにとられた表情で札を受けとったが「たぶん偽札だな」と口の端で娘にささやいた。

「さて」ミスター・ジョンスンは若い男の言うことなどものともせずに続けた。「お嬢さんは何とおっしゃいます」

「ケントです」問われるまま、娘は答えた。「ミルドレッド・ケント」

「結構」ミスター・ジョンスンは言った。「では、君は?」

「アーサー・アダムズ」若い男は仏頂面で答えた。

「すばらしい」ミスター・ジョンスンは言った。「では、ミス・ケント、あなたにアダムズ君を紹介しますよ。アダムズ君、こちらはミス・ケント」

 ミス・ケントはびっくりして目を見張り、神経質そうに唇を舌で示し、いまにも逃げ出しそうな構えになりながら言った。「初めまして」

ミスター・アダムズは肩をそびやかし、険しい表情でミスター・ジョンスンをにらむと、いつでも走り出せそうな構えになりながら、「初めまして」と言った。

「ではこれを」ミスター・ジョンスンは財布から札を何枚か抜いて言った。「おふたりで一日を過ごすには、これだけあれば足りるでしょう。アドヴァイスをさせていただけるなら、コニー・アイランドでも行かれてはどうでしょうかな。いや、ぼくなどはあんなところは別に好きなわけじゃないんだが。そうでなければどこかでステキな昼食を取るとか、ダンスやマチネー、ことによったら映画でもいいかもしれない。ただ映画なら、慎重に、いい映画を見つけてくださいよ。今日びはひどい映画が多いから。それとも」急に良い考えが湧いてきたとでもいうように言った。「ブロンクス動物園へお行きなさい。そうでなきゃプラネタリウム。いや、実際のところ」彼は結論を出した。「おふたりが行きたい場所へ行けばよろしい。ともかく、楽しんでいらっしゃい」


(この項つづく)