その2.
「うん」と男の子が答えた。
「どこへ行くの?」
「ヴァーモント」
「いいところだ。そこは雪がいっぱい降る。メイプルシュガーもいっぱいある。君、メイプルシュガーは好きかい?」
「もちろん」
「ヴァーモントではメイプルシュガーがたくさん採れるんだよ。今度住むのは農場かい?」
「おじいちゃんと一緒に住むんだ」
「おじいちゃんはピーナツが好きかな」
「もちろん」
「じゃ、おじいちゃんにも持っていってあげなきゃね」そう言うとミスター・ジョンスンはポケットに手を延ばした。「行くのは君とママだけ?」
「そうだよ」
「それだったら」とミスター・ジョンスンは続けた。「汽車のなかでふたりが食べる分を持って行かなきゃな」
男の子の母親は、さきほどまでしきりにこちらを気にしていたのだが、どうやらミスター・ジョンスンは信頼してもかまわないと判断したらしい。というのも、いまでは引っ越し屋が――そんなことは実際にはほとんどないのだが、どこの主婦も引っ越し屋がやらかすにちがいないと信じている――上等のテーブルの脚を折るのではないか、卓上灯の上に食卓の椅子を載せるのではないか、と目を光らせるのに専念していたからである。家具はもうほとんど積み込みがすんで、母親はひどく神経質な状態になっていた。何か、荷造りし忘れてはいないか、クロゼットの裏かどこかからひょっこり出てきたようなものはないだろうか。近所の家に置きっぱなしになっていたり、物干しロープにつるしたままになっているようなものは。それが何か思い出そうとあせっていた。
「これで全部ですね、奥さん?」引っ越し屋の責任者に声をかけられて、すっかり動転してしまう。
こころもとなげな様子で、母親はうなずいた。
「家具と一緒にトラックに乗って行きたいか、坊や?」引っ越し屋は男の子にそう言って、笑った。男の子も一緒になって笑い、ミスター・ジョンスンに「ヴァーモントは楽しいだろうなあ」と言った。
「楽しいにきまってるさ」ミスター・ジョンスンはそう答えると立ちあがった。「出発する前に、もうひとつ、落花生を食べないか」
男の子の母親がミスター・ジョンスンに言った。「どうもありがとうございました。ほんとに助かりました」
「なんでもありません」とミスター・ジョンスンはこともなげに言った。「ヴァーモントのどちらへいらっしゃるんです?」
母親はなじるようなまなざしで小さな男の子を見やった。何か大変な秘密でも明かしたかのように。そうしてしぶしぶ答えた。「グリニッチです」
「いい街だ」ミスター・ジョンスンは言った。名刺を出して、裏に名前を書いた。「仲のいい友だちがグリニッチにいます。どんなことでもいい、なにかあったら彼を訪ねてみてください。そこの家の奥さんは街一番のドーナツを作るんだよ」小さな男の子に向かって、真顔でそう付け加えた。
「すごいや」と男の子は言った。
「じゃ、さよなら」ミスター・ジョンスンは言った。
彼はふたたび歩き始めた。張り替えたばかりの靴底の足取りも軽やかに、背中と頭のてっぺんに暖かな日の光を感じながら。区画を半分ほど行ったところで野良犬に出くわしたので、落花生をひとつ食べさせてやった。
(この項つづく)
「うん」と男の子が答えた。
「どこへ行くの?」
「ヴァーモント」
「いいところだ。そこは雪がいっぱい降る。メイプルシュガーもいっぱいある。君、メイプルシュガーは好きかい?」
「もちろん」
「ヴァーモントではメイプルシュガーがたくさん採れるんだよ。今度住むのは農場かい?」
「おじいちゃんと一緒に住むんだ」
「おじいちゃんはピーナツが好きかな」
「もちろん」
「じゃ、おじいちゃんにも持っていってあげなきゃね」そう言うとミスター・ジョンスンはポケットに手を延ばした。「行くのは君とママだけ?」
「そうだよ」
「それだったら」とミスター・ジョンスンは続けた。「汽車のなかでふたりが食べる分を持って行かなきゃな」
男の子の母親は、さきほどまでしきりにこちらを気にしていたのだが、どうやらミスター・ジョンスンは信頼してもかまわないと判断したらしい。というのも、いまでは引っ越し屋が――そんなことは実際にはほとんどないのだが、どこの主婦も引っ越し屋がやらかすにちがいないと信じている――上等のテーブルの脚を折るのではないか、卓上灯の上に食卓の椅子を載せるのではないか、と目を光らせるのに専念していたからである。家具はもうほとんど積み込みがすんで、母親はひどく神経質な状態になっていた。何か、荷造りし忘れてはいないか、クロゼットの裏かどこかからひょっこり出てきたようなものはないだろうか。近所の家に置きっぱなしになっていたり、物干しロープにつるしたままになっているようなものは。それが何か思い出そうとあせっていた。
「これで全部ですね、奥さん?」引っ越し屋の責任者に声をかけられて、すっかり動転してしまう。
こころもとなげな様子で、母親はうなずいた。
「家具と一緒にトラックに乗って行きたいか、坊や?」引っ越し屋は男の子にそう言って、笑った。男の子も一緒になって笑い、ミスター・ジョンスンに「ヴァーモントは楽しいだろうなあ」と言った。
「楽しいにきまってるさ」ミスター・ジョンスンはそう答えると立ちあがった。「出発する前に、もうひとつ、落花生を食べないか」
男の子の母親がミスター・ジョンスンに言った。「どうもありがとうございました。ほんとに助かりました」
「なんでもありません」とミスター・ジョンスンはこともなげに言った。「ヴァーモントのどちらへいらっしゃるんです?」
母親はなじるようなまなざしで小さな男の子を見やった。何か大変な秘密でも明かしたかのように。そうしてしぶしぶ答えた。「グリニッチです」
「いい街だ」ミスター・ジョンスンは言った。名刺を出して、裏に名前を書いた。「仲のいい友だちがグリニッチにいます。どんなことでもいい、なにかあったら彼を訪ねてみてください。そこの家の奥さんは街一番のドーナツを作るんだよ」小さな男の子に向かって、真顔でそう付け加えた。
「すごいや」と男の子は言った。
「じゃ、さよなら」ミスター・ジョンスンは言った。
彼はふたたび歩き始めた。張り替えたばかりの靴底の足取りも軽やかに、背中と頭のてっぺんに暖かな日の光を感じながら。区画を半分ほど行ったところで野良犬に出くわしたので、落花生をひとつ食べさせてやった。
(この項つづく)