陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

フランク・オコナー「天才」その6

2009-05-15 23:19:30 | 翻訳
その6.

 晩ご飯の時間になって家に戻ると、母はたいそう喜んだ。

「ほらね。学校へ上がったら、すぐにいい友だちが見つかるだろうと思ってた。もうそろそろだってね」

 ぼくもそれには同意見だったので、お天気さえ良ければ、三時になると学校の外でユーナを待つようになった。雨の日は、母がぼくを外に出してくれず、そのときはひどくつまらなかった。

 ある日、ぼくがそこで待っていると、ふたりの上級生が門の外に出てきた。

「あんたの彼女はまだ出て来ないよ、ラリー」ひとりがクスクス笑いながらそう言った。

「あら、ラリーに彼女がいるの?」もうひとりがさも驚いたように聞き返す。

「そうよ」最初の上級生が言った。「ユーナ・ドワイヤーがラリーの彼女なの。彼はユーナとつきあってるんだから。ね、ラリー?」

 ぼくは礼儀正しく、そうですと答えたが、内心はびっくりぎょうてんしていた。ユーナが果たして彼女といえるのか、考えたこともなかったのだ。そんな経験は初めてだったし、待っているだけのことが、そこまで大きなな意味を持つとは、想像すらしていなかった。いまにして思えば、その子たちの言葉も、まんざら見当はずれではなかったのだろう。なにしろ、ぼくの場合はいつもそんなふうに始まるのだから。女の子が口を閉じて、ぼくに好きなだけ話をさせてくれるだけで、ぼくはその子に夢中になるのだ。だが、そのときはまだ、自分のそうした傾向に気がついてはいなかった。

ぼくにわかっていたのは、誰かとつきあうということは、すなわち相手と結婚するということだった。ぼくはそれまでずっと、母と結婚するものと考えていた。ところがいまや、別の相手と結婚することになるかもしれないのだ。ぼくは喜ぶべきなのかどうか、判断がつかなかった。ちょうどサッカーの試合で、ふたりの選手が、互いに相手を押しのけることなくプレーできないことが明らかになったように。

 二、三週間ほどして、ぼくはユーナの家で開かれたパーティに出かけていった。そのころには、ドワイヤー家の人びとなら、自分の家族のように詳しく知るようになっていた。三姉妹はみんなぼくを好きになってくれたし、ドワイヤー夫人ときたら、ぼくを相手に話をやめることができないらしかった。もっとも天才というものは、みんなに愛されるものだと考えていたぼくにとっては、そのこともとりたてて不思議とは思えなかったが。ユーナが、みんなのために歌を歌ってほしいのよ、と前もって言ってくれたので、ぼくは準備をしておいた。その日ぼくはグレゴリオ聖歌の“クレド”を歌い、小さな女の子たちは笑っていたが、ドワイヤー夫人はいとおしげにぼくのことをじっと見つめていた。

「ラリー、あなた、大きくなったら神父様になるんでしょう?」とドワイヤー夫人が聞いた。

「ちがうと思います、ドワイヤーさん」ぼくははっきりそう言った。「ぼくはほんとうは作曲家になりたいんです。神父様は結婚できないでしょう? ぼくは結婚したいんです」

 その返事には、夫人はいささか驚いたようだった。ぼくは自分の将来の計画についてもっともっと話したかったのだが、子供たちがいちどきにしゃべりはじめた。ぼくは話始めるときはいつも、語らいがとぎれないように、前もって準備していたのだが、ドワイヤー家では話し始めると、とたんに話の腰を折られ、ちっとも集中できないのだ。おまけに子供たちがみんな大声でしゃべるので、ドワイヤー夫人は日ごろ穏やかな物腰のひとなのだが、子供たちと一緒になって、あるいは子供たちに向かって、負けじと大声を張り上げる。最初のうち、ぼくは肝をつぶしたが、じきにぼくに対して悪気があるわけではないことがわかった。パーティが終わるころには、ぼくもソファの上で飛んだり跳ねたり、誰よりも大きな声で叫んだりした。ユーナも笑い転げては、ぼくをはやしたてる。どうやらぼくのことを、見たこともないほどおもしろい子だと思ったらしかった。




(※この項つづく)