その4.
こんなこともあった。足の不自由な先生のことを知って、ぼくはひどく感銘を受け、自分も片脚を使わないことにしようと決心したのである。ところがその数日間、家は大変なことになってしまった。母はすぐ、ぼくの脚の具合が悪いことに気がついてくれたのだが、父親ときたらぼくの格好を見て、軽蔑したように鼻先で笑うのだ。父に対して腹を立てるぼくと一緒になって、母は、お父さんはひとでなしもいいところだよ、とまくしたてた。そこからまた何日も口げんかは続いたが、やがてぼくにとっても困ったことになった。実のところ、脚を伸ばしたまま引きずって歩くのには、とっくにうんざりしていたのだが、だんだんよくなってきた、と言って、母をがっかりさせるわけにはいかなくなってしまったのである。ぼくが身体を傾けて広場を横切っていくのを、父は門のところに経ったまま、何もかも知ってるぞ、と言わんばかりの意地の悪い笑みを浮かべて見送った。ぼくがとうとう脚を引きずるのを止めたとき、母の言葉をそっくりまねた父には、腹が立ってならなかった。
2.
このように、父と母はぼくに何を教えるべきかをめぐって、しじゅう言い争っていた。父は何も教えてやる必要などないと言う。
「でもね、ミック」母は力を込めて言った。「子供っていうのは、いろんなことを学ばなきゃならないの」
「学校へ行くようになりゃ、じきにしっかり教わってくるさ」と父は渋い顔をした。「なんでいつもおまえはあいつの頭ん中へ入れ知恵をしたがる? もう十分悪賢いじゃねえか。子供ってものは、もうちょっと自然に育つ方がいい」
だが、どうやら母は子供が自然に育つことを好まなかったか、いまのままで十分自然に育っていると考えたらしい。もちろん、男というものが天才に反感を抱きがちなのに対して、女はその半分も反感を抱くことがないという理由もあったろう。女性は、天才に希望を見いだすのではあるまいか。
ぼくが何をおいても知りたかったのは、赤ん坊はどこから来るのかという疑問だったのだが、このことは誰も説明してくれなかった。母にたずねてみても、何だかうろたえたようすで鳥だの花だのの話をするばかり、昔は知っていたのかもしれないが、どうやら忘れてしまったらしかった。忘れたことを白状するのが恥ずかしいのだ、としか、考えようがない。ミス・クーニーにも聞いてみたが、静かに笑ってこう言うだけだった。「坊やにもそのうち、はっきりわかる日がくるよ」
「でもね、ミス・クーニー」ぼくはありったけの威厳を見せて言った。「ぼくはいま知らなきゃならないんだ。それがぼくの任務だからね」
「無邪気でいられるあいだは、そのままでいりゃいいんだよ」同じ調子で彼女は続けた。「じき、世の中の方が、坊やの無邪気なところをふんだくっちまう。ひとたび無邪気じゃなくなったら、もう二度とそこには戻れやしないんだよ」
だが、世の中がいったい何をふんだくろうと狙っているにせよ、事実を探求できるなら、ぼくにはそちらの方がいいような気がした。父にも聞いてみたが、教えてくれたのは、飛行機から赤ん坊を落っことすのさ、それをうまいこと受けとめることができたら、自分のものにしていいことになってるんだ、と言った。「パラシュートで?」とぼくが聞くと、父は驚いたふりをしてこう言った。「ちがうさ、ものごとの始まりがそんなふぬけたもんだったら、おまえもいやだろう?」
あとでまた、ぼくは母に呼ばれて、お父さんは冗談を言ったんだからね、と教えてもらった。ぼくはむかっ腹が立ってたまらず、そのうち冗談の言い過ぎで、父さんはひどい目にあうからな、と言ったのだった。
(この項つづく)
こんなこともあった。足の不自由な先生のことを知って、ぼくはひどく感銘を受け、自分も片脚を使わないことにしようと決心したのである。ところがその数日間、家は大変なことになってしまった。母はすぐ、ぼくの脚の具合が悪いことに気がついてくれたのだが、父親ときたらぼくの格好を見て、軽蔑したように鼻先で笑うのだ。父に対して腹を立てるぼくと一緒になって、母は、お父さんはひとでなしもいいところだよ、とまくしたてた。そこからまた何日も口げんかは続いたが、やがてぼくにとっても困ったことになった。実のところ、脚を伸ばしたまま引きずって歩くのには、とっくにうんざりしていたのだが、だんだんよくなってきた、と言って、母をがっかりさせるわけにはいかなくなってしまったのである。ぼくが身体を傾けて広場を横切っていくのを、父は門のところに経ったまま、何もかも知ってるぞ、と言わんばかりの意地の悪い笑みを浮かべて見送った。ぼくがとうとう脚を引きずるのを止めたとき、母の言葉をそっくりまねた父には、腹が立ってならなかった。
2.
このように、父と母はぼくに何を教えるべきかをめぐって、しじゅう言い争っていた。父は何も教えてやる必要などないと言う。
「でもね、ミック」母は力を込めて言った。「子供っていうのは、いろんなことを学ばなきゃならないの」
「学校へ行くようになりゃ、じきにしっかり教わってくるさ」と父は渋い顔をした。「なんでいつもおまえはあいつの頭ん中へ入れ知恵をしたがる? もう十分悪賢いじゃねえか。子供ってものは、もうちょっと自然に育つ方がいい」
だが、どうやら母は子供が自然に育つことを好まなかったか、いまのままで十分自然に育っていると考えたらしい。もちろん、男というものが天才に反感を抱きがちなのに対して、女はその半分も反感を抱くことがないという理由もあったろう。女性は、天才に希望を見いだすのではあるまいか。
ぼくが何をおいても知りたかったのは、赤ん坊はどこから来るのかという疑問だったのだが、このことは誰も説明してくれなかった。母にたずねてみても、何だかうろたえたようすで鳥だの花だのの話をするばかり、昔は知っていたのかもしれないが、どうやら忘れてしまったらしかった。忘れたことを白状するのが恥ずかしいのだ、としか、考えようがない。ミス・クーニーにも聞いてみたが、静かに笑ってこう言うだけだった。「坊やにもそのうち、はっきりわかる日がくるよ」
「でもね、ミス・クーニー」ぼくはありったけの威厳を見せて言った。「ぼくはいま知らなきゃならないんだ。それがぼくの任務だからね」
「無邪気でいられるあいだは、そのままでいりゃいいんだよ」同じ調子で彼女は続けた。「じき、世の中の方が、坊やの無邪気なところをふんだくっちまう。ひとたび無邪気じゃなくなったら、もう二度とそこには戻れやしないんだよ」
だが、世の中がいったい何をふんだくろうと狙っているにせよ、事実を探求できるなら、ぼくにはそちらの方がいいような気がした。父にも聞いてみたが、教えてくれたのは、飛行機から赤ん坊を落っことすのさ、それをうまいこと受けとめることができたら、自分のものにしていいことになってるんだ、と言った。「パラシュートで?」とぼくが聞くと、父は驚いたふりをしてこう言った。「ちがうさ、ものごとの始まりがそんなふぬけたもんだったら、おまえもいやだろう?」
あとでまた、ぼくは母に呼ばれて、お父さんは冗談を言ったんだからね、と教えてもらった。ぼくはむかっ腹が立ってたまらず、そのうち冗談の言い過ぎで、父さんはひどい目にあうからな、と言ったのだった。
(この項つづく)