陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

年功序列主義者

2009-05-29 23:11:55 | weblog
運動部に所属したことはないのだが、たまに「体育会系みたい」と言われることがある。昔から、それがたとえほんの一学年であっても、上の人に向かってはぞんざいな口が利けないのである。

おそらく「三つ子の魂百まで」で、やはり家で幼児期にたたき込まれたものなのだろう。どのように教えられたかははっきりと記憶にはないのだが、「親に向かってそんな口の利き方をして良いと思ってるの」などということはしょっちゅう言われた。近所の人や、親戚に向かっての挨拶の仕方も、口やかましく仕込まれたのだが、親が近くにいなくても、年長者に向けては敬語を使わずには話せなくなってしまっていることを、自分でもはっきりと意識するようになったのは、「先輩」という言葉を使うようになった中学以降だったろうか。

言葉遣いというのは、お互いの関係を決めることにもなるので、言葉を崩さないでいると、仕事の場面ではともかく、プライベートな場面では、どうしてもいくぶんは気を置いた、堅苦しい関係になってしまう。

部活動では、同じ女の子同士だと、ひとつふたつ上でも、同級生に相対したときと同じように話している子も少なくなかった。同年代の気の置けない相手に対してしゃべるような「だからさあ」「あのさあ」「だってそうじゃない?」とおしゃべりしているその横で、わたしは「××先輩、譜面台はどこにしまったらいいんでしょうか」と堅苦しい話し方をしていたのだった。「“××先輩”なんて呼ばないで、あたしのことはノッコって呼んで」と言われると、「ノッコ先輩」と呼んでいたような気がする。逆に、自分が上級生になって下級生から「タメ口」を利かれても、別に不快感は覚えず、逆に、その自由さがうらやましかった。

一度、こんな経験をした。
ある年の夏休み、毎日のように友だちと近所の公立図書館で勉強していた、というか、勉強はあまりしなかったのだが、図書館には通っていたのである。そこで、同じように毎日来ている他校の男子生徒から、ときどき声をかけられた。
「学校、どこ?」というのが、たいてい皮切りの文句で、ああ、それなら誰それを知ってる? 中学のとき一緒だったんだ……というのがお定まりの展開だった。

その日、わたしと友だちが書架のところで、本を見ながら雑談していたところへ、いつも自習室で勉強しているのとはちがう、ちょっと大人っぽい感じの男の子がやって来て、例の「学校、どこ?」という話を始めた。彼が「Aを知ってる?」と出した名前は、わたしたちより二学年上の、その年東大の医学部に現役で合格した、“ものすごく頭がいい”という評判が下級生にまで鳴り響いていた名前だった。

「同じ中学にいらっしゃったんですか」
とわたしが特に深い考えもなくたずねたところ、
「いらっしゃった、か」
と、相手は唇を歪め、いやな笑い方をしてわたしから眼を背けた。

わたしが敬語をつかったのは、単に相手が年長だからに過ぎなかったのだが、どうやら相手は「A」のおかげで自分の格まで上がったのか、と考えたらしかった。
それは誤解だ、そんなつもりはなかった、と言いたかったのだが、相手はそのまま向こうへ行ってしまった。誤解されるということは、どんな相手であっても気持ちが悪いことなのだと思った経験でもあった。

もしそのときに、「同じ中学だったんだ」とわたしが言っていたら、そこから話も続いていただろう。別に話したい相手でもなかったのだが、言葉遣いひとつで人を不快にさせてしまった経験は、自分にとって「痛い」経験だった。

だが、その後もやっぱりわたしは自分より学年が上の人に対しては、丁寧なしゃべり方をしてしまう。そうでないしゃべり方をしようとしても、気持ち悪くなってしまうのである。「わたしにそんな気を遣わなくていいよ」と相手から言われるようなときは、気を遣っているのではなくて、こういうしゃべり方しかできないんです、と、相手にもあきらめてもらうことにしている。