陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

軍医森林太郎と脚気の話5.

2008-12-18 22:19:56 | 
5.エイクマンの発見

日本で海軍と陸軍のあいだで、兵食と脚気問題の論争が続いているころ、オランダの植民地ジャワ島で、興味深い事実が発見された。

先に北里柴三郎がオランダ人医学者による脚気菌の発見について、その手続きの不備を指摘したことを書いたが、「発見」したと信じたペーケルハーリングとウィンクラーはオランダに帰国して、脚気菌の発見を論文にまとめた。その後ジャワ島で研究を続けたのがエイクマンである。ふたりの「発見」した脚気球菌で脚気を発生させようと実験を続けたのだが、実験は成功しなかったのである。ところが1896(明治二十九)年、実験動物であるニワトリが脚気に似た病気に罹っていたのである。陸軍病院の残飯=白米を食べていたニワトリだった。そのニワトリを詳しく調べようとよそに移したところ、脚気が治ってしまったのである。

そこからエイクマンは飼料に目をつけた。病気のニワトリの飼料は陸軍病院の将校の残飯、場所を移したニワトリの飼料は玄米か籾米だったのだ。そこからエイクマンは白米と玄米の違いを研究し始めたのである。

白米、米、玄米とさまざまな実験を経たのち、玄米は完全な食品だが白米はニワトリの生存に必要なものが欠けている、米ぬかにはその不足しているものが含まれている、と考えたのである。

当時の医学者たちは、〈澱粉・脂肪・蛋白質・塩類〉のほかに動物の成育に必要な栄養素があると考えることはできなかった。だが、エイクマンの研究によって、米そのものが脚気を引き起こすのではなく、玄米を精白した白米だけが脚気の原因になること、米ぬかには脚気の予防・治療効果があるらしいことがわかってきたのだった。

日本ではこのエイクマンの研究は、陸軍依託学生として大学院に在学していた山口弘夫によって追試・報告され、多くの日本人関係者の知るところとなった。ところが白米と玄米、麦飯や米ぬかなどの食物の問題についての本格的な研究は始まらなかったのである。

(この項つづく)