「話し上手」後編
むっとした伯母さんは、この予期せぬ攻撃に対してたちまち防御網を張った。
「子供たちがよくわかって、なおかつおもしろいようなお話をしてやるのは、簡単なことじゃございません」と切り口上で答えた。
「そうでしょうか」
「あら、ずいぶんお話がなさりたいご様子ね」伯母さんはやり返す。
「お話してちょうだい」大きい女の子がせがんだ。
「むかしむかし」と独身男は話しだした。「あるところにバーサというすばらしく良い子供がおりました」
しばしかきたてられた子供たちの興味は、たちまち風前の灯火となった。あまねくお話というものは、だれが話したところで、つくづく変わり映えのしないものらしい。
「バーサは言われたことはなんでもするし、嘘なんてついたことがないし、お洋服は汚さない、牛乳のプリンだってジャム・タルトとおんなじくらいにおいしそうに食べるし、お勉強はよくできるし、おまけにお行儀まで良かったんだよ」
「その子、かわいかった?」大きい方の女の子が聞いた。
「君ほどじゃなかったな。そのかわり、おっそろしく良い子だったんだ」
お話を支持する反応が小波のようにひろがっていった。「おっそろしく」という言葉と「良い子」の結びつきがめずらしく、興味深げな印象を与えたのである。そこには伯母さんの話に出てくるような子供たちの生活にはない、真実の響きがあった。
「バーサは良い子だったから、ごほうびにいくつもメダルをもらって、ピンで留めて肌身離さず身につけていた。ひとつはいいつけをよく守ったごほうび、二つ目は時間をきちんと守ったごほうび、それから三つ目はお行儀が良かったごほうび。どれも大きい金属のメダルでね、歩くたびにカチンカチンと鳴ったのさ。バーサの町にはほかにはそんな三つもメダルを持っているような子はいなかったから、みんな、バーサは特別に良い子供なんだ、とすぐにわかったんだよ」
「おっそろしく良い子だったんだね」シリルが繰りかえした。
「みんながバーサがどんなに良い子か話してばかりいたから、その国の王子様の耳にまで届いたんだ。そこで王子様は言った。そんなに良い子なら、一週間に一度、余の庭園に立ち入ることを許してつかわすぞ。町のはずれにその庭園はあったんだけどね。それはそれは美しい庭園で、いままでそこに入るのを許された子供はひとりもいなかったから、バーサに入るお許しが出たというのは、たいそう名誉なことだったのさ」
「庭園には羊がいた?」シリルが聞いた。
「いや」独身男は答える。「そこには一匹もいなかった」
「なんで羊はいなかったの?」質問の答えから、避けがたく新たなる質問が生まれた。
伯母さんはそっと笑みを浮かべたが、それはほとんど「ほくそ笑み」と描写されるたぐいのものだった。
「庭園に羊がいなかったのは、王子様のお母さんが夢でお告げを聞いたからなんだ。あなたの息子は羊に殺されるか、さもなくば時計が落ちてきて死ぬであろう、ってさ。だから王子様は庭園に羊を飼うことはなかったし、王宮には時計もなかったんだよ」
伯母さんは感嘆のあまり洩らしそうになったため息を呑みこんだ。
「王子様は羊に殺されるか時計が落っこちるかして死んじゃった?」シリルが聞いた。
「まだ生きてるんだ、だからその夢が正夢かどうかはわからない」独身男は平気な顔で答えた。「ともかく、庭園には羊はいなかった。だけどそのかわりに小さなブタがたくさんいて、そこらじゅうを走りまわってたんだ」
「何色のブタだった?」
「黒くて顔だけ白いやつとか、白くて黒いぶちのあるやつとか、真っ黒のやつとか、灰色でところどころ白くなったやつとか、真っ白なやつもいたな」
語り手は少し間をおいて、この庭の宝が子供たちの脳裏に深く浸透するのを待った。やがて話を続けた。
「バーサはちょっぴり残念だった。そこにはお花がなかったからね。伯母さんに約束してたんだよ、目に涙をいっぱいためて。わたし、王子様のお花は一本だって摘んだりしないわ、ってね。もちろんその約束は守るつもりだったから、摘もうにも一本もないとなると、なんだかちょっとばかみたい、って思っちゃったのさ」
「どうしてお花がなかったの?」
「それはね、ブタが全部食べちゃったからさ」独身男はすかさず言った。「庭師が王子様に言ったんだ。おそれながら陛下、ブタと花の両方を育てるわけにはまいりません、って。そこで王子様はブタを飼うことにして、花はあきらめたのさ」
王子の卓越した決断に同意するつぶやきが洩れた。たいていの人は逆を選んでいただろうに。
「庭園にはほかにもたくさんすばらしいものがあった。池には金色と青と緑の魚が泳いでいたし、木にはきれいなオウムが何羽もいた。このオウムはすぐに賢いことを答えるんだよ。ほかにもそのときどきのはやり歌をハミングするハチドリだっていた。バーサはあちこち歩き回って心から楽しみながら、こう思った。『もしわたしがこんなに特別に良い子じゃなかったら、こんなにきれいなお庭に入れてもらえることもなかったし、ここにあるいろんなものを見て、こんなに楽しく過ごすこともできなかったんだわ』ってね。おまけに歩くたびに三つのメダルがカチカチ鳴るもんだから、自分がどれほど良い子だったか、ほんの一瞬だって忘れることなんてできなかった。ちょうどそのときだ、ものすごく大きなオオカミが庭園に忍びこんで、太った子豚を一匹、晩ご飯にしようと思って探しに来たんだ」
「オオカミは何色だった?」即座に興味をかき立てられた子供たちは尋ねた。
「全身、泥の色さ。舌は真っ黒、灰色の目は言葉にできないくらい残忍な光でギラギラしている。庭園に入って最初に目に留まったのが、バーサだった。バーサのエプロンドレスは染みひとつない、真っ白だったから、遠くからでもよく見えたんだ。バーサもオオカミに気がついたし、そのオオカミが自分の方にそっと近寄ってきているのにも気がついて、ああ、こんなことならお庭になんか入れてもらわなきゃよかった、と思った。それから走りに走ったんだけど、オオカミときたらどんどん追いかけてくる。やっとのことでヒメツルニチソウの植え込みのところにたどりついて、そのなかの一番深い繁みのなかに隠れたんだ。オオカミは枝のあいだをクンクン嗅ぎ回る。真っ黒い舌はだらりと垂れてるし、灰色の目は怒りに燃えている。バーサはもう震え上がっちゃって、こう思った。『もしわたしがこんなに特別に良い子じゃなかったら、いまごろ町にいて、安全だったのに』って。だけどヒメツルニチソウは匂いが強いから、オオカミはバーサがどこにいるか、嗅ぎ当てることができなかったし、繁みも深かったから、あちこち探しても姿を見つけ出せそうにもなかった。だからここはもうやめて、かわりに子豚を捕まえることにしよう、と思った。バーサはオオカミがすぐ近くで嗅ぎ回るもんだから、もうガタガタ震えちゃって、いいつけをよく守ったごほうびのメダルが、お行儀が良かったメダルと時間を守ったメダルにぶつかってカチカチ音を立てたんだ。ちょうどそこを離れようとしていたオオカミの耳に、そのメダルのカチカチいう音が聞こえたもんだから、オオカミは立ち止まって、耳をそばだてた。すぐ近くの繁みのなかから、もういちどカチンという音がした。オオカミは灰色の目を残忍そうに、そうして勝ち誇ったように輝かせて、繁みに飛びこむと、バーサを引きずり出して、最後の一口までむさぼり食った。あとに残ったのはバーサの靴と、服の切れ端と、ごほうびの三つのメダルだけだった」
「子豚たちは殺された?」
「いいや。みんな逃げちゃったからね」
「お話、最初はおもしろくなかったけど」小さい方の女の子が言った。「おしまいがサイコーだった」
「いままでにこんなステキお話、聞いたことない」大きい方の女の子は、断固たる確信をこめてそう言った。
「ぼくが聞いたなかでほんとにカッコイイ話はこれだけだ」シリルが言った。
伯母さんの口からはそれに同意しかねる旨の意見が述べられた。
「小さな子に聞かせるのに、これほどふさわしくない話もないもんだわ。おかげでもう何年も辛抱して教えてきたことが、おじゃんになってしまったんですよ」
「ともかく」独身男は自分の荷物を集めて客室を出る準備をしながら言った。「ぼくはこの子たちを十分間は静かにさせましたよ。ぼくの方が優ってたってことにはなりませんか」
「気の毒なご婦人だ」彼はテンプルクーム駅のプラットフォームを歩きながら考えた。「これから半年かそこらは、あの子たちは伯母さんにしつこくせがむだろう。人前だろうとなんだろうと、あの不道徳的な話をしてくれって」
(「話し上手」終わり)
むっとした伯母さんは、この予期せぬ攻撃に対してたちまち防御網を張った。
「子供たちがよくわかって、なおかつおもしろいようなお話をしてやるのは、簡単なことじゃございません」と切り口上で答えた。
「そうでしょうか」
「あら、ずいぶんお話がなさりたいご様子ね」伯母さんはやり返す。
「お話してちょうだい」大きい女の子がせがんだ。
「むかしむかし」と独身男は話しだした。「あるところにバーサというすばらしく良い子供がおりました」
しばしかきたてられた子供たちの興味は、たちまち風前の灯火となった。あまねくお話というものは、だれが話したところで、つくづく変わり映えのしないものらしい。
「バーサは言われたことはなんでもするし、嘘なんてついたことがないし、お洋服は汚さない、牛乳のプリンだってジャム・タルトとおんなじくらいにおいしそうに食べるし、お勉強はよくできるし、おまけにお行儀まで良かったんだよ」
「その子、かわいかった?」大きい方の女の子が聞いた。
「君ほどじゃなかったな。そのかわり、おっそろしく良い子だったんだ」
お話を支持する反応が小波のようにひろがっていった。「おっそろしく」という言葉と「良い子」の結びつきがめずらしく、興味深げな印象を与えたのである。そこには伯母さんの話に出てくるような子供たちの生活にはない、真実の響きがあった。
「バーサは良い子だったから、ごほうびにいくつもメダルをもらって、ピンで留めて肌身離さず身につけていた。ひとつはいいつけをよく守ったごほうび、二つ目は時間をきちんと守ったごほうび、それから三つ目はお行儀が良かったごほうび。どれも大きい金属のメダルでね、歩くたびにカチンカチンと鳴ったのさ。バーサの町にはほかにはそんな三つもメダルを持っているような子はいなかったから、みんな、バーサは特別に良い子供なんだ、とすぐにわかったんだよ」
「おっそろしく良い子だったんだね」シリルが繰りかえした。
「みんながバーサがどんなに良い子か話してばかりいたから、その国の王子様の耳にまで届いたんだ。そこで王子様は言った。そんなに良い子なら、一週間に一度、余の庭園に立ち入ることを許してつかわすぞ。町のはずれにその庭園はあったんだけどね。それはそれは美しい庭園で、いままでそこに入るのを許された子供はひとりもいなかったから、バーサに入るお許しが出たというのは、たいそう名誉なことだったのさ」
「庭園には羊がいた?」シリルが聞いた。
「いや」独身男は答える。「そこには一匹もいなかった」
「なんで羊はいなかったの?」質問の答えから、避けがたく新たなる質問が生まれた。
伯母さんはそっと笑みを浮かべたが、それはほとんど「ほくそ笑み」と描写されるたぐいのものだった。
「庭園に羊がいなかったのは、王子様のお母さんが夢でお告げを聞いたからなんだ。あなたの息子は羊に殺されるか、さもなくば時計が落ちてきて死ぬであろう、ってさ。だから王子様は庭園に羊を飼うことはなかったし、王宮には時計もなかったんだよ」
伯母さんは感嘆のあまり洩らしそうになったため息を呑みこんだ。
「王子様は羊に殺されるか時計が落っこちるかして死んじゃった?」シリルが聞いた。
「まだ生きてるんだ、だからその夢が正夢かどうかはわからない」独身男は平気な顔で答えた。「ともかく、庭園には羊はいなかった。だけどそのかわりに小さなブタがたくさんいて、そこらじゅうを走りまわってたんだ」
「何色のブタだった?」
「黒くて顔だけ白いやつとか、白くて黒いぶちのあるやつとか、真っ黒のやつとか、灰色でところどころ白くなったやつとか、真っ白なやつもいたな」
語り手は少し間をおいて、この庭の宝が子供たちの脳裏に深く浸透するのを待った。やがて話を続けた。
「バーサはちょっぴり残念だった。そこにはお花がなかったからね。伯母さんに約束してたんだよ、目に涙をいっぱいためて。わたし、王子様のお花は一本だって摘んだりしないわ、ってね。もちろんその約束は守るつもりだったから、摘もうにも一本もないとなると、なんだかちょっとばかみたい、って思っちゃったのさ」
「どうしてお花がなかったの?」
「それはね、ブタが全部食べちゃったからさ」独身男はすかさず言った。「庭師が王子様に言ったんだ。おそれながら陛下、ブタと花の両方を育てるわけにはまいりません、って。そこで王子様はブタを飼うことにして、花はあきらめたのさ」
王子の卓越した決断に同意するつぶやきが洩れた。たいていの人は逆を選んでいただろうに。
「庭園にはほかにもたくさんすばらしいものがあった。池には金色と青と緑の魚が泳いでいたし、木にはきれいなオウムが何羽もいた。このオウムはすぐに賢いことを答えるんだよ。ほかにもそのときどきのはやり歌をハミングするハチドリだっていた。バーサはあちこち歩き回って心から楽しみながら、こう思った。『もしわたしがこんなに特別に良い子じゃなかったら、こんなにきれいなお庭に入れてもらえることもなかったし、ここにあるいろんなものを見て、こんなに楽しく過ごすこともできなかったんだわ』ってね。おまけに歩くたびに三つのメダルがカチカチ鳴るもんだから、自分がどれほど良い子だったか、ほんの一瞬だって忘れることなんてできなかった。ちょうどそのときだ、ものすごく大きなオオカミが庭園に忍びこんで、太った子豚を一匹、晩ご飯にしようと思って探しに来たんだ」
「オオカミは何色だった?」即座に興味をかき立てられた子供たちは尋ねた。
「全身、泥の色さ。舌は真っ黒、灰色の目は言葉にできないくらい残忍な光でギラギラしている。庭園に入って最初に目に留まったのが、バーサだった。バーサのエプロンドレスは染みひとつない、真っ白だったから、遠くからでもよく見えたんだ。バーサもオオカミに気がついたし、そのオオカミが自分の方にそっと近寄ってきているのにも気がついて、ああ、こんなことならお庭になんか入れてもらわなきゃよかった、と思った。それから走りに走ったんだけど、オオカミときたらどんどん追いかけてくる。やっとのことでヒメツルニチソウの植え込みのところにたどりついて、そのなかの一番深い繁みのなかに隠れたんだ。オオカミは枝のあいだをクンクン嗅ぎ回る。真っ黒い舌はだらりと垂れてるし、灰色の目は怒りに燃えている。バーサはもう震え上がっちゃって、こう思った。『もしわたしがこんなに特別に良い子じゃなかったら、いまごろ町にいて、安全だったのに』って。だけどヒメツルニチソウは匂いが強いから、オオカミはバーサがどこにいるか、嗅ぎ当てることができなかったし、繁みも深かったから、あちこち探しても姿を見つけ出せそうにもなかった。だからここはもうやめて、かわりに子豚を捕まえることにしよう、と思った。バーサはオオカミがすぐ近くで嗅ぎ回るもんだから、もうガタガタ震えちゃって、いいつけをよく守ったごほうびのメダルが、お行儀が良かったメダルと時間を守ったメダルにぶつかってカチカチ音を立てたんだ。ちょうどそこを離れようとしていたオオカミの耳に、そのメダルのカチカチいう音が聞こえたもんだから、オオカミは立ち止まって、耳をそばだてた。すぐ近くの繁みのなかから、もういちどカチンという音がした。オオカミは灰色の目を残忍そうに、そうして勝ち誇ったように輝かせて、繁みに飛びこむと、バーサを引きずり出して、最後の一口までむさぼり食った。あとに残ったのはバーサの靴と、服の切れ端と、ごほうびの三つのメダルだけだった」
「子豚たちは殺された?」
「いいや。みんな逃げちゃったからね」
「お話、最初はおもしろくなかったけど」小さい方の女の子が言った。「おしまいがサイコーだった」
「いままでにこんなステキお話、聞いたことない」大きい方の女の子は、断固たる確信をこめてそう言った。
「ぼくが聞いたなかでほんとにカッコイイ話はこれだけだ」シリルが言った。
伯母さんの口からはそれに同意しかねる旨の意見が述べられた。
「小さな子に聞かせるのに、これほどふさわしくない話もないもんだわ。おかげでもう何年も辛抱して教えてきたことが、おじゃんになってしまったんですよ」
「ともかく」独身男は自分の荷物を集めて客室を出る準備をしながら言った。「ぼくはこの子たちを十分間は静かにさせましたよ。ぼくの方が優ってたってことにはなりませんか」
「気の毒なご婦人だ」彼はテンプルクーム駅のプラットフォームを歩きながら考えた。「これから半年かそこらは、あの子たちは伯母さんにしつこくせがむだろう。人前だろうとなんだろうと、あの不道徳的な話をしてくれって」
The End
(「話し上手」終わり)