陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

この話、したっけ ~家のある風景

2006-11-16 22:25:23 | weblog
2.コンドミニアムでのパーティ

日本で生活する外国人は、もちろん自分が住んでいるところを「マンション」とは呼ばず、 condominium の省略形、condo(発音はあえてカタカナで書くと「コンドゥ」ぐらい)と呼ぶ。その「コンドゥ」に一度、招かれたことがある。

高校時代、英語を習いに行っていた先生は、アイルランド人とはいえ、日本人と結婚し、日本で生活を始めて四半世紀に及び、米を炊き、たまにエプロン姿でサンダルばき、買い物カゴをさげている格好で、スーパーで会ったこともあるほど、日本の生活にとけこんでいる人だった。

そうではなく、滞日期間も短い外国人はどんな生活をしているのだろうか。誘われた「ホーム・パーティ」は、それほどよく知らない人物の自宅で開かれるもので、どうやら日本人の人数合わせのような感じもしたのだが、本来なら億劫になるような状況ではあったのだが、私宅を見ることができるという好奇心のほうがそれを上回ったのだった。

当日、一緒に誘われたケニーと待ち合わせてそこに行く。
オートロック式の、エントランスの広い立派な「マンション」だった。エレヴェーターで上がり、やぁやぁよく来た、とホストのマルコムに中へ通される。
靴を脱ごうとして“ウチはアメリカン・スタイルなんだ、靴のまま、あがって”と言われた。
見れば、確かにそこの家の人も、すでに集まっている先客たちも、全員、靴のままである。たしかにフローリングとはいえ、わたしは驚いた。
一緒に来たケニーは、紐を結ばず垂らしている薄汚れたナイキのまま、どんどん中へ入っていく。わたしもあとに続こうとして、玄関の土間から、フローリングの床までの10センチあるかないかの高さに足を上げるのに、ものすごい心理的抵抗を覚えたのだった。

家の中に入っても、靴をはいたままでいることが、気になってしょうがない。
玄関があり、入ってすぐに広めのダイニング・キッチン、間仕切りのないまま奧のリビングへと続いていく。おそらく左手のドアの向こうにベッドルームが続く、4LDKのマンションなのだった。
間取りからいけば、日本ではよくある広いタイプの「マンション」である。けれども、日本家屋の空間と、どこかが決定的にちがっていた。なんだろう、どこがちがうんだろう、といろいろ見ていたのだが、なによりも、ほぼ全員が立っていたために、天井がことのほか低く感じられたのだった。

パーティというからには「ホステス」と呼んだ方がいい、そこの家の奥さんのバーバラ(どうでもいいのだが、"Barbara" という発音は、どうやっても「バーバラ」には聞こえない。どう聞こえるかというと「バァ」というのが一番近い)が、わたしに飲み物を勧めてくれる。ビールはここ(大型のポリバケツに氷がいっぱい詰めてあり、そこに缶ビールがどっさり入っていた)、オレンジ・ジュースはここ(ピッチャーに詰めてあった)、パンチはここ、と指さす先には同じくポリバケツである。水色で、ふたつきの、よく掃除道具が入れてあったり、たまにゴミが入っていたりする、あのポリバケツ。それになみなみと赤っぽい色の飲み物が入っていて、輪切りのオレンジだかレモンだかが、ぷかぷか浮かんでいるのだった。
みんな平気な顔をして、そこにぶらさげてあるお玉でそのパンチをすくって飲んでいる。
わたしはアルコールを飲めないことがこれほどうれしかったこともない。
手近にあるグラスにオレンジ・ジュースを注ごうとしたら、それはオールド・ファッション・グラスでソフト・ドリンクを入れるものではない、と注意された。ソフト・ドリンクはこのグラスよ。
アメリカ人のこだわりと日本人のこだわりというのは根本的にちがうのだ、と思ったのだった。

初対面の人と、日本に来てどのくらいになる、とか、アメリカではどこに行ったことがある、といったありきたりの会話を交わしていると、何度か会ったことがある、別のところで英語講師をやっているゲイリーが、日本人のガール・フレンドを連れてやってきた。そのミカコとかミキコとかいう女の子は、わたしに向かって英語で挨拶するのだ。日本人相手に英語で話すのもたまらないなぁ、と思ったわたしの気持ちが通じたか、そのミカコだかミキコだかも、さっさとゲイリーと一緒にどこかに行ってしまった。

やがてわたしは平均年齢をひとりで押し上げているようなジョンという宣教師と、カート・ヴォネガット・ジュニアの『スローター・ハウス5』とジョゼフ・ヘラーの『キャッチ22』の比較について、えらく話しこんでしまったのだが、ふと見ると、オレンジ・ジュースが切れている。ダイニング・キッチンとリビングルームには、およそ30人近くが立っていたので、部屋もたいそう暑くなっていた。バーバラにオレンジ・ジュースはもうない? と聞くと、あら困った、ウチにはもうないのよ、というので、わたしが買ってきてあげる、と外に出た。エレベーターに行こうとして、わたしはうっかり反対方向へ行ってしまったらしい。曲がると、目の前に非常階段に通じる鉄扉があった。そうして、その前では、ホストのマルコムと、ゲイリーと一緒にやってきたミカコだかミキコだかが抱き合っていたのだった。

"Excuse me,"(失礼)
とだけ言って、そこを離れた。後ろからマルコムが、エレベーターはあっちだよ、と教えてくれた。

オレンジ・ジュースを買って、部屋に戻ると、わたしがなぜ動揺しなきゃいけないんだ、と思うのだが、なんとなくバーバラの目がまっすぐに見られない。マルコムがチラチラとこちらを見ているのも鬱陶しく、オレンジ・ジュースを持ったまま、宣教師のジョンを探す。どうやらジョンは帰ったらしく、妙に疲れたわたしは腰をおろすことにした。
ソファには、わたしが一緒に来たケニーが、缶ビールを片手にひとりで座っている。
うしろのスピーカーからは、抑えた音でマイク・オールドフィールドの〈チューブラー・ベルズ〉が流れている。

だれかのカバンについているクマのマスコットをもてあそんでいたケニーが、この曲、知ってる? と聞くので、LP持ってる、と答えたら、いきなり、エクソシスト~、とクマの首を半回転させた(映画「エクソシスト」のテーマ曲なのだ)。
見るとケニーの目のまわりは真っ赤で、相当酔っぱらっているらしい。
“クマちゃん、すわるかなー、あら、たおれた、もう一回、やってみよー”
とクマをなんとかすわらせようとしているのだ。

向こうではゲイリーと一緒にミカコだかミキコだかがベタベタしているし、さらにその向こうではマルコムがこちらを見ている。
スピーカーからは短い旋律が繰りかえしながら少しずつ変わっていき、やがてその旋律はうねりながら立ちのぼっていく。
向かいでは“クマちゃん、すわりなさい、すわるんだ、クマちゃん”と、あやしいろれつでケニーが繰りかえしている。
バーバラが、ピザ、食べる人は? と大声で聞いている。
わたしはなんだか頭がクラクラし、オレンジ・ジュースで酔うことがあるとしたら、まさに今の状態にちがいない、と思ったりしたのだった。

(この項つづく)