バーの中は派手な色合い、そのほとんどがオレンジ色のジャンパーを着た男でいっぱいだった。ウェイトレスがコーヒーを運んできた。「生き返るな」フランクは湯気の立つカップを両手ではさんだ。「タブ、ずっと考えてたんだ。おまえがさっき、おれが上の空だ、っていったろ? ほんとうだな」
「もういいんだ」
「良くはない。確かにずっとその調子だった。このところ、ひとつのことで頭がいっぱいだったんだ。考えなきゃいけないことがありすぎた。もちろんそんなことは言い訳にもなりゃしないが」
「忘れてくれよ、フランク。あのときは、つい、カッとしちまったんだ。おれたちみんなピリピリしてたし」
フランクは首を振った。「そうじゃないんだ」
「なにかあったんだな」
「ここだけの話にしてくれるか? タブ」
「もちろん。おれたちふたりだけの話だ」
「タブ、おれはナンシーと別れることになると思う」
「おい、フランク、そりゃまた……」タブは座り直すと頭を振った。
フランクは手を伸ばしてタブの腕にその手を載せた。「タブ、おまえ、ほんとうにだれかを好きになったことがあるか?」
「ま、そりゃ……」
「おれがいってるのは、正真正銘、ほんものの恋だ」タブの手首を強く握った。「全身全霊をかけて」
「よくわからんな。おまえがいってるようなことは、よくわからん」
「なら、ないんだよ。何もおまえが悪いっていってるわけじゃない。だが、それはほんとうにそうなった者じゃなきゃ、わからんのさ」フランクはタブの腕を放した。「軽い気持ちでいってるわけじゃない」
「だれなんだ、フランク」
フランクはしばらく黙ったまま、空のカップを見つめていた。「ロクサーヌ・ブルーワー」
「クリフ・ブルーワーの子供か? ベビーシッターの?」
「タブ、そんなふうに人間をカテゴリーに当てはめて考えちゃいけない。だから世の中の何もかもがおかしなことになる。そんなふうだから、この国も、一蓮托生で地獄へ向かって突っ走ることになるんだ」
「だが、あの子はたった……」タブは頭を振った。
「十五歳だ。五月に十六歳になる」フランクの顔に笑みが浮かんだ。「五月四日、午後三時二十七分。いいか、タブ、百年前なら十五歳っていやオールドミスだ。ジュリエットなんてたった十三歳だったんだぞ」
「ジュリエット? ジュリエット・ミラーか? よせよ、フランク、ミラーんちのガキは胸なんかぺったんこで、水着の上だって着る必要がないんだぞ。まだカエルをつかまえてら」
「ジュリエット・ミラーのことじゃない。ほんもののジュリエットだ。タブ、そういうのが人をカテゴリーに分けるってことだってわからないか? あいつは重役だ、あの娘は秘書だ、トラックの運転手だ、十五歳だ、って。だが、このいわゆるベビーシッター、いわゆる十五歳はだな、ほんの小指一本に、おれたちがまるごとかかってもかなわないぐらいのものが詰まってるんだ。あのちっちゃなレディーは特別なんだ」
タブはうなずいた。「あんな子供ならよく知ってる」
「ロクサーヌはおれがいままでそこにあることを知らなかったまったく新しい世界の扉を開いてくれたんだ」
「ナンシーはなんだっていってる?」
「このことは知らない」
「まだいってないのか」
「まだだ。そんなに簡単なことじゃない。ナンシーはずっといい女房だったしな。おまけに子供たちのことも考えなきゃならん」フランクの目の光が揺らぎ、それを素早く手の甲でぬぐった。「たぶんおまえはおれのことをとんでもない馬鹿野郎だと思ってるだろうな」
「そんなことは思ってない」
「いいや。絶対にそう思うようになる」
「フランク、友だちができたっていうことはな、どんなときだって、何があったって、味方してくれる人間ができたっていうことなんだ。少なくともおれはそういうことだと思ってる」
「本気か、タブ」
「もちろん」
フランクは晴れ晴れとした顔になった。「それを聞いてどれだけうれしいか、おまえには絶対わからんだろうな」
ケニーはなんとかしてトラックから外へ出ようとしたが、できなかったらしい。後部ドアにエビのように折った身体をもたせかけ、頭をバンパーの上に突き出していた。フランクとタブはケニーを持ち上げてふたたびベッドに寝かせ、毛布をかけた。ケニーは汗をかき、歯を鳴らしている。「いてえよ、フランク」
「じっとしてりゃそんなに痛むことはなかったんだ。おれたちは病院に向かってるところだ。わかったな? いってみろ、おれは病院に向かってる」
「おれはびょういんにむかってる」
「もう一回」
「おれはびょういんにむかってる」
「病院に着くまでずっとそう自分に言い聞かせておくんだ」
トラックが十キロ近く進んだころ、タブがフランクに向き直った。「おれ、とんでもないヘマをしちまった」
「なんだ?」
「道順を書いた紙をあそこのテーブルの上に忘れてきちまった」
「大丈夫だ。道なら覚えてる」
降り積もる雪は小やみになり、雪原を覆っていた雲が流れていく。だが寒気は相変わらずで、しばらくするとフランクもタブも、歯が鳴り、震えがとまらなくなっていた。危うくカーブを曲がり損なったフランクは、つぎのロードハウスで停まることにした。
そこのトイレにはハンドドライヤーがあったので、ふたりは交代でその前に立ち、上着とシャツの前を開いて温風を顔や胸に当てた。
「あのな」タブがいった。「あそこでおまえが話してくれて、うれしかった。おれを信用してくれて」
フランクは温風の吹き出し口の前で、手を開いたり閉じたりしている。「おれはこんなふうに考えてるんだ、タブ。人間は、孤立した島じゃない。誰かを信頼しなくちゃ」
「フランク……」
フランクは待った。
「あのな、甲状腺っていったろ、ありゃ嘘だ。ほんとは、おれはただ、がっついてるだけなんだ」
「っていうことは……」
「昼だろうが夜だろうが、シャワーを浴びてようが、高速を走ってようが」タブは向きを変えて背中に温風を当てた。「仕事でペーパータオルの詰め替えをやってるときでさえ」
「甲状腺なんて悪くないんだな?」フランクはすでにブーツと靴下を脱いでいた。まず右足を、それから左足を、吹き出し口に差し込む。
「ああ。どこも悪くない」
「アリスは知ってるのか?」
「だれも知らない。最悪なのはそこなんだ、フランク。太ってるってことじゃないんだ。痩せようともしないことじゃなくて、嘘をついてることなんだ。スパイとか、殺し屋みたいに二重生活を送ってるんだ。ヘンな話だがな、おれはスパイだの殺し屋だのっていう連中が気の毒でならないんだ。まったく。あいつらがどんな経験をしてるか、よくわかる。自分が何をいわなきゃならないのか、なにをしなきゃいけないのか、考えてるんだ。いつだって、みんなが自分のなかの何かを見て、何かを捕まえようとしているように感じるんだ。ありのままの自分でいることなんてできやしない。朝飯にオレンジ一個しか食わない、って大げさに宣伝して、仕事へ行く道々、ガツガツ食ってるんだ。オレオだろ、マーズ・バーだろ、トウィンクルズ、シュガー・ベイビーズ、スニッカーズ……」タブはちらりとフランクに目をやって、あわててそらした。
「タブ」フランクは頭を振った。「こっちへ来い」そういうと、タブの腕をとって、バーの奥の食事ができる場所に引っ張っていく。「おれの友だちが腹ぺこなんだ」ウェイトレスにいった。「パンケーキを四人前、バターとシロップもたっぷりつけて」
「フランク……」
「座れよ」
皿が来るとフランクはバターの大きな固まりを切り分け、パンケーキの上にのせた。それからシロップのびんも、それぞれの皿にまわしかけて空にした。身を乗り出して肘をつき、あごを一方の手に載せる。「タブ、さあ」
タブは口いっぱいにほおばることを何度か繰り返し、それから唇をぬぐおうとした。フランクはナプキンを取りあげた。「拭く必要はない」タブは食べ続けた。シロップがあごにたれ、いささか山羊ひげのような具合になった。「これも使えよ」そういうと、フランクはもう一本のフォークをテーブル越しに押しやった。「気合いを入れて食えよ」タブは左手にそのフォークを持つと、皿にかがみ込んで、本格的に食べ始めた。パンケーキがなくなると、「皿をきれいにしてくれよ」とフランクがいう。タブは皿を一枚ずつ取りあげて、四枚ともきれいになめた。深く座り直し、ひと息ついた。
「お見事。腹一杯になったか?」
「腹一杯だよ。こんなに満腹したのは初めてだ」
ケニーの毛布はまた後部ドアに固まっていた。
「はねのけちまうんだろうなぁ」とタブがいった。
「ケニーの役には立ってないな。おれたちの役に立てたほうがいいかもしれない」
ケニーが何かつぶやいた。タブが身を寄せた。「何だって? もう一回いってくれ」
「おれはびょういんにむかってる」
「いいぞ」フランクがいった。
毛布は役に立った。風こそ顔やフランクの手に吹きつけたが、ずいぶんしのぎやすくなった。道路や木に積もった新雪が、ヘッドライトを受けて、きらきらと瞬いた。農家の窓から漏れる四角い光が雪原を青く照らす。
「フランク」やがてタブがいった。「農場の主人がいただろ? ケニーに犬を殺してくれ、って頼んだんだってさ」
「まさか」フランクは考えながら運転を続けた。「あのケニーがな。なんてやつだ」フランクが笑ったので、タブもつられて笑った。笑顔のままで後ろの窓を振り返った。ケニーはみぞおちで腕を曲げ、横になっている。唇が星の名前をつぶやいていた。頭の右上にあるのが北斗七星、後ろの、ケニーつま先の間、病院の方角にあるのが北極星、船乗りを導く星だ。トラックがなだらかな丘にさしかかって曲がったので、北極星はケニーのブーツの間を行ったり来たりしたが、それでもずっと見えていた。「おれはびょういんにむかってる」ケニーはいった。だが、それは間違いだった。はるか以前に違う角を曲がっていたのだった。
「もういいんだ」
「良くはない。確かにずっとその調子だった。このところ、ひとつのことで頭がいっぱいだったんだ。考えなきゃいけないことがありすぎた。もちろんそんなことは言い訳にもなりゃしないが」
「忘れてくれよ、フランク。あのときは、つい、カッとしちまったんだ。おれたちみんなピリピリしてたし」
フランクは首を振った。「そうじゃないんだ」
「なにかあったんだな」
「ここだけの話にしてくれるか? タブ」
「もちろん。おれたちふたりだけの話だ」
「タブ、おれはナンシーと別れることになると思う」
「おい、フランク、そりゃまた……」タブは座り直すと頭を振った。
フランクは手を伸ばしてタブの腕にその手を載せた。「タブ、おまえ、ほんとうにだれかを好きになったことがあるか?」
「ま、そりゃ……」
「おれがいってるのは、正真正銘、ほんものの恋だ」タブの手首を強く握った。「全身全霊をかけて」
「よくわからんな。おまえがいってるようなことは、よくわからん」
「なら、ないんだよ。何もおまえが悪いっていってるわけじゃない。だが、それはほんとうにそうなった者じゃなきゃ、わからんのさ」フランクはタブの腕を放した。「軽い気持ちでいってるわけじゃない」
「だれなんだ、フランク」
フランクはしばらく黙ったまま、空のカップを見つめていた。「ロクサーヌ・ブルーワー」
「クリフ・ブルーワーの子供か? ベビーシッターの?」
「タブ、そんなふうに人間をカテゴリーに当てはめて考えちゃいけない。だから世の中の何もかもがおかしなことになる。そんなふうだから、この国も、一蓮托生で地獄へ向かって突っ走ることになるんだ」
「だが、あの子はたった……」タブは頭を振った。
「十五歳だ。五月に十六歳になる」フランクの顔に笑みが浮かんだ。「五月四日、午後三時二十七分。いいか、タブ、百年前なら十五歳っていやオールドミスだ。ジュリエットなんてたった十三歳だったんだぞ」
「ジュリエット? ジュリエット・ミラーか? よせよ、フランク、ミラーんちのガキは胸なんかぺったんこで、水着の上だって着る必要がないんだぞ。まだカエルをつかまえてら」
「ジュリエット・ミラーのことじゃない。ほんもののジュリエットだ。タブ、そういうのが人をカテゴリーに分けるってことだってわからないか? あいつは重役だ、あの娘は秘書だ、トラックの運転手だ、十五歳だ、って。だが、このいわゆるベビーシッター、いわゆる十五歳はだな、ほんの小指一本に、おれたちがまるごとかかってもかなわないぐらいのものが詰まってるんだ。あのちっちゃなレディーは特別なんだ」
タブはうなずいた。「あんな子供ならよく知ってる」
「ロクサーヌはおれがいままでそこにあることを知らなかったまったく新しい世界の扉を開いてくれたんだ」
「ナンシーはなんだっていってる?」
「このことは知らない」
「まだいってないのか」
「まだだ。そんなに簡単なことじゃない。ナンシーはずっといい女房だったしな。おまけに子供たちのことも考えなきゃならん」フランクの目の光が揺らぎ、それを素早く手の甲でぬぐった。「たぶんおまえはおれのことをとんでもない馬鹿野郎だと思ってるだろうな」
「そんなことは思ってない」
「いいや。絶対にそう思うようになる」
「フランク、友だちができたっていうことはな、どんなときだって、何があったって、味方してくれる人間ができたっていうことなんだ。少なくともおれはそういうことだと思ってる」
「本気か、タブ」
「もちろん」
フランクは晴れ晴れとした顔になった。「それを聞いてどれだけうれしいか、おまえには絶対わからんだろうな」
ケニーはなんとかしてトラックから外へ出ようとしたが、できなかったらしい。後部ドアにエビのように折った身体をもたせかけ、頭をバンパーの上に突き出していた。フランクとタブはケニーを持ち上げてふたたびベッドに寝かせ、毛布をかけた。ケニーは汗をかき、歯を鳴らしている。「いてえよ、フランク」
「じっとしてりゃそんなに痛むことはなかったんだ。おれたちは病院に向かってるところだ。わかったな? いってみろ、おれは病院に向かってる」
「おれはびょういんにむかってる」
「もう一回」
「おれはびょういんにむかってる」
「病院に着くまでずっとそう自分に言い聞かせておくんだ」
トラックが十キロ近く進んだころ、タブがフランクに向き直った。「おれ、とんでもないヘマをしちまった」
「なんだ?」
「道順を書いた紙をあそこのテーブルの上に忘れてきちまった」
「大丈夫だ。道なら覚えてる」
降り積もる雪は小やみになり、雪原を覆っていた雲が流れていく。だが寒気は相変わらずで、しばらくするとフランクもタブも、歯が鳴り、震えがとまらなくなっていた。危うくカーブを曲がり損なったフランクは、つぎのロードハウスで停まることにした。
そこのトイレにはハンドドライヤーがあったので、ふたりは交代でその前に立ち、上着とシャツの前を開いて温風を顔や胸に当てた。
「あのな」タブがいった。「あそこでおまえが話してくれて、うれしかった。おれを信用してくれて」
フランクは温風の吹き出し口の前で、手を開いたり閉じたりしている。「おれはこんなふうに考えてるんだ、タブ。人間は、孤立した島じゃない。誰かを信頼しなくちゃ」
「フランク……」
フランクは待った。
「あのな、甲状腺っていったろ、ありゃ嘘だ。ほんとは、おれはただ、がっついてるだけなんだ」
「っていうことは……」
「昼だろうが夜だろうが、シャワーを浴びてようが、高速を走ってようが」タブは向きを変えて背中に温風を当てた。「仕事でペーパータオルの詰め替えをやってるときでさえ」
「甲状腺なんて悪くないんだな?」フランクはすでにブーツと靴下を脱いでいた。まず右足を、それから左足を、吹き出し口に差し込む。
「ああ。どこも悪くない」
「アリスは知ってるのか?」
「だれも知らない。最悪なのはそこなんだ、フランク。太ってるってことじゃないんだ。痩せようともしないことじゃなくて、嘘をついてることなんだ。スパイとか、殺し屋みたいに二重生活を送ってるんだ。ヘンな話だがな、おれはスパイだの殺し屋だのっていう連中が気の毒でならないんだ。まったく。あいつらがどんな経験をしてるか、よくわかる。自分が何をいわなきゃならないのか、なにをしなきゃいけないのか、考えてるんだ。いつだって、みんなが自分のなかの何かを見て、何かを捕まえようとしているように感じるんだ。ありのままの自分でいることなんてできやしない。朝飯にオレンジ一個しか食わない、って大げさに宣伝して、仕事へ行く道々、ガツガツ食ってるんだ。オレオだろ、マーズ・バーだろ、トウィンクルズ、シュガー・ベイビーズ、スニッカーズ……」タブはちらりとフランクに目をやって、あわててそらした。
「タブ」フランクは頭を振った。「こっちへ来い」そういうと、タブの腕をとって、バーの奥の食事ができる場所に引っ張っていく。「おれの友だちが腹ぺこなんだ」ウェイトレスにいった。「パンケーキを四人前、バターとシロップもたっぷりつけて」
「フランク……」
「座れよ」
皿が来るとフランクはバターの大きな固まりを切り分け、パンケーキの上にのせた。それからシロップのびんも、それぞれの皿にまわしかけて空にした。身を乗り出して肘をつき、あごを一方の手に載せる。「タブ、さあ」
タブは口いっぱいにほおばることを何度か繰り返し、それから唇をぬぐおうとした。フランクはナプキンを取りあげた。「拭く必要はない」タブは食べ続けた。シロップがあごにたれ、いささか山羊ひげのような具合になった。「これも使えよ」そういうと、フランクはもう一本のフォークをテーブル越しに押しやった。「気合いを入れて食えよ」タブは左手にそのフォークを持つと、皿にかがみ込んで、本格的に食べ始めた。パンケーキがなくなると、「皿をきれいにしてくれよ」とフランクがいう。タブは皿を一枚ずつ取りあげて、四枚ともきれいになめた。深く座り直し、ひと息ついた。
「お見事。腹一杯になったか?」
「腹一杯だよ。こんなに満腹したのは初めてだ」
ケニーの毛布はまた後部ドアに固まっていた。
「はねのけちまうんだろうなぁ」とタブがいった。
「ケニーの役には立ってないな。おれたちの役に立てたほうがいいかもしれない」
ケニーが何かつぶやいた。タブが身を寄せた。「何だって? もう一回いってくれ」
「おれはびょういんにむかってる」
「いいぞ」フランクがいった。
毛布は役に立った。風こそ顔やフランクの手に吹きつけたが、ずいぶんしのぎやすくなった。道路や木に積もった新雪が、ヘッドライトを受けて、きらきらと瞬いた。農家の窓から漏れる四角い光が雪原を青く照らす。
「フランク」やがてタブがいった。「農場の主人がいただろ? ケニーに犬を殺してくれ、って頼んだんだってさ」
「まさか」フランクは考えながら運転を続けた。「あのケニーがな。なんてやつだ」フランクが笑ったので、タブもつられて笑った。笑顔のままで後ろの窓を振り返った。ケニーはみぞおちで腕を曲げ、横になっている。唇が星の名前をつぶやいていた。頭の右上にあるのが北斗七星、後ろの、ケニーつま先の間、病院の方角にあるのが北極星、船乗りを導く星だ。トラックがなだらかな丘にさしかかって曲がったので、北極星はケニーのブーツの間を行ったり来たりしたが、それでもずっと見えていた。「おれはびょういんにむかってる」ケニーはいった。だが、それは間違いだった。はるか以前に違う角を曲がっていたのだった。
The End