2.『グループ』 その1.
現在この小説は入手困難なのだけれど、とにかくおもしろいので、少し丁寧に内容を紹介してみたい。
作者メアリー・マッカーシーと同じく、1933年にヴァッサー女子大(メリル・ストリープが確かここの出身者だった。『あしながおじさん』のジュディーが過ごしたのもここ。アメリカで女子大としては最も古く、由緒ある大学)を卒業した八人のグループのメンバーの、卒業後七年間の軌跡がたどられる、というのが、この作品のアウトラインである。
【ケイ・ストロング】彼女の結婚式で、この物語は幕を開ける。
ケイは卒業の前年、サマー・シアターの見習いとして働いていたとき、六歳年上で舞台監督助手のハロルド・ピータースンと知り合う。そして、ケイの卒業式の一週間後、両親も、年長者の立ち会いもなしに、監督教会派の教会で型破りの結婚式を挙げた。
ところが結婚しても、ケイはハロルドの実体を捕まえることができない。従来から、ケイのことは愛しているかどうかわからない、とはっきり言っていたハロルドであるが、彼が自分の父親に宛てた手紙に
と書いていたのを読んでしまう。ところがケイにはハロルドが惹かれる自分というものに思い当たらないのだ。少なくとも、ケイは正体がつかめないハロルドを怖れていた。
ケイはメイシーデパートに職を得たが、ハロルドは演出家との口論から失業してしまう。失業状態は約半年にも及んだが、ハロルドの戯曲がプロデューサーに売れたために、ふたりはパーティを開く。
スペインに滞在中のレイキーを除く、グループの全員が、ひさしぶりに集まった。パーティにはハロルドの仕事仲間のほかに、グループのメンバーではないけれど、ヴァッサーの同期生のノリン・シュミットラップと、その夫で社会主義者のパトナム・ブレイクも来ていた。
ケイとハロルドもかみ合わず、なんとなく冴えないパーティの最中、台所にマッチを取りに行ったグループのひとり、ヘレナは、ハロルドとノリンが台所でキスをしているのに出くわしてしまう。ゴシップには興味のないヘレナだったが、翌日、ノリンから電話があり、結局合うことになってしまう。
【ヘレナ・デイヴィスン】
ヘレナは卒業後、保育園に勤める予定だったが、父親が反対したため(「特権を持つ人間はある種の権利を放棄するのです。あるいは放棄しないわけにはいかない」)、ヨーロッパへ数ヶ月渡ったあとは、就職もせずぶらぶらしていた。
気が進まないままノリンの家に出向いたヘレナは、そこでノリンからパトナムが不能であること、ハロルドとはずいぶん前から情事を持っていること、情事を持ったのがハロルドが始めてではないことなどを聞かされる。
生活を立て直すように、というヘレナのアドヴァイスに、ノリンはそうしたことは「形式的なこと」として、まったく動じないのだった。パトナムとノリンの薄汚れた自宅は、左翼的知識人の集まる一種のサロンとなっているのだという。そして、男同士の思想的結びつきも強いのだ、と。ハロルドと二度と会うな、というヘレナの意見は、子どものもの、として一蹴されてしまう。
一週間後、クリーヴランドの実家に戻ったヘレナは、母親が読んでいたニューヨーク・タイムズで、ホテルでストライキ中の従業員を支援するために、同情ストライキを行った客が現れたこと、その最中ハロルドとパトナムが逮捕されたことを知る。新聞の写真の中央にはカメラ目線のノリンが。
ヘレナの母親は言う。
(この項続く)
現在この小説は入手困難なのだけれど、とにかくおもしろいので、少し丁寧に内容を紹介してみたい。
作者メアリー・マッカーシーと同じく、1933年にヴァッサー女子大(メリル・ストリープが確かここの出身者だった。『あしながおじさん』のジュディーが過ごしたのもここ。アメリカで女子大としては最も古く、由緒ある大学)を卒業した八人のグループのメンバーの、卒業後七年間の軌跡がたどられる、というのが、この作品のアウトラインである。
【ケイ・ストロング】彼女の結婚式で、この物語は幕を開ける。
ケイがおどろくほどの変りようを見せたのは、三年のとき、ウオッシュバーン先生の(このひとは自然科学に一身を捧げた老嬢だった)動物心理学の講義に出た頃からのことだった。かてて加えてハリー・フラナガン(訳注略)の演劇教室で活躍したことが、この内気で可愛らしくていくらかもっさりした西部出身の少女、髪は黒く艶やかに縮れ、顔色は野ばらのようで、ホッケーや合唱に熱を上げ、サイズの大きなブラジャーと重い生理のもちぬしだったこの少女を、やせて精力的で鼻っぱしの強い娘に変えてしまったのである。以来この娘はいつもスラックスにセーターにズック靴といういでたちで、めったに洗わない髪には絵の具をくっつけ、指はタバコで変色し、ハリーやハリーの助手のレスターのことを浮き浮きした調子で語り、張物、点描法、性的衝動、色情狂などということばを盛んに口にし、女友達の姓を大声で――イーストレイクだの、レンフルーだの、マコーズランドだのと呼び、実験的婚前交際を説き、配偶者の科学的選択を主張するのだった。愛なんて幻想よ、というのがケイの口癖である。(『グループ』小笠原豊樹訳 以下特に注記のない限り引用は同書)
ケイは卒業の前年、サマー・シアターの見習いとして働いていたとき、六歳年上で舞台監督助手のハロルド・ピータースンと知り合う。そして、ケイの卒業式の一週間後、両親も、年長者の立ち会いもなしに、監督教会派の教会で型破りの結婚式を挙げた。
ところが結婚しても、ケイはハロルドの実体を捕まえることができない。従来から、ケイのことは愛しているかどうかわからない、とはっきり言っていたハロルドであるが、彼が自分の父親に宛てた手紙に
ケイは人生を忘れていないのです……人生はともすればぼくらを傷つけます。。ぼくらはそのことを知っている。ところがケイは一度もそんなことを考えたことがないのです。たぶん、それだからこそ、ぼくはケイと結婚する気になったんでしょう……
と書いていたのを読んでしまう。ところがケイにはハロルドが惹かれる自分というものに思い当たらないのだ。少なくとも、ケイは正体がつかめないハロルドを怖れていた。
ケイはメイシーデパートに職を得たが、ハロルドは演出家との口論から失業してしまう。失業状態は約半年にも及んだが、ハロルドの戯曲がプロデューサーに売れたために、ふたりはパーティを開く。
スペインに滞在中のレイキーを除く、グループの全員が、ひさしぶりに集まった。パーティにはハロルドの仕事仲間のほかに、グループのメンバーではないけれど、ヴァッサーの同期生のノリン・シュミットラップと、その夫で社会主義者のパトナム・ブレイクも来ていた。
ケイとハロルドもかみ合わず、なんとなく冴えないパーティの最中、台所にマッチを取りに行ったグループのひとり、ヘレナは、ハロルドとノリンが台所でキスをしているのに出くわしてしまう。ゴシップには興味のないヘレナだったが、翌日、ノリンから電話があり、結局合うことになってしまう。
【ヘレナ・デイヴィスン】
背が低く、髪は薄茶色で、鼻は可愛らしくあぐらをかき、全体的にはがっしりした感じだが、その実やせてほっそりしているヘレナは非常に父親似である。やはり背が低く、髪が薄茶色の父親はスコットランド系で、合金の知識を活用して鉄で一財産つくった。……ヘレナはグループのなかでは愉快な人物を見なされていた。いたずらっぽいユーモアのセンスといい、ゆっくり引きずるような喋り方といい、初めのうちみんなを驚かせた裸で歩きまわる癖といい、何もかもが愉快である。……それにしてもヘレナが頭脳明晰であり、年のわりにたいそう成熟していることは、グループ全体が認めていた。……ケイと同室だったことやら(グループが寮の一郭を占領する以前)、ケイをクリーヴランドの実家へ呼んだことやらで、ヘレナはあっさり母親の意見を受け入れ、ケイを親友扱いしていたが、実のところこの二人はケイの人生にセックスが登場する以前ほど親密ではなかった。……自分で〈好悪の情熱〉と呼ぶところのものにたいしてヘレナは冷静かつ疎遠であり、ケイがハロルドに夢中になっているところを見るのは興味津々だった。
ヘレナは卒業後、保育園に勤める予定だったが、父親が反対したため(「特権を持つ人間はある種の権利を放棄するのです。あるいは放棄しないわけにはいかない」)、ヨーロッパへ数ヶ月渡ったあとは、就職もせずぶらぶらしていた。
気が進まないままノリンの家に出向いたヘレナは、そこでノリンからパトナムが不能であること、ハロルドとはずいぶん前から情事を持っていること、情事を持ったのがハロルドが始めてではないことなどを聞かされる。
「わたしは社会主義者じゃないけど」とヘレナは平静に言った。「でも、もし社会主義者だったらいい人間になろうと努力するわ……あなたが〈良家の娘〉だから、御主人はあなたと寝ることができないって言ったわね。それなら、事実を話してあげなさい。ハロルドとのことを話すのよ。奥さんと六人の子供をかかえた小学教師のこともね。そうすれば、御主人もきっと元気が出るでしょ。それから御主人にこの部屋をよく眺めさせなさい。あなたの顎のまわりの汚れを見せなさい。男と寝れば寝るだけ、垢がたまるみたいに汚れが濃くなるのよ。人の大勢入った浴槽が汚れるのとおなじことよ」
生活を立て直すように、というヘレナのアドヴァイスに、ノリンはそうしたことは「形式的なこと」として、まったく動じないのだった。パトナムとノリンの薄汚れた自宅は、左翼的知識人の集まる一種のサロンとなっているのだという。そして、男同士の思想的結びつきも強いのだ、と。ハロルドと二度と会うな、というヘレナの意見は、子どものもの、として一蹴されてしまう。
一週間後、クリーヴランドの実家に戻ったヘレナは、母親が読んでいたニューヨーク・タイムズで、ホテルでストライキ中の従業員を支援するために、同情ストライキを行った客が現れたこと、その最中ハロルドとパトナムが逮捕されたことを知る。新聞の写真の中央にはカメラ目線のノリンが。
ヘレナの母親は言う。
男というのは……女に言われない限り絶対にタキシードを着ないものよ。ずるい女にそそのかされない限り、同情ストだかなんだか知らないけど、男がタキシードを着て出掛けたりするもんですか。右翼だって左翼だって、男はみんなおんなじよ。で、女の目的は自分の写真を新聞に出すことなのね。ハロルドがパトナム・ブレイクとやらへの友情から、こんなことをしたなんて思ったら大まちがい。そう、きっとその女はパトナム・ブレイクもハロルドも、両方を指の先で操ってるんだわ。その頭飾りにしたって――きっとそれをつけたところを写真に撮りたかったのね。それからその手袋。よくも駝鳥の羽根かなんかの扇を持って行かなかったもんだわ。
(この項続く)