陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

メアリー・マッカーシー 『家族の友人』 その12.

2004-12-10 22:26:47 | 翻訳


 妻と一緒にいても幸せではないのだが、あなたは変化を求めない。ロマンティックな気分のときには、官能的なブロンドや、気ままな女性、悩まされることもなさそうな女性を夢見ることもないわけではない。教会のオルガン奏者や、メソディスト教会の牧師の妻と駆け落ちする夢想さえ。けれどもあなたは平和を求め、世間体を気にかける。冒険や、より広い世界で生きることは求めていない。
けれどもあるとき、理論的に言えばこうしたロマンスを求めてもかまわないのだ、と考える。ひとりが冒険していれば、みんなが冒険をしたときの言い訳が簡単になる。だが、妻や隣人があなたより冒険に対する許容範囲が広いかどうか、いったいだれが知っていよう。
もしすべての人間が平等に創られているのなら、平等達成のためのプログラムなど存在しないはずだ。資本家が、もし自分よりいい暮らしをしている人間はだれもいないとはっきりと知ったなら、喜んで工場の門に国民軍を迎えるだろう。
わたしたちはほかの人よりたくさんほしがろうとはしないけれど、取り分が少ないと不安になる。わたしたちが望むのは、完全に同等であることなのだが、これが実現するのは下向き方向で計算すること、ゼロを究極の、実現不可能な理想とすることによってのみである。
ここでの生活は、一連の軍縮会議のようなものだ。もしあなたが要求を減らしてくれたら、わたしも要求を減らしましょう。わたしたちの目標を同等におくと、上向き方向で計算することは不可能である。そのために国が許されるのは、築き上げられるべき戦闘能力をもたない海軍であり、人が与えられるのは、実践とは縁のない自由であり、結局は、じき、総体の不平等に帰着する。

 みなが「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」という主義を受け入れることができない限り、民主主義の困難さに回答するものとして全体主義国家が現れるだろうし、フランシス・クリアリィは理想の友だちということになってしまうだろう。
まさにいま現在、あなたは現在のクリアリィ、週末泊まりに来たまま居座っている彼を放り出そうと計画しているところだ。ほんの一時間前に、昼食をすませたにもかかわらず、なにか食べさせてくれ、と怒鳴っている。妻は慌てて台所に行き、チキン・サンドウィッチを作るが、夫は不安気に押し黙ったまま、フランシスを見つめている。彼は音楽が好きではないから、蓄音機もかけられない。自分が知らない人やわからないことの話もひどく嫌がるので、新しく会話を始めるのも恐ろしい。新聞を読もうにも、ないがしろにされたと感じるのではないか、と思うと、新聞を取りあげる気にもなれない。ひとたび不機嫌になれば、赤ん坊をつねるのだ。
 
 サンドウィッチが来ると、乱暴な手つきであら探しをするためにパンを開き、ピクルスとマヨネーズを要求するのを見て、あなたの心の中にレジスタンスの火が点る。鼓動が不幸な妻と連帯して、ドキドキと早く脈打ち始める。協力して、暴君を追い出すんだ。妻があなたのためにやってくれたのなら、はるかにそのほうがいいだろう。だがその場合も、あなたが心から、あらゆる支援をすることには疑問の余地がない。危険は、もちろん、反抗者同士の暖かな同胞愛のなかに、計画や準備することの楽しさに、寂しい家のなかで開かれる秘密の会合に、信頼できる農民の見張り番(いったい誰が通るのか?)に、妻が抱くある種の幻想がふたたびよみがえってくることに潜んでいる。
友だちにまつわるあらゆる質問がもういちど始まる。無秩序状態は続くだろうし、ふたつの強制収容所の亡霊たちがあなたの家の居間に集まってきて、古い問題を討論することさえあるかもしれない。感情が高じて、あなたは夜中に家を飛び出し、ホテルの部屋を探すことになるかもしれない。
あなたは自問する。平和のためには、あらかじめ妻と共通の友人を選んでおき、空白期間を置かない方が賢明なのではないだろうか。どこかで、つい先日、とあるカップルに会わなかっただろうか……。あなたはむなしく、そのふたりの顔と名前を思いだそうとする。これまでの記憶は脳裏を去らないが、あきらめない。ぼんやりした印象は、自分が間違っていないという確信につながっていく。彼らこそ、その人たちだ。もういちど会うような機会があれば、あなたはすぐわかるだろうし、ふたたび会えた喜びの声をあげながら、駆け寄っていくだろう。たったひとつ、問題がある。あのふたりはもうだれかと約束しているのだろうか……。
 
 繰り返し訪れる悪夢(語るに値しない、苦痛をあまり与えないものは勘定に入れない)から逃れる唯一の方法は、論理的なつぎのステップへ進むこと、あなたとあなたの妻がクリアリィたちに、たとえばラウンド・ヒル・ロードのクリアリィたちになることである。あなたはなぜそれを嫌がる? 失うものがあるというのか? ソファにすわっている男と、あなたのちがいはどこにある?




(近日中に全体に手を入れて、サイトに掲載します)