陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

グレアム・グリーン 『破壊者』その3.

2004-10-27 18:10:38 | 翻訳
(承前)

「いい考え?」

Tは目を上げたが、何かに心を塞がれたような灰色の目は、曇った8月の空みたいだった。「やっちまうんだ」Tは言った。「ぶっ壊す」

ブラッキーはおおっ、と笑いかけたが、ぞっとするほど真剣な視線にあって、マイク同様、途中で笑い声を呑み込んだ。「その間おまわりが待っててくれるとでも思ってんのか」

「やつら、気づきゃしないさ。中からぶっ壊すんだから。入り口を見つけたんだ」Tの声には憑かれたような響きがあった。「虫みたいにやるんだ、いるだろ、リンゴの中に。オレたちは全部取っ払っちまう、なんにもない、階段もなきゃ、嵌木細工も、あるのはただ外壁だけにして出てくるんだ。で、壁を倒す――どうにかして」

「ブタ箱行きだ」ブラッキーが言った。
「だれが証明できる? おまけにオレたちはなにひとつ盗まない」にこりともせず付け加えた。「オレたちがやっちまったあとには、盗もうにも何も残っていない」

「ものを毀して刑務所に入った、って話は聞いたことがないな」サマーズが言った。
「時間が足りない」ブラッキーは指摘した。「家の取り壊し作業を見たことがある」
「オレたちは12人いる。計画的にやるんだ」「だれもどうやったらいいか……」
「オレが知ってる」Tはそう言うと、ブラッキーを見返した。「もっといい計画でもあるのか?」

「今日はね」マイクが無防備に答える。「タダ乗りをして……」「タダ乗りか」Tが言った。「ガキのやりそうなことだな。ブラッキー、降りてもいいんだぜ、もしタダ乗りがしたけりゃ……」
「団は投票で決めることになってるんだ」「なら、そうしてくれよ」

ブラッキーはぶすっとして言った。「明日と月曜日、しみったれじいさんの家をぶっ壊したらどうか、という提案があった」
「さあさあ」ジョーという太った少年が煽った。「賛成はだれだ」
Tが言った。「決まりだな」

「どうやって始めるんだ」サマーズがたずねる。

「やつが教えてくれるさ」ブラッキーのリーダーとしての地位もこれで終わりだった。
 その場を離れて駐車場の裏手へまわり、石を蹴りながらジグザグとドリブルを始める。そこは古いモリスが一台あるだけだった。というのも、ここは係員がいないから危険だというので、トラック以外の車はみんな引き上げてしまっていたからだ。
 ブラッキーは車めがけてジャンピングシュートを放ち、後部の泥よけの塗装を少し削った。むこうでは、ブラッキーなんてやつ知らないぞ、とでもいうように、みんなTのまわりに集まっていた。ブラッキーは漠然と人気の移ろいやすさといったものを感じた。家へ帰ろうか。もうここなんかに戻ってこない。やつらにTがリーダーになったらどれだけつまらねぇか、わからせてやりゃいいんだ。
 だが、まてよ、Tが言ったことが可能だったら。そんなことがあったなんて、前代未聞ってやつだ。ウォームズリー・コモン駐車場団の評判は、ロンドン一帯に広まるだろう。新聞に見出しが載るかもしれない。プロレスの賭を仕切ってる本物のギャング団だって、闇屋連中だって、しみったれじいさんの家がどんなふうにぶっ壊されたかを知ったら、オレたちのことを尊敬してくれるだろう。団の名声を思う、純粋かつ単純にして利他愛に満ちた野望を胸に、ブラッキーはしみったれじいさんの家陰に立っているTのところへ戻った。

 Tは決然とした態度で命令を繰り出していた。あたかも誕生と同時にずっと内部に宿り、歳月を経るなか熟慮を重ねた15年ぶんの思いが、いまこのとき、成熟の痛みを伴いつつ結晶となったかのように。「おまえは」とマイクに言う。「大きな釘を数本、持ってくるんだ。一番大きいやつだぞ。それとハンマー。持ってこれるヤツはみんな、ハンマーとドライバーを持ってくる。たくさんいるんだ。ノミもいるな。ノミが多すぎてこまる、なんてことには絶対ならないからな。ノコギリを持ってこれるヤツはいるか?」

「ぼく」マイクが答えた。
「子ども用のはダメだぞ。必要なのは、本物のノコギリなんだ」
ブラッキーは無意識のうちに、ひらの団員のように手をあげていた。
「わかった。おまえが持ってくるんだ、ブラッキー。だけどこいつはむずかしいな、弓ノコがほしいんだ」
「弓ノコってなんだ」
「ウールワースにある」サマーズが答えた。

ジョーという太った少年が情けない声を出す。「結局、金を集めるって話になるんだよな、わかってたよ」
「一本はオレが調達してくる」Tが言った。「みんなから金を出してもらおうなんて思っちゃいない。だけどスレッジハンマーはムリだな」

ブラッキーが言った。「15番地で工事をしてる。バンク・ホリデイに道具がどこへ片付けられるかオレはわかる」
「じゃぁそれで決まりだ」Tは言った。「九時きっかりにここに集合」「ぼく、教会へ行かなくちゃならないんだ」マイクが言った。
「塀を乗り越えて、口笛を吹くんだ。入れてやるから」

(この項続く)