ひらりん気まま日記

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『評伝ナンシー関「心に一人のナンシーを」』

2012-11-03 11:35:40 | Book&Art&TV

秋枯れのジニア


ナンシー関が39歳で急死して10年になるという。
みずからは消しゴム版画家と称していたが、テレビ評論家としてとても人気があった。
今でもナンシーを超える人は出ていない。
本名の関直子をいとうせいこうがかなり適当にナンシー関と名づけたらしい。
私は週刊文春連載のコラム「テレビ消灯時間」を読んだくらいで特別に注目していたわけではなかったけれど、結局、ナンシー関ってどういう人だったわけ?という興味で読み始めたら、けっこうおもしろかった。

消しゴム版画、流行ったね。私もいっときハマって、チョコチョコ彫っていた。
失聴と子育てでほとんど家にこもりきりの30代、あの頃は人形作り、手編み、ミニチュアドール、パッチワークと手作りに没頭していた。それなりに楽しんでいたとは思うけど、もう戻りたくないです。

この本がきっかけで、以前の著作も借りて読んでみたけれど、文章は今でも新鮮なのに、取り上げている人物が「時の人」だから、ずいぶん昔のような古びた感じがして、パラパラ読みで終わってしまった。
その時代にリアルタイムでもっと読んでおけばよかったなぁと悔やまれるし、もし、生きていたら、本当に面白いものを書いてくれたんだろうに。
 
ナンシーの言葉から↓
 【自分の感情をうまくネタに変換できた時の自己満足が第一の目標です】
だよなぁ。ブログ書いてるのもそういうのがいちばんおっきいかも。

 【テレビというのはものをアップで見せるメディアだ。日常生活の視界としては考えられないことである。】
ナンシーは弱視に近い視力だったのでまともに人の顔や周りの様子が見えなかったらしい。

 【何かを盲目的に信じている人にはスキがある。自分の状態が見えていないからだ・・日常生活においては自己抑制しているが、同じものを信じる同志が一堂に会すると安心して無防備になる。】
こういうするどい観察力と冷静な視点があるから、ぶれないものを書けたんだろう。

評伝から抜粋
 【解釈の多様性を尊重するナンシーの柔軟性こそが、のちのテレビ評論の視座の中核にあり、同じテレビ画面に映るものを見ながらも、ほかの人が気づかなかったことを次々に見破って、言葉として表現することで多くの読者から喝采を浴びることにつながっている。】
ナンシーは自分で規格外というほどの大きな体格で、結局それが命取りになったわけで、でも、やっぱり、それが、一途に消しゴム版画を彫り続け、テレビを真摯に視聴しコラムを書き続けることと無縁ではなかっただろうということで終わっている。
自分で見たり聞いたり感じたことに対してもいつも「心に一人のナンシーを」を持っていたら、ひっくり返らず、すっくりと立っていられる気がします。

『評伝ナンシー関「心に一人のナンシーを」』 横田増生 朝日新聞出版
毎年、ぜんぜん気づかないけど、2004年11月3日にブログ初めて8年になった。
ほぼ99%毎日アップで遊んできたことになり、感慨深いなんてこともなく、淡々とやっていきます、これからも。