透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー



2-8-2 消防信号板 2-8-3 銘板

2017-03-25 | A「火の見櫓っておもしろい」を本にしよう

2-8-2 消防信号板

半鐘の叩き方(消防信号)は法律で決められています。消防法施行規則(昭和24年)にその規定があり、その第4条に別表に定める区分及び方法に従い発しなければならないと謳われています。火の見櫓に取り付けられている消防信号板にはこの規定による半鐘の叩き方が表示されています。

消防団員は信号表示板に表示されている叩き方に従って半鐘を叩くのですから、立科町五輪久保の火の見櫓(写真2-8-2-2)のように、表示板を見ながら半鐘を叩くことができるところに設置するのが好いと思うのですが、なぜかこの位置はあまり多くはありません。

塩尻市洗馬の火の見櫓( 写真2-8-2-3)は見張り台の手すりに表示板を外に向けて設置してあります。なぜこのように設置しているのか、意図が分かりません。同時に複数の叩き方をするわけではありませんから、その時の叩き方を頭に入れて登ればよいわけで、大町市美麻の火の見櫓(写真2-8-2-4)のように脚部に設置してあるのは理解できます。半鐘の叩き方は頭に入っているが、念のために確認してから登る、ということでしょう。


写真2-8-2-1 消防信号板 


写真2-8-2-2  立科町五輪久保の火の見櫓


写真2-8-2-3 塩尻市洗馬の火の見櫓


写真2-8-2-4 大町市美麻の火の見櫓 


写真2-8-4-5 北杜市大泉町にて


写真2-8-2-6 立科町にて

表示の仕様は違っていても内容は同じです。


2-8-3 銘板

火の見櫓に銘板が付いていることがあります。銘板には火の見櫓を製造した鉄工所や建設年月などが記されています。


写真2-8-3-1 上田市真田町の火の見櫓

この銘板には昭和参拾壱年参月と建設年の表記があり、長村消防団 大日向分団とも表記してあります。この長村について調べて1958年(昭和33年)に傍陽(そえひ)村、本原村と合併して真田町となったことが分かりました。

さらにこの3村それぞれにについて調べて、長村は真田村、横尾村、横沢村、大日向村が1876年(明治9年)に合併してでき、傍陽村は上洗馬村、軽井沢村、曲尾村が1874年(明治7年)に、本原村は上原村、中原村、下原村がやはり1874年(明治7年)合併してできたことが分かりました。真田は以上の10ヶ村から成る町でした。なお、真田町は2006年(平成18年)に上田市と合併しました。この銘板は町の歴史を具体的に伝える情報プレートです。






銘板の中には寄付者を記したものもあります。銘板が付いていたら、そこに記されている建設年なども確認すべきです。


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2-8 梯子 消防信号板 その他 

2017-03-25 | A「火の見櫓っておもしろい」を本にしよう

2-8 梯子 消防信号板 その他 

2-8-1 梯子


写真2-8-1-1 松本市里山辺の火の見櫓

火の見櫓に梯子は欠かせない存在です。梯子を使って見張り台まで昇り降りするのですから。

梯子を構成する要素は足を掛ける水平の踏桟と踏桟を支える2本の側木です。踏桟は階段の踏板に、側木は側板に相当する部位です。踏桟は段とも言いますが本書では踏桟と呼ぶことにします。

梯子には登り降りしやすくする工夫がされているものもあれば、そのような配慮がされていないものもあります。また、子どもが登らないような対策をしてあるものもあります。消防団員は支障なく登れるように、子どもには登ることが困難なように、という相反する条件をどのようにクリアしているかは火の見櫓の梯子の見どころです。


写真2-8-1-2 宮田村の火の見櫓 

登り降りしやすくするための配慮

地上から踊り場まで櫓の外側に梯子を掛けています。梯子を垂直に掛けるのではなく、勾配を付けて登り降りしやすくすると共に、手すりも設置しています。


写真2-8-1-3 松本市岡田の火の見櫓

松本市岡田の火の見櫓(写真2-8-1-3)は梯子を見張り台の床面より上まで伸ばしています。これは梯子と見張り台との間の移動をしやすくするための配慮です。突出長さが十分でないと、立った状態、立位での移動ができません。梯子の上端が床面止まりの場合、移動の際にかなり恐怖を覚えます。梯子をどこまで伸ばしてあるか、ここに作り手の配慮を見ることができます。


写真2-8-1-4 安曇野市豊科の火の見櫓

梯子を登り降りしやすくするための配慮として、櫓の外部に橋を設置する場合に落下防止カゴを設置しているものもあります。建物の屋根に上るタラップや梯子にも同様のカゴを設置しているケースがよくありますが、登り降りする際の恐怖感を和らげる効果があります。

踏桟

丸鋼を踏桟に使用しているものが多いですが、中には丸鋼を2本並べているものもあります(辰野町小野の火の見櫓 写真2-8-1-5)。こうすれば靴底と踏桟との接触面が大きくなり、滑りにくくもなって、昇り降りしやすくなります。踏桟に縄を巻いているものを見かけたことがありますが(塩尻市宗賀、朝日村小野沢 写真2-8-1-6、7)、このような例は少ないです。これも同様の配慮によるものです。


写真2-8-1-5 辰野町小野の火の見櫓


写真2-8-1-6 塩尻市宗賀の火の見櫓


写真2-8-1-7 朝日村小野沢の火の見櫓


写真2-8-1-8 須坂市須坂の火の見櫓 

須坂市須坂の火の見櫓(写真2-8-1-8)には梯子の踏桟に山形鋼が使われています。この場合、踏桟の上面が平らで足は置き易いですが、手で掴みにくくなります。踏桟を素手で掴むこともあり得るでしょう。この場合、強くつかむと痛いですから、踏桟に用いる部材として最適とは言えません。

子どもたちが登らないように

私は子どものころ火の見櫓に登ったことはありませんでしたが、木登りはよくしました。今では木登りをして遊ぶ子どもを見かけなくなりました。火の見櫓に登る子もいないでしょう。でも安全上の配慮をする必要から写真2-8-1-9のような表示をしていることがあります。

上田市腰越の火の見櫓(写真2-8-1-10)のように、火の見櫓の下端を基礎コンクリート・地面に着けないで高くする方法がよく採られています。松本市寿豊岡の火の見櫓(写真2-8-1-11)は梯子の下を2.5メートルくらい着脱式にしてあります。上田市上塩尻の火の見櫓(写真2-8-1-12)は梯子の下を折りたたみ式にしてあります。これらは子どもと大人の身長や力の差を踏まえた方法です。


写真2-8-1-9 伊那市内


写真2-8-1-10 上田市腰越の火の見櫓


写真2-8-1-11 松本市寿豊岡の火の見櫓 着脱式の梯子


写真2-8-1-12 上田市上塩尻の火の見櫓


写真2-8-1-13 岡谷市内

岡谷市内で見かけた火の見櫓(写真2-8-1-13)は梯子に板をあて、登れなくしてありました。これでは子どもだけでなく大人も登れません。火の見櫓を使わなくなってからの対応でしょう。


写真2-8-1-14


写真2-8-1-15 小川村高府の火の見櫓

梯子は登り降りしにくい。ならば階段にしよう。小川村高府に梯子ではなく階段を設置した火の見櫓が立っています。これなら登り降りしやすそうです。

2-8-2 消防信号板(別稿)

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日本列島はなぜ弓形をしているのか?

2017-03-23 | A 本が好き



『日本列島100万年史 大地に刻まれた壮大な物語』山崎晴雄・久保純子/講談社ブルーバックスを買い求め、スターバックスで読み始める。そう、スターバックスでブルーバックス。

書店で平置きされていたこの本を手にして裏表紙の日本列島はなぜ弓形をしているのか?が目に入った。日本列島が弓形をしている理由? いままで考えたこともなかった。その答えを読みたくてレジに直行した。

**1500万年前、ユーラシア大陸の東の端から分かれて生まれた日本列島。
現在、私たちが目にする風景を主に形作った100万年前以降(第四紀後半)を中心に、複雑な地形に富んだ列島の成り立ちを解き明かします。
見慣れた景色に隠された意外な歴史。
足下に広がるドラマチックワールドへようこそ!**(裏表紙の紹介文)

**日本海開裂によって分断された東側の細長い大陸地殻は、回転しながら東側へ移動しました。この時、現在の東北日本は反時計回りに、西南日本は時計回りに回転し、両者の間にはフォッサマグナと呼ばれる大地溝帯が形成されました。**(19頁) 

この壮大なドラマに想像力がついていけるのかどうか・・・。




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「日本十二支考」

2017-03-23 | A 本が好き



■ 『日本十二支考 文化の時空を生きる』濱田 陽/中公叢書 を読み終えた。

内容を一言で言えば、十二支動物文化論。

巻末に示された主要参考文献リストはなんと20頁に及ぶ。子、丑、寅、卯、辰、巳・・・。古事記の神話から中世、近世の物語や民俗にでてくる十二支の各動物の紹介と文化論的論考。話題は時に現代にまで及ぶ。第2部では各動物について詳述しているが、興味深い内容だった。

それぞれの動物には実に多くの物語があることを再認識した。それは日本人が自然や動物と常に関わりながら暮らしてきたことの証左。

内容を十分理解できなくても、このような本を読むのも好い。


 

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雪原を滑るそり

2017-03-22 | D 朝焼けの詩


撮影日時 170322 05:55AM

雲が形を変えながらゆっくり北から南に移動していく

淡いピンクの雪原を走る子犬

その後をそりが滑っていく・・・

脳は既知のものに帰着させようとする


 

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「みをつくし料理帖」を読み終えて

2017-03-19 | A 本が好き



 あるひとからこのシリーズを薦められていた。昨年のことだったかと思う。その後、いつか読みたいと思ってはいたが、他にも読みたい本があり、なかなか読む機会がなかった。それが、毎週末、仕事モードを解くために立ち寄るカフェでたまたま居合わせたIさんからこのシリーズを貸してもらえることになり、今月(3月)初めから読み始めて今日(19日)全10巻を読み終えた。

よく人生は川の流れに喩えられる。秋元 康が作詞した「川の流れのように」、この歌詞に美空ひばりは自分の人生を重ねたという。この物語に描かれた主人公、澪の十数年(水害で両親を失ったのが享和二年、医者の源斎と夫婦になって、大坂に戻ったのが文政元年。この間、十六年)は急峻な谷を流れ下る川のように変化に富んでいた。そして、奇しくも物語は橋の上で終わる。

まだ澪は若いのに人生の大きな岐路に何回も立たされる。そのたびに助けの手を差し出す大人たちに澪は臆することなく対峙し、自分の考えを曲げずに前に進む。大人たちは好意を無にする澪に腹を立てるも、その筋の通った考え方・生き方に共感し、澪を助けることになる。

澪が働くつる屋のひとたちは、店主をはじめ皆情に厚く、家族のように澪に接する。

澪が進むべき道で迷う時、アドバイスをしてくれるひとがいる。「食は、人の天なり」このキーワードを澪に示した医師、源斎。

やはり大坂の水害で孤独の身となり、その後行方が分からなくなっていた幼馴染みの野江が吉原にあさひ太夫として生きていることを知った澪。あさひ太夫の身請けをする、という大きな課題を背負い込みながら、料理に打ち込む澪。

**霞み立つ遠景を背負った男は、淡い褐返の紬の綿入れ羽織がよく似合う。
小野寺数馬、そのひとだった。
澪の様子を、そこでじっと見守っていたのだろう。ふたりは暫し、無言で互いを見合った。二年の歳月が、小松原と澪との間に優しく降り積もる。**(234頁)

10巻の中で一番印象的なシーン。澪は心の奥底に小野寺数馬を留めて大坂に向かったと思う。

*****

大坂は四ツ橋、澪の店「みをつくし」の料理、病しらずが文政十一年の料理番付で大関になっている。生まれ故郷の大坂に帰って、十年後の快挙。

この先、澪はどんな人生を歩むことになるのだろう。晩年は海に向かってゆったりと流れゆく大河であろう・・・。占い師によって「雲外蒼天」という人生が示されているのだから。

最後も今までのように引用文を載せる。

**「頭上に雲が垂れこめて真っ黒に見える。けんど、それを抜けたところには青い空が広がっている――。可哀そうやがお前はんの人生には苦労が絶えんやろ。これから先、艱難辛苦(かんなんしんく)が降り注ぐ。その運命は避けられん」(中略)
「けんど、その苦労に耐えて精進を重ねれば、必ずや真っ青な空を望むことが出来る。他の誰も拝めんほどの済んだ綺麗な空を。ええか、よう覚えときや」**(第1巻『八朔の雪』98頁)

これは作者の高田 郁さんが読者に宛てた応援メッセージ、この長編のテーマ。

今年は早くも好い小説に出合うことができた。


 

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「天の梯」 高田 郁

2017-03-19 | A 本が好き

みをつくし料理帖シリーズ 全10巻 高田 郁/ハルキ文庫   
「花散らしの雨」
「想い雲」
「今朝の春」
「小夜しぐれ」
「心星ひとつ」
「夏天の虹」
「残月」
「美雪晴れ」
「天の梯」



■ みをつくし料理帖シリーズ 全10巻 高田 郁/ハルキ文庫  を読み終えた。

**「これで私は永田家という寄る辺を失いましたが、大坂に移り、この澪さんとふたり、手を携えて生きて参ろうと存じます。私は医学の道、そして澪さんは料理の道。互いの道を重ねて、実りのある人生にします」**(303、4頁)つる屋の座敷で皆に挨拶をする源斎、そして澪。このふたりが夫婦になるという予想は当たっていた。

**躊躇うことなく、澪は声を振り絞る。これまで呼ぶことを許されなかった名を、大切なそのひとの名を、あらん限りの声で叫んだ。
「野江ちゃん」
その声に、野江はゆっくりと振り返る。(中略)潤み始めた瞳を見開いて、野江もまた、封印していた名を口にする。澪ちゃん、と呼ぶ声は掠れていたが、澪の耳にははっきりと届いた。**(327頁)

引用した下りが全10巻という長編の結末を示している。

澪があさひ太夫の身請けに必要な四千両もの大金をどうやってつくるのか、ひとつ百六十文の鼈甲珠を日に三十売るという小さな商いでそれは可能なのか・・・。澪が考えついたその方法が、私は全く思いつかなかった。頭が固いといことだろう。澪がその方法を摂津屋に説明する下りを読んで、なるほど!こんな方法があったか、と澪の賢さに改めて感心した。

あさひ太夫の身請け主は澪ではなく、高麗橋淡路屋、野江の生家だったことにもびっくり。

この最終巻で、つる屋をライバル視していた登龍楼の采女宗馬の悪行が明らかになり、**「哀れ登龍楼は取り潰し、立派な店も取り壊し、いずれは別の店が建つ。悪運強い采女宗馬は逃げおおせたが、行方しれず。采女と関わり甘い汁を吸った二本挿しは揃って詰め原切らされる、詳しい話はこちらの読売、お代は四文、お代は四文」**(228頁)と、読売の口上の事態に。

この事件のことは第4巻に既に出てきている。これはものがたり全体の構成を予め構想していないとできない。

この事件に巻き込まれたお芳の息子、佐兵衛を助ける進言をした御膳奉行がいたことが知れる。澪は小野寺数馬がそのひとだと気がつく。 澪が思慕した小松原こと、御膳奉行小野寺数馬は澪から離れていったが、最後に存在感を示した。

**霞み立つ遠景を背負った男は、淡い褐返の紬の綿入れ羽織がよく似合う。
小野寺数馬、そのひとだった。
澪の様子を、そこでじっと見守っていたのだろう。ふたりは暫し、無言で互いを見合った。二年の歳月が、小松原と澪との間に優しく降り積もる。**(234頁)

恋愛小説としてこの長編は読まなかったけれど、この場面は切なくて泣けた。これが映画だったら実に印象的なシーンになっただろう。

船でひとり江戸を発って大坂に向かい、住まいを整えて澪を迎える源斎。摂津屋の同行を受けて、野江とともに大坂に向けて歩いて旅をする澪。思い出深い大坂の天神橋から空を仰ぎ見るふたり。雲が途切れて、そこから覗く真っ青な空。

雲外蒼天

*****

巻末に文政十一年版の料理番付表が載っていて、東の大関はつる屋の自然薯尽くし、西の大関はみをつくしの病知らずとなっている。勧進元は日本橋柳町一柳改メ天満一兆庵。これ以上ないハッピーエンド。


 

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「美雪晴れ」 高田 郁

2017-03-18 | A 本が好き

みをつくし料理帖シリーズ全10巻 高田 郁/ハルキ文庫
「八朔の雪」
「花散らしの雨」
「想い雲」
「今朝の春」
「小夜しぐれ」
「心星ひとつ」
「夏天の虹」
「残月」
「美雪晴れ」
「天の梯」



■ みをつくし料理帖シリーズ全10巻の第9巻『美雪晴れ』を読み終えた。これで最終第10巻を残すのみとなった。

「食は、人の天なり」

いままで各巻を読み終えた後、自分の言葉で綴ることなく、大半を引用で済ませてきた。本巻のメインとなる場面のひとつはここだろう(215頁)。

**「俺ぁ、お澪坊を嫁に出す覚悟はしていたが、よもやご寮さんが先とはなぁ。そのせいか、今日の幸せは一層、身に沁みるぜ」**と種市。

このことばに、**「旦那さんと知り合うて五年、今日までまるで身内のように大事にして頂いて」**と返すお芳さん。

そして**「つる屋の旦那さん、私からもお礼を申します。江戸に寄る辺のない母と澪とを今日まで守り、支えてくれはった。本来なら私がせなならんことを代わりにしてくれはった。どないにお礼を申し上げても足らしまへん」** これはお芳さんの息子佐兵衛のことば。

お芳さんが老舗料理屋一柳の店主の後添いになることが決まり、居所の分かった息子も祝いの席に参列することになったのだった。

そして、澪もつる屋を出ることになる。一柳の店主は後継候補として、澪と佐兵衛を挙げていることを明らかにする。

それから、もうひとつ。

**「(前略)『食は、人の天なり』という言葉を体現できる稀有の料理人なのです。私からすれば、あなたほど、揺るがずに、ただひとつの道を歩き続けるひとは居ない」**(305、6頁)澪の迷う心を解きほぐす源斎のこのことばに対し、**叶うことなら、この手で食べるひとの心も身体も健やかにする料理をこそ、作り続けていきたい。この命ある限り。そう、道はひとつきりだ。「食は、人の天なり・・・・・・」**(306頁) 澪が源斎に向かって「食は、人の天なり」と繰り返すこの場面。

澪が迎えた大きな転機。澪は源斎と結ばれるかもしれない。澪はあさひ太夫を野江に戻すことができるだろうか、それはどうようにして・・・。

次の『天の梯』で物語は大団円を迎える。


 

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2-7 脚

2017-03-18 | A「火の見櫓っておもしろい」を本にしよう

2-7 脚

脚の無い火の見櫓、脚のある火の見櫓

火の見櫓を構成する要素・パーツを上から順番に屋根、見張り台、踊り場と観てきました。一番下で櫓を支えているのが脚です。脚の形もさまざまですが、大きく3つのタイプに分けることができます。

まずは脚の無いタイプから。

柱を横架材(水平部材)で繋ぎ、柱と横架材から成る構面内にブレースを設置するのが櫓部分の基本的な構成法です。この櫓部分が写真2-7-1、2の火の見櫓ではそのままコンクリートの基礎に固定されていて、櫓とは違う脚としての設えがなされていません。構造的には支障が無くても、何か物足りない、という印象です。この物足りなさは赤ちょうちんを吊り下げてない居酒屋の玄関、いやそれ以上です。

このようなタイプの場合、ブレースが邪魔になって櫓の中に消防団員がすんなり入ることができません。そのために梯子を櫓の外に設置してある場合が大半です。


写真2-7-1 伊那市東春近の火の見櫓


写真2-7-2 北相木村久保の火の見櫓

次は脚のあるタイプ。

富士見町神戸の火の見櫓では最下段の横架材から柱の下端まで斜材を設置し、トラスの脚を構成しています。火の見櫓を支えるという機能を表現するのにふさわしいデザインだと思います。やはり機能に素直に応えた形が好ましいのです。脚部のデザインには佐久市桜井の火の見櫓(写真2-7-5)のように素っ気ないものもあります。


写真2-7-3 富士見町神戸の火の見櫓


写真2-7-4 山形村下竹田の火の見櫓


写真2-7-5 佐久市桜井の火の見櫓

脚のあるタイプと無いタイプの中間的なデザインも珍しくありません。櫓の中に入るのに邪魔になるブレースを正面だけ設置しないで脚にしているものです。

脚のデザインは火の見櫓の印象を大きく左右します。脚は特に注目です。


写真2-7-6 上田市真田町本原の火の見櫓


写真2-7-7 辰野町赤羽の火の見櫓



多種多様な脚のデザイン

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「残月」 高田 郁

2017-03-17 | A 本が好き

みをつくし料理帖シリーズ全10巻 高田 郁/ハルキ文庫
「八朔の雪」
「花散らしの雨」
「想い雲」
「今朝の春」
「小夜しぐれ」
「心星ひとつ」
「夏天の虹」
「残月」
「美雪晴れ」
「天の梯」



■ 全10巻の第8巻目『残月』を読み終えた。

この巻では登龍楼の店主が澪を引き抜こうとしたり、澪と同じ裏店で暮らしていたおりょうさん家族が引っ越していったり、お芳さんの息子の居所が分かって再会の見通しがついたり・・・。

で、この巻のハイライトはなんといっても澪と野江が直接逢う場面。いままでこのふたりは間接的に会っただけだった。私はお芳さんのことも気になるけれど、ふたりの行く末が一番気になるので。

吉原の大火の際、翁屋の料理人でつる屋の手伝いもしていた又次に助けられたあさひ太夫(野江)は翁屋の仮宅近くの寮に住んでいる。

大火以来、まるで覇気がないあさひ太夫のことを心配した楼主が**「太夫は上方の出。大坂で生まれ育った料理人のお前さんと話せば気も晴れようか、と思いましてね」**(205頁)と考えたのだった。このことを楼主に勧めたのは医者の源斎。楼主も野江と澪との間の深い事情を察している。

**「元飯田町つる屋の、料理人でございます」
返答はなく、ただ衣擦れの音が聞こえて、澪は顔を上げた。そのひとが身体ごと澪に向き直って、じっとこちらを見つめている。(中略)
「翁屋のあさひだす。今日は遠いところをお呼び立てしました」**(209頁)

あくまであさひ太夫として、料理人として逢うふたり。

**「私には、大事な幼馴染みが居るんだす。十四年前、大坂の洪水でともに天涯孤独の身ぃになった、大事な大事な幼馴染みが」**(213頁)

**「今は廓の籠の鳥。けれど、何時か、遊女の衣を脱ぎ捨てて、その幼馴染みだけが知っている、高麗橋淡路屋の末娘、野江の姿で逢うことを、生きる縁(よすが)としています」**(213頁)

本人を前にしてこう語るあさひ太夫。なんともせつない場面。

「野江ちゃん」、「澪ちゃん」と呼び合う日が来るんだろうか、来るとしたらそれはどのように・・・。


巻末に付録としてついている「みをつくし瓦版」、『心星ひとつ』の瓦版で作者は書き始める前に設計図を決めていることを明かし、何巻でどんな出来事が起こるか、大枠は最初に決めている、と書いている。10巻にも及ぶストーリーの大枠を決め、最終話のタイトルも場面も決まっているという。これほどのストーリーを構想する高田さんはすごい。 

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「夏天の虹」 高田 郁

2017-03-16 | A 本が好き

みをつくし料理帖シリーズ全10巻 高田 郁/ハルキ文庫
「八朔の雪」
「花散らしの雨」
「想い雲」
「今朝の春」
「小夜しぐれ」
「心星ひとつ」
「夏天の虹」
「残月」
「美雪晴れ」
「天の梯」



■ 第7巻を読み終えた。ハイペースに自分でもびっくり。

想いびとと添う幸せ、料理人として生きる幸せ。澪は悩み苦しんだ末に後者を選ぶ。

**「魚の焦げる臭いも味も、わからんようになってしもたんです。風邪でこないなこと・・・」**(165頁)料理人として生きることを選んだ澪が匂いも味も分からなくなってしまう。ああ、なんということだ。

**かんかんかんかんかん、と甲高い鐘の音がはっきりと耳に届いた。長閑やかな刻を打ち壊す、容赦のない連打だ。**(286頁)

10巻もあればどこかで火の見櫓が出てくるかもしれないと思っていたが、擦り半か。この巻の終盤になって、吉原が火事になり(文化13年の吉原の大火という史実に基づいている)、野江(あさひ太夫)を助けた又次が命を落とす。**「頼む、太夫を、あんたの・・・・・・、あんたの手で・・・・・・」**(293頁)という最期のことばを澪に残して。この展開にはびっくりした。

遺骨替わりの灰を納めた壺に向かって種市は**「明日からまた、つる屋を開けるぜ。もう何処にもいかねぇで、俺たちとここで一緒に居てくんなよ」と話しかける。この場面に涙。

泣かせてくれるなぁ、この小説は・・・。


 

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火の見櫓の青焼き図面

2017-03-16 | A 火の見櫓っておもしろい 



 ある方から昭和30年ころに描かれた火の見櫓の青焼き図面をいただいた。大変貴重なものだ。これは図面の柱脚・基礎部分。図面全体は本には載せたいが、ブログでは部分掲載に留める。

この図面で柱脚をタイバー(べた基礎部分の水平部材)で繋いでいることが分かる。部材の記載はないが、山形鋼ではないかと思う。柱脚の開き止めを意図した部材であろうが(それ故タイバーと記した)、柱脚にかかる引きぬき力に抵抗するスタッドボルトのような効果もある程度期待できるだろう。

コンクリート基礎に埋められているので現地で見ることはできないが、この火の見櫓を設計施工した鐵工所ではこんな配慮をしていたということがこの図面で分かる。


 

 

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半鐘を叩く消防団員

2017-03-15 | A 火の見櫓っておもしろい 


松本市笹賀の火の見櫓 撮影日時 170315 朝7時過ぎ

■ 消防団員が見張り台に立っていて、ちょうど7時になったところで、半鐘を叩き始めた。今やこのような光景を目にすることは滅多にない。松本市内で半鐘を叩く消防団員を見る機会があるとは・・・。


 *プライバシーに配慮し、顔が手で隠れている写真を採用しました。

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「心星ひとつ」 高田 郁

2017-03-15 | A 本が好き

みをつくし料理帖シリーズ全10巻 高田 郁/ハルキ文庫
「八朔の雪」
「花散らしの雨」
「想い雲」
「今朝の春」
「小夜しぐれ」
「心星ひとつ」
「夏天の虹」
「残月」
「美雪晴れ」
「天の梯」



■ みをつくし料理帖シリーズ全10巻 高田 郁/ハルキ文庫 第6巻「心星ひとつ」を読み終えた。

二十歳そこそこの主人公、澪は人生の大きな岐路に立たされる。

吉原の翁屋の楼主の誘いを受けて吉原で天満一兆庵を再建するのか、登龍楼の店主の神田須田町の店を居抜きで買わないかという申し出を受けてつる屋を移すか・・・。

**「ひとは与えられた器より大きくなることは難しい。あなたがつる屋の料理人でいる限り、あなたの料理はそこまでだ」**(75頁)という料理番付の行司に名を連ねる料理屋の店主の言葉。

この巻の終盤。**「妹早帆から、母がつる屋に乗り込んだ、と聞いたのはこの夏のこと。さらにその母から、澪という娘を小野寺家へ嫁として迎えよ、と命じられたのは、半月ほど前のことだった」**(252頁)**「腎の臓を病んだ母の、命がけの懇願だった。それに詳しくは申さぬが、文月の初めに同役の者が二名、失態で腹を切ったことも重なり、ふと、このまま死ぬるならば悔いは何か、と柄にもなく考えた」**(252頁) 小野寺が澪にこう語る。(中略)**「俺の女房殿にならぬか」**(253頁

**源斎先生、と澪は口を開いた。
「道が枝分かれして、迷いに迷った時、源斎先生なら、どうされますか」
(中略)
「私なら、心星を探します」
(中略)
「悩み、迷い、思考が堂々巡りしている時でも、きっと自身の中には揺るぎないものが潜んでいるはずです。これだけは譲れない、というものが。それこそが、そのひとの生きる標となる心星でしょう」**(281、2頁)

敢えて引用しないが、澪が出した結論が巻末、最後の2行に書かれている。

経緯は書かないが、この巻で澪は野江と最接近する。澪はこれからどう生きていくのだろう、野江はこの先どうなるのだろう・・・。

お芳さんのことも気になる。**「(前略)どこか大店の旦那の後添いにおさまって、女将としての采配を振るなんてのが、ご寮さんには、いかにもはまり役だと思いますがねぇ」**(32頁)と、おりょう。


 **百五十年ほど昔のことだが、「明暦の大火」では、死者は十万人を超え、千代田の城も本丸を失った。**(147頁)つる屋のある元飯田町でぼやが頻発して、火の使用時間の制限を受けてしまうなどということも起きた。その時、澪は料理を工夫して切り抜けたが。

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「小夜しぐれ」 高田 郁

2017-03-13 | A 本が好き

みをつくし料理帖シリーズ全10巻 高田 郁/ハルキ文庫
「八朔の雪」
「花散らしの雨」
「想い雲」
「今朝の春」
「小夜しぐれ」
「心星ひとつ」
「夏天の虹」
「残月」
「美雪晴れ」
「天の梯」



■ みをつくし料理帖シリーズ全10巻 高田 郁/ハルキ文庫 その第5巻「小夜しぐれ」を読み終えた。いろんなことが起きるから展開が気になって読み進めることになる。高田 郁さんはストーリーテラーだ。

この巻ではまずつる屋という店の名前の由来の娘つるが17歳で亡くなった経緯が明らかになる。**種市を人殺しにしないこと。種市に死を選ばせないこと。**(82頁) え、何が起こった?

**おつるを死に追い込み、それを償うことなく逃げた男、それが錦吾なのだ。錦吾を殺めることでおつるの敵を討ちたい、と種市が思うのはしごく当然だった。**(82頁) ここでは意図的に引用する順序を逆にした。

次は野江がいる吉原の翁屋で毎年行われている花見の宴の料理を澪が作ることになる、という出来事。

**「旨い料理を出す、としながら料理が客の口に合わなければ翁屋にとっての恥。けれども、もし客の気に召せば最高の趣向。これほど誉れなことはありますまい」**(100頁)と翁屋の楼主。

この話を受けた澪は献立作りに悩む。源斎は**「あなたらしく料理をすれば良い。吉原廓の上客だから、と構える必要はないと思いますよ」**とアドバイスし、続けて**「この度の宴はあさひ太夫とはかかわりの無いものでしょうが、太夫に食べてもらいたい、と思う料理を作ってみてはどうですか」**という。

宴に招かれた上客は十人。**「花見の宴とは即ち、桜花を愛で、酒を汲み交わすものではないのか。これではただの会食ではござらぬか」
男の言葉に、隣席の摂津屋が僅かに眉を曇らせる。内心、厄介な、と思っていることが窺えた。**(141頁)こんな下りを読めば驚くし、先が気になってしかたがない。これ以上ここに引用するのは野暮というもの。

宴の後、澪に楼主はこの吉原で料理屋をやる気はないかと尋ねる。**「(前略)年に千両稼ぐことも夢ではあるまい。遣り方次第ではもっと稼げるかも知れぬ」**(155頁)澪の心は揺れる・・・。

この巻の終盤で小松原の正体が明らかになる。小松原は偽名、小野寺数馬という名の御膳奉行だった。

小野寺の妹の早帆は兄が澪を好きなことに気付く。

小野寺と早帆が夜中に台所で大豆を煎って、きな粉をつくりながら交わすやり取りがほほえましい。**「兄上とその娘とで料理屋でもされてはいかが?存外、町人の方が兄上にはお似合いか、と早帆は思いますゆえ」**(273頁)

この先どうなるのだろう・・・。


 

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