日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

販促キャンペーンも様変わりーサントリー伊右衛門夏キャンペーンに見る新しいあり方ー

2015-05-31 20:01:29 | マーケティング

サントリーの販促キャンペーンは、時々「へ~~~」と思わせる内容の時がある。
今回の「伊右衛門」のキャンペーンも、その一つかもしれない。
サントリー:高低差世界一流しそうめんー伊右衛門の夏プロジェクト2015「もっと、日本を、体験しよう」

これまでのキャンペーンは、おもに「伊右衛門」のCMで表現されたきた世界観のようなものを、体験するという内容が多かった。たとえば数年前に行った「碾茶セット」などのキャンペーンなどは、そのわかりやすい例だと思う。それが今回は「伊右衛門」とは縁も所縁もない?「流しそうめん体験」。会場となるのは、日本の三大秘境といわれている(?)徳島県奥祖谷。写真で見る限り、相当な山奥の集落だ。「限界集落」と呼んでもよさそうな印象さえ受ける。

では、なぜサントリーがこのようなキャンペーンをするのか?と考えると、やはり企業スローガンとして挙げている「水とともに生きる」ということと関係しているように思う。
というのは、今回のプロジェクトの目的の一つとして「竹害」について、広く理解してもらう、ということを言っているからだ。
都会に住んで、ミネラルウォーターを飲んでいる人にとって、その水がどんなところで「取水」されているのか?ということは、なかなか想像しにくい。
ここ名古屋では「南アルプスの天然水」が販売されているのだが、実家に帰ると「奥大山の天然水」に名前が変わる。
おそらく九州では「阿蘇の天然水」になり、サントリーは「取水地」の名前を、商品名につけている。
しかし「取水地」を商品名につけていても、その「南アルプスの自然」や「奥大山の自然・阿蘇の自然」などは、実際に行ってみないとわからない。そしてその取水地で問題になりつつあるのが「竹害」なのだ。

拙ブログでも何度か取り上げているのだが、「竹害」というのはその地域の人たちにとっても、あまり実感がない「害」だと思う。一番気になる人たちというのは林業に携わる人たち位で、地域の人たちが「害」だと実感するのは豪雨などによる土砂災害が発生したときなのではないだろうか?
ところが、サントリーのようにミネラルウォーターを取水するためには、地下水の水質が問題になる。
「竹害」によって、今後「良質な地下水」を(全国に)確保することが難しくなるのでは?という、懸念があるのでは?と考えるのだ。

しかし難しく「竹害」を訴えたとしても、多くの人から注目されることは難しい。
そこで夏の涼やかさを伝える「流しそうめん」という方法で、キャンペーンをすることしたのではないだろうか?
難しいことを難しく説明するのは簡単だが、難しいことを楽しくユーモアを持って伝えることは難しい。
それを今回の「高低差世界一流しそうめんプロジェクト」という方法で、伝えているように思えるのだ。
後1か月半後位で実施される予定の「流しそうめんプロジェクト」。結果を楽しみに待ちたい。

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FIFA汚職から見えてくる、「力関係」

2015-05-29 19:55:04 | スポーツ

昨日から「FIFA」の理事による汚職が問題になっている。
朝日新聞:FIFA利権、カネまみれ 1万ドル単位の札束
この事件の捜査指揮をしているのが、米国のリンチ米司法長官だ。

これまでFIFAには、様々な「お金のスキャンダル」の噂はあった。
それ自体、今に始まったことではない。
むしろ、誘致合戦だけではなくスポンサー関係など、W杯ビジネスそのものが巨額なお金が動く「ビジネス」であり、そこには後ろ暗いお金のやり取りがある、というのは半ば暗黙の了解というか、知ってはいても見て見ぬふりをしていただけだったような気がする。

ただ今回の汚職騒動を見てみると、「FIFA内での力関係」のようなモノも見えてくるように思う。
というのも、今回汚職が取りざたされているFIFAの理事が、すべて「中南米の関係者」だからだ。
対象となった汚職が「南米選手権」であったということだが、「UEFAチャンピオンシップ」では、そのようなことがなかったのか?と、言い切れるのだろうか?
W杯ビジネスそのものが、巨額なお金が動く「世界最大のスポーツイベント」でありながら、「中南米関係者のみ」というのも、おかしな話だ。

今回の件で猛烈なブラッター会長批判を繰り広げているのは、UEFAの理事メンバー。
UEFA=欧州のサッカー連盟なので、「中南米VS欧州」理事によるFIFA内での、覇権争いのような一面もあるように感じる。

なぜなら、現在のブラッターさんが会長になれたのは、
1.前任者であるアベランジェ会長の後押しがあった
2.UEFA内での意見がまとまらず、対抗馬が出せなかった
ということがあったからだ。
アベランジェさんは、ブラジル出身の実業家でありFIFA会長として、前例がないほどの「長期政権」だった。
欧州側の理事としては、快くない状況が長い間続いているのだ。
会長選が行われるたびにUEFA側は立候補するも、決して一枚岩ではなく、アフリカやアジアからの賛同を得ることができずにいる、ということもある
米国がどちらの立場なのか?ということは、わからないが捜査指揮を米国の司法が動いている、と考えるなら米国のサッカー連盟も欧州寄りと考えるほうが自然かもしれない。

できれば日本は中立の立場を貫いてほしいと思っている。
というのも長い間、日本は南米寄りといわれており日韓W杯の実質的誘致の失敗は、南米寄り過ぎたという指摘もあるからだ。
何より、久しぶりに日本サッカー協会からFIFAの理事を出すことができたのだ。
このようなことに巻き込まれ、再び理事の椅子を失うことになると、世界のサッカー界の中での日本の発言力が弱まるだけではなく、地道に続けているアジア全体のサッカーレベルを引き上げる、というビジョンもとん挫してしまう可能性があるからだ。

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電子黒板では、アートできない

2015-05-28 21:00:43 | アラカルト

毎年、卒業式シーズンになると「黒板アート」が話題になる。
黒板いっぱいにチョークで書かれた、卒業メッセージアートだ。

今日の毎日新聞のWEBサイトでも、この「黒板アート」が紹介されている。
毎日新聞:黒板アート白色チョークで富士山 茨城の高3が特別賞

この高校生の作品を見て「すごいな~」と感じたのは、私だけではないと思う。
緻密に描かれた富士山の絵は、白色チョークだけで描かれてはいるが、白一色の濃淡で鮮やかに富士山を表現している。この絵から静岡県側から見た富士山だろうか?と想像したほどだ。

このような「黒板アート」が登場する一方、ご存じのとおり学校では黒板からホワイトボードや電子黒板への移行が進んでいる。
確かに、教室の一番前の席は「砂被り席」ならぬ「チョークの粉かぶり」の席だった。
黒板消しをクリーナーできれいにする、という当番の仕事もあった。
季節によっては、チョークの粉が舞い、せき込むようなときもあった。
そのような理由から、学校のホワイトボードの利用や電子黒板化が進んでいる。

そしてこの春「チョークメーカー」さんが、学校の電子黒板化により廃業を決めた、というニュースもあった。
日経ビジネス:「チョークを作り続けて82年、このたび廃業することになりました

経営不振による廃業ではなく需要が見込めなくなる、という理由での廃業なので「時代の流れ」と言ってしまえばそれだけだが、なんとなく残念な気がした方は、案外多かったのではないだろうか?
というのも、街中を歩いていると洒落たカフェなどには、小さな黒板を使ったPOP看板などがよくつかわれているからだ。
カフェだけではなく、定食店などでもその日のおすすめメニューや時間が変わると「売り切れ」の案内看板にかわる。
黒板という「書いて・消す」という、特性を生かした使い方なのだが、同じ特性を持つホワイトボードでは、なんとなく雰囲気が伝わらない、という印象を持っている。なぜなら、その「看板」の表現そのものがチョークという道具によって、アートになったりするからなのでは?
おそらく、学校での黒板利用がなくなれば、チョークそのものの需要はほとんどなくなってしまうだろう。
市場規模そのものも急速に小さくなるのは、目に見えている。
それでも「黒板アート」にはやはりチョークが必要で、もしかしたら海外で注目されれば、また違う生き残りができるのでは?ということだ。もちろん、途上国などでは黒板そのものの需要がまだまだあるだろうし、そのためにはチョークも必要だろう。

余りにも美しい「黒板アート」の富士山を見て、いろいろなことを考えさせられたのだった。

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文春の謝罪広告は、何故1ページ目なのだろう?何故1年間なのだろう?

2015-05-27 21:46:15 | 徒然

新聞各社のWEBサイトに、「え?!」と思うような記事が掲載されている。
読売新聞:元女優の名誉棄損、文芸春秋に賠償と謝罪命令

争点となったのは、文芸春秋が掲載した記事によって自民党からの公認候補を取りやめることになった、という点だと思うのだが、それにしても請求賠償金額が1600万円を超す、高額なことにまず驚いた。
賠償額はその1/4程度の440万円になったようだが、損害賠償金額として考えると決して少ない金額ではないような気がする。
確かに、元女優さんという立場からすれば、根も葉もないゴシップ記事を一般誌に書かれるというのは、名誉棄損に値するだろうし、まして選挙に立候補しようとしていたなら、ダメージも大きいだろう。
何より、謝罪広告を雑誌の1ページ目に掲載することを1年間という、根拠がわからない。

「人は忘却の動物」とよく言われるが、このようなゴシップ記事(本当のところはわからないが)などは、数週間~数か月もしないうちに、多くの人から忘れ去られてしまうことのほうが多い。
むしろ1年間も掲載されたら、忘れ去られるどころか、記憶に残ってしまうのでは?
テレビの何かのネタで、忘れ去られた頃取り上げられるかもしれないが、それは元女優さんのネームバリューがあってのこと。
大変申し訳ないのだが、この名誉棄損を訴えた女優さんの名前と顔がわからなかった。
とすれば、長期間にわたる謝罪記事というのは、むしろ元女優さんにとってイメージダウンにつながりかねないような気がするのだ。
謝罪記事そのものよりも「こういう話題で雑誌を賑わせた人」という、ゴシップ記事のほうが印象に残ってしまうように思うのだ。

しかも雑誌の1ページ目。
男性雑誌などでは、グラビアアイドルが水着姿で「ニッコリ」と微笑んでいるページだ。
ある意味「雑誌の顔」のような場所に、謝罪文というのは雑誌社にとってもダメージが強いが、上述した通り訴えた元女優さんにとっても、ダメージが少なくないページだと思う。
事実云々ではなく、謝罪記事が掲載されたことで、謝罪内容ではなく「ゴシップ記事」の印象が、強く残ってしまう、という可能性というか、リスクの問題なのだ。

確かに、雑誌の顔となる1ページ目に謝罪文を掲載させる、というのは雑誌社にとってのダメージが大きく、訴えた側の元女優さんとしては「溜飲を下げる」ことになるかもしれない。
ただそれは、元女優さんの気持ちの部分であって、その後のご自身のイメージや生活者が持つ印象というところまで考えてのことだろうか?

あくまでも裁判所の判決なので、元女優さんがそれを求めていたのかはわからないが、「・・・・???」という印象ばかりが残る判決のような気がする。

 

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医療費抑制は、必要だと思うが・・・抑制の方向はあっている?

2015-05-26 20:41:41 | ライフスタイル

新聞チェックをしていたら、中日新聞(関東では「東京新聞」)だけ(?)が、掲載している記事があった。
中日新聞:医療費1.7兆円抑制、20年度厚労相が新目標
という記事だ。

ご存じのとおり、日本は高齢化に伴い医療費が急増している。
「皆保険」という制度であるために、所得に関係なく「標準治療」を受けられるという、国民にとってはメリットの高い保険制度だ。
反面、高齢化社会になるにしたがって、医療費の増加は避けて通れない問題でもある。
随分前に、医療関係の講演会で聞いた話だが、日本人が一生のうち一番健康保険を使うのは、亡くなる数か月前だそうだ。言い換えれば、高齢者になると急激に医療費を使う、ということになるのだ。
ちなみに、一番医療費を使わない時代というのは、「高校生くらい」の頃らしい。

高齢者に「高校生の頃」の頃のように、健康保険を使わないことを求めることは、できない。
高齢者になればなるだけ、当然のことながら様々な病気や病気とまではいかないにしても、体の自由が利かなくなってくるからだ。そして、それを責めることはできない。「人として最期の時を迎えるまでに誰もが通る道」だからだ。

昨今「終活」という言葉を、あちらこちらで目にするようになった。
ただこの「終活」の前提?となっているのが、「健康であること」らしい。
誰もが「健康で最期の時を迎えたい」という気持ちは、十分わかるのだが「健康で最期の時を迎えられる」という確約はない。そこにある種の「矛盾」のようなモノを感じるのだが、では「健康で最期を迎える」ためには、どうしたらよいのか?というこ視点が、この「終活」には抜け落ちているような気がする。

違う言い方をすると、今はやりの「終活」の視点と今回の医療費抑制の視点が、なんとなく似ているように思えるのだ。医療費を抑制させるために一番良い方法は、一番医療費を使う時期を短くすることだ。
すなわち「予防医学」に力を入れることで、ある程度の医療費抑制は可能になるはずなのだ。にもかかわらず、その視点を抜きに「ジェネリック薬品の活用」とか「C型肝炎の重篤化予防」というのは、どことなく的がズレているような気がする。

確かに、「C型肝炎」の多くは、1950年代~1970年代に出産時の輸血や、子供の頃の予防接種時の注射針の使い回しなどにより感染した「薬害肝炎」だ。そして「C型肝炎」を放置するといずれは「肝がん」になる。今の40代以上が、丁度その世代(=現在の人口ピラミッドで、一番ボリュームが大きい世代)にあたるため、医療費抑制の対象として考えているのだと思うのだが、「新薬」そのものはとても高額で、治療を受ける人が3割負担であっても月数万円の費用が必要、とも言われている。むしろこの対象世代の「健康診断」に「肝炎検査」を必須項目として検査をし、早い段階で「C型肝炎治療」を始めるほうが、得策なのではないだろうか?

以前、「がんと医療制度」というテーマで講演会を聞きに行ったとき、「今後の医療制度の方向」という内容にも触れられており、その内容では「これからの医療制度は予防医療へのシフト」であり、しかも「予防のためには国民一人ひとりの自助努力が必要」ということが盛り込まれている、という話があった。
「一人ひとりの自助努力(例えば「適度な運動・栄養バランスの取れた食事」など)」は必要だが、個人に任せっきりにするというのも、いかがなものだろう?
むしろ「医療報酬」の見直しなどで「予防医療」の保険点数を増やすとか、「高度な治療を必要とする病院」と「町のクリニック」、「高齢者を対象とした訪問医療」、ときには地域全体で医療とスポーツクラブや外食など他業種との連携システム構築し、周知させることで、本当に必要な医療を適切な場所で受けられるような仕組みづくりのほうが、医療費全体を下げることになるのではないだろうか?

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「市場(しじょう)」は、金融やお金儲けの意味ではない。

2015-05-25 20:26:15 | マーケティング

朝日新聞の今日の朝刊に、糸井重里さんのインタビュー記事が掲載されていた。
朝日新聞:糸井重里さん、コピーライターやめました、売れるを語る
(会員登録記事につき、全文を読むことはできませんが、ポイントとなる部分は読めると思います。)

私と同世代以上の方にとって、糸井重里さんといえばパルコの「おいしい生活」などの数々のヒットコピーを創りだした人物である。20代、30代の方たちにとっては、ネットの「ほぼ日新聞」で知られている人物ということになるのだろうか?

その糸井重里さんが、震災以降の東北支援を兼ねた企業を石巻に立ち上げていた、というのは知らなかった。
「企業を立ち上げる」というよりも、「ほぼ日手帳」などをはじめとする「ほぼ日新聞」から誕生した商品の一部を石巻で作っている、という感じだろうか?
インタビューの中で「売れる商品を作っている」という内容が出てくるが、その答えが実に糸井さんらしい気がする。何より(売れっ子)コピーライターをやめた理由というのが、今の企業が抱えている問題点をわかりやすく言っているような気がしている。「やはり『ことばを使う』ことに長けている方だな~」という感じがする。

その糸井さんが言っている言葉から、今日のタイトルをつけさせていただいた。
「市場(しじょう)」というと、多くの人にとって「金融」とか「お金儲けのシステム」というイメージがある。
実際マーケティングという仕事をしていると、「売るためのknow-howを教えてくれるんですよね」といわれることが多い。あくまでも個人的な考えだが「売るためのknow-howを教える」ことは、マーケティングだとは考えていない。そもそも商売というのは、know-howがわかれば、確実に売れるというほど生易しいモノではない。
一番大切なことは、その商品やサービスを必要としている人=お客様の姿をキチンと観察し、どうしたら届けられるのか?ということを、考え・提案・提供することだからだ。

そもそも「市場」を創っているのは誰だろう?ということなのだ。
「市場」を創っているのは、決して企業ではない。
それらの商品やサービスを必要だと感じている人たち(=お客様)が、商品やサービスを購入することで初めて生まれ・育つのが「市場」なのだ。
そんなシンプルなことを、糸井さんは「市場(しじょう)=お客様」と一言で説明をされている。

記事全体をよく読むと、「マーケティングの基本=4つのP」の大切さなども話されている。
「マーケティングの4つのP」とは、ドラッカーが話した「マーケティングができていれば、営業(おそらく「セールス」という意味だと個人的に理解している)は必要ない」という4つの要素だ。
実際、糸井さんが「ほぼ日」で企画された商品というのは、積極的なセールスをしてヒットしたわけではない。
「お客様が本当に欲しい!と思えるのか?」ということを、真剣に考え尽くしたモノがヒットしているのだ。
最初から商品やサービスありきで、企画されたというわけではない。
ここが、コピーライターとして「モノを売る」ということを真剣にされてきたからこそ見えることなのだ、という気がする。

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ヤマダ電機の大量閉店で見えてくること

2015-05-24 19:40:57 | ビジネス

これまで積極的な店舗展開で、売上を伸ばし続けてきたヤマダ電機が40を超す店舗の閉店を、発表した。
中日新聞:名古屋や郡上など46店舗閉鎖へ ヤマダ電機、増税影響

閉鎖予定の店舗を見てみると、都市部郊外の店舗という印象がある。
特に関東での閉店予定の店舗の印象から、そのようなイメージを持ってしまうのかもしれない。
記事にあるように、このような店舗では中国人観光客の「爆買い」の対象となるような店舗ではないだろう、というのはある程度想像がつく。
実際、名古屋での閉店予定となっている店舗は、観光客が行くにはロケーションが悪く、住民の人口増加も余り見込める地域ではない。そのような立地の店舗を早々と撤退させ、収益が見込まれる場所に集約したほうが、様々な意味でメリットがあると思う。その意味では、今回の撤退の判断は、将来を見据えたものだったと思う。

もちろん、他にも「地域内での競争」ということもあると思う。
「何もヤマダ電機でなくては、家電を購入することができない」というわけではないと思うし、実際家電量販店は過当競争という感がある。生き残りをかけ、地方の家電量販店が集まり一つの量販店になった「エディオン」のような例もある。ヤマダ電機のセールスポイントである「ポイント制」を逆手にとって「ポイント制のデメリット(使い勝手の悪さ?)」をセールスポイントにしている「ケーズデンキ」などがあるからだ。
そこに、「ジャパネットたかた」のような通販まで、加わると生活者の選択肢はずいぶんあるということになる。

ただこの記事で気になった点が、「大型テレビの売れ行きが悪い」ということを、撤退理由で上げている点だ。
確かに中国人観光客が「爆買い」する家電製品には、大型テレビは入っていない。
そもそも今家電量販店が力を入れている「4Kテレビ」は、中国に持ち帰っても視聴できないのでは?
それだけではなく、おそらく中国国内で生産されるテレビで十分、ということもあるのでは?
そこには、日本の家電メーカーの思惑のズレのようなところも大きいとは思うのだが、そのような商品に力を入れるよりも、売れる商品を中心にラインナップを構成したほうが、遥かに収益は上がるだろう。
とすれば、今後ヤマダ電機の店舗で起きてくることは、地域の事情に合わせた収益性の高い商品ラインナップ、ということだと思う。

そうなると、当然落ちこぼれる商品があり、そのような商品を中心に「昔ながらの町の電気屋さん」のような「ニッチ家電店」が、ヤマダ電機の店舗閉鎖後に注目されるようになるかもしれない。
ただそのためには、電気店が在庫を持つのではなく家電メーカーと協力した「在庫管理」とセールケア(修理や取り付け工事など)が必要かもしれない。もしかしたら、この「町の電気屋さん」復活が、今の家電メーカーを元気にさせる要素が含まれているようにも感じている。

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ドローン、15歳少年の一連の行動を調べてみると・・・

2015-05-23 22:29:31 | ビジネス

先日起きた長野県善光寺での大法要の最中に、小型無人ヘリコプター・ドローンが墜落した、という事件があった。
その後、ドローンを操作していた少年が、「自分が操作をしていました」と警察に出頭し注意を受けた、という事件があった。その後この少年は「ドローンを三社祭で飛ばす」と公表したために、威力業務妨害で逮捕された。

おそらく捜査の段階で、15歳の無職の少年が高額なドローンを購入し、様々な場所で飛ばすということに疑問を感じたのだと思う。その資金集めの方法が一部新聞に掲載されていた。
毎日新聞:「ドローン:15歳少年、動画配信で「囲い込み」獲得、さらに・・・」
毎日新聞だけではなく、他紙には「協力者が25万円提供」という内容の記事が掲載されていた。

「協力者が、25万円資金提供」という記事を読んだとき、正直驚いた。
ネット上ではつながっているかもしれないが、面識のない相手に25万円という高額な金額を提供する人がいた、ということに驚いたのだ。しかも相手は15歳という少年。
その後新聞の記事などをよく読むと、この15歳の少年が行った資金集めの方法が、今やNPO法人などが活動資金を集めるために行っている「クラウド・ファンディング」と呼ばれる方法に近いということに、ますます驚いたのだった。

ここ2,3年で注目をされるようになってきた「クラウド・ファンディング」。
youtubeやフェイスブックなどのSNSを活用して、自分の考えを広く理解してもらい、賛同する人たちから「ファンドを集める」という手法だが、実は「クラウド・ファンディング」で資金を集める、というのはなかなか難しい。
大きな理由は、SNSという情報があふれている中で、「自分をアピールする」ということが難しいからだ。
にも拘わらず、電子マネーなどを活用してこの15歳の少年は、やすやすと資金調達をすることに成功している。

出資者であるファンを獲得した方法は、決して褒められた内容ではないが、少なくともここ数年で話題になっている「YouTuber」と呼ばれる個人でyoutubeに投稿し、その動画で収入を得ている人たちと同じように、少年自身が「YouTbuer」になり、固定的なファンを作り、そこから「クラウド・ファンディング」に結びつける、という方法。
確かに、話題となりそうな動画をyoutubeにアップさせる、というのはいかがなものか?と思うのだが、「クラウド・ファンディング」にまで結びつける方法を15歳の少年がやっていた、ということに驚きを隠せないのだ。
ITの進化は、ビジネスのスタイルを大きく変えている。
「資金調達」にしても、以前では考えられなかった「クラウド・ファンディング」という方法によって、既存の金融機関に頼らずに資金を集めることができるようになってきた。
ただ「クラウド・ファンディング」そのものの認識があまり高くないため、まだまだ先の資金調達法だと思われてきた。
しかし、SNSなどに親しんでいる世代にとっては「クラウド・ファンディング」そのもののハードルは、案外低いのかもしれない。
だからこそ、ビジネスとしてこの15歳の少年の資金調達の方法は考える必要があると思う。

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企業人も一人の生活者です。

2015-05-22 21:29:37 | アラカルト

今日の朝日新聞の朝刊に「個人情報を転用できる範囲が拡大」という内容の記事が、一面に掲載されていた。
THE HUFFINGTON POST:個人情報を転用できる範囲が拡大へ 改正法案成立の見通し
(朝日新聞の記事は会員登録の記事なので、同様の内容の記事が掲載されている、「THE HUFFINGTON POST」の記事をリンクしています。)

昨今、いたるところで「個人情報につき・・・」という文言を目にする。
にもかかわらず、一方ではこのような「個人情報ダダ漏れ法案」が成立する見通し、という報道が出てくる。
本当に「個人情報」ということを、考えられた社会なのだろうか?と、疑問に感じることはないだろうか?
なんとなくだが、ビジネス的に「個人情報」が勝手のよいように、使われているような気がしてならない。
「勝手よく使っている」のは、だれか?というと、それは企業だと考えるほうが自然だろう。
もちろん、行政なども「個人情報」を扱っているが、一応「守秘義務」というモノがあり、勝手に使えるわけではない。

何故、このような「個人情報を転用できる範囲が拡大」重大な法案が成立する見通しとなるのか?と考えると、やはり「アベノミクス」で経済の立て直し、ということとの関連を思い浮かべてしまう。
「個人情報」という、ビッグデータを活用することで、経済の活性化を狙うということだ。
確かに今や「個人情報」そのものは、相当注意をしていても部外に流出している可能性はある。
たとえば、クレジットカードなどを利用などは、その利用明細データがどこで保管されているのか?ということを把握している方はどれだけいらっしゃるのだろう?
以前拙ブログでも指摘をさせていただいた「楽天ポイントカード」とYahooなどの「Tポイント」、ローソンなどの「ポンタポイント」など、複数の企業が提携している「ポイントカード」などは、その利用内容と金額がポイントカード発行会社がすべてを把握している、と考えてもおかしくはないと思う。
とすれば、これらの発行会社だけでも、相当の「個人情報」となりえる「データを蓄積し、それをビジネスに活用している」と考えてもおかしくはないはずなのだ。

今でもそのような状況なのに、Yahooなどが時折宣伝をしている「遺伝子検査」などの情報とクレジットカード会社のデータが加われば、それこそ「個人情報丸裸」状態になってしまう。
そのような情報を、本人に確認することなく(おそらく「確認するための厖大な費用と労力を考えると、難しい」という判断では?と想像する)、勝手に使うというのはいかがなものだろう。

このような話が出る度に「経済の活性化」ということを言われるのだが、その「経済の活性化」を望む人の個人的情報もまた、他へ漏れてしまっているのだ。そんな意識をもって「経済の活性化のためなら、自分の様々な情報が自分の了解なしに、使われても問題ない」と考えているのだろうか?案外「自分の情報は漏らしたくないが、他人の情報は活用したい」と思っているのでは?

「企業でビッグデータを活用する」ということは、「企業にいる自分のデータも使われている生活者の一人である」と、考える必要があるのでは?
何より今年の10月から始まる「マイナンバー制度」で、相当の個人情報が行政や企業の間で、共有されることになる。
今いちど「個人情報」のあり方を、考える必要があると思う。

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「ガラケー」の市場は、ないのかな?

2015-05-21 21:26:16 | ビジネス

先日、携帯電話各社が「夏モデル」を発表した。
その中でソフトバンクの宮内社長が、「ガラケーはいらない」という発言をされた。
個人的には、ソフトバンクのガラケー愛用者としてとても残念な気がしているが、実際現在でもソフトバンクのガラケーは、数モデルしかなくほとんど選択肢はない状態だ。
「ガラケーはいらない」というよりも、「積極的に新しいモデルを出していくことはしない」ということだと思っている。

では、本当に「ガラケーはいらないのか?」というと、どうなのかな?という気がしている。
実は、父が緊急入院をしたとき、それまで使っていた「ガラケー」の電池の持ちが悪くなったこともあり、機種変更をした。
その時、ソフトバンクのショップでは「ガラケーの入荷待ちになります」と、言われたのだ。
お店の方に話を聞くと、実は「ガラケー」そのものは根強い人気があり、「ガラケー+タブレット」という2台持ちをする人が、多いという。
逆に「タブレット+スマホ」というのは、似た機能が重複しているので、スマホのインターネットなどの機能部分は、タブレットで、電話を掛けたりするのはガラケーでする、という「使い分け」をされている方に、実はガラケーは人気だという。
というのも、電話としての機能という点では、スマホよりもガラケーのほうが遥かに使いやすく、音声などの聞き取りも明瞭だからそうだ。

私がガラケーを使い続けている大きな理由は、父との連絡のため。
高齢の父にとって、ガラケーのメールでさえ返信するのが面倒らしいだけではなく、「声を聴く」安心感があるという。
確かに、メールの絵文字などは文字として表現できない気持ちを表すのに、適していると思うし、何より電話のように長々と話すということがない。電話のデメリットである「相手の都合」という点では、メールのほうが優れているのは、多くの方が実感として持っていらっしゃることだと思う。

その反面「声(あるいは「音声」)」によるコミュニケーションというのは、文字とは違う安心感や表情というものを感じ取れるメリットがある。
父が心筋梗塞を発症したとき、掛けてきた声を聞いて「尋常ならぬ状況」とすぐに判断することができたのは、「声の調子や(声の)表情」を感じ取ることができたからだ。

そう考えると、ガラケーはガラケーの良さやメリットがある。
だからと言って、簡単に切り捨てるような発表は、ガラケー愛用者としては残念に思うのだ。
何より、スマホの持っている情報量を必要としてないユーザーというのは、確実にいてその多くは宮内さんが言われた「高齢者」だと思う。
今のスマホユーザーが、高齢者になったときガラケー市場がなくなるのか?というと、個人的には疑問に思っている。
というのも、上述した通り「必要としている情報量」が変わっていくのでは?と、考えるからだ。

もう一つは、スマホの小さな画面(最近では大画面のスマホもあるが)というのは、高齢者にとっては見難い。
高齢者どころか、老眼鏡が必要な私にとっても、あの画面はとても見にくく必要な情報量を得ようとすると、それなりの画面操作が必要になってくる。そうなると情報の前後関係がわかりづらくなると思うのだ。
むしろタブレットのほうが、使いやすいのではないだろうか?

そう考えると、宮内さんの「高齢者のスマホユーザーは5%程度だが、使いたい人は多い」というのは確かでも、スマホからガラケーに戻る高齢者もそれなりにいるのでは?
決して大きな市場ではないかもしれないが、確実にいる「ガラケーユーザー」の存在は、無視できないと思うのだ。

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