日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

新しき年を迎えるにあたり

2022-12-29 20:37:56 | アラカルト

日頃から、様々なメディアと接するようにしている。
そして、フッと目にした言葉に、深く考えてしまうことがある。
今日、そんな言葉たちに出会った。
和楽Webに掲載されている「153の偉人の死の名言集」だ。
和楽Web:ドキッ!153の偉人の死の名言集。彼らの考える「生と死」とは? 

何も年の暮れにこんなことをエントリしなくても…と思われる方もいらっしゃると思う。
ただこれらの名言集の中には、「生と死」という枠で考えるのではなく、様々な「判断をする時」に思い浮かべられる言葉がいくつもある。
それは「後悔をしない」という「判断」だ。

日頃の暮らしの中で行う「判断」は、数多くある。
「お昼ご飯は何を食べようか?」とか「今日は、何を着て行こうか?」など、意外なほど人は毎日様々な判断をしている。
そして「あ~~失敗した!」と思うこともあれば、「なかなか良かった」と自分を心の中で褒めたくなるような時もある。
そのような「判断の連続」の中で、私たちは暮らしている、と言っても過言ではないと思う。
そして、「判断の積み重ね」の中で「後悔をしないためには、どうすべきか?」と、考えるようになるのではないだろうか?
その先にあるのが、「後悔をしない生き方」ということになるような気がしたのだ。
そのような「後悔をしない生き方」というのは、「自分が満足できる生き方」ともいえるだろう。

もう一つ、私がハッとした言葉が、ブルース・リー氏の言葉だった。
引用すると
「柔軟であれ。人は生きている時は柔軟である。
死ねば人は硬くなる。
人の肉体であれ、心であれ、魂であれ、柔軟が生であり、硬直は死である」
という言葉だ。

「柔軟であることが、生きているということである。それは心も魂も柔軟でなければ、生きているとは言えない」と、言っているかのような言葉だ。
この「柔軟」という言葉を、「寛容」という言葉に置き換えてみたい。
「自分の価値観だけが、唯一正しい」という思い込みは、硬直した考えの素となるはずだ。
対して「寛容」であれば、他者の言葉や意見を受け入れる事ができる。
その言葉や意見が、新たな発想や価値観を生み出す原動力となっている、という経験は、ビジネスパーソンだけではなく多くの人が経験しているのでは?と、思っている。
「硬直した一つの考えや価値観にとらわれている社会や企業は、死んだ社会や企業である」とも読み取れる言葉だ。
その視点で自分たちの社会や企業などを、客観的に見た時「硬直し死んだ状態」であれば、とても悲しいことだと思う。

ブルース・リーの言葉は「イキイキとした魅力的な社会や企業とは?」という答えの一つを、出しているようにも思えるのだ。
と同時に、今の日本の社会に必要なエッセンスの一つのような気がしている。
来年は、「柔軟でイキイキとした社会、寛容な社会」となることを願っている。




有力政治家と地方の関係

2022-12-28 20:02:08 | アラカルト

Yahoo!のトピックスにも取り上げられて入いる杉村大蔵氏の「有名な政治家を抱える県は衰退する」という記事。
的を得ている、というか多角的な見方をすると「地方の衰退理由の一つ」が分かるような気がした。
中日スポーツ:杉村大蔵「有力な政治家を抱える県は衰退する」改正公職選法について、「的を射ている」と賛同の声 

改正される公職選法というのは、国会議員の全体数は変わらないが、一部地域では、議員定数が増減する、ということになる。
この時、削減されるのは「有権者が少ない県」ということになる。
逆に増えるのは、「有権者が増えている都道府県」だ。
このような「有権者」が少ない地域の方が「投票率が高く」。逆に「投票率が低い」地域の方が「有権者が多い」という傾向は、長い間続いていることだ。

「投票率が高い」からといって、本当に政治に興味があるのか?と言えば、「自分たちの街にお金を落としてくれそうな人」には興味があっても、「政治に興味があるわけではない」という場合の方が、多いのでは?という気がしている。
長い「日本の政治は、利益誘導だ!」と言われてきたが、それはある意味、本質を突いているように思っている。
しかし、「利益を誘導してくれる議員」の数が減ってしまえば(あるいは、いなくなってしまえば)、その「利益」をあてにしてきた自治体は、衰退していくであろう、ということは誰もが分かるはずだ。
議員の数が増えても・減ってももともと投票率の低い地域は、「政治そのものに興味がない」というだけではなく、ある程度の都市規模があるので「利益誘導」による、地域経済の活性化などへの関心もそれほど高くないとも考えられる。
地域経済の活性化に対する関心が高くない、というよりも「地域そのものに興味が高くない」というべきかもしれない。

もう一つ考えられるのが、「有力議員の引退」等による、パワーバランスの変化だ。
有力議員であっても、いつかは政治の舞台から去る日はやってくる。
その時、地元の定数が減っていれば、自分の親族に引き継がせたくても、引き継ぐ地盤が無くなる、ということも考えられる。
世襲と言えども、前任であった親世代とは持っている「力」が、まったく違う。
そのために同じ党内から立候補を出すことも、難しくなるだろう。

ただ、これまでの「利益誘導型地域活性化」の多くは、必要としているのかわからないインフラ整備事業であったり、特定の業種に対しての利益還元となるような内容だったりしていたのでは?という印象を持っている。
むしろ「利益誘導」ができなくなった地方自治体は、「自分たちで税収を増やす」ということを真剣に考える必要がある。
「自分たちで税収を増やす」ということが考えられる自治体と、考えられない自治体との「格差」が、今後起きてくる可能性は高くなるような気もしている。



やっと…5類になるのかな?‐新型コロナ‐

2022-12-27 20:24:54 | 徒然

毎日新聞のスクープとして、「新型コロナの感染症分類を来春にも変更する」という内容の記事が出ている。
毎日新聞:新型コロナ 来春にも「5類」移行を検討 政府、年明け最終判断へ 

現在の「2類相当」から、季節性インフルエンザとほぼ同じ「5類」へと引き下げることを、政府は検討している様だ。
この検討に至る背景には、先日厚労省が発表した「新型インフルエンザ、季節性インフルエンザ、新型インフルエンザA(H1N1)pdm2009」との対比が検討の基本となっているのだろう。
厚労省HP:新型コロナの重症化率・致死率とその解釈に関する留意点について (PDFファイル) 

拙ブログで、厚労省の新型コロナの重症化・致死率のデータを紹介するのは、初めてではないのでご存じの方も多いと思う。
このPDFファイルの3ページ以降の表を見る限りでは、現在の「新型コロナ」と季節性インフルエンザや新型インフルエンザ(H1N1)との大きな差は「重要化率及び致死率」に関してはさほどない、ということが分かる。
むしろ、「新型コロナ」だけを特別扱いにし続ける事で、「季節性インフルエンザ」等への対応が、十分にできずに新たな医療ひっ迫状態を引き起こしかねない、という状況にあるのでは?という、気がしている。

確かに「新型コロナ」を受診できる病院は限られており、「季節性インフルエンザ」に関しては市井の診療所でも十分対応をしてもらえる、という状況であることには変わりない。
ただ、「風邪症状が出た」という理由だけでは「新型コロナ」なのか?「季節性インフルエンザ」なのか?「普通の風邪」なのか?区別ができない。
そのため、発熱状態になれば、とりあえず「発熱外来」等に、連絡をすることになる。
「発熱外来」に人が殺到することで、「本当に新型コロナの治療が必要な人・そうでない人」の両方を特定の医療機関が診なくてはならなくなる、というのが今の状況だろう。

言い換えれば、「2類相当」である限り、十分な医療を受けられない人たちが続出してしまう、ということになるのでは?
また、「多少風邪っぽい発熱があっても、新型コロナと診断されると周囲に迷惑をかけてしまう」と考え病院は当然、自宅近くの診療所などへの受信をためらってしまい、より悪化した状態で診察をしてもらう、というような方も数多くいらっしゃるのでは?と、想像している。
「悪化した状態で診察をしてもらう」のであれば、感染症の「2類相当」にした意味がない。
「新型コロナ」か「季節性インフルエンザ」なのか?という前に、周囲に感染者を出してしまっている可能性があるからだ。
それでは「感染症対策」としては、本末転倒になってしまう。
そのような状況を打開するためには、やはり「2類相当」から「5類相当」へ区分変更するのが、一番効果的であると、考えたのではないだろうか?

「新型コロナ」の感染拡大による「新し生活様式」を半ば強要されるようになって3年余り。
長い3年だった気がする。
特に幼稚園~大学生にとっては、自分たちの学生生活の半分以上を「新型コロナ」の中で、行動制限という生活をし続けてきたはずだ。
この失われた時間は戻ってはこないが、残された時間を取り戻すような「学校生活」を送って欲しいものだ。
まさか!中国の「ゼロコロナ」から、一気に対応を変えると発表したので日本も追従、という訳ではないですよね?!


視聴率から再生回数へ?‐テレビの視聴スタイルの変化がもたらすこと‐

2022-12-26 17:22:47 | マーケティング

Yahoo!のトピックスに、興味深い記事があった。
「テレビの見逃し配信サイトによる”地域格差”」という内容だ。
Oricon News:『TVer』効果で、”地域格差”に変化・・・ローカル番組がネットで躍進、「本当に面白いものが選ばれる」テレビマンの覚悟   

この記事で取り上げられているのは、山陰中央テレビという、山陰のローカル局制作の「かまいたちの掟」という番組だ。
実は毎週ではないが、時折見逃し配信サイトで、視聴している番組の一つだ。
そもそも、キー局でもレギラー番組を持っているお笑いコンビ・かまいたちが、何故山陰中央テレビというローカル局の番組に起用されたのか?というと、お笑いコンビとしても面白いというところはあるが、かまいたちの山内さんが島根・松江の出身だからだ。
そのため、以前は山内さんの高校時代の同級生が、登場したこともある。
何より、ロケ地と出演される人などは、事前に決めてあるものの、番組そのものはかまいたちのお二人に任されている感が、楽しい番組だと思っている。

このようなローカル局制作の番組が、全国のローカル局で放送される、という現象は確かに新しい流れだと思う。
その流れを支えているのが、TVerなどの「見逃し配信サイト」ということになる。
実際TVerなどで見られるテレビ番組は、自分の住んでいる局やキー局で放送されている番組だけではない。
話題になっている他のローカル局制作の番組も、自由に視聴することができる。
それが「見逃し配信サイト」の最大の魅力、と言っても過言ではないだろう。

とすると、キー局でなくては制作できない番組というモノは、限られてくるかもしれない。
大がかりなロケーションを組、膨大な予算をかけて制作されるようなドラマなどは、キー局が有利かもしれないが、「かまいたちの掟」のような番組であれば工夫次第でローカル局の方が面白い番組が作れるかもしれない。

「見逃し配信サイト」が、テレビ局に与える影響はまだほかにもあるような気がしている。
今季話題になったドラマ「silent」の視聴率と「見逃し配信サイト」での再生回数の乖離だ。
確かリアルタイムでの視聴率は、10%にも達していなかったと思う。
ところが、「見逃し配信サイト」での再生回数は、フジテレビ過去最高を更新し続けたのだ。
このような状況になると、広告代理店などがスポンサーに対して提出する「広告枠資料」も、視聴率だけを見ていてはその「広告効果」を訴える事が難しくなっていくだろう。

このような「視聴率」と「見逃し配信再生回数」との乖離については、数年前から指摘されてきたと思う。
にもかかわらず、未だにメディアなどで報じられるのは「視聴率」中心だ。
「視聴率」と「見逃し配信再生回数」との差が大きければ、大きいほど「その理由」を把握する必要がある。
何故なら、「生活者のライフスタイルの変化」が起きている、と考える必要があるからだ。

先日の「タイパ=タイムパフォーマンス」を重視するような傾向がみられる中、「倍速視聴」ができないリアルタイム視聴の指標である「視聴率」そのものが、今の生活志向に合わなくなっている、とも考えられる。
話題になったドラマを「倍速視聴」しつつ、気になった場面を繰り返し視聴したりしているのかもしれないし、途中まで視聴し、次の場面をまたほかの時間に視聴する、ということもあったかもしれない。
「silent」というドラマそのものが、手話などを使ったドラマであったからこそ、何度も繰り返し視聴しなくては、視聴者側が十分な理解ができない、という要素もあったのかもしれない。

ただ「silent」に限らず、生活者が「テレビをリアルタイムで見なくては意味がない」と、感じる時代ではなくなりつつある、ということは間違いないだろう。
それを支えているのが「見逃し配信サイト」という、新しメディアであり、キー局のような縛りがないローカル局だからこそ制作できる番組を全国区に育てる事ができるのでは、無いだろうか?


少子化と未婚者増加の因果関係

2022-12-23 19:59:55 | ライフスタイル

朝の支度をしながら、聞き流しているFM番組。
拙ブログでも何度か、話題のテーマとして取り上げさせていただいている。
そのFM番組を聞いていたら「なるほど、確かに」と思う話題があった。
それは「少子化は女性が出産しない、という問題ではない」という話題だった。

これまで、「少子化=一人の女性が出産する人数の減少」ということが、再三言われてきた。
確かに「少子化」の一つの指標として、一人の女性が生涯何人出産するのか?という統計によって、判明した数字が「1.30人」だ。
ELEMINIST]:【2022年】日本の出生率 少子化が加速する日本と世界の動向 

一方で、結婚をした女性が生涯に出産する子どもの数そのものは、大きく変わっていないという指摘もある。
何故なら、1000人当たりに対する出生数は、決して少ない数字ではないからだ。
そう考えると、既婚者の出産人数は変わらなく、15歳~49歳の女性が結婚をしていない為に、「合計特殊出生率」が大幅に低くなっている、ということも分かるはずだ、
先日聞いていたFM番組で指摘していたのは「少子化=合計特殊出生率」の数字から言われていることで、見方を変えると「既婚者が少ない為に、合計特殊出生率」が下がっているのでは?という、内容だった。

とすれば、「結婚する人を増やす」ということが、まず優先になるのでは?ということなのだ。
法的な制度を整え「事実婚」を選択したカップルに対しても、婚姻と同等の法的メリットがあるようにする、ということも重要だろう。
ただ、結婚について男女とも「出会いがない」ということも、言われている。
結婚する前に、出会える機会が無ければ(事実婚を含む)結婚そのものはできない。
昭和の頃に様に「お見合い話」を持ってきてくれるような人が、いれば「恋愛結婚」にこだわる必要もなく、結婚することができただろう。
「コロナ禍」以前、話題になった「親のお見合い会」のような、親同士が先に顔を合わせ、話をすることでその後の子ども同士の見合いが、スムーズに進む、というサービスがあった。

それが「コロナ禍」となり、気軽に「親同士のお見合い会」のような会をセッティングすることが難しくなり、代わりに登場したのが「マッチングアプリ」ということになるらしい。
「マッチングアプリ」が登場した頃は、既婚者が浮気相手を見つける目的で、偽のプロフィールを登録する、ということもあったようだが、今ではそのような問題な点を、登録時に様々な本人資料などを提出させるなど、個人情報の保護に気を付けながらも大手マッチングアプリサイトは、業績好調だという。
このようなマッチングアプリを使った婚活を行政も始めている、という話もあるようだ。

その理由として挙げられるのは、「マッチングアプリ」を登録するときに、最初から「相手に望むこと」や「自分のプロフィールの一部公開」などをすることで、趣味を含むある程度のパーソナル情報を知る事ができるので、相手を見つけやすく、成婚にも至りやすい、ということのようだ。
いわば「今のお見合いシステム=マッチングアプリ」になりつつある、ということのようだ。

「少子化」」という問題は、単に女性が子どもを出産するコトで片付く問題ではない。
「専業主婦」という言葉が、過去の言葉になりつつあるように、男性も女性も「結婚後の生活」や「産後の働き方」など、社会も企業も当事者である男性と女性の意識が変わらなければ、「1.3ショック」ともいえる「少子化」に歯止めをかける事は難しいのでは?という、気がした。




「数字」のつくりだす「イメージ」ー新型コロナの重症化率・致死率と感染者数と累計死亡者数ー

2022-12-22 20:09:54 | アラカルト

昨夜遅く、「新型コロナ」の致死率についてのデータが、厚労省から発表された。
厚労省:新型コロナの重症化率・致死率とその解釈における留意点について (PDFファイル)

PDFファイルの為、一部を抜き出すことができなかったのだが、ファイルの3~5ページの表に注目して欲しい。
3ページ目の世代別の令和4年の1月~8月までの重症化率と重症者が亡くなった致死率を見ると、高齢になればなるほど重症者も増えるし、致死率も増える、ということが分かる。
特に80代を越えると、重症化率も致死率も、急激に増える。
増えると言っても、90代は3%程度の致死率だ。
これは、「新型コロナ」が、流行し始めた2020年頃から、ずっと言われ続けていることだ。
だからこそ、政府は「新型コロナワクチン接種」の対象を高齢者から始めたのだ。

4,5ページは、季節性インフルエンザ、新型インフルエンザA(H1N1  pdm2009 ) と、新型コロナウイルスの重症化率と致死率が、年齢別になっている。
この表を見ると、今現在流行している「新型コロナウイルス」は、従来の季節性インフルエンザや新型インフルエンザに比べると、重症化率も致死率も低い、ということが分かる。
とすれば、今の状況は「新型コロナ」ではなく、「季節性インフルエンザ」等の感染拡大防止に努めるべき、ということになる。
しかし、今でも「新型コロナ」は「感染症2類相当」であり、「季節性インフルエンザ」は5類だ。
このようなデータを基に「新型コロナ及び季節性インフルエンザ対策」を考えるならば、インフルエンザの予防ワクチン接種を、もっと積極的に行うべきなのだ。

確かに今現在の「新型コロナワクチン」は、「季節性インフルエンザ」にも効果的であると、宣伝をしている(ようだ)が、生活者の多くの関心は今だに「新型コロナ」であり「ワクチン接種=新型コロナワクチン」だという気がしている。
その理由は、毎日発表される「陽性者数と死亡者数」だけだからだ。
厚労省:データからわかるー新型コロナウイルス感染情報ー

「陽性者数が2万人を超えた」とか「亡くなられた方の累計は54,365」という数字だけを知ると、その数字の大きさに驚き、予防策を徹底しなくては!という気持ちになるのは、十分に理解できる。
しかし注目して欲しいの刄「陽性者数が2万人を超えた」と「重症者数」は、同一ではない。
おそらく陽性者の多くの方は、「ちょっと酷い風邪」という程度だとすると、その発表される「数字」そのものの意味が、なんだろうか?ということになる、
まして、死亡者数の人数が累計となってしまえば、単純に陽性者数と死亡者数の数字の意味は全く違ってしまう。

ところが数字の背景となる情報(=陽性者数は1日分、死亡者数は累計)に注意せずに、「数字だけ」で騒ぐようなことになってしまう。
厚労省だけではなく、そのデータを情報として伝えるメディアも、「数字のイメージ」という点を、もっと考えた発表をしてほしい。
それが無くては、いつまでも「不要な不安」ばかり煽られて、いつまでたっても「新型コロナウイルスは、怖い」と、生活者に刷り込まれてしまうのではないだろうか?




「タイパ」は、効率的なのか?

2022-12-20 21:18:35 | アラカルト

昨日の朝FM番組を聞いていたら、今年の日経MJが選ぶ「ヒット商品番付」という話題があった。
TFM ワンモーニング・トレンドネット:「没入型消費」、今年の消費トレンド振り返りと来年の消費動向を展望 

今年の「ヒット商品番付」の横綱に選ばれた一つが、「コスパ&タイパ」ということのようだ。
「コスパ」は聞いたことがあるが、「タイパ」は聞いたことがない、という方はいらっしゃると思う。
「タイパ」とは、「タイム・パフォーマンス」ということらしい。
随分前に拙ブログでも紹介した「テレビ番組や映画を、ネットで倍速で見たりする」ことを指す言葉のようだ。

以前ブログで「倍速でテレビや映画をネットで視聴する若者」について、書かせていただいた時に、「倍速で視聴した後の時間」の過ごし方、について疑問というか、不思議な感覚を覚えた記憶がある。
そもそもなぜ「倍速で視聴する必要があるのか?」という点で、「やりたいことが沢山ありすぎて、時間がない」ということのような印象を受けるのだが、その実は「お手軽にいろいろなモノ・コトを楽しみたい」ということのようだ。
その最たるものが「ファスト教養」ということになるようだ。

「ファスト教養」というのは、YouTubeなどで見る事ができる「10分でわかる〇〇」というような、教養系YouTubeを倍速で視聴し「何となくわかったような感覚を得られる」ということと、「幅広い知識を短時間で得られたような、気がする」を指しているようだが、もう一つ加えるとすれば「タダ=無料」と点もあるのでは?という、気がしている。
ご存じのように、YouTubeにも有料と無料の2つがある。
広告などの表示がされないのが有料で、一つの番組中に何度か広告が入るのが無料ということになる。
そして今やYouTubeそのものの番組の種類が、とてつもなく多くあり、音楽やアニメ、料理などから、市民向け大学公開講座もある。
教養系と呼ばれるYouTubeには、上述したような「10分で分かる〇〇」のような、難しい内容のビジネス書籍などを、かいつまんで解説をしてくれる内容のモノもある。
そのようなYouTubeを倍速でタダで視聴することで、「何となく教養が見についた」という、気分になるという。

果たしてそのようなことで身に着けた「ファスト教養」は、本当に教養と言えるのだろうか?
大学の講義のように、90分着席をし講義を聞き続けるのは、大変なことだと思うし、そう感じたことも確かだ。
だからと言って、要約した内容を倍速で理解できるほど、生易しいモノなどはほとんどない、と実感している。
違う言い方をするなら「広く・浅く身に着けた教養」ではなく、「アッという間に消え去ってしまう教養」を、倍速という時間を使っただけ、ということなのだ。

あくまでも個人的な体験としてだが、「ファスト教養」と呼ばれるモノは、やはり「ファスト=早く過ぎ去ってしまう」ものでしかない。
「ファスト教養」を倍速で視聴する時間を積み重ねても、それは「タイム・パフォーマンス」としては、効率が良いとは言えない気がするのだが…。



「考える」=「ゴールという目的の道筋」

2022-12-18 20:04:37 | アラカルト

しばらく前から気になっている記事が、Huffpostに掲載されている。
Huffpost:職場での「よく考えて」、何を、どう考えればいいのか?具体的な対策を教えます 

日本の企業が「how-to」的な指導から「よく考える」指導に代わりつつある(ように感じている)。
この背景にあるのは、学校教育の中で「how-to」よりも、「よく考える」というあり方に代わりつつあるからだろう、と想像している。
いわゆる「詰め込み教育」からの脱却ということだ。

とはいうものの、社会ではビジネスの「how-to本」の方が、人気があるように感じている。
本を読みながら、「自分だったらどうする?」という、疑問を持ち、その回答を考える、という習慣がないからだ。
それだけではなく、「仕事に不慣れな人であっても、一定水準以上の成果を出す」ということを考えると、意味や理由を理解せずに半ば機械的な回答を出すことの方が、「合理的」とされている。

ただそのような「合理的」という考えから「自分で熟考する」ということは、応用はできても時間がかかりすぎる。
だからこそ、「どのように考えれば良いのか?」という、方法の理解が必要ということになるのだ。
読んでいただくと分かると思うのだが、この記事は社会的生き辛さを持っている人達を対象として、書かれた内容になっている。
しかし「生き辛さを感じている人」に限ったことではなく、最近「考える事が苦手」なのかな?と、感じる人が多くなってきているように思う。
そのような人達の多くは「考える事に慣れていない」のでは?という印象を持っている。

と同時に、この記事を読んだときしばらく前にベストセラーとなった、あるビジネス書を思い浮かべた。
その本のタイトルは「The Goal」。
発刊された時には、書店で平積みされていたので、読まれた方も多かったのではないだろうか?
私は、書店で平積みされている本の厚さで挫折をしてしまったので、本そのものは読んではいない。
ただ「目的を理解し、目的を達成するためにどうすれば良いのか?」と、考える事はこの本が登場する前から、ビジネス本では再三言われ続けてきたことだ。

にもかかわらず、それができにくいのは「目的」が「目標」になったりして変質してしまうからなのでは?
何より「目的」そのものが組織として共通理解がされていないと、「目的の本質」が違うモノになってしまう。
「The Goal」の中では「企業の最大の目的は『利益』である」と書かれているようだが、その「利益」でも「顧客利益」なのか?「自己利益」なのかで、随分違ってくるはずだ。
このような一見当たり前のようなこと柄を共通認識しないと、目的そのものがズレてしまう。
当然「よく考える」前の時点で、バラバラな方向性に向かって進もうとしている。ということになる。

そのようなことが無いように「思考の道筋」ということも必要になってくるのでは?
それは「あぁなれば・こうなる」というような単純なモノではなく、起きうるであろう様々な問題点を洗い出しておく必要がある。
「問題点の洗い出し」という目的設定をする必要がある、ということなのだ。

とすれば、最初から「大きな目的」を掲げるにしても、その下にある「目的を達成するための小さな目的」を考え、積み重ねていく必要がある。
おそらく「考える事が苦手」という人の多くは、そのような「考える道筋」を辿ることが、苦手なのでは?という気がしている。







「新しい資本主義」の所得倍増は、給与所得倍増ではなかった

2022-12-16 20:44:32 | アラカルト

毎日新聞のWebサイトを見ていたら、「所得倍増」についての記事があった。
毎日新聞:NISA拡充で資産所得が倍増?「器だけでは不十分」の声 

NISA拡充の話については、先月頃からだろうか?ニュースなどで度々取り上げられてきたと思う。
いわゆる「信託投資」を促進する目的?でつくられた、税優遇の投資のことだ。
この記事を読んで、岸田首相が就任当初に話をしてた「所得倍増」の話というのは、給与所得ではないのだな~と、改めて感じた。

昭和の「高度成長期」の頃は、物価以上に給与が上がったために、生活者の多くは「豊かさ」を実感するコトができた。
それからバブル経済が崩壊し、給与の伸びにないどころか実施賃金が下がる一方、という感覚を思っている方の方が多いのでは?
そんな経済状況の中、岸田首相は就任直後に「新しい資本主義」というテーマを打ち出し、「国民が豊かな生活できるように」ということで「所得倍増計画」というキーワードが、発表された。

そして多くの人たちは「給与が物価よりも大幅に上がる」という、印象を持ったのではないだろうか。
しかし、岸田首相の頭の中にあったのは「給与を物価よりも大幅に上げる」というモノではなく、「投資信託」による利益による「所得倍増計画」であった、ということが判明しようだ。

もちろん、大企業の多くは「過去最大の内部留保」を持っており、その「内部留保を従業員の給与に振り替える」ということも言われてはいるが、あくまでも「企業努力」的な部分があり、政府が強制できるものではない。
社会全体が「内部留保をベースアップや設備投資の原資の一部にする」という雰囲気が無ければ、なかなか難しいのでは?と、感じている。
それよりも、昨夜発表になった「法人税の税率アップ」の方が、ベースアップを促進させるかもしれない、などと考えている。

ただ毎日新聞の記事のように、岸田首相の考える「新しい資本主義」における「所得倍増」とは、NISAなどの投資による「資産倍増」のことを言っているということが、より明確になった気がしたのだ。
この「資産倍増計画」については、様々な問題の指摘がされている。
一番の問題は、「NISAなどに投資するだけの経済的余裕のない人たちが、数多くいる」という点だ。
日々の生活をやりくりし、家計は赤字にならないにしても、NISAなどに振り当てるだけの余裕がない、という家庭のことを考えていないのでは?ということなのだ。

確かに「投資信託」などは、100円位から毎日積み立てる、というプランもある。
以前に比べ、信託投資などへの1回の投資額そのものは、下がってきているし、1日100円を積み立てるのであれば、NISAの制度を利用して「投資信託」をやってみようかな?という人は、数多くいるだろう。
しかし、そのくらいの少額投資では「資産倍増」となるまでに、相当の時間が必要になる。
まして、「元本割れ」というリスクもある。
これらのプランを推し進める理由は、民間の金融商品を多くの人が利用することで、様々な企業への投資が可能になる、という思惑も見えてくる。
しかも、政府が支出する費用は随分少ないはずだ。

この一見グッドアイディアのような「資産倍増計画」だが、上述したように「資産そのものを持っていない人達」を、どうするのか?という問題が解決されなければ「新しい資本主義」も「所得倍増」という名の「資産倍増」も計画倒れで終わってしまうような気がしている。


岸田首相の発言「国民の責任」とは?

2022-12-15 20:29:04 | 徒然

先日、岸田首相が発言した「防衛費増額」について内容が、随分問題となっている。
問題となっているのは「国民が自らの責任」という発言だ。
そしてこの部分に対して、与野党から厳しい声が相次いだところもあり?昨日「我々が」という表現に訂正している。
朝日新聞:防衛財源「国民が自らの責任として」を「我々が」に訂正 岸田首相側 

岸田首相側の対応を見る限りでは、問題となっている本質を十分理解していないのでは?とか「言葉遊び」という印象を持ってしまう。
TwitterなどのSNS上では、「上から目線」などというtweetが数多く見られたような報道もあるが、「上から目線」ではなく「お願い」という表現であれば、多くの国民が納得をしたのか?という点で、疑問がある。

ただ、この「国民が自らの責任」という部分だけを聞いた時、「総選挙に打って出るのでは?」という、印象を持ったのだ。
「防衛費増額の為の増税を実施する」ということになれば、内閣だけで決められるようなことではない。
やはり国民に信を問う必要があるのでは?と、感じたからだ。
実際は、閣議で事前に決定していた通りの結果となったようだ。
「ようだ」と表現をしたのは、決まったのか決まっていないのか、はっきりとわからないからだ。
このような動きで決定され、実施されたのは「故安倍元首相の国葬」と、同じような印象がある。

それにしても、岸田首相は「国民が責任として」という発言をしたことは、とても興味深いところがあると思う。
何故なら、今これらの話をしているのが「国民の代表」である、国会議員たちだからだ。
その中でも、自民党の国会議員が議席の過半数を得ているからこそ、このような「ゴリ押し」ともとれるような、強硬なことができるのでは?
とすると、このような国会議員を選んだ国民の責任ということにもなる。

確かに、「不甲斐ない野党」ということもあると思うのだが、だからと言ってこのようなことを行う自民党を含む与党も、どうなのだろう?
「政治家の劣化」と嘆く前に、もう一度「政治」そのものを国民の手に戻す必要があるのでは、ないだろうか?
岸田首相の首相としての責任や覚悟、そしてそのやり方などには、多々問題があり、その多くは「国民に目を向けていない」という点にある。
国際社会の中で起きている、数々の暴挙に対する対抗措置をする必要はもちろんあるが、唐突とも思えるような「防衛費増額」という発言は、多くの国民から支持を得られる話ではないと感じている。

岸田首相だけではなく与野党を含め「優先すべき政策一覧」のようなモノをつくり、順序を決め国会で議論を重ねるという方法はできないモノだろうか?
最も「優先すべき政策」を決める事自体、国会が紛糾しそうな気がするが…。