日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

「フレグランスビジネス」も要検討の時期?

2014-01-31 14:16:02 | ビジネス

昨年夏頃から言われ始める様になった「香害」。
柔軟剤のニオイで、気分が悪くなる人達が出始めちょっとした社会問題にもなった。
柔軟剤を扱うメーカーなどでは、使用上の注意を促す文章が、「使い方」に書き加えられる様になった。
その効果もあってか?年末から年明けにかけ強烈な柔軟剤の香りを感じることが少なくなったように思う。

とは言うものの、「香りビジネス」というかハンドクリームやボディローションなどのパッケージを見ると、主な香り成分となる花や果物が描いてある。
それ自体は、全く問題ないのだが・・・。
丁度ハンドクリームが無くなったので、新しいハンドクリームを購入しようと、ドラッグストアへ出掛けた。
その中から、とても素敵なパッケージングがされているハンドクリームのテスター用を少し手にとり、塗ってみた。
とても伸びの良いクリームでベタつき感も無い。
クリームとしては、とても良いと思うのだが・・・ニオイが・・・強烈過ぎて、塗った本人である私が、気分が悪くなりそうだった。

おそらく、ボディ用であればよいのかも知れない。
ただ、ハンドクリームということになると、香料はもっと少なくても良いと思ったのだ。
なぜなら、「手」というのは、様々な動きをする。
食べ物を食べる、パソコンで作業をする・・・顔近くで手を動かしていることが日常生活の中では、案外多い。
香りの良くても時と場合によっては、その香りが邪魔をすることも多い、と言うことに気づく。
とすれば、同じ香りの商品ラインであってもハンドクリームのような商品では、「微香性」で十分と言うことになる。

「フレグランス」の楽しみ方、と言うのは「香りを重ねる」と聞いたことがある。
ほのかな香りを、上手に重ね着けることで、その人らしさを演出する、と言うことだ。
そう考えると、日本の「フレグランス・ビジネス」も、「香りを売る」のでは無く「生活の邪魔にならず、生活を演出する香り」という提案が必要になってきている様に感じる。
少なくとも、ハンドクリームには強い香りは必要無い。
むしろ、その香りは邪魔になってしまう。
ハンドクリームを塗るのは、ハンドケアだけが目的ではない。
しかし、日常的な人の手の動きも考えなくては、使う人にとってハンドケアという目的以前に、「×」が出てしまう。

「人が使うモノ・コト」を考える時、生活者の当たり前の動作にも注目することもまた、重要なのだと感じたのだった。
ウゥゥゥ~手を洗ったのに、まだ手から強烈なフローラルフレグランスの香りがする・・・これでは、お米は研げないな・・・。

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声高に言う企業よりも、進んでいた理化学研究所の「ダイバーシティ」

2014-01-30 17:59:08 | ビジネス

今朝の新聞各紙の一面は、おそらく「STAP細胞」の記事だったのではないだろうか?
これまで再生医療の中心と考えられてきたiPS細胞よりも簡単で、安価に短時間で作れると言うのだから、驚いてしまう。
その様な研究が、日本でされてきたことも素晴らしいと思うのだが、その研究の中心となっていたのが、30歳といううら若き女性。
もちろん、先輩研究者たちの後押しがあってのことだが、30歳という若さ、しかも女性というのは、最近話題となっている「リケジョ(=理科系女子)」の先駆者的存在となりそうだ。

この快挙を成し遂げた小保方さんも素晴らしいと思うのだが、彼女をサポートしてきた周囲の先輩研究者や理化学研究所も素晴らしいと思う。
と言うのも、彼女を「ユニットリーダー」というリーダー職に就けているということ。
それだけではなく、それまで研究(=学んできた)分野が全く違うにも関わらず、受け入れ研究をサポートしてきたからだ。
彼女の努力や研究に対する情熱・・・その様なモノがあったからこそ!だとは思うのだが、日本の企業でここまでのことをさせる企業がどれほどあるのだろうか?

数年前から「イノベーティブな企業文化を創る」ということで、「ダイバーシティ」に取り組む企業が増えている。
この場合、多くの企業が考え実践しているのが、外国人の雇用だ。
その為に「社内公用語」を「英語」にする、と言う企業もある。
しかし、本当の「ダイバーシティ」というのは、「理化学研究所」の様なところのことを言うのではないだろうか?

一つの研究テーマに、畑違いの研究経験者が入ることで、それまでとは違う視点で研究を見るコトができる。
そこには男性・女性というのは関係はない。その研究者の経歴や経験などだろう。
別に外国人を積極的に雇用しなくても、「社内公用語を英語」にしなくても、イノベーティブな文化を持つ組織というのは創れるのだ。
むしろ「イノベーティブな文化を阻むモノ」というのは、権威主義とか思い込み、かつての成功体験から脱却できないことなではないだろうか?

心身のハンディのある人、子育てや介護で職場を離れていた人、大病を患いながらも前向きに取り組む姿勢がある人・・・様々な価値観や経験を持った人達が集まることで、良い意味ので「摩擦」が生まれ、それが化学反応を起こし「イノベーティブな文化を創る」。そう考えると、「ダイバーシティ云々」と声高に言っている企業よりも、遙かに理化学研究所のほうが進んでいる様に思う。

それにしても、白衣ではなく「かっぽう着」というのも、ユニークだ。
それを認める理化学研究所も、懐が深い。

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スマホ時代の宣伝方法?

2014-01-29 19:53:57 | マーケティング

地下鉄のぶら下がり広告を何気なく見ていたら、やたらと目立つ広告があった。
一見すると「ガッテン系」の、作業服の販売か人材派遣?のように思えるのだが、よくよく見ると「週刊GEORGIA」とある。
広告の端には、缶コーヒーの「GEORGIA」。
どうやら、缶コーヒー「GEORGIA」の広告らしい。

広告はそのタイトル通り、週刊誌のぶら下がり広告そっくり。
スマホで無料アプリをダウンロードすると「週刊GEORGIA」が読める、と言う仕掛けになっている。
目を引いたのは、その広告が上述した通り一般週刊誌そっくりだったこと。
ビジュアルがそっくりなのでは無い、その内容がそっくりなのだ。
読み物、マンガ、アイドル女性のグラビア・・・広告としては、大掛かりな内容。
調べてみると、やはり出版社の協力がある。
協力しているのは、株式会社KADOKAWA(旧社名:角川書店)。
KADOKAWAのHPには、この広告についてのニュースリリースが掲載されている。
ニュースリリース:スマホ向け無料週刊誌「週刊GEORGIA」創刊 (注意PDFファイル)

缶コーヒーの宣伝のためだけではなく、どうやら本気でWEB週刊誌を配信するようだ。
確かに、これまでも週刊誌と様々なメーカーが共同企画をして、「週刊誌」の体裁の無料PR雑誌を出すコトはあった。
その場合は、現在ある週刊誌をそのまま使い、雑誌のオマケのような形態だったと思う。
それが今回は、「週刊GEORGIA」という、全く新しいWEB雑誌の創刊になっている。
WEBと言う形態だからこそ、この様な広告が出来るのだと思う。

気になるのは、無料とは言えこの「週刊誌」を読むためにアプリをダウンロードしなくては鳴らない、と言うことだ。
「ダウンロードをする」と言う手間を考えると、これまでの様な「雑誌のオマケ」のような広告ばかりが目に付く様な内容では、とてもダウンロードはしてもらえないだろう。
如何に広告らしさを無くし、それでいて読後「あぁぁ~缶コーヒーのGEORGIAが飲みたい」と思ってもらう必要がある。
広告を打つコカコーラにしても、雑誌として配信するKADOKAWAにしても、試験性の高い広告だ。
まさに、スマホ時代だからこそチャレンジできる新しい広告だと思う。

ちなみに、ぶら下がり広告を隅から隅まで見ていたら、「創刊」では無く「創缶」とあった。
もしかしたら、缶コーヒーの内容も変わっているのかも知れない。

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3Dプリンターの使い方。発想の違いは文化の違い?

2014-01-28 20:18:40 | Weblog

昨年話題になった3Dプリンター。
昨年暮れには、3Dプリンターを使ったショーまで開催された。
AFP:パリで「3Dプリントショー」
このショーの写真を見ると、実に複雑な形状の立体物がコピーできるのだな~と、感心する。
一方、この3Dプリンターに関しては、手放しで喜べない話題もあった。
米国の学生が、プラスチック拳銃を作る過程を動画で公開したり、金属製の銃を部品メーカーが造ったりしている。
ITMediaニュース:3Dプリンタで作るプラスティック銃「Liberator」、発砲成功
同じく
ITMediaニュース:3Dプリンタ製金属銃で発砲成功「精密な部品の製造能力を証明」

一方、今日の日経新聞には米粉を使って、3Dプリンタによる食器の製造というニュースがあった。
日経新聞:3Dプリンターで食べられる食器 慶応など米粉使用

米国の「銃を作る」と言う発想は、何とも物騒な気がする。一方、日本の米粉を使った「食べられる食器」という発想は、いかにも日本的というのか?平和な感じだ。
考えて見れば、同じモノをどう使うのか?と言う発想の違いは、文化の違いなのかも知れない。

銃などが日常生活の中に無い日本では、3Dプリンターという製品を見ても「銃を作る」という発想はし難いだろう。
むしろ、身近な食器等のような日常生活で使っているモノのほうが、考え易い。
しかもそれが、新しい技術の利用範囲を拡げていくことのほうが多いように感じる。

その一例が「形状記憶合金」だろう。
拙ブログでも取り上げたことがあると思うのだが、この技術そのものは米国で開発された。
ただ、どのように利用したら良いのか、判らず様々な企業にアプローチをしたら、米国では軍事利用、日本ではワコールの「形状記憶ブラ」という商品となった。
その後「形状記憶」という特性を生かした製品が、数多く誕生したがその発想は「生活者が便利になるモノへの利用」だった。

インターネットそのものは、軍事目的で考えられた情報ネットワークだったことは、ご存じの通り。
しかし、今ではごく当たり前に様々な人が使いこなしている。
インターネットを通じて、「アラブの春」の様な動きも生まれる様になった。
おそらく、新しい技術の普及というのは、ごく普通に生活者が使いこなす、生活の中に溶け込むことで、大きく伸びていくのだと思う。
伸びるだけではなく、使われていく中で様々な発想が生まれ発展していくのではないだろうか。

もしかしたら、「日本の文化」の中には、その様な新しい技術を多くの人が便利に快適に使うと言う発想があるのかも知れない。
そもそも、マーケティングの発想のスタートも、そこからはじまっている様な気がする。

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「燃料費膨張」は、ビジネスチャンスになるか?

2014-01-27 18:35:30 | ビジネス

先の選挙で、自民党が大勝した大きな要因は「アベノミクス」による、「デフレ脱却→経済成長」だった。
確かに、一時的に株価は上がったし、自動車産業などをはじめとした製造業の事業収益が随分改善された。
ここまでは「良かった!良かった!!」という話になるのだが、手放しで喜んでいられない状況にあるようだ。
毎日新聞:貿易赤字過去最大11兆円 円安で燃料費膨張・・・13年

ここで気になるのは、「燃料費膨張」という点。
「主な燃料費=火力発電」と考えると、この春から値上げが決まっている電気料金の値上げの後には、「火力発電の燃料費高騰」と言う理由で、再び値上げ申請がされることは必至だろう。
と同時に言われるのが「クリーンなエネルギー・原発再稼働」だろう。
本当に「原発を再稼働させたら、電気料金は据え置かれるのか?」という点は疑問ではあるが、これまでの政府側の言い分を聞いていると、そういうことになる。

しかし、この「燃料費膨張」というのは様々な意味で、ビジネスチャンスかも知れない。
まず「燃料費膨張」のあおりを受けたのは、ガソリンの価格だろう。
実際、街中のガソリンスタンドを見ると、昨年に比べ随分「高値安定」という気がする。
その間、自動車メーカー側が盛んにCM等で言い始めたのが「燃費効率がよい」ということ。
(何となく、限界に近い様な印象があるため)今まで以上の燃費の良さは、難しいかも知れないが、代わりに「ハイブリッド車」をはじめとする、いわゆる「エコカー」の技術が加速度的に進むかも知れない。
しかも、今の自動車開発は「燃費+安全性」という、IT技術的な要素も高い。
複合的な要素で、日本のIT技術やその副産物的に生まれるであろう様々な技術が、社会を変える原動力になるかも知れない。
例えば「高齢者の運転」などは、急速に進む高齢社会の日本にとって、大きな問題だろう。
GPS機能なども、高齢者向けの衣料品などに簡単に取り付けることができれば、アルツハイマー型認知症患者家族にとっては、心強いと思う。

そして、過去をみても日本はその様な問題を乗り越えることで、新しい発想と技術を創りあげてきた。
「燃料費の膨張・高騰=エネルギー問題」という発想ではなく、「代替エネルギーから標準エネルギーの多様性への転換」と考えることで、「オリンピックは、電力を大量に使うので、脱原発は無理」という、これまでとは全く違うエネルギー利用のオリンピックになるかも知れない。
今回の「燃料費の膨張」による赤字を、その様なチャレンジ性のある発想への転換のチャンスととらえることが重要だと思う。

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富士フイルムの本気度

2014-01-25 21:32:45 | CMウォッチ

先日エントリをした「おいしい牛乳って・・・」の広告が新聞に掲載されていた同じ日、実はもっと気になる広告が掲載されていた。
それが「富士フイルム」の企業広告だ。

一般的に「企業広告」というと、企業のイメージを伝える内容が多い。
それは「企業文化」を発信する、と言う意味でも生活者に伝わり易く、理解して貰いやすい。
ところが、今回の「富士フイルム」の広告は、企業イメージというよりも「企業の決意表明」の様なニュアンスの広告だった。
その広告の内容が、現在富士フイルムのHPのトップだ。
富士フイルム:Value From Innvation

まず目を引くのは、企業の代表者である取締役会長・CEOの古森さんが登場していることだ。
これまで、企業のトップが広告に登場するということはほとんど無かった。
もちろん、名物社長と呼ばれる様な方は別だが、経営者として広告に登場するというのは、富士フイルムほどの大きな企業では、まず無かったと思う。
それだけでも、インパクトが強い広告なのだが、もっと目を引いたのが、そのコピーだろう。

「化粧品も、薬も作る。月面探査にも行く。富士フイルムは変わった。」
何と勢いのあるコピーだろう。
特に「作る。行く。」という言葉は、決意表明のようだ。
それだけではない。
「変わります」とか「変わる」という、「これから変化する」というのではない。
既に「変わった」というのだ。
その「変わった富士フイルム」の製品として、広告には新商品が紹介されている。

富士フイルムが、化粧品を扱い始めた時「フィルム会社が化粧品?!」と言う感覚があった。
しかし、今では富士フイルムという企業ではなく、「アフタリフト」というブランド名で、市場の信頼を得た感がある。
おそらく、富士フイルムの6分野に対する思いと言うのは、この「アフタリフト」の様な感覚なのかも知れない。
「フィルム」という製品開発の技術(「分子化技術」と言う言い換えられるかも知れない)と「フィルム」という製品がもっている機能(写す・記録する」ということ)は、決してバラバラなモノではなく「フィルム」ということに集約される、ということなのだろう。

それを、企業のトップが表にでて広告する、と言うことは「事業を育てて下さい」という様な、生活者に対する「お願い」ではなく、「一緒に変えてきましょう!」と言う、呼びかけのようでもある。

これだけの広告を打った富士フイルムが、今年以降どのように変わっていくのか見ていきたい。

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番組スポンサーを降りると言うこと

2014-01-23 20:57:00 | CMウォッチ

日本テレビ系で放映されている「明日、ママがいない」というドラマが、様々な話題を呼んでいる。
我が家にはテレビが無いので、当然ドラマそのものを見てはいない。
そもそも、脚本を書いている野島伸司さんのドラマを見たことがない。
なので、ドラマについて云々書く気はない。
ただ、このドラマのスポンサーのうち3社が降りた、と言うことがこのドラマの問題性を表していると思う。
産経新聞:スポンサー3社がCM見合わせ

民放でスポンサーが番組から降りると言う場合、これまではスポンサー会社の不祥事だった。
例えば、お料理番組の単独スポンサーだった雪印は、集団食中毒事件を起こしたため、スポンサーを降りた。その後、番組そのものがリニューアルという形で、味の素がスポンサーとなった。
そして、新しいスポンサーが決まるまで「AC」のテレビCMが代わりに流れることになる。
そう考えると、番組スポンサー自らが降りると言うのは、異例のことだということが分かる。

今回、(とりあえず)スポンサーを降りた企業を見ると、キューピーやエバラという食品会社と、JX日鉱日石エネルギー(「エネオス」)の3社だ。
食品会社にとって、今回のドラマの問題というのは無視できなかった、と言うのは理解できる。
食品会社にとって、「家族」のイメージはとても大切で「家族団らんで楽しい食事を提供する」という、考えをもっている企業がほとんどだ。
にも関わらず、施設内での施設長と子ども達のやりとりには、「団らん」という言葉とはかけ離れた演出(当然脚本)がされていたようだ。
企業が求めるイメージと違い過ぎる(と言うよりも、真逆と言ったほうがよさそうな)内容では、スポンサー企業としては、提供名を外す→スポンサーを降りると言うのは、当然だろう。
スポンサーをし続けることで、社会から「あぁぁ、この会社は『家族団らん、楽しい食事』などと行っていても、違うんだな」という印象を持たれるリスクは、最大限避けたいと思って当然だろう。

もう一つ、スポンサーが降りた理由があるとすれば、テレビ局側の姿勢だと思う。
第1回目の放送直後、ドラマ内容の見直しを求めていた病院や施設、支援団体に対して、余りにも強行で上から目線の回答をしていたこともまた、スポンサー企業にとって自社のイメージを悪くする、と判断したのではないだろうか?
放送局の言い分よりも、社会の発言のほうがスポンサー企業にとって、様々な面で影響が大きいからだ。

既に、打ち切りという話もあるようだが、それだけ自信があるのであれば、スポンサーなしで最後まで放映して欲しい。
その上で、本当にドラマが社会提起できたのか、テレビ局側が検証すれば良いと思う。
個人的には「泣けば里親が早く見つかる」という程単純では無いと思うし、そんな「涙」で里親になられる方はいらっしゃらないと思う。

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「おいしい牛乳」ってどんな牛乳?

2014-01-21 19:26:09 | ビジネス

しばらく前から、ある新聞広告が気になっていた。
気になっている広告は、株式会社明治の企業広告。
今日、その広告を見ていて感じることがあった。
それは「牛のご機嫌をうかがいも、大事な仕事です」というコピーがあったからだ。

この広告には、以下の様な文から始まる。
「ある日、ある牧場から明治に届いた生乳の風味が、ほんの少しいつもと異なっていたコトがありました。わたしたちは、その牧場主さんと原因を探るべく、牛舎にビデオカメラを設置、24時間牛の様子を見続けました。・・・・」そして、結局、牛のベットがぬかるみ、牛たちが動くのが億劫となり、ちょっと元気をなくしていた、と言う原因が分かり、牛のベットをふかふかの気持ちの良い状態にしたら、元の美味しい牛乳になった。と言う結末なのだが、この文を読んだ時、思い出したことがあった。
それは随分前、慶應義塾大学の村田昭治先生の本を読んだとき、その様な一文があったのだ。

村田先生がある日、とても美味しい牛乳を生産しているという酪農家さんのところへ出掛け、「どうしたら、美味しい牛乳ができるのですか?」と尋ねたところ、その酪農家さんは「牛の機嫌がよく、幸せだと美味しい牛乳ができる」と、答えたと言う。その言葉を聞いた村田先生は「美味しい牛乳は、脂肪分が○○%含んでいて、その為には××という飼料を与えると美味しい牛乳ができる」という、数値化されたものではなく、牛がどのような状態で、どのような時に幸せだと感じているのか?と言うことを一生懸命考えている生産者の考えに、「ものづくり」の基本を感じた、と言う内容だった。

昨年あたりから「ビッグデータ」を活用した、マーケティング戦略が盛んに言われる様になってきた。
「ビッグデータ」から分析される生活者の姿というのは、確かに現実の生活を「可視化」させることができるだろう。
でも、「人の気持ちや心」というところまで、判るだろうか?
昨日エントリした、Amazonの予測出荷にしても、人の気持ちや心という、データ化できない部分が、本当はとても大事なのでは?
なぜなら、ビジネスの基本は「商品やサービスを提供することによって、社会や人が幸せだと感じる」ことだと思うからだ。

幸せな牛が作る牛乳が美味しい様に、商品やサービスを創り出す人達が「こんな社会だったら素敵だな」と、想像し人や社会を思う気持ちが、商品やサービスに反映される様な気がするのだ。
そのビジネスの基本を忘れてはいないだろうか?と、「牛のご機嫌伺いも、大事な仕事です」というコピーを読んで感じたのだった。

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便利な機能に支配されそう・・・Amazonの「予測出荷」

2014-01-20 19:30:51 | ビジネス

Yahooのトピックスを見ていて驚いた。
Amazonが「予測出荷」というシステムの特許を取得したという。
TechCrunch JAPAN:Amazon、「予測出荷」の特許を取得 ― 注文される前に商品を出荷

「予測出荷」とは、何とも大胆な発想でビジネス化出来れば、ある意味凄いビジネスモデルとなるかも知れない。
特に「忙しい!!」を口癖の様にされている方にとっては、「自分の欲しいものを、こちらが選ばずとも手配をしてくれる」のだ。選ぶ手間が惜しい人にとっては、何とも嬉しいサービスかも知れない。

しかし、私はこの様なサービス、システムは必要無いと思っている。
と言うよりも「気持ちが悪いサービス」という気がしている。
なぜなら、「自分の欲しいもの」など、自分でも案外わからないところがあり、店頭で商品を見て「ピン!」と感じるモノがあったり、商品を実際手に取り、じっくり(と言う程ではないかもしれないが)自分の財布と相談をし、検討をすると言うことも「買い物の楽しみ」だとおもっているからだ。
それが例え通販であっても、ネットなりカタログなりを見ながら「ウ~~~どうよ、これ欲しい?」と自問自答している時間は、店頭で買い物を楽しんでいる時と同じ様に楽しい時間でもある。
その楽しみだけではなく、「欲しい商品を予測する」というコトは、「自分の心」というか「気持ち」を覗かれているようで、気持ちが悪い。

もう一つ感じることは、Amazonは自分達のもっているデータに相当の自信があるようだが、私のところに送られてくる、Amazonからのお勧め商品リストは、自分が欲しいと言うモノに当たったためしがない。
仕事で購入した本、随分前に出版され書店で探すことができなかった趣味の本・・・。
「本」といっても、購入する時には様々な理由があって購入をしている。
これは、何も本だけではなくAmazonが扱っている日用品からレジャー、IT商品など様々な商品に当てはまるコトだと思う。
それだけ、思考や嗜好、志向は一人の人間であっても違うのだ。

もう一つ懸念するコトが、「勝手にAmazonが送ってきた商品が、気に入らない場合」だ。
当然、送られてきた人は「返品」をするだろう。
その「返品」にかかるコストは、どこが負担するのか?と言う点だ。
Amazonが勝手に送ってきた商品なのだから、受け取った側が返品送料を負担するのは、おかしい話だ。とすれば、Amazonが返品送料を自社負担をする、と言うことになるだろう。
それだけでは無い。
返品を受け付けたら、返品後の処理という作業がまっている。
梱包を解き、再び元の場所へ戻す・・・この手間を機械任せでするにしても、機械を動かすコストはそれなりに発生する。

一見効率が良さそうなシステムであっても、決して効率の良いシステムだとは思えない。
ITの進化は、とても素晴らしいと思うしそれを活用することで、社会に様々なイノベーションが生まれてきた。
でも、人の気持ちや心に関わるコトにまで、ITが関わるコトはできないのでは?
少なくとも、今のAmazonのお勧め商品リストを見る限り、この「予測出荷」というシステムは意味が無いと思う。

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オリンピックと脱原発-森元首相の発言に思う-

2014-01-18 21:40:11 | アラカルト

2020年東京オリンピック組織委員長になった、森喜朗元首相がなかなか「おもしろい」発言をされている。
讀賣新聞: 「原発ゼロ」なら五輪返上しかない・・・森元首相

森さんと言えば、歴代の首相の中で支持率最低記録保持者だと記憶しているのだが、どうやらご本人は、そう思っていないらしい。
政治が動きそうな時になると、なぜか、いろいろな発言を積極的にされる。
その発言の多くが、的外れというか・・・「歴代最低支持率保持者は違う!」という感じを受ける。
その中で、今日の讀賣新聞に掲載されたこの報道は、ある意味「的が当たっている」という気がする。

確かに、オリンピックの様な国際的なスポーツイベントになれば、開催期間中使用する電力は、相当量だろう。
なんと言っても、オリンピック招致のプレゼンテーションで、安倍さんは「(事故を起こした福島第一)原子力発電所は、我々の元でコントロールされている」と、言い切ったのだ。
言い換えれば、「原発は、政府の管理下にあり、安全な状態にある」と、国際公約をした様なもの。
その原発が、オリンピック開催時に安全に稼働していなかったら、国際公約はどうなっているのだ!と、言われてもしかたないかも知れない。

もう一つは、自民党が支持する東京都知事選への「援護射撃」のつもりだったのだと思う。
なぜなら、ご本人は「フィクサー気取り」で、これまでも数々の発言をしてこられたからだ。
国際公約である「オリンピック開催」を出せば、「脱原発」ムードから「オリンピック開催」へと選挙の潮目が変わると思われたのだと思う。
ご本人が「オリンピック組織委員長」という、責任ある立場だからこそこの「オリンピック開催」という言葉は、ある意味「黄門様の印籠」のようなものだと思っていらっしゃるのだと思う。

一方、この様な考え方もできる。
「脱原発というなら、オリンピック開催までに自然エネルギーを中心としたエネルギーシステムを構築せよ!日本の技術力なら、5~6年でオリンピック開催が十分まかなえるだけの電力を創り出す技術開発はできるだろう」と、自然エネルギー開発を進める企業に奮起させようとした発言だったかも知れない。
と言うよりも、森さんのこの様な発言を知って、自然エネルギー開発を進めている企業や技術者は「オリンピックまでに、間に合わせようじゃないか!」と思われたのではないだろうか?

おそらく森さんご自身は、東京都知事選の「援護射撃」のつもりで、ご自身がなられたばかりの「オリンピック組織委員長」という立場で、話されただけだと思う。
でも、この発言を知った次世代のエネルギー創出技術に携わる人達が、「やってやろうじゃないか!」と、奮起されることを願っている。

 

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