日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

笑顔がいっぱいある1年になって欲しい

2008-12-31 21:34:52 | 徒然
今日もパレスチナ自治区のガザ地区では、爆撃が続いている。
そして多くの罪のない人たちが、犠牲になっている。
ブッシュさんは、任期最後の仕事と言わんばかりにイロイロな行動をしているようだが、個人的には「(口汚い表現で申し訳ありません)あんたに、言われたくない!」と言う気がしている(紹介記事は、讀賣新聞)。

「パレスチナ問題」の一因は、欧米諸国の都合と言うモノがあったように記憶している(と言っても、高校の世界史レベルなのだが)。
むしろ、そのようなコトとは関係のない日本が、イニシアティブを取るべきなのでは?と思うのだが、
麻生さんは、相手にされなかったようだ(紹介記事は朝日新聞)。
「外交の麻生」というコトも言われるようだが、このような場面では余り存在感が発揮できないと言うコトか・・・。

そして国内に目を転じれば、「派遣切り」と言う名の「非正規雇用者の解雇」が続いている。
そのような人たちを助けるために、「年越し派遣村」が登場した(紹介記事は日経新聞)。
本当は、このような「村」は豊田市や杵築市など、実際に製造現場がある地方に必要なのだと思うのだが・・・話題的にはやはり東京と言うコトになってしまうのだろうか?
問題は、東京発信のこのようなニュースに目を奪われる余り、現実に起きている場所のコトを忘れてしまうことだ。
「企業城下町」と言われる自治体では、大幅な税収減が見込まれている。
その中で何とか「非正規雇用者」を助けるために、自治体自体が一定期間雇用する(これも言い換えれば一時の雇用でしかないのだが・・・行政のできる精一杯の範囲だろう)コトや、公営住宅の安価で提供するなどの動きが出ている。
背景にあるのは、言うまでもない「実体経済を無視した、虚構の経済」だった。
その見直しが本格的にされるのは、来年からだろう。

今年は、本当に生活者が笑顔になるコトが少なかった。
世界ではまだまだ戦火に包まれている場所があり、自分たちとは関係のないコトでその人生を大きく狂わされる経済の実態がある。
そんな諸々の出来事を、一気に解決することは出来ないが、ひとつでも笑顔が増える1年となることを願ってやまない。

今年も1年、ありがとうございました。
昨年とは違う方が、コメントを下さったり、拙ブログが始まった頃からコンスタントにコメントを下さる方がいたり・・・もちろん、読んでくださる方も増えた1年でした。
本当にありがとうございます。
そして、みなさまお一人おひとりが、良い年を迎えられますことを・・・。
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定番に新しいをプラス

2008-12-30 19:40:02 | CMウォッチ
富士フィルムの「お正月を写そう」のテレビCMは、今や「お正月の定番」と言っても良いだろう。
バブル崩壊後、次々と「お正月テレビCM」が姿を消していったが、この富士フィルムの「お正月を写そう」は、その中で残っている数少ないテレビCMだ。
そのテレビCMが、今年は少し違うアプローチと提案をしている。

富士フィルムは、今年新しいサービスとして「フォトブック」を始めた。
これまでのデジカメデータをプリントすると言うサービスから、「フォトブック」というアルバム作りのサービスを始めたのだ。
単に「写真をプリントする」のではなく、「思い出をカタチとして残す」という新しい提案をしたのだ。

それがこのお正月は「フダン一緒に撮れない人と、写真を撮ろう」と言う内容が加わった。
「フダン」が、カタカナと言うところは漢字よりも堅苦しさを感じさせないためだと思うのだが、個人的には漢字の「普段」の方がしっくりする。
それでもコンセプトとなる「なかなか一緒に撮れない人と、撮る」というアプローチは、十分理解できる。
むしろお正月だからこそ、「普段気恥ずかしくて、出来ないこともできるのでは?」という明快さが、何とも心地よいCMとなっているように感じるのだ。

もちろん、テレビCMに登場する3人組のコンビネーションや安定感も、CMに一種の安堵感などを与えているのは言うまでもないだろう。
特に、店長役の長瀬智也さんや店員役の堀北真希さんの「普通ぽっさ」に対して、強烈な個性を発揮している・お客さんの綾小路さんコト樹木希林さんのバランスは、なかなかのモノ。
現実にはありえないようなお客様だが、逆にそのことが「写真」の意味を深めているように思う。

写真の楽しみは、撮るだけではない。
人物写真でも風景写真であっても、その瞬間を残すことで永遠の時を残すことになる。
それを「フォトブック」というカタチで残すことは、写真を撮る楽しみに「思い出を見る」楽しみを加えた。
そして「お正月だから、普段一緒に撮れない人と」というアプローチが、新しい提案となって、生活者の心や気持ちに届くのでは?と、考えるのだ。

今日から本格的に始まった帰省ラッシュ。
ふるさとで過ごす「お正月」には、こんな「普段一緒に撮れない人との思い出を残す」というコトが大切なのでは?
その意味で、なかなかの「仕掛け」のあるテレビCMだと思うのだ。



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昔から日本は「ウォームビズ」生活だった

2008-12-30 09:57:01 | ライフスタイル
数年前から「湯たんぽ」が、人気になっている。
年々その傾向は強くなるようで、ドラッグストアーに行くと「蓄熱式湯たんぽ」や、プラスチック製湯たんぽ、ブーツ型デザインでレンジで蓄熱剤を暖めるモノ、サイズも手のひらくらいのモノ、湯たんぽカバーもカラフルで素材もバラエティーに富んでいる。
ホームセンターや東急ハンズなどに行けば、昔ながらのブリキ製のモノや陶器製のものも売られている。
それくらい「湯たんぽ」が、生活の中に再び溶け込み始めているのだろう。

私が個人的に、気になっているアイティムがある。
それが「かいまき布団」だ。
今年は、余り本格的寒さと言うものが到来していない名古屋だが、それでも夜は冷える。
足などは「湯たんぽ」などでカバーできるのだが、肩あたりになると掛け布団を引っ張り上げ、もぐるくらいしか方法がない。
実際、そんな感じで寝ていたのだがやはり肩あたりからの冷えが、気になっていた。
そこで綿入れ半纏を掛けて寝たら、なかなかいい具合なのだ。
なんてことはない、かいまき布団状態で寝ているだけのコトなのだ。
ならば「かいまき布団」のほうが・・・と思うのだが、「かいまき布団」はやはり布団。
湯上りに羽織るを言うわけにはいかない。
ならば「(地方によって名前が違うようだが、綿入れ)丹前」と考えるのだ。

実は、「丹前」は高校生の頃亡くなった母が作ってくれ、愛用していた。
何とも色気のない女子高校生だったのだが、その後ある美術展で「丹前」を発見したのだ。
それが「京都国立近代美術館」で行われていた、「モードのジャポニスム展」。
その中に「ヤポンセ・ロッケ」と呼ばれる、18~19世紀始めの欧州(特にオランダ)の裕福な男性たちの部屋着だ。
真綿を入れた着物そっくりの部屋着は、どう見ても「丹前」もしくは「かいまき布団」なのだ。
もちろん素材となっているのは、母が作ってくれたような木綿絣のようなモノではなく、綸子などの絹織物なのだが、形は「丹前」や「かいまき布団」。
もしかしたら、寒い欧州の人たちはこの「ヤポンセ・ロッケ」こと「丹前・かいまき布団」を、部屋着化する事で暖かく過ごしていたのでは?と、思ったのだ。

面白いことに、1984年の三宅一生さんの秋冬のコレクションで、人気を博したジャケットがあった。
それは日本人の私たちから見ると、「綿入れ半纏」なのだ。
もちろん、生地などの意匠デザインなどはとても優れているのだが、基本形は「綿入れ半纏」。
元々三宅一生さんは「一枚の布」をテーマに、日本的なモノ・コトにこだわってきたデザイナーだった。
その彼が「綿入れ半纏」のようなデザインのジャケットを、コレクションに出すこと自体自然なことだったのかも知れない。

時は流れ、21世紀。
エコロジーだとか、ロハスだとか言われるようになり、「ウォームビズな生活をしましょう」と世間では賑やかになってきた。
しかし考えてみれば、日本は昔から「ウォームビズな生活」をしていたのだ。
もしかしたら、日本の生活文化は今のような時代にとてもあっているのでは?
その意味で、日本が輸出できるモノは決してクルマを中心とした工業製品だけではない、と思うのだが・・・。



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今年は、どんな1年だったのだろう?

2008-12-29 23:27:11 | アラカルト
先日、京都・清水寺で発表された「今年の漢字1字」は「変」だった。
「変」と言っても、イロイロな意味がある。
「変わる」という意味もあれば、「変な」という意味もある。

日本の政治と言う視点で言えば、「変な1年」だったかも知れない。
2年連続で、任期1年未満で次々と総理大臣が辞めてしまう、と言う国は世界的に見ても「変な」国だろう。
それでも、経済の混乱もほとんどなかったと言うのも、ある意味「変な国」なのかも知れない。

ただ経済や実業界から見れば、「ジェットコースターに乗っていた」ような1年だったのではないだろうか?
今年の前半までは、「トヨタ自動車、販売台数世界1位?」などと言う、話題が新聞紙面をにぎわしていたのだ。
それが年の暮れには、一気に単年赤字決算の見込みとなってしまった。
それだけではなく、7~8月にかけての原油の高騰は一体なんだったの?と思うほどだ。
そのあおりを受けたのは、ガソリンスタンドだった。
4月の暫定税率が無くなったり、それが復活。
その騒動が落ち着く間もなく、原油の高騰でガソリンの値上げラッシュ。
当然、消費者の「クルマ離れ」が加速し、クルマ通勤から自転車通勤に切り替えるサラリーマンが続出した。
ところが、3、4ヶ月たたない間に原油の暴落が始まり、今ではレギラーガソリンが、8月の約半値にまで落ち込んでしまった。
これで「クルマ離れ」に歯止めがかかるかと思いきや!リーマンショックで表面化したアメリカ経済のダメージは、日本の主要産業を直撃し、「非正規雇用者切りの嵐」になり、クルマを購入するような社会的雰囲気はなくなってしまった。

そんな社会状況だから、当然クルマ以外の様々なモノまで買い控えてしまう。
今日の讀賣新聞のWEBサイトには、「薬も買い控え」と言う内容の記事が、掲載されている。
年末で売上が伸びるはずの胃腸薬などが、余り売れていないようだ。
と言うコトは、忘年会シーズンで賑わうはずの飲食店も、厳しい状況に陥っているのではないだろうか?

飲食店といえば、「食の安全」が叫ばれた1年でもあった。
様々なところで、「偽装」された食品が見つかり、「これでもか!」というほど老舗料亭、ミシュラン掲載レストランまでを巻き込んだ「偽装」だった。
これでは「高いお金を出して、食事に出かけたい」という、気持ちも薄れるのは仕方ないのかも知れない。
輸入モノ食材への不信も、高まった。
それまで知らなかった「ミニマムアクセス米」なるモノの存在も、初めて知った年だった。
その意味で今年は、隠れていた様々なモノ・コトが「露」になった1年だったように思う。

とすれば、様々なモノ・コトを「見直し・価値観が変わる」きっかけとなった年となるのかも知れない。
今年も残すところ後わずか。
来年はどんな年になるのだろうか?


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どうか、お気をつけて・・・

2008-12-29 07:49:46 | Weblog
昨夜から明け方にかけ、我が家の近所では一体何があったの?と言うくらい、サイレンの音が響いていた。
住宅地の深夜から明け方と言うのは、とても静かと言うコトもあるのだが、相当遠くのサイレンの音まで、響き渡ってたようだ。
時には消防、他の時は救急車と、何とも・・・。

東名・名神の高速道路だけではなく、名阪などのJCが近く、救急病院が比較的多いためなのかも知れないのだが、それにしても気持ちが楽しくなる音ではない。

今日から明日は、お正月休みの帰省ラッシュのピークらしい。

イロイロなコトに、どうかお気をつけて!楽しい、新年を。
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身近にある「ワンダーランド」に出かけよう

2008-12-27 20:48:13 | アラカルト
昨夜、フッとテレビのチャンネルを合わせた番組に見入ってしまった。
それがNHKの「美の壷」の銭湯だった。

内風呂の普及によりすっかり廃れてしまった「銭湯」だが、番組を見ていて感じたことが「銭湯は、身近にあるワンダーランド兼湯治場」だったということだ。
東京など関東方面に多いと言われる「宮作り」の銭湯は、威風堂々たる佇まい。
それだけではなく、平屋が多かったふた昔の日本では「街のランドマークタワー」となるのが、銭湯の煙突。
そして銭湯の象徴となるのが「富士山」だろう。
その「富士山」が、たった4色のペンキで描かれていると言う事実に、ペンキ職人の技術の高さに驚き、同時に「鏝絵」を描くことで技を競った左官職人の粋にも通じる「日本の感性」に素晴らしさを感じた。

一方関西にある銭湯は、何故か「自由の女神」が左右対称に飾られている。
もちろん「入浴」と「ニューヨーク」をかけたジョークだ。
それだけではなく、その銭湯の脱衣場の豪華さには目を見張るものがあった。
何でも、この銭湯は以前2階で飲食などが出来るようになっていたようで、まるで今の「スーパー銭湯」のはしりのような存在だ。

ご存知の通り「スーパー銭湯」の魅力と言うのは、「お風呂の入る」と言うのではなく+αの楽しみの方が大きい。
マッサージや飲食、1箇所でイロイロなコトが出来きる「アミューズメントパーク」のような要素が人気となっているのだ。
そんな要素をもった「銭湯」が、昭和の頃には既に存在していたのだ。
何よりも、湯上りのひと時を庭を眺め「涼む(と言うより、湯あたりを冷ますのが目的か)?」という、時間の提供と言うのは今のビジネスにも十分通じるモノがある。

昨年、奈良に遊びに行った時感じたことがある。
それが東大寺などは、寺院と言うのではなく創建当時は「一種のワンダーランド」的要素があったのではないだろうか?と言うコトだ。
もちろん、東大寺側としては仏教の布教があったのだと思う。
しかし、訪れる多くの人たちは巨大な大仏などを見ながら、その大きさに驚き、異国への思いを馳せたのではないか?と感じたのだ。
でなくては、お盆とお正月の年2回だけとは言え「大仏殿」の唐桟の扉が開き、大仏の顔が拝めると言う造りにはしないのでは?と、考えるのだ。

東大寺の大仏殿から顔を覗かせる大仏(写真は、東大寺HPより)

不景気な話ばかりの年末。
身近な「ワンダーランド」で、過ごすのも不景気な今を楽しく過ごす方法なのでは?と、思うのだ。


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マックだけなのだろうか?

2008-12-27 14:32:21 | ビジネス
昨日、「マクドナルドの新商品『クォーターパウンダー』の行列は、「サクラ」だった」と言うニュースがあった(紹介記事は時事通信・Yahooトピックス)。 
場所は大阪・御堂筋のお店だったのだが、どうやら大阪だけではなかったようだ。
今日になって讀賣新聞のWEBサイトには、マクドナルドの新商品発売、「サクラ」動員は東京でもと言う記事が掲載されている。
その背景には「(新商品)最高売上のため」と言う話もあるようだが、それにしても安直な「最高売上」の作り方という気がする。

昨日、大西宏さんの「マーケティング・エッセンス」でも、取り上げていらっしゃっていたのだが、大西さんのエントリを読んで驚いたのは、このバイト、時給1,000円という、職務内容と時間を考えれば格段に楽で高額なバイトだったことだ。
もちろん、バイトは人材派遣会社「フルキャスト」が募集をしているので、「フルキャスト」に対してもそれなりの手数料が支払われているはずだ。
と言うコトは、この企画をした広告代理店なりがマックから受け取ったお金は、1,000円×1,000人と言う費用ではない。
それも、大阪と東京でやっていたのだから新商品である「クォーターパウンダー」が、いくら最高売上を記録したからと言って、手放しで喜べるだけの利益はなかったのではないだろうか?

あくまでも「プロモーションの一環として」というのであっても、普通の販売促進としては余り考えにくい。
むしろ割引クーポン券や全国のマック店舗で「限定・モニター募集」を大々的に全国紙やHPなどで募集したほうが、話題性にもなり効果があったのではないだろうか?

しかし、ファーストフードの雄・マクドナルドがこのような、「サクラ」を使って行列を作らせ、販売促進をしていたとなると、もしかして・・・他社はどうなのだろう?と、思ってしまうのは私だけではないと思う。
と言うのも「行列が出来ると、その行列に意味もなく並んでしまう」という傾向は、誰にでもあるからだ。
その行動を利用して、話題性を振り撒くと言う方法も販売促進としては、十分効果が期待できる。

それを利用したのが、今回のマックだったと言うコトになるのだが、ここ1、2年行列が出来ると言われたファーストフード店などは、本当の行列だったのだろうか?

「行列がある」からといって、話題になっていると思ってはいけないのでは?
これからは、チョッと疑ってみたほうが良いのかも知れない。

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地方と国の温度差

2008-12-26 15:39:32 | アラカルト
コメントを下さった方へのお返事が遅れています。
申し訳ありませんが、しばらくお待ちください。

街中を歩いていても、気分的に「年末の楽しさ」と言うモノが感じられないコトに、不安と言うか、今の日本経済が置かれている状況が、もしかしたらバブルが崩壊し、山一證券や拓銀などが次々と破綻した時よりも深刻なのでは?と感じている。
実際、イブの24日夕方遅く近所のスーパーに買い物(クリスマスのためではなく、日常的な夕飯の買い物)に行った時、出来合いのお寿司などは売れていたのに、ワインなどの酒類を買い求めている人の姿がほとんどなく、「出来合いのお寿司に、小さめのクリスマスケーキで、家族でクリスマスなのか?」という感じを受けた。
それだけ、日本の生活者は「縮こまっている」のかも知れない。

そして、今日が仕事納めと言う方も少なくないだろう。
納会では「来年こそ、景気が回復し笑顔で1年が過ごせるように」と言うことばが、あるかも知れない。

その景気の弾みになると言うか、これまで景気対策として使われてきたのが「公共事業」だった。
それも道路建設が、メインだったのはご存知の通りだ。
その財源も「道路特定財源」があってのこと。
結果「母屋ではお粥をすすり、離れではすき焼きを食べる」と言うような状況になってしまった。
その「道路特定財源」を「一般財源として一部使う」と言う話があったのだが、いつのまにか「道路を造るため」になってしまっていた。
しかし、地方の首長さんたちは必ずしも「道路が欲しい」と言っているわけではないようだ。
それが、今日の朝日新聞のWEBサイトに掲載されている、道路予算確保の署名、11首長応じず 与党への不満背景と言う記事だ。

地方によっては「道路ではなく、他のモノで地域の活性化を図りたい」と言う首長さんがいても、おかしくはないだろう。
なぜなら、地方地方でその状況はまったく違うからだ。
記事中にあるように、「医療・福祉の拡充のために使いたい」と言う考えもあるだろうし、小中高校などの耐震補強事業に使いたいと言うトコロもあるかも知れない。
場合によっては、高速道路ではなく通信網の整備や、地元の大学などと共同でグリーンエネルギー開発や、非正規雇用者を農業従事者へ転換させるための「農業技術・訓練の研修施設の開設」と言うコトもあるかも知れない。

今や地方の「公共事業」を、国が考える時代は終わったのではないだろうか?
「道」を造ると言っても、「道路」だけが「道」ではない。
地方が豊かになるための「筋道造り」は、もっとイロイロあるはずなのだ。
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勇気を与える政治

2008-12-25 13:27:24 | 徒然
日経新聞のWEBサイトに、アメリカ次期大統領・オバマさんの「クリスマス演説」が掲載されている。

大統領候補の頃から、オバマさんのスピーチには明快で分りやすいことばが多かった。
英語の苦手な私ですらそのように感じるのだから、アメリカ国民が熱狂するのも分るような気がした。
その頃から一貫して使っていることばが「Yes、We Can」であり、「Change」だろう。
「我々なら、出来る」「改革」と言うコトなのだが、そこに込められた意味は単純な「我々なら出来る」とか「改革」ではなかったように感じる。
それが今回のクリスマス演説で、より鮮明に詳しく述べられているような気がした。
「我々がひとつになり、この難局を乗り越えなくてはならない」と言うことばがそれだ。

このコトバを聞いたとき「どこかで聞いたような・・・???」と言う気がした方はいないだろうか?
同じ言葉ではないにしても、先日の天皇陛下のお誕生日で「世界経済の後退により、厳しい生活を余儀なくされている人を案じ、英知を出し合って、この難局を乗り越えることを望む」と言う内容のコトを話されている。

このような天皇陛下のお言葉を聞いて、「そうだ!頑張らねば!!」と思った人は案外多いのではないだろうか。
本来であれば、このような「勇気を奮い立たせるようなコトバ」は、麻生さんから聞きたいのだが、やはり麻生さんでは無理のようだ。

麻生さんだけが悪いわけではない。
日本の政治そのものが、国民と離れたトコロで行われているのだから、仕方のないことなのだ。
今回の金融不安でも、企業の派遣切りや期間雇用社員切りなどが行われているにも関わらず、政策として有効な手立てが打てないまま今に至っている。
かつて、建設業は「雇用の調整業」とも言われていたようだ。
不況になると、公共事業を発注して建設業にお金を落とす変わりに、雇用を創出していたのだ。
そのような考えると、「大手メーカー・政府・建設業」は、「三位一体」的なトコロがあったのかも知れない。
ところが今回の金融不安は、そのような手法では何ともし難い状況になってしまった。
だからこそ、勇気を与えるような政治、政策が必要なのではないだろうか?

今まで、国民を勇気付けるような政治をしてこなかったのだから、当然「元気や勇気が出るような政策」は、期待できない。

オバマさんのクリスマス演説は、一歩間違うと保護貿易主義を推し進めるような内容にも取れる。
だが、その前に「みんなで一致団結をし、この難局に立ち向かおう!」と言うコトバは、国民全体に勇気を与えるように思うのだ。
それもまた、政治の大きな役割だと思うのだが・・・。
まずは、国民目線の政治とは?と言うところから、はじめて欲しいものだ。

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内部留保が膨らみ続ける企業経営は、正常な経営だろうか?

2008-12-23 21:33:14 | ビジネス
中日新聞のWEBサイトのトップに、巨額余資ため込み大量人員削減 自動車など大手16社集計と言う記事があった。

そして今日、トヨタの元気の象徴とされる名古屋駅前の「ミッドランドスクエア」まで、非正規雇用者などの人たちがデモをした(動画ニュースあり)。

いつの頃からか、「企業は株主のモノ」と言われるようになってしまった。
確かに、株主は企業に資金を提供しているのだが、だからと言って「企業が株主のもの」ではない。
あくまでも、企業活動を支援しているに過ぎない。
ところが「もの言う株主」や自己利益だけを追い求めるファンドの登場が、必要以上に「配当」を求めるようになってしまった。
そこで、多くの企業がとった方法が「内部保留を高める」と言う方法だった。

結果、内部留保は増えつづけトヨタなどは、昨年だけ2兆円近くの内部留保を確保することが出来ている。
ところが、リーマンショックを引き金に、アメリカ発の世界同時金融不安が襲った。
それによる、急激で止まることを知らない円高で、トヨタをはじめとする輸出関連大手企業は、軒並み営業利益が赤字に転落しそうだ。
そこで、企業が取った方法が減産と、非正規雇用者(いわゆる「派遣切り」)を対象としたリストラだ。
実際、今日名古屋駅で行われた非正規雇用社員のデモでも「一部内部留保を、非正規雇用者のために使って欲しい」と言う声があがっていた。

いざ企業が倒産と言う「危機的状況」が起きた時、内部留保が多ければその危機を軽減できる。
とすれば、今がその時なのでは?
決して内部留保の総てを吐き出せ、と言っているのではない。
内部留保の一部を、非正規雇用者だけを対象と言うのではなく、何らかの方策を打ち出すと言うことなのだ。
「損して得取れ」と言うコトなのだ。

「企業は株主のためにある」のではなく、ステークホルダーのためにあるのだ。
そのステークホルダーとは、一体誰なのか?
改めて考える時なのではないだろうか。


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