日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

「Go Toキャンペーン」に税金を投じるよりも、未来に投じて欲しい

2020-11-30 23:06:34 | アラカルト

Huffpostに、交通遺児の大学生の内4人に1人が、退学を考えている、という記事があった。
Huffpost:遺児の大学生、4人に1人が「退学を検討」。コロナで進学をあきらめる高校生も(調査結果)

今朝のFM番組でも同様のテーマが取り上げられていた。
それだけ経済的に困窮している大学生がいるだけではなく、進学を諦める高校生たちも多いのだろう。

今回調査を実施したのは「あしなが育英会」だが、「あしなが育英会」から奨学金をもらっていない一般的な大学生にとっても、今回の「コロナ禍」は経済的に大きなダメージを与えているはずだ。
というのも、地方から都市部の大学に進学した学生たちの仕送り額が、減っているからだ。
(下図資料は全国大学生活協同組合連合会 第55回学生生活実態調査より)

グラフを見てわかる通り、10万円以上の仕送りをもらっている学生は、年々減っている。
代わりに増えているのが5万円以下の学生だ。
自宅通学の学生たちにとっては、現実感のない話かもしれないのだが、これが今の日本の経済状況の一面である、ということでもある。
特に、仕送りを必要とする学生たちは地方出身者であり、言い換えれば仕送り額が減少している、ということは地方経済の状況が良いとは言えないということでもある。

減額されている仕送り分をカバーするのが、アルバイトということになるのだが、主要なアルバイト先となる飲食店などが今回の「コロナ禍」の為に危機的状況に陥っている。
結果、生活費そのものの捻出が難しくなったりするような状況が続くことで、退学や休学を検討せざる得ない状況に陥っている学生が増えているということになる。

「経済を動かす」という名目で政府が行っている「Go Toキャンペーン」は、この「コロナ禍」でもキャンペーンを利用する人が数多くいる反面、感染拡大を懸念して利用を躊躇する人達も数多くいる。
おそらく、利用を躊躇している人たちのほうが、多いのではないだろうか?
とすると、税金を投入して行う政府の事業として不公平感が生まれてしまう可能性もある、政府政策でもあるはずだ。

学びたい意欲がありながら「コロナ禍」により、退学や休学を考えている学生や進学をあきらめようとしている高校生たちに対して、その支援をするほうが日本の未来をつくる為にはプラスになると思うし、理解も得やすいのではないだろうか?
目先の経済を動かすことはできないが、先行投資と考えれば十分そのメリットはあると思う。

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「新型コロナウイルス」対策に、飲食店だけを対象にして効果があるのだろうか?

2020-11-26 21:31:13 | アラカルト

「新型コロナウイルス」の感染拡大の第3波が懸念される中、感染者が急増している自治体では飲食店などに短縮営業などの協力をお願いするようになった。
確かに、大人数が集まり飲食などをしながら話をすることで、感染しやすい条件になる、という指摘は過去再三されてきていた。
いくらマスクが有効だからと言って、マスクをして飲食をするということ自体、現実的ではない。
だからと言って、お通夜のように会話の無い飲食も楽しくはない。
「一体何のために集まって、飲食をするのか?」ということになってしまう。

とはいうものの、飲食店などからすると「飲食店やカラオケ店だけの問題なのか?」という、不満が出てもおかしくはないだろう。
というのも、クラスターの発生源は飲食店やカラオケ店などだけではないからだ。
例えば、学校の寮や福祉介護施設のような場所でも、クラスターは発生している。
飲食店やカラオケ店だけが、「新型コロナウイルス」の感染拡大の要因ではないのだ。

と同時に、同じ「Go Toキャンペーン」の一環である「Go To Travel」に関しては、継続ということになっている。
理由は「Go To Travel」での感染拡大の確認が認められていない、ということのようだ。
しかしそれも、飲食店側からすれば不満の要因となるはずだ。
何故なら「旅行先で、問題とされるような飲食をしているはず」だからだ。
しかも、旅行先ということになれば、自治体を超えた移動になる為「感染拡大の要因」になるのでは?と、飲食店側は言いたいだろう。
おそらく、飲食店側の言い分を生活者の多くは理解しているのでは?と、思っている。

「Go Toキャンペーン」については、関連する事業団体や政治的思惑があるという指摘がされているが、このような業界団体や政治的思惑が、感染拡大の要因になっているのではないだろうか?
本気で「経済を動かすwithコロナ政策」というのであれば、どの業界団体とも関係のない公平で俯瞰的視点の方向性を政策として示す必要があるはずだ。
ところが、気分的で場当たり的な印象を生活者が感じ・持ってしまう政策というのは、生活者だけではなく様々な業界団体に、不信と不満を抱かせるだけではないだろうか?

個人的には「特定の業界団体を狙い撃ちするような自粛要請」では、既に感染拡大を止めることはできないと思っている。
だからと言って「マスクをすれば大丈夫」というような、「特定の予防策信望論」にも違和感を持っている。
今一度、予防策の原点に戻り、科学的な対策を社会全体で行いながら、業界団体に対しては「事業継続のためのセーフティーネット」のような政策提案をすべきではないだろうか?

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「東京オリンピック2020」を本気で開催したいのだろうか?

2020-11-25 18:55:55 | アラカルト

今月に入り、「新型コロナウイルス」の感染者が急激に増えている。
新聞に掲載される都道府県別の新規感染者数も、第一波の時には1~2人位だったのが、10人を超すことが当たり前のようになってきた。
このような状況になって初めて、国が推し進めていた「Go Toキャンペーン」の見直しを発表した。
この見直しについても、感染者が急増している自治体の首長さん達の言葉があったからだろう。

ところで、政府は「感染拡大第2波」ということを、認めたのだろうか?
今は「第3波だろう!」と思われる方も多いと思うのだが、今ではなく「第2波」の時の対応が万全であったのか?という点に、注目すべきだと思ったからだ。
というのもGoogleの「新型コロナウイルス」の情報サイトなどを見ると分かるのだが、これまで感染者数の波が3回あり、今まさに第3波の真っ最中ということがわかる。
Google:新型コロナウイルス感染者数統計

Googleのサイトで発表しているグラフを見ると、第1波が4月21日ごろ。
次ぎが8月1日あたりで急激に数字が伸びているということがわかる。
4月21日ごろというのは、小中高の一斉休校になったが、その後(何故か?)一旦解除となり丁度お花見シーズンと重なったことで、都市部では出かける人達が急激に増えた直後位だろうか。
そして8月初めは「Go Toキャンペーン」そのものが開始される前ではあるが、「GO Toキャンペーン」が発表され、3月半ばから始まった「自粛生活」が解除された頃だったからだ。
とはいうものの、この段階では自治体が「極力県外に行ったり・県外から来たりしないでください」というメッセージが盛んに出されていた頃でもある。

もしこの8月初旬に「第2波」として、政府も積極的に対策を取っていたら、今のような状況ではなかったのでは?という、気がしている。
しかし政府側は、発表したばかりの「Go Toキャンペーン」に水を差すようなことをしたくなかったのか?東京都以外に関しては「Go Toトラベル」の対象地域とした、という記憶がある。

「新型コロナウイルス」に限ったことではないが、感染症は「第1波よりも第2波、第2波よりも第3波のほうが、感染者数が増える」のでは?と、考えている。
何故なら、第1波の時に「新型コロナウイルス」に感染した潜在的感染者は、第2波が起きる前に自粛期間の要請がなくなったことで、それまでよりも行動範囲を広げ第2波を引き起こす要因になったのでは?と、考えるからだ。
同様に第3波も、第2波の潜在的感染者が「Go ToトラベルやGo Toイート」を利用することで、広い範囲でその行動範囲も広げた、と考えられるからだ。
とすると、第2波の時に封じ込めるなどの政策を打ち出す必要があったはずだと思うのだが、政府が「第2波」を正式に発表した記憶が無く(だからこそ、政府は現状が「第3波である」と発表しないのだと考えている)、それは「Go Toキャンペーン」実施を念頭に置いた為ではなかったのでは?と、考えている。

確かに「経済を動かす」という名目の「Go Toキャンペーン」ではあるが、運用そのものを、複数の仮説に立って対応策を考えなくては、ズルズルと感染拡大という状況が続いて言ってしまうのでは?という、疑念がある。
そして後手後手になっている対策を見ていると、政府は本気で来年「東京オリンピック」開催を目指しているのだろうか?という、気すらしてくるのだ。

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一度始めた事業プランを見直すことの難しさ

2020-11-20 19:27:41 | アラカルト

11月10日ごろから、連日「新型コロナウイルス」の感染者が各地で増え続けている。
増え続けているだけではなく、1日の感染者数が「過去最高」を更新している、という状況になっている。
このような状況の中で、政府が始めた「各種のGO TO キャンペーン」に対して、「見直し」の声が日本医師会側から出る様になった。
理由は、改めて説明するまでもなく、受け入れ病院が逼迫している為だ。
ABEMA TIMES:「Go To」運用の見直し 分科会で議論へ

今日、東京都医師会が一つの提案をしている。
ABEMA TIMES:「一時中止の決断を」「近場に限定」「遠方にはPCR検査などパッケージに」Go Toトラベルに東京都医師会・尾崎会長

東京都医師会の提案は、具体的で「新型コロナ」に対して不安を抱いている人たちから、支持が得られる内容だと思う。
特に「遠方へのGo Toトラベル利用者は、PCR検査や抗体検査を受ける」という提案は、Go Toトラベル利用者だけではなく、受け入れる宿泊施設などが安心できる提案だと考える。
というのも、今週の日曜日から昨日まで、墓参りと高齢者で独居生活をしている父の様子見の為に、帰省していたからだ。
もちろん、帰省で利用した新幹線や在来線では「抗ウイルス」を謳うウェットティシュなどで席やテーブルを拭き、マスク着用。
1日の内過ごす時間の長いリビングなどでは、窓を開け常に換気をし加湿などをするなどの、対策を行っていた(父が日ごろから、このようなことをしていたようだった)。

10月中旬に切符を購入した時には、このような状況になるとは予想もせず、帰省することにしたのだが、往復の新幹線や在来線で目立ったのは、出張と思しきサラリーマンの姿ではなく家族連れの旅行者だった。
特に、日曜日に利用した伯備線下りの車窓から見た、伯備線上りの車両がこの時期とは思えないほど込み合っていたのには、驚いた(伯備線は、単線箇所が多い為特急などのすれ違いの為、すれ違い停車をする駅がいくつかある)。

車窓から見た、大勢の人が乗車している上りの特急には多くの家族連れやグループと思われる旅行者が、多かったような印象があった。
そのうちの幾人かは「Go Toトラベル」を利用した人達だったかもしれない。
「Go Toトラベル」等を利用した人達の気持ちも分からないではない。
長い自粛生活から、やっと解放された!という、気持ちだけではなく、政府が「お出かけしても良いですよ」と、「Go Toトラベル」にお墨付きを出している、という安心感も大きいのではないだろうか?

「Go Toキャンペーン」で、観光地や宿泊施設、飲食店などは「(経営的に)やっと一息できる」という気持ちもあるはずだ。
それほど「自粛生活」は、人の気持ちを閉鎖的にし、暗くしてしまっただろうし、その反動で人が動きだしたことも十分に理解できるからだ。
「自粛警察」のような人たちからすれば、「感染拡大をさせている元凶」と指摘する気持ちもわかる。
だからこそ、東京都医師会のような「安心を担保する仕組み」を、整えたうえで改めて「経済を動かす政策」を打ち出す必要があると思う。

ただ、今回のGo Toキャンペーンに限らず、一度始めた政策を止めて見直す、ということが中々できないことは、過去の様々な事例が物語っている。
今回のように、多くの人の命と暮らし、経済が関わることだからこそ、見直しをして「生活者が安心できる政策」にバージョンアップさせる必要があると思う。
Go Toキャンペーンを無きものにするのではなく、「事業の見直し→手直し→実行」というサイクルは、企業だけではなく政府であっても重要かつ必要な手段だと思うのだ。


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カマラ・ハリスのメッセージは、4年前から続いていた

2020-11-09 19:31:16 | アラカルト

昨日、次期米国大統領として勝利演説をしたジョー・バイデン氏。
この時の勝利演説が、一部の人たちから注目をされている。
注目される理由は、勝利演説で聖書の一部「コヘレトの言葉」等を多用したことだ。

バイデン氏自身が、敬虔なクリスチャンであるということも関係しているとは思うのだが、これまで民主党出身の大統領の多くが、これほど聖書などを多用し勝利演説をしたことは無かったのでは?という気がしている。
私自身が、クリスチャンではないので聖書などの内容を知る由もないのだが、「聖書」等からの言葉を多用したという点では、共和党の支持母体の一つである「福音派」へのメッセージも込められているようにも思われる。
Christian Press:「いま全米は癒す時」バイデン氏勝利演説に見る聖書とキリスト教

それに対して、副大統領となったカマラ・ハリス氏の演説はバイデン氏の演説とは、随分違う内容だったように感じている。
その一つが、「私は最初の副大統領かもしれませんが、最後ではありません」という言葉だと思う。
Huffpost:カマラ・ハリス氏、女の子たちに力強いメッセージ。「私は最初の副大統領かもしれませんが、最後ではありません」

この演説を聞いて、思い出したことがある。
それは4年前、当時の民主党の大統領候補であったヒラリー・クリントン氏の「敗北宣言」の一節だ。
先日、拙ブログでの「Good Loserになる難しさ」というテーマでエントリした時、ヒラリー氏の「敗北宣言」の動画のリンクを貼ったので、そちらを見て欲しいのだが、この時、ヒラリー氏は「女の子たちに、自分たちの可能性を信じて欲しい。そして今回は負けてしまったけど、近いうちに女性が政治の中心で活躍する日は近いと信じている」という趣旨の演説をしている。

ヒラリー氏のこの言葉は、4年前の大統領選でのミッシェル・オバマ氏の応援演説から引き継がれたメッセージでもあったはずだ。
ご存じの方も多いと思うのだが、オバマ夫人であるミッシェルさんは「女児や若い女性に対する教育の重要性」を、様々なところで話していた。
「教育の重要性」は、教育を受ける機会の平等というだけではなく、社会に出た後にも様々行動を起こす時、信頼を得る為に必要な基礎であり、それらの教育機会を得られることで、本当の女性の社会進出となる、と話していたからだ。
ハーパスバザー:【動画】ミッシェル・オバマ夫人の民主党大会で喝采を浴びた名スピーチ

ミッシェルさんとヒラリー氏、そしてカマラ・ハリス氏、それぞれ表現は違うが「若い女性、女の子たちへのメッセージ」としての趣旨は、一貫して変わっていない。
それは若い女性、女の子という枠を超え、様々な差別を受けている人たちへの、力強いメッセージへと変わってきている、ということもわかるはずだ。

カマラ・ハリス氏の演説を見ながら「日本の女性政治家の中に、これほど力強いメッセージを自分の言葉として演説できる人はいるのだろうか?」と感じた方は、少なくなかったのではないだろうか?
そう考えると、日本では男性ウケの良い女性政治家ではなく、男性政治家と丁々発止で自分の言葉で自分の考えを発信できる女性政治家の登場は、まだまだ先のような気がする。

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今回の米国大統領選から見える、様々なアメリカ(あくまでも私見)

2020-11-08 21:29:07 | アラカルト

開票がすべて終了した訳ではないが、どうやら次の米国大統領はジョー・バイデン氏に決まったようだ。
バイデン氏が高齢ということを考えると、もしかしたら1期で退任をし次の若い世代へバトンを渡すのでは?という気がしない訳ではないが、とにかく4年間はバイデン氏とカマラ・ハリス氏のコンビで、アメリカという国を背負っていくことになるはずだ。

このバイデン氏の勝利宣言を受け、全米各地では様々なことが起きているようだ。
ニューヨークでは、バイデン氏勝利が決まったことで「お前は、クビだ」というコールが一斉に起こったという。
この「お前は、クビだ」というのは、トランプ氏が大統領になる前に出演していたテレビ番組での、トランプ氏の決め台詞だった。
正に、今回の大統領選挙でトランプ氏は、多くの国民から「お前は、クビだ」と言われてしまったということになる。

とはいっても、トランプ支持者にとってこの敗戦を受け入れがたいという気持ちが強くあるようだ。
その極端で象徴的な行動として表れているのが、トランプ支持者がライフルなどの銃を持って集会に集まった、というニュースだろう。
毎日新聞:「トランプ氏への変わらぬ支持」誓い集会 銃所持者も多数 米ミシガン州

銃を所持して集会に参加した人達の中には、「(今回の選挙で)治安が悪くなる、極左が暴力。準備を怠るわけにはいかない」というコメントに、「一体、何を彼らは恐れているのだろうか?」という、気がしたのだ。
確かにこれまで地震などの自然災害が発生した時や、今回の大統領選にも影響を及ぼしたであろう「#Blacklivematter」運動などに乗じて暴動が起きたことは、事実だろう。
だからと言って、このような集会に銃を持って出かける、というのはよほどの「恐怖心や不安」が、あるからなのではないだろうか?

このような動きを見て感じることの一つは、これまで「白人が当たり前のように持っていた(?)であろう、様々な既得権益を奪われる」ということへの恐怖であったり、不安なのではないだろうか?ということなのだ。
「これまで当たり前に持っていた自分の利益を奪われる」というのは、不満を持って当然だろうし、それに代わる利益を創り出し、新しい価値観を生み出すということは、武力を行使するよりも難しく、大変なことだ。
手っ取り早さという点では、銃は護身というよりも、相手を威嚇し従属させるには、有効な方法でもあるのだ。

確かに十数年後、今現在マイノリティーと言われる人たちのほうが、マジョリティーとなるのでは?という指摘がある。
言い換えれば、今マジョリティーである白人が、マイノリティーな存在になってしまう、という危機感もあるのかもしれない。
特に、トランプ支持の中心となっている「忘れ去られた人々」と言われる人たちが多い、中南部地域では「福音派」という共和党の大票田となる支持層というだけではなく、マジョリティーであるはずの白人の中でも経済的問題を抱えている人たちが多い。
そのような人たちにとって、マイノリティーの人たちの台頭は「自分たちの存在を凌駕する存在」という、危機感が極端な行動へと向かわせているのかもしれない。

もちろん、現在マイノリティーの存在となっている人たちは、人種や文化が多様なのでその中での争いが起きる可能性は高いと思われる。ただ銃なのではなく「ことばと寛容性」によって、相手を理解するような社会を創り出していくことができれば、それは「アメリカ」という国が再び世界のリーダーとなる可能性へと繋がっていくのではないだろうか?



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ファッションと中国

2020-10-22 22:08:14 | アラカルト

WEBのみで展開している「コスモポリタン」に、興味深い記事があった。
コスモポリタン:私たちにできることは?ウイグル問題とファッションの関係性

雑誌としての「コスモポリタン」は、既に廃刊になっているのだが、WEBサイトでのみ記事が読めるようになっている。
雑誌形態の時には、過激?な内容で目をひくことも多かったような気がするのだが、米国コスモポリタンと契約をしている企業が変り、WEBサイトのみとなり一般向けの女性雑誌のようになった。
イメージとしては、日本のワーキングウーマン向け雑誌とファッション誌VOGUEの中間のような感じだ。
このような社会的問題とファッションを結びつけるような記事が、掲載することができたのも、雑誌形態ではないからだろう。

ところで「ウイグル問題」については、新聞などで報じられることはあるのだが、一般紙などでの扱いだけでは分かりにくいところが多い。
今回の記事では、中国の民族や宗教弾圧という問題にも踏み込んでいるという点では、なかなか読み応えがある。
そして意外に思われるかもしれないのだが、ファッションと人権的問題を結びつけるような記事は、年々増えてきているように感じている。
それは、ファッション産業そのものが、素材や縫製などで途上国と呼ばれる国々に依存している、という点がある。
途上国での問題の多くは、劣悪な環境の中、女性や子供が低賃金で長時間労働を強いられている、ということが問題となっている。

今回のウイグル問題と関係してくるのは、ファッション誌よりも通販カタログなどで目にすることが多い「新疆綿」がこのウイグル自治区でつくられているからだ。
「新疆綿」の特徴は、綿としての繊維が長く、しなやかで光沢のある綿織物、特にTシャツなどに使われる天竺と呼ばれる素材に使われることが多い。
今では「新疆綿」そのものが、ブランド化し高級綿素材として扱われることもある。
言わば中国にとって、大きな輸出産業の一つが「新疆綿」である、ということになる。

一方では、ウイグル族(中国そのものは多民族国家で、多くは少数民族であり自然環境の厳しい地域に住んでいる場合が多い)などに対する弾圧が年々厳しさを増している、という指摘が国際機関からされている。
そして表立っては言われていないのだが、随分前から中国はこのような少数民族を弾圧し、少数民族そのものの殲滅化(というと過激だが)を図っている傾向がみられる。
「三国志」等のように中国という国の成り立ちの歴史が、そのような政策を推し進める要因となっているのかもしれないのだが、その手段は荒っぽく、人権そのものを無視しているようなところがある、という海外からの指摘が再三されている。
それは、香港に対する統制などからも、わかるだろう。

ファッションに関する問題の中で、このように宗教や民族に関わる問題を取り沙汰されているのは中国くらいで、他の国々の場合は、上述した通り、途上国・劣悪な労働環境・長時間労働・就学世代の子どもを労働させているなどである、ということを考えると、ウイグル問題が、ファッション産業の中でも異質な問題である、ということが分かる。

そして今、世界中のファッション産業が「SDGs」や「エシカル」という方向に、動き始めている。
「ファッションもサスティナブルでなくてはならない」という、考えが広がり始めているのだ。
おそらくこのような傾向は、ますます広がり「ファッションの当たり前」になっていくだろう。
その時「あなたはワンシーズンで終わってしまうファッションを選びますか?人を犠牲にしてつくられる素材を選びますか?」ということも、問われるようになるのかもしれない。



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「フェイク情報」を何故、人は信用してしまうのか?

2020-10-20 22:30:30 | アラカルト

先日、偶然見つけた「ナショナルジオグラフィックス」の動画を見て、「人の認知」についてシリーズ化したものがあった。
これが中々興味深かった。
ナショナルジオグラフィック:どれだけの人がフェイクニュースを信じてしまうのか

この動画そのものは、「STAR TALK 3」という番組の中での一場面なのだが、SNSなどによってもたらされた情報の中に「フェイク(嘘)の情報」が多く、それらの情報を鵜呑みにしてしまうのは世代に関係なく多い、という内容になっている。
その背景にあるのは、「自分が共感しやすい情報」を優先的に選びやすいという傾向が人にはある、という指摘を、このトーク番組の中でもされている。
憶測やデマをどう見分けるのか ネットの中の現実性

問題となるのは、その賛同者(共感者)が多いことで、社会的世論が形成されていくということを、忘れてはいけないと思う。
そして考えなくてはならないのは、「新型コロナウイルス」の世界的感染拡大によって、世界全体が「得体の知れない不安感」が覆っている、という点だろう。

「不安感」が強い社会では、自分と同じまたは似たような価値観の考え(や主張)に、同調しやすくなりやすい。
何故なら「(自分の考えに)安心したい。自分を肯定されたい」という気持ちが、強くなりやすいからだ。
今、大統領選が行われている米国で「影の影響力」として注目されている、「陰謀説」を信じている「Qアノン」と呼ばれる集団もまた、このような社会的背景の中で生まれた集団なのではないだろうか?

もちろん、このような「安心したい。自分を肯定されたい」という気持ちは、社会不安が無い時であってもあるのだが、そのような欲求が強くなるが、今のような「得体の知れない不安が蔓延している」という状況であるということは、過去の歴史を振り返ってみてもわかるだろう。

ただ、過去から学びが無いのではなく、むしろ人の本能的な部分での「安心感、自己肯定の欲求」ということになるのかもしれない。
社会的不安が大きくなればなるほど、このようなフェイクニュースが受け入れられやすくなり、自分と共通する価値観があることに安心をし、それによって「自己肯定がされている」という、認識を持つのだろう。
そこから自分で考え(思考し)、異質な意見や考えを受け入れるのは、とても難しくハードルが高いものだと思う。
だからこそ(受け入れることが)難しいものだのだ、という故意的意識を持つことが、求められているのかもしれない。


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時には、ビジネス書ではなく、ファッション誌を読んでみよう

2020-10-14 21:36:16 | アラカルト

VOGUEのサイトに、なかなか興味深い記事があった。
VOGUE Japan:マルクス・ガブリエル特別インタビュー。さあ、ポストコロナ時代の希望を語ろう!

インタビュー記事としては、相当長く内容も濃いものなので、気軽に読めるとは言い難い。
ただ、「新型コロナウイルス」の感染拡大が、全世界に広がり始めた今年の初め頃から、私たちは随分暗く後ろ向きな思考に陥っていたのではないだろうか?
今週に入り、J&Jが始めた「新型コロナウイルスのワクチン」の治験の中止となり、今日はイーライリリーが治験をしていた「抗新型コロナウイルス薬」の中止というニュースがあった。
これらのニュースは、「新型コロナウイルス」に対抗すべき薬剤などの開発・使用はまだまだ時間がかかる、ということを知らしめたような気がしている。

「新型コロナウイルス」と言っても、元々は「コロナウイルス」という風邪の一種であり、特効薬となる風邪薬やワクチンが存在しないのだから、早急な開発・使用が望まれても、現実は難しいということがわかる。
だからと言って、この「コロナ禍」を後ろ向きにとらえても、どうしようもない。
既に起きてしまった時計の針を、元に戻すことはできない、のと同じだからだ。

とすれば「ポストコロナ」と呼ばれる時代は、今までとは違う考え方や社会的規範(マルクス・ガブリエル氏は「道徳」と呼んでいる)が、必要となってくる。
ガブリエル氏が言う「道徳」のニュアンスは、どちらかと言えば「哲学的思考を持つ」というような意味のような気がしている。
そして「哲学」と言ったとき、日本では「プラトンの哲学」を思い浮かべ、身構えてしまいがちだが、ガブリエル氏の言う「道徳=哲学的思考」は、もっとシンプルなモノのような気がしている。
どちらかと言えば、故池田晶子さんが書かれた「14歳からの哲学」に近いような感覚を持っている。
「自分と他者との関係の中で、どうすればよいのか?」ということを、考え続けることで起きてくる、新たな関係性の発見であったり、自己をみつめることで生まれる自分自身への信頼というようなことではないだろうか?

その先にあるのが、新しい「生活スタイル」であったり、「ファッションやアート」ということになるのだと思う。
それはとりもなおさず、新しい視点と思考によって生まれるビジネスなのではないだろうか?

ファッション誌は女子供が読むものと思わず、ポストコロナ時代の何かを見つけるために読んでみてはどうだろう?
あの白洲次郎氏は、わざわざ米国版VOGUEを取り寄せて読んでいた、という話もあるのだから。

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自分にとって、共感できる情報を優先して認知し、固定化する

2020-10-13 20:49:17 | アラカルト

このところ毎日のように、メディアに取り上げられている「日本学術会議」の話題。
その取り上げられる内容の半分以上は、「日本学術会議」に対して厳しいような印象がある。

個人的には、内閣が任命を拒否した6人に対しての理由を明らかにすることが、何より先決のような気がしているのだが、肝心な話となると、「菅総理は、リストアップされた内容を見ていなかった」という話が出てきて、責任の所在そのものがあやふやになってきているような気がしている。

しかし、上述したように「日本学術会議」そのものに対する批判のほうが、多いような気がしている。
その一つが、フジテレビの解説者がニュース番組で話した「6年学術会議で働けば、学士院で年間250万円の年金が一生涯支払われる」という内容だろう。
Buzz Feed Japan:「学術会議で6年働けば、学士院で死ぬまで年金250万円」は誤り。フジテレビで放送、ネットで拡散

確かに突然「日本学術会議」という政府が会員となる研究者を任命するのに、政府に提言をする独立した団体の存在を知ると、「一体何をしている団体なのか?」という疑問に始まり、政府に提言を機関なら政府が任命拒否をしたらそれに従うのは当然だ、という考えを持たれる方が多いのも当然だろう。
だからこそ、「日本学術会議」に対して事実確認をしていないネガティブな情報を知ると、「やはり、怪しげな団体なのだ」と思ってしまうのだと思うのだろう。

尚且つ、今回任命を拒否された人たちの多くが、現政権に対して批判的な発言をしてきたという点が、クローズアップされ「政権に批判的な発言をしながら、国からお金をもらうなどとけしからん!」という気持ちを持った人たちにとっては、自分の考えと共感できる内容の発言やSNSでの情報は、受け入れられやすいだけではなく、認識として固定化されやすいように思われる。
だからこそ、「250万円の生涯年金」の後から出てきた、橋下徹氏の間違った「海外の学会は税金が投入されていない」という発言があり、「解体すべし」という考えに共感する人達がSNSで拡散するようになるのだろう。

この「日本学術会議」における様々な間違った情報について、ファクトチェック(=真偽の確認)がされ、訂正されてもSNSなどを通じて拡散し続けるのは、上述した通り「自分にとって共感できる情報は、優先的に認知され、それが固定化される」ということを、分かりやすく示していると思う。

それは今現在進行形の米国大統領選でも、言えることかもしれない。
トランプ氏の発言には、疑問な点が多くあり、トランプ氏の言う「アメリカン・ファースト」は「自分ファースト」でしかない。
しかし、「アメリカン・ファースト」を期待している人たちにとって、トランプ氏の発言はとても魅力的に思え、それに共感しトランプ氏への支持が固定化される、ということになっているのだ。
その中でも新たに「陰謀説支持者(今回の「新型コロナウイルス」は中国の陰謀である、というトランプ氏の発言を信じている人たち)」もまた、自分にとって都合が良い説明がされることで、共感をし「陰謀説」という荒唐無稽と思われるトランプ氏の考えを認知・固定化しているように思われる。

今回の「日本学術会議」を含む、様々情報についてBuzz Feed Japanがファクトチェックを行っている。
一度自分の得た情報が正しいのか、チェックをしてみると良いかもしれない。
Buzz Feed Japan:Fact Check.jp

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