日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

「セルフブランディング」って・・・???自分の存在は、他者が決める

2024-07-25 20:48:45 | アラカルト

日経新聞のWebサイトに、なかなか興味深いインタビュー記事があった。
「私のリーダー論」という、企画連載だ。
今回は、東京芸大・学長の日比野克彦さんだ。
日経新聞:東京芸術大学長・日比野克彦氏 自分らしさは他者が生む(上) 

日比野克彦さんと言えば、1980年代には「段ボールアート」として、話題となった人物だ。
そして、当時から積極的にメディアに登場し、作品についての情報発信をされてきた方でもある。
当時は、日比野さんだけではなく、現在はルイ・ヴィトンとコラボレーションをしている村上隆さんや、「不機嫌な女の子」という作品で一躍注目されるようになった、奈良美智さんなどがいらっしゃる。

日比野さんや村上さん、奈良さん等よりも少し上の世代では「うまへたイラスト」として話題になった、安西水丸さん等が挙げられるかもしれない。
当時は、学校で習うような美術館で静かに鑑賞する芸術ではなく、共感をしたり違和感を感じながらも「なぜ?」と感じるようなアートが、日常的に話題となった時代でもあったような気がしている。
その意味で、日比野さんをはじめとする芸術家たちは、「アートを身近にした」のでは?と、感じている。

その日比野さんも、出身大学の学長をされるようになった。
そして、今回の「自分らしぃさは他者が生む」という言葉に、共感できる部分がある。
芸術の世界は、常にその「評価」は他者にゆだねられてきた。
言い換えれば「自分らしさの表現は、他者の眼・価値観によって決められる」という分野でもあるのだ。
「自分の好きなコトをしていれば、それでよい」という訳ではない、ということでもある。

このような表現をすると「芸術を冒とくしているのか?」とか「商業主義的である」と、指摘されると思うのだが、後世に残る芸術作品は他者がその価値を感じ・認め続けてきたからこそ、今現在も芸術作品として残っている、のではないだろうか?
そう考えると、数年前「自己啓発セミナー」のようなところで盛んに言われた「セルフブランディング」って、何だったのだろう?と、思ってしまうのだ。

この時流行ったのは「自己価値を見つけ、他者との差別化をし、自分の価値を高める」というニュアンスがあったのでは?と、感じていた。
個人的には、個人で仕業をされている方にとっては「セルフブランディング」という考えは、必要だとは考えていたが、当時のように一般企業に勤める人たちにまで「セルフブランディング」が必要なのか?という、疑問を常に持っていた。
というのは、企業という組織の中で「自分の得意分野はこれです!」と言われても、その仕事を担当てきるのか?ということとは、別だからだ。
いくら自分で「この仕事をやりたいです」と、手を上げても、それを決めるのは本人ではなく、上司であったり周囲の人達だからだ。
むしろ「自分の得意分野」に執着してしまうと、自らの可能性を狭めてしまうことに繋がってしまう、と考えていた。

人というのは、とても複雑な思考と行動から成り立っている。
そしてより複雑な思考を持つ為には、「自分の可能性を狭めない」ということもまた重要なのだと思う。
とすれば「自分らしさ」を自分から強調するあまり、自分の可能性を狭めてしまうのでは?
日比野さんが言われる「自分らしさ」の中には、他者が感じ・認める未来の可能性も含まれているように考えるのだ。

因みに企業における「ブランディング」は、「提供する商品・サービスの在り方」から、「他の商品やサービスと差別化を図る」という意味を含んでいる。
商品・サービスが企画された時から「理想や市場での在り方」の方向性を、ザックリと決めているのだ。
それができるのは、市場という大海原に出ていない(=他者とのかかわりがない)ためだ。


「もしハリ」は起きるのか?‐米国大統領選‐

2024-07-22 19:30:05 | アラカルト

日本時間の今朝、米国現大統領で貼るバイデン氏が、大統領選からの撤退を表明した。
Reuters:バイデン大統領、米大統領選からの撤退を表明 後継に「ハリス氏支持」

数日前までは、大統領選への出馬意欲を見せていたと思うのだが、週末民主党内で色々な話し合いがされたのだろう。
結果、現在の副大統領であるカマラ・ハリス氏を後継者指名をした。
バイデン氏に対しては、高齢に伴う心身の不安が強くあり、言い間違いやスピーチの内容を飛ばすなどがあり、民主党内からも「撤退」を要求する声が上がっていた。

それだけではなく、共和党のトランプ氏は先日の牛劇事件という悲劇を味方につけ(?)「私はこのようなテロ行為には屈しない。強いアメリカを取り戻す」という姿勢を打ち出し、米国民から多くの共感を得るような状況になった。
これらの状況を考えると、バイデン氏では到底選挙に勝てるとは思えず、勝てないだけではなく、トランプ氏圧勝!という状況も考えられる、という判断をする民主党員も多かったのでは、ないだろうか?
それが結局「バイデン降ろし」へと繋がり、今回の撤退ということになったのだろう。

そして、バイデン氏から後継者として指名されたカマラ・ハリス氏だが、どうやら前途多難のようだ。
その理由は、バイデン政権の下でハリス氏の活躍が感じられることが無かったこと。
もっと言ってしまえば、米国内においてはともかく、国際舞台ではバイデン氏の存在そのものがあまり強くない、という印象がある。
強烈な個性と発信力を持っていたトランプ氏の後だとしても、バイデン氏の活躍は目立つものではなかった、という印象がある(のは、私だけだろうか?)。
当然、大統領の印象がそのようなモノであれば、副大統領の存在感はもっと薄い印象となってしまうのは、仕方ないだろう。
バイデン氏と指名争いをしていた頃の方が、活動的で様々な政策提案をしていたという印象があるほどだ。

もう一つは、ハリス氏が「女性で有色系」である、という点が挙げられる。
トランプ氏の前の大統領であったオバマ氏は、黒人というハンディはあっても、今や米国社会において黒人は、マイノリティとは言えないほど、各方面で存在感を発揮し始めている、と言われている。
一方、ハリス氏は黒人とインド系の両親という家系である。
その意味でオバマ氏よりも、抵抗感がある人達がいる可能性がある、と言えるだろう。
それはアジア系と黒人系という、人種間の問題ともいえるのかもしれない。
勿論、人種問題をまとめるという点では期待が持てるかもしれないが、なかなか難しい問題なのでは?と、想像している。

そして、日本よりもジェンダーの問題に対して積極的なはずの米国であっても、女性の大統領に対して抵抗感がある人達が少なくないのでは?という懸念だ。
オバマ氏の前に敗れ去ったヒラリークリントン氏だが、その時ヒラリーしは「ガラスの天井」という言葉を使い、敗戦の言葉とした。
問題なのは、ヒラリー氏が大統領選に臨んだ時よりも今の米国社会は、より保守的になっているのでは?という気がしている。
その象徴の一つが、熱狂的に迎えられるトランプ氏の選挙活動の会場の状況だ。
「強いアメリカ。父権的アメリカ。1950年代~1960年代(泥沼化となる前のベトナム戦争の頃)のような、古典的な家族制度の中での白人中心の米国社会」という、ノスタルジックというか古臭いが「世界のアメリカ!!」を標榜するトランプ氏は、米国の世界的地位を中国に奪われるのでは?という人達の不安を煽ることで、強い支持基盤を作り始めているからだ。

そこに有色系で女性のハリス氏が登場するということになれば、今のハリス氏では「バイデンよりましかもしれないが、トランプに勝てるのか?」というくらいになってしまうのでは?
そのようなコトを考えると、民主党候補はもう一度波乱の候補者指名が起きるかもしれない。


夏のイベントを考える

2024-07-18 19:42:13 | アラカルト

昨日の名古屋は雨が降ったり止んだりの1日だった。
夕方からは、雷が鳴り激しい雨が降る、という状況だった。
このような雷と共に激しい雨が降ると、亡くなった母などは「もう梅雨明けだね」などと、話をしてくれていた。
その話通り、今日、東海地方は梅雨明けが発表された。

梅雨明けと同時に、真夏の太陽がギラギラと照り付ける1日となり、最高気温もグングン上昇。
夕方になっても、昼間の暑さが続いている。

それにしても今年の梅雨は、変な梅雨だった。
「梅雨の中休み」と言えば、気温が低かったりしたような気がするのだが、今年は最高気温が40℃に迫るような「酷暑」ならぬ「殺暑」の暑さだった。
実際、「熱中症」で救急搬送された方も全国では、数多くいらっしゃったようだ。
まだまだ、本格的な夏の暑さに体が慣れていないところに、突然の殺暑だ。
体調を崩す人が続出するのも当然だろう。

このような暑さは、決して日本に限ったことではなく、イスラム教の聖地巡礼=メッカ巡礼では、50℃を超す暑さの中で巡礼者が数多く亡くなられた、という報道もあったほどだ。
NHKニュース:サウジアラビア メッカ巡礼者1300人超死亡 気温50度を超える猛暑 

昨年だったか?国連のグテーレス事務総長が「今の地球は、地球温暖化ではなく、地球沸騰化だ」と発言をしている。
まさに、「地球沸騰化」を実感するような出来事が、今年に入り続いていると、実感せざる得ない。
このような中で、日本では中高校生を中心に様々なスポーツ大会が予定されている。
特に世間で注目されるのは、「高校野球」だろう。
今年から、大会運営の見直しがされ、昼間の一番気温が上がる時間帯を避け、試合スケジュールを組む、という話もあるようだが、今年は無理だとしても来年からは、開催時期そのものを秋にずらすような検討が必要な気がする。
勿論、他のスポーツ大会も同様だ。
参加している選手だけではなく、応援に借りだされる応援団や吹奏楽部、生徒や先生なども「命の危険」にさらされている、と認識する必要があるだろう。
それは、今年開催予定の「パリオリンピック」も、同様の懸念がされているようだ。
Huffpost:暑さで「命を落としかねない」パリ五輪を前に選手らが訴え。過去には熱中症の影響で五輪の夢が散った日本人も 

「地球沸騰化」という状況は、いきなり止めることができないにせよ、少なくとも夏のスポーツイベントや野外フェスなどを見直すことで、「命を守る」ことができるのでは?
生徒や学生の夏休みだけではなく、社会人特に道路や工事や建築の現場で働く人達もまた、命の危険にさらされていると認識する必要があると思う。
「暑くても、海水浴やプールで遊ぶ夏休みは、楽しかった」という話は、過去の話になっているのが、今なのかもしれない。


米・トランプ大統領候補銃撃事件と今後

2024-07-16 13:20:51 | アラカルト

ご存じの通り、週末米国で衝撃的事件が起きた。
共和党の大統領候補の一人であった、トランプ前大統領が遊説中に銃撃されたのだ。
トランプ氏自身は、周囲にいたSP(だろうか?)の活躍のおかげで銃弾が耳をかすった程度(と言っては、問題があるかもしれないのだが)だったが、その後ろの席にいて家族を守ろうとした父親が亡くなられた。
「家族を守る」という、勇敢な行動を起こされた父親には賞賛の声が上がるのは、当然だが賞賛と引き換えに失われたいのちは戻ってこない、と思うと悲しくなるばかりだ。

被疑者はその場で射殺されたので、犯行の動機などは不明のままこの事件は終わりとなるのでは?と、考えると、複雑な気がする。
何故なら「なぜ、犯人はトランプを銃撃したいと思い、行動に移したのか?」ということと、その銃撃がトランプ氏に狙いを定め、ちょっと顔を動かしたことでトランプ氏は一命をとりとめることができたが、そのような行為が無ければ殺されていたはずだ。
ということは、それほどの銃の腕前を若干20歳でありながら持っていた、ということでもある。
その銃の腕前は、どこで身に着けたのか?
銃社会の米国だからこそ、きちんと検証すべきなのでは?という、気がしている。

この銃撃事件により、大統領選挙は一気にトランプ氏優位となった、と米国はもちろん日本のメディアでも報じている。
この雰囲気は、2001年9月11日に起きた「米国同時多発テロ」と似ているような気がするのだ。
この時の政権は共和党で、当時の大統領はジョージ・ブッシュJr.だった。
そして事件直後から、ジョージ・ブッシュJr.大統領は「強いアメリカ」ということを、盛んに言うようになった。
この「強いアメリカ」という言葉こそ、前回大統領選に勝利した時、トランプ氏が度々言ってきた言葉の一つだった(と、記憶している)。

勿論今回の大統領選において、民主党の候補となっている現大統領であるバイデン大統領は、心もとない。
心もとないどころか、民主党内から「高齢(による心身的問題」が指摘されるようになり、改めて候補者を選び直す必要があるのでは?ということまで言われ始めている。
この時点で、既に民主党は大統領選に敗れている、と言ってもよいのかもしれない。
言い換えれば、バイデン大統領に代わる人財が民主党内にいない、ということが露呈してしまった、ということになるからだ。
となれば、民主党支持者であっても新たな候補者が登場しない限り、支持を表明することはないだろう。

このような米国の社会的雰囲気から考えれば、「もしトラ(「もしもトランプ氏が大統領に返り咲いたら」)」は現実のモノとなるだろうし、前回の大統領時代にできなかった「より強い保護主義的経済」へと舵を切ることは、予測できる。
現在の日本の円安状況は、より加速する可能性も出てくるのでは?
政治的には、日米安保でより大きな負担を求められる可能性も出てくるだろうし、現岸田政権が行ってきた防衛機の購入なども増えていくかもしれない。
今から、様々な状況を想定しておく必要があるような気がする。



「意識・言葉・行動」は、繋がっている

2024-07-13 09:33:01 | アラカルト

今週の日曜日に投票が行われた、東京都知事選。
その結果について、云々するつもりはない。
ただ、この結果直後から得票数2位だった石丸候補者に対して、強烈な逆風が吹き荒れている。
その逆風度合いは、3位となった蓮舫さんの比ではない、と感じるほどだ。

逆風(=批判)の内容も様々で、安芸高田市長だった頃の話から、街頭で行っていた選挙演説、都知事選開票速報中のテレビインタビューまで多岐にわたる。
個人的には、何の関係も持たない方なので、あくまでも外野から見た感じとして受け取って欲しいのだが、都知事選の頃は「紋切型口調」の蓮舫さんの影に隠れ、「何となく、自分たちの思いを代弁してくれていそう」という雰囲気を石丸さんは持っていたのではないだろうか?
それが、ネット上で話題になりそれがメディアに取り上げられ、また新たな「若くて新しいタイプの政治家」として、話題をつくることになったよな印象を持っている。
何より「ネット民」から支持を得られたというのは、当選をした小池さんや3位に甘んじた結果となった蓮舫さんとの大きな違いだと思う。

それから1日も経たず「ネット民からデスられる」ようになってしまった。
この状況を、神戸学院大学准教授の鈴木洋仁さんは、「石丸構文は『京大話法』である」とPresidenton-lineに書いている。
Presidenton-line: 「石丸構文」は典型的な「京大話法」である・・・京大卒の社会学者が石丸氏の「質問返し」になつかしさを覚えるワケ 

このタイトルに登場する「質問返し」という話法だが、何も京大卒の方に限ったことではないと思う。
質問の内容が理解できていない時、質問の内容を確認するときなど、当たり前に行っている行為だからだ。
ただその「質問返し」の中に、「(相手を)見下している・小ばかにしている」という意識があると、その発せられる言葉は、単なる「質問返し」ではなくなってしまう。
石丸さんの話し方(=「石丸構文」)には、そのようなニュアンスを感じさせるものだったのだろう。

マーケティングを担当されている方であれば、市場対象となる人達に「インタビュー調査」を経験してことがあるだろう。
そのような経験から「人の意識は、言葉となって現れ、言葉は行動に影響する」ということを体感的に知っているのではないだろうか?
いくら表面上取り繕った耳障りの良い言葉を使っていても、その人の態度や表情、語調などから微妙な違和感を感じる時、それはポジティブな発言ではなく、ネガティブな発言としてとらえているはずだ。
そして、そのネガティブな発言はちょっとしたしぐさ(=行動)となって現れる。

Presidenton-lineのトップに使われている石丸さんの写真を見ると、人を指さしていることが分かるだろう。
街頭演説で、人差し指で人を指す、という行為をする人はあまりいないはずだ。
それは一般的に「マナーに反するから」と言われているため、不特定多数の人達が集まる時に「人を指さす」行為は、集まった人々に不快感を与えかねないとわかっているからだ。
しかし、潜在意識の中で「自分を中心に上下関係を作っている人」であれば、そのような行為は自然と表れてしまうだろう。
言い換えれば「行動は、言葉に現れ、言葉は(潜在)意識を露呈させている」ともいえるのだ。

多くの人が国会中継などで、答弁する議員さん達の言葉に感じる「論点のすり替え、不快感、違和感」等は、まさに答弁をしている議員さんの「心の内」を感じ取っている、ということでもある。

その点では、蓮舫さんは素直だったのかもしれない。
もし、蓮舫さんに参議院政治改革に関する特別委員会で、参考意見を述べられた大山礼子駒大名誉教授ほどの言葉がつかえたら、都知事選は大きく変わっていたかもしれない。
それほど、「人の心に響く言葉」を使うことは、難しいことでもある。
参考:大山礼子さんの参考意見動画
YouTube:【令和6年6月14日】参議院 政治改革に関する特別委員会参考人・大山礼子


賃上げ効果はいつの日か?‐26ヶ月実質賃金連続マイナス‐

2024-07-10 11:41:57 | アラカルト

一昨日、厚労省が発表した「毎月勤労統計調査(速報)」。
この調査報告で、実質賃金が26ヶ月連続マイナス、という状況になっていることが分かった。
確か先月の発表では、「春闘で賃金が上がっているので、その効果がそろそろ出てくるのでは?」という、期待の発言があったように記憶している。
実際、31年ぶりに企業が積極的に賃上げをしたことから、このような期待的発言となったのだが、どうやら現実は「賃上げ以上の物価高」の6月だったようだ。
Bloomberg:基本給31年ぶりの高い伸び、春闘反映ー実質賃金は26カ月連続マイナス 

Bloombergの記事で注目すべきは、今年の春闘の賃上げは31年ぶりであった、という点だろう。
この31年間で、日本は先進諸国と言われる国々の中でも下位に落ちてしまった。
いくらGDP4位と言っても、5位以下がヒタヒタと迫っている状態かもしれない。
GDPだけが、経済指標ではないが、今の日本に来日する海外旅行者のインタビューなどを聞くと、「安い国になってしまった」という気がしてくる。
「安い国」の裏返しが、日本の多くの企業が追い求めてきた「安価で高品質・高サービス」だったのかもしれない。
結果、本来であれば支払わなくてはいけない価値価格を、無視してきたということでもある。

この染みついたような「安価で高品質・高サービス」を脱却する為にも、今年の春闘の賃上げは必要であった、ということなのだが、それ以上に物価高騰していたため、実質賃金がマイナスになってしまった、ということになる。
であれば、必要な政策は何だろう?ということになる。
まず考えられるのは、生活インフラに関わる消費税の削減だろう。
先週からの連日の猛暑を通り越した殺暑の中では、エアコンなどの使用を止めるわけにはいかない。
何故なら、いのちに関わるような問題だからだ。
とすれば、生活者が安心してエアコンなどが使えるに様する為に刄、電力会社への補助金よりも、消費税を軽減することだろう。

もう一つは、岸田政権が胸を張って実施した「定額減税」ではなく、食品などに対する消費税の撤廃なのでは?
物価が高騰すれば、高騰した分消費税として徴収される税額は増える。
特に食料品などの高騰は、生活に直接的にかかわる。
それが、実質賃金のマイナスとなる要素にもなっているのでは?

何となくだか、この30年以上政府は企業に目を向けるばかりで、生活者に目を向けてきたのだろうか?
生活者一人ひとりが大口のパーティー券を購入することなど無いが、そのパーティー券購入のお金の出どころは、どこなのだろう?
生活者一人ひとりが様々な商品やサービスを消費したことで、企業が得られた収益から出ているのでは?
パーティー券など政治資金を提供してくれる企業に甘い顔をして、生活者には厳しいという経済政策をやめない限り、実質賃金のマイナスは続くような気がしている。



興味本位の扱い?‐日本のメディア‐

2024-07-03 17:57:38 | アラカルト

今度の日曜日が、東京都知事選の投票日、ということになるのだろうか?
今回の都知事選は、「日本の選挙の在り方」そのものについて、考えさせられる点が数多く出た気がする。
その一つが、「選挙ポスターの掲示スペースを売る」ということだった。
ご存じの方も多いと思うのだが、この「選挙ポスターの掲示スペースを売る」ということを考えついたのは、N党(「NHKから国民を守る党」)が、仕掛けたことだ。

今回の選挙立候補者のうち、約半数がN党からの出馬候補だった。
一つの政党から20名を超える立候補者を出すこと自体、都知事選ではありえないと思うのだが、1政党1名の立候補者という規定がない、ということを理由にこのような多数の公認候補者を出馬させた、ということのようだ。
このことだけでも、「政党として、都政を考えているのか?」と疑問に感じるのだが、多数の公認候補を立てることによって、選挙掲示板のポスターの場所を売る、ということをしたのだ。
これも「規定にはない」という理由だったのだが、そのようなことをする政党が出てくる、という想定外のことで、常識的なモノではない、というのが、世間の見方だった。

もう一つが、あられもない姿の女性の写真をポスターに使う、というこれもまた「選挙ポスター」という常識から外れた候補者も登場した。
結局は、ポスターの写真そのものに問題があり、ということで即時撤去となったようだが、これらの選挙戦を見ていると、今回東京都知事選に立候補した人達の中で、どれだけ真面目に東京都政を考えた立候補者がいたのだろう?と、他所事ながら心配をしてしまうのだ。

ただ、このような「目立てば良い」的発想で、選挙に立候補する人達が登場する背景には、「都政」ということそのものに興味・関心の低さもあるのでは?という気がする。
自治体単位の首長選は、実は生活者に対して直結するような問題が多い。
例えば「健康保険料」等は、自治体単位でその基準が決まってくる。
現在居住している自治体の経済状況によって、社会保障費などは変わる、ということなのだ。
その視点で考えた時、東京都の予算は欧州の国一つ分くらい、だと言われている。
東京新聞:東京都の当初予算案はオーストリアの国家予算並み 一般会計は初の8兆円台に 

これほどの予算を組める税収の有る自治体は、東京都だけだろう。
とすれば、そのお金の使い道に口を出すことができるのも東京都の有権者だ。
選挙ポスターの掲示版の問題もそうだが、メディアが取り上げやすい「政局」的な話題ではなく、オーストリアの国家予算並みのお金の使い道をどう考え、東京都民の暮らしをどうしていきたいのか?という「政策」を伝えるべきだろう。
その「政策」が報じられなければ、投票する立候補者を選ぶ材料がないからだ。

公開討論会なども実施されたようだが、自分に都合が悪くなるとことばを濁してしまう候補者や自分たちの暮らしとはかけ離れた話をする候補者は、本当に自分たちのことを考えているのか?ということを考える必要があると思う。
少なくとも、東京は日本の首都であり、世界から常に注目される都市でもあるのだから。


「恵方巻」よりも「水無月」を‐郷土食を知る‐

2024-07-02 19:41:58 | アラカルト

昨日か7月に入った。
今年も半分が終わった、ということになる。
今年前半は、いきなり「能登半島地震」が起きるなど、不穏なスタートとなった。
だからこそ、1年を折り返した今月は、より無病息災を願いたい、と思うのだ。

さて、その「無病息災」を願うお菓子があることをご存じだろうか?
京都の和菓子店では、この時期になると店頭に並ぶ「水無月」だ。
農林水産省:うちの郷土料理「水無月」京都府 

関西の中でも京都の他、滋賀県の一部でも食べられているようだが、6月30日の「夏越の祓(なつこしのはらえ)」の時に頂くようだ。
和楽:夏越の祓と水無月の関係とは?彬子女王殿下と知る日本文化入門 

これらの記事を読む限り、節分の「恵方巻」よりも伝統もあり、そのいわれも意味深いモノがあるように感じるのだが、何故か話題になることはあまりない。
というよりも、メディアなどで扱われることがほとんどない為、全国的に知られていないのだろう。

実は、「夏の暑気払い」として挙げられるお菓子は、他にもある。
例えば「土用餅」と言われるモノだ。
「土用の丑の日」と言えば、鰻が定番となっているが、「土用餅」と呼ばれるぼた餅もある。
「水無月」同様に、小豆を使ったお菓子ということを考えると、おそらく「小豆」の色が邪気を払い、腹持ちの良い餅を食べることで、暑い夏を乗り切る、という先人の知恵なのかもしれない。

日本の伝統食には、このような「物語」がある。
日本だけではなく、世界各地にある「伝統食」には、同様の「物語」があり、その地域の人たちの食だけではなく、文化そのものを支えてきたのではないだろうか?
そのような「物語」と共に、日本の食を楽しむことも、大切なのではないだろうか?
と同時に、これらの「地域に根付いた行事食」は、全国展開をする必要はない、と考えている。
何故なら「そこの場所に行かなくては体験できないモノ・コト」だからだ。
ただ、このような「地域に根付いた行事食」を、自治体などが積極的に全国・世界に向け発信し続けることで、新しい市場が生まれるのでは?と、考えている。




願望を持つことは悪いことではないが・・・‐自民党総裁選に立候補者‐

2024-06-30 22:34:27 | アラカルト

今日、日経新聞が岸田内閣の支持率を発表している。
日経新聞:岸田文雄内閣支持率25%に低下 国会論戦「評価せず」66% 

先ごろ閉会した、日経新聞が岸田内閣の支持率を発表している。

日経新聞:岸田文雄内閣支持率25%に低下 国会論戦「評価せず」66% 

23日に閉幕した通常国会だが、この時の論戦に対して「評価せず」が66%あった、ということは実際はもっと高い数字だったのでは?という気がしている。
何故なら、通常国会そのものに興味・関心が無い、あるいは政治そのものに興味・関心を持っていない、という人達がいると考えると、潜在的な内閣不支持率や国会論戦について評価しない率は、増えるのでは?と、予想できるからだ。

それでも、岸田文雄首相は「上出来」と、思っていらっしゃるかもしれない。
何故なら、自民党が提出した法案等が通過していからだ。
「衆参議会で法案が通過・成立」したことと、「十分な議論がされた」ということは、全く別の話だ。
今の状況は、政権与党が圧倒的に議員数が多い為「強行採決」という、荒業で法案を通過・成立させることが可能だからだ。
今国会でも、「政治資金改正案」は確かに通過。成立となったが、ご存じの通り強行採決のようなカタチであり、その内容は「ザル」だ。
このことにより、有権者の多くは「自分には甘々な政治家ばかり」と、政治そのものに不信を通り越して絶望してしまった方々も多いかもしれない。

そして、通常国会閉幕により、自民党議員の皆さんの興味は「総裁選」へと移っているようだ。
この総裁選へ立候補するのでは?と、噂があるのが石破茂さん、高市早苗さん等の名前が挙がっているのだが、今日、新たに自ら手を挙げた議員がいる。
それが茂木幹事長だ。
日経新聞:自民党・茂木幹事長「首相になってやりたい仕事ある」 

茂木さんが「どのような仕事」をしたいのか、わからないのだが、確か「パーティー券裏金問題」で、名前が挙がっていたような気がするのだ。
確かに、茂木さんの派閥から事情聴取を受けるような秘書や担当者はいなかったようだが、これには裏があるような気がしている。
日経新聞:新藤氏「茂木派は問題なし」 自民党派閥パーティー券問題 

パーティー券の問題が発覚し、安倍派や二階派等に所属している議員たちの名前が挙がり、責任追及をされている最中、茂木さん自身も名前が挙がっていたのにもかかわらず、早々に「問題なし」と追及を逃れた感がある。
そのような人が「首相になってやりたい仕事がある」と言われても、多くの有権者は「どうせ、自分の懐を潤すようなコトでしょ」程度にしか、思わないのでは?

「願望を持つ」ことは悪いことではないし、「願望」があるからこそ新たな行動の原動力に繋がっていく。
しかし、このような後ろ暗い印象しかない政治家に、政治を託したいという有権者はどれほどいるのだろう?
身を切るような大胆な政治改革をする意思を示さない限りは、支持されないと思うのだ。


オールドメディアになってしまった、日本のテレビ局

2024-06-27 19:38:31 | アラカルト

現在、英国を国賓として訪問中の天皇・皇后両陛下。
一部では、日本のメディアの報道量が少ないのでは?と、言われているようだ。
その中でも特に少ないのが、テレビ報道という指摘もあるようだ。

その指摘がされるようになったのは、先日行われた馬車パレードからチャールズ国王主催の晩さん会の報道だろう。
テレビそのものが無い我が家では、日本のテレビ局の報道そのものがリアルタイムで見ることができない為、YouTubeの「The Royal Family Channel」というサイトのライブ映像を見ていた。
名前の通り、英国のYouTube チャンネルで、中継をするレポーターの声も無く、たたただ映像を流すだけのチャンネル。
衛兵の声や天皇・皇后両陛下を待つ英国政府の人たちの話声や笑い声等が聞こえる、という感じだった。
むしろ、その場の状況を淡々と流し続けるので、下手な小細工等が無く臨場感があり、面白かった。

サイトのアクセス数も5万人以上だったことを考えれば、日本のテレビ局報道を見ずに英国から発信されるYouTubeを見ていた方は、多かったのではないだろうか?
ご存じの方も多いと思うのだが、YouTubeのライブ配信の場合「チャット機能」で、視聴者が自由にコメントができるようになっている。
そのチャットを見て初めて、この時のライブ映像が日本のテレビ局で放送されていない、ということを知ったのだ。
そして一夜明けた昨日、日本の各テレビ局がやっと英国での馬車パレードや晩さん会の様子を、ダイジェストで自社のYouTubeサイトに挙げていた。
天皇・皇后両陛下の英国訪問の前に、秋篠宮家の佳子内親王のギリシャ訪問では、速報を流し続けていたのに、この時間的遅さはどこにあるのだろう?
おそらく多くの国民が、それを感じたのではないだろうか?
秋篠宮家佳子内親王のギリシャ訪問と今回の天皇・皇后両陛下の国賓としての英国訪問とでは、どちらがニュースバリューがあるか?
その判断の上で、日本のテレビ局は秋篠宮家の佳子内親王の方が、ニュースバリューがある、と判断したということだろう。

そもそもテレビという媒体の魅力とは、なんだろう?と考えると、そこには「即時性」があったはずだ。
日本と米国間での初めても衛星中継が、JFケネディ大統領の銃撃・暗殺事件だったことを考えるなら、このニュースが日本に与えた衝撃はとても大きく、「衛生中継」という新しい放送技術によって「日本と世界の報道の時間的距離」が、短くなったと実感できる事件でもあったはずだ。

しかし、ニュースバリューがあると思われる天皇・皇后両陛下の国賓としての英国訪問の扱い方を見て感じることは、日本のテレビ局は「オールドメディア」になってしまった、ということだ。
新聞ほど保管性は無く、だからと言って世界中で同時に様々な報道に触れることができるインターネットほどの、即時性は感じられない。
即時性は無くても、個々の生活者が自由に編集をし、保管性のある新聞等の紙媒体のようなメリットは、テレビ報道には無い。
勿論、現在はテレビ局各社がYouTubeチャンネルを持っているので、アクセスすることは簡単だし、海外から発信されるニュースは日本語訳が付く方が安心ではある。
ただ残念なコトに、インターネットを通して配信されるYouTubeのような、即時的臨場感が無いことは明白だろう。

そう考えた時、今回の天皇・皇后両陛下の国賓としての英国訪問の日本のテレビ局の扱いを考えた時、「オールドメディア(=古臭く、即時性に欠け、多くの人たちから支持をされない)」の要素が強いメディアになってしまったのだな~という印象を持ってしまうのだ。
それが、現在の「テレビ離れ」に繋がる要素の一つなのではないだろうか?