日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

日本発スポーツブランド-オニツカタイガー-

2007-09-30 21:50:55 | スポーツ
今日の新聞各社が、鬼塚喜八郎さんの訃報を伝えている。
読売新聞などは、「アベベに靴を履かせた」という見出しまでつけている。

現在のスポーツブランドとして思い浮かべるのは、「アディダス」や「ナイキ」、「プーマ」といった、欧米のブランドだろう。
野球ファンであれば、「ミズノ」を思い浮かべるかも知れない。
それぞれのスポーツブランドには得意分野があり、「アディダス」や「プーマ」はサッカーと言うことになるだろうし、「ナイキ」はバスケットかも知れない。
その中で「アシックス」というブランドは、陸上競技全般と言うイメージがある。
そのイメージを創ったのが、「アベベのシューズ=オニツカタイガー」だったのではないだろうか。
その後「オニツカ」は同業者との合併などにより社名を変え、「アシックス」となったのをキッカケに、「オニツカタイガー」というブランドは姿を消してしまう。

その後も「アシックス」は、日本国内だけにとどまらず世界のトップアスリートに、シューズを提供しつづけ、日本国内だけではなく海外の多くの陸上選手が、履くようになった。
実際オリンピックなどの世界的な陸上スポーツイベントでは、多くのアスリートが履いている。
陸上競技に特化しているわけではないとは思うのだが、やはり「アベベが履いた」と言うコトが大きいのだろう、サッカーやバスケットなどよりも陸上競技のイメージが強いように感じている。
その意味で、日本発(初)スポーツブランドといっても、過言ではないように思うのだ。

最近では、「アディダス」や「ナイキ」などと同様に、「スポーツブランド」と言う枠を越え、「ストリートカジュアル」のブランドとしても若年層を中心に人気になりつつある。
その時のブランド名は、「オニツカタイガー」なのだ。
そして「オニツカタイガー」は、「アディダス」や「ナイキ」、「プーマ」などと同様に、世界中の若者たちに人気がある。
世界に通用する「スポーツブランド」であり、「ファッションブランド」でもあるのだ。

先だって長居で行われていた「世界陸上」では、日本勢は散々な結果に終わった。
しかし、鬼塚喜八郎」さんが創りあげた「アシックス」は、大活躍だった。
「オニツカタイガー」のように、世界の舞台で堂々と渡り合える日は、まだまだ遠いのだろうか?









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落ち葉焚きでダイオキシン-エコ・(メディア)リテラシー-

2007-09-29 22:00:56 | ライフスタイル
先日のエントリ「落ち葉焚きは環境に悪い?」に、コメントをくださった○○県の・・・さんの内容がチョッ気になって調べみた。

朝早くから公園で、子供たちがワイワイ言いながら落ち葉を集める(=掃除をする)のは、迷惑かも知れないし、その落ち葉で焚き火などされれば煙は出るし、万が一火事にでもなったらと言う心配があるのかも知れない(多くの場合、町内会の公園清掃にはPTAが付き添うので、心配するほどではないとは思うのだが・・・今は、PTA活動そのものが機能していないのだろうか?)。
ただ、それだけの理由であれば「都合」というエゴを押し付けているだけで、全国各地の自治体が「落ち葉焚き」を禁止しているとは思えなかったのだ。
そこで思い出したのが、以前読んだことのある「落ち葉焚きでダイオキシン」と記事だった。

イロイロな地方自治体のHPをみてみると、多くは「落ち葉焚き」そのものを禁止してはいない。
禁止しているのは「野焼き」であって、「ご近所に迷惑さえかけなければ、落ち葉焚きはOK」なのだ。
この「ご近所迷惑」というのが、○○県の・・・さんが指摘された「洗濯物などにつく煙」だ。
問題なのは、自治体では禁止されていない「落ち葉焚き」がいつの間にか、「禁止されている」というコトになっていることだ。
どうやらそこに、問題があるのではないだろうか?

ダイオキシンそのものは、自然界にもあり山火事などでも発生をする。
その意味では「落ち葉焚き」でも、ダイオキシンが発生すると言うことになる。
だが発生するダイオキシンは、タバコの煙よりも微量なのだ。
むしろ問題とすべき点は、「一般焼却ごみ」によるダイオキシンの発生なのではないだろうか?
ところが、「落ち葉焚きでダイオキシン」という認識がいつのまにか一般化してしまい、「ご近所迷惑」というややもすると「自分たちの都合」というエゴを、環境問題に替えてしまっているように思うのだ。

「一般焼却ごみ」を減らすコトが、ダイオキシンの発生を減らすだけではなく、ムダなエネルギーを使わないコトでもあるのではないだろうか?
メディアの中には、時のキーワードに過敏に反応し、問題視する傾向がある。
それが今の「エコ・メディア」のような気がするのだ。
それが「自分たちの都合優先のご近所迷惑」と、合致しているような「落ち葉焚き禁止」のような気がしてならない。
もちろん、自分の都合が良いように解釈する傾向が強くなり、同じ思惑を持っている人が多くなってきているとも考えられるのだが。





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軍事政権の行く末

2007-09-27 20:16:47 | 徒然
燃料価格の値上げに端を発したミャンマーの僧侶によるデモは、日に日に拡大をし遂に治安軍がデモ参加者に発砲すると言う事態にまでに発展した。
それだけではなく、多くの僧侶が拘束されたり亡くなったりしているようだ。
このような事態に対して、国連をはじめ様々な国が現在の軍事政権を批判し始めている。

軍事政権の末路は、余りにも惨めだ。
一族郎党、民衆からつるし上げを受け晒し者になり、なぶり殺しにあうと言うことも当たり前のようにある。
腹心のように思っていた取り巻きたちなどは、それまでの忠誠心はどこへやら、蟻の子を散らすように逃げていってしまい、「自分たちは悪くない!」と平気で言ってしまうのだ。
政治そのものが一部の人たちにとってのモノとなってしまい、政治の腐敗が当たり前になってしまう。
事実先日時事通信が、日本の「清潔度」、17位で変わらず=ミャンマーとソマリアが最下位-汚職番付というニュースを、報じている。
「政治の清潔度」が低い国というのは、ミャンマーに限らず軍事政権のように権力が一部に集中している国が目立つ。
「軍」という武力を持つことで、権力を集中させ国そのものを私物化してしまっているのだ。
そんな国では、経済的発展は望めるはずは無い。
経済的発展が望めないのであれば、国民の生活は苦しくなるばかりだ。
そんなコトもわからなくなってしまうのが、軍事政権なのだ。

現在、ミャンマーの軍事政権に対して批判的な欧米諸国は、これにより、より強く反発をしている。
政治的、経済的そして軍事的にも友好関係にある、中国が現政権とのパイプ役となるようだが、中国自体も、対チベットなどの人権的問題があり適任といえるのか、疑問に感じている。
それに対して日本は、数少ない友好国のはずなのだ。
悪名高い?ODAなども積極的に行ってきたはずだし、今でも人道的・緊急性の高いと考えられる事業については、支援をしている。
とすれば、日本がミャンマーの現政権に対して、もっと積極的に働きかけることをすべきなのではないだろうか?
まして、日本人カメラマンが治安軍の発砲により亡くなった、というニュースも飛び込んできたのだ。

「内政干渉」だと言われてしまえばそれまでだが、経済的発展支援と言う意味で現政権のあり方に意見を言うことはできるのではないだろうか?
このような時だからこそ、日本がイニシアティブを取って欧米諸国とのパイプ役となる必要があると思うし、諸外国よりもいち早く軍事政権発足を認め、積極的に友好関係を計ってきた責任もあるような気がするのだ。
少なくとも、「戦後崩壊した軍事政権の末路から、学ぶ必要があるのではないか?」そして「経済的発展と国政の安定は、軍事政権ではなし得ない。日本の今の姿は武力を大幅に捨てることから始まった」と言う必要があるのでは無いだろうか?


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公園の落ち葉とエコ-「落ち葉焚き」は環境に悪い?-

2007-09-26 20:44:11 | ライフスタイル
今日から福田内閣が、本格的にスタートした。
果たして、どんな内閣になるのやら・・・。
福田さんは「(国民に)信頼される政治」とおっしゃっていたようだが、どうも政治家のみなさんの発言の多くが「お上から見た庶民」という気がしてならない。

今日の毎日新聞のWEBサイトに、家庭生ごみ:環境省が3年計画で再生実験へと言う記事が、掲載されている。
家庭用生ごみを減らすために、各自治体が取り組んでいるのが「コンポスト」と呼ばれる
堆肥を作る道具だろう。
庭で家庭菜園をしている友人は、コンポストを設置してこの夏ゴーヤを作っていた。
最近では、庭が無くてもマンション向けの「生ごみ処理機」が発売されており、自治体からの助成金制度により設置する家庭も増えてきているようだ。
その「生ごみ」を、バイオマスエネルギーに利用すると言うのは、確かにアイディアだと思う。
エネルギー資源の乏しい日本においては、「生ごみ」が最大のエネルギー資源かもしれない。

だが、その前に考えて欲しいコトがある。
それが「公園の落ち葉」だ。
私が小学生だった頃、町内の公園掃除は小学生のシゴトだった。
毎週日曜日早朝に、町内の班ごとに分かれて竹箒や熊手などで落ち葉をかき集め、掃除をしていた。
今では少子化などの影響もあり、そのようなコトは無理なのかも知れないが、その掃除の後のお楽しみと言うオマケもあった。
それが「落ち葉焚き」で作った「焼き芋」だ。
その「落ち葉焚き」が、環境に悪いと言う理由(他には消防の問題もあるのか?)で、すっかり見られなくなってしまった。
その代わりに見られるようになったのは、週明けの公園に積まれた「ごみ袋に入った落ち葉」だ。
「落ち葉焚き」で見る落ち葉と「ごみ袋に入った落ち葉」では、同じ落ち葉でもまったく違ったモノに見えてしまう。
当たり前と言えば当たり前なのだが「ごみ袋の落ち葉」は、もはや落ち葉ではなく「ごみ」でしかない。

「落ち葉焚き」となった落ち葉は灰となり再利用ができるのに、「ごみ袋の落ち葉」は単なるごみとなってしまうのである。
それも最終的には焼却処理され灰になってしまうのに、ナイロン製のごみ袋に入っているが為に、過剰なエネルギー消費物をも灰にし、再利用できなくしまっているのではないだろうか?と常々感じていた。
このような光景を見るたびに、「本当のエコとは?」と考えてしまっていたのだ。
家庭用ごみのバイオエネルギーへの転換は、とても大切なことだと思う。
だがその前に、公園の落ち葉や剪定した庭木を「ごみ」としないことも、考えて欲しいのだ。
そして、何でも「ごみ」としてしまうコトが、「環境のとってプラスなのか?」という疑問をもって欲しいと思うのだ。

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チョッとお出かけ・・・お月見に行ってきます

2007-09-24 07:56:29 | Weblog
今日が、3連休の最終日。
やっと秋らしさを少し、感じられるようになってきた。
と言っても、昼間の陽射しは「肌を突き刺す」ような日が、まだまだあるのだが。
「秋の空」に誘われてと言う訳ではないのだが、チョッと1泊2日のお出かけに行ってきます。
奈良での「観月会」です。

先日、「旅こころを誘うCM」としてJR東海のコマーシャルの巧さをエントリしたが、そのJR東海の戦略にまんまと引っ掛かり、奈良に行くことにしたのだ。
目的は「采女祭」なのだが、薬師寺にも興福寺にも行く予定。

お天気が心配だが、きれいなお月様が雲の切れ間から見られることを願って、行って来ます。
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自民党総裁選に思う

2007-09-23 22:42:04 | 徒然
安倍さんの突然の辞任から十日余り、自民党の総裁選挙が終わった。
「出来レース」と、言われていた通りというべきか?福田さんが総裁に決まった。
直後の記者会見では、「自民党のバランス感覚の良さ」というようなことをおっしゃっていたようだが、本当にバランス感覚が良いのかよくわからない。

この福田さんだが、昨年の総裁選の時出馬を求められて、「年寄りが出る必要はない」という内容の発言をしていた。
ところが今回は、一体昨年の「年寄り」発言はどこへいったのか?と言うくらい、やる気満々での出馬だった。
「自民党の危機的状況を打破できるのは、私だ」的な印象すらあった。
そしてその思惑は、自民党全体に広がり出馬表明直後には、「福田さんで決まり!」と言う雰囲気が漂っていた。

その福田さんだが、「一体どんな国政をしたいのか?」ということが、見えてこない。
これまでの福田さんの発言と言うものは、政治家としてのヴィジョンが語られることが余りにも少なかったような気がするのだ。
もちろん、選挙区では様々なヴィジョンを語っているのだろうけれど、「大物政治家」と言われている割には、そのような発言を公の場でされてこなかったような気がするのだ。

総裁選挙中、街頭演説で言っていた「自立と共生」は、民主党の小沢さんが、大分前に言っていた言葉のように記憶しているし、目新しさもなければ今の日本の状況をどれだけ把握した上で、どのような政策が必要なのか?と言う発言もなかった。
確かに、「自民党総裁を決める選挙」なのだから、そんな演説は必要ないかもしれない。
しかし現実には、自民党総裁=総理大臣・首相なのだ。
「これまでの(安倍)政権を引き継ぎ、発展させる」と言われても、その安倍さんの言っていた「戦後レジームからの脱却」や「美しい国づくり」では、生活者の気持ちにはまったく響いてこないのだ。

もう一つ考えてしまうのは、福田さんを選んだ自民党議員さんたちの思惑だ。
今回の安倍さん辞任~福田さん総裁就任までのバタバタ劇を見ていると、議員さんの多くは「寄らば大木の陰」というか、来年当たりにあるかも知れない「総選挙」をにらんで、「如何に、選挙に勝つのか?」と言う思いがあるのではないだろうか?と言う気がしている。
本来「選挙で勝つ!」ということは、議員としての活動実績やその政策・考えなどが優れていると、選挙民が判断した結果のはずなのだ。
ところが、今回の総裁選中度々聞かれたのは、「次の選挙で勝つための『顔』選び」と言う言葉だった。
この言葉を聞いた時、多くの議員さんは「自分や政党の政策や考えで、選挙をする気がない」という気がしたのだ。
参議院選の1人区惨敗の反省から、イメージ戦略として「安定感のある(その分、派手さや個性がない)福田さん=安定・安心感」を打ち出し、自分の選挙を勝ち抜きたいのだろう、と思ってしまったのだ。

いずれにしても、国会議員の多くは「国民の生活」に対する興味・関心よりも、「自分の次の選挙で手一杯」のように思えた総裁選だった。
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CMでも負け?-NTTドコモVSソフトバンク-

2007-09-22 22:41:29 | CMウォッチ
産経新聞にテレビCMの高感度調査結果が掲載されていた。

この調査結果をみると、ドコモよりもソフトバンクのほうが、全体的に高感度がよいようだ。
ソフトバンクの仕掛けた「価格競争」では、完全に他社が追従する結果となってしまっている。
auも遂に(?)、基本料金の実質的な値下げをはじめた。
ソフトバンクの「想定外」のときとは違い、CMの最後に契約時の注意事項がテロップとして出される。
テレビCMもシンプルに、「誰でも割」ということだけを言っている。
その意味で、受け手である生活者には「分かりやすい」CMとなっている。

それに対して、ドコモのCMは変に懲りすぎているような気がする。
割引プランのCMにしても、「話半分に聞いといて」といわれても、それが「割引プラン」と言うイメージが持ちにくい。
そもそも「話半分」という言葉の本来的意味から考えれば、「半額割引」には結びつかないような気がするのだ。
なぜなら「話半分」というのは、「大げさな作り話だから、まともに取り合わないでくれ」という意味だからだ。
他にも「半分」を言いたいが為に、無理な演出や言葉遊びが目立つ。

「反撃してもいいですか?」と、宣言をしてから次々と打ち出されるテレビCMは、今の生活者マインドにも合っているとは思えない。
実際、潜在的な顧客の掘り起こしとして考えられたはずの「ゲーム機能」などは、ゲームの内容ではなくその機能そのもののあり方が大いに疑問だった。
携帯電話を振ってゲームをするよりも、「Wii」でテレビ画面に向かって家族や友人と一緒にゲームをしたほうが、遥かに楽しいし「ゲーム本来の楽しさ」が味わえると言う、「当たり前の感覚」がスッポリと抜け落ちていた。

その後の「薄型携帯」の発売でも、「薄い」と言うコトを強調したいが為の演出だったはずなのに、「そんなコトはないでしょう」という感覚にとらわれるような内容となってしまっていた。
余りにも「言いたいこと」に対して凝った演出や、仕掛けをしているのだ。
それが「面白くないCM」という印象になったり、「で、何?」という印象になってしまっているのだ。
それが「いつになったら、反撃をするの?」と、言われてしまう結果となってしまっているのではないだろうか?
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互いの強みを引き出せるのか?-シャープとパイオニア-

2007-09-21 21:23:19 | ビジネス
昨日、シャープとパイオニアが業務及び資本提携をすると発表した。
これにより、「業界再編成か?」という話題となっているようだ。
ここ最近、家電業界はSANYOの事業縮小やソニーの事業売却などが話題になっていた。
企業として生き残りを賭け、不採算事業などの売却などが行われるのは、何も家電業界だけではない。
それだけ企業が生き残るコトが、厳しい時代だと言える。

今回のシャープとパイオニアの業務及び資本提携のニュースを聞いた時、思い浮かんだコトは「映像と音響に特化するのか?」と言うコトだった。
今から15年程前、マーケティング勉強会の研修で、シャープ本社に伺ったことがあった。
その時、案内をしてくださった方が、「『壁掛けテレビ』の開発に力を入れている」というお話を聞いた。
当時はまだまだブラウン管テレビしかなく、『壁掛けテレビ』というのは「出来ればイイね~」という感じで受け止めていた。
マーケターとしては恥ずかしい話だが、当時は夢物語のような気がしていたのだ。
それが今や「液晶テレビ=亀山モデル」といわれるほどの、ブランドを確立し、薄型テレビ市場をリードしている。

今ではカーナビなどが主力商品となっているパイオニアだが、元々は音響機器が強い企業だった。
1962年には、セパレートタイプのステレオを商品化している。
セパレートタイプのステレオと言っても、分からない方もいるだろう。
今の「ミニコンポ」の原型だと思っていただきたい。
当時のステレオと言うのは、スピーカーとアンプやチューナー、ターンテーブルが一体となった「家具調ステレオ」が主流だったのだ。
実家には今だにこの「家具調ステレオ」がある(松下電器社製)。
むしろ「家具調ステレオ」のある家庭は、少なく「モノラルのレコードプレヤー」が一般的だった。
その後、ソニーなどに遅れて「ラジカセ」を発売し、パイオニアという企業名が知られるようになったように思う。
パイオニアの音響機器は一般的ではなかったが、ステレオやスピーカーなどの音響機器を引っ張ってきた企業でもある。

このように特徴をもった企業が、業務・資本提携をする。
互いの特徴であり、強みを引き出しどのような商品を開発し、市場をリードして欲しいと思う。



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今年は「冷え取り」-女性向ドリンク剤-

2007-09-19 20:45:53 | トレンド
西日本を中心に、まだまだ暑い日が続いている。
「暑さ寒さも彼岸まで」と言われるが、今年はお彼岸を過ぎてもこの暑さは続きそうな気配だ。
と言っても、街中のお店には「秋物」が勢揃いだ。
ファッション関係のお店などは、お盆が過ぎると一斉に「秋物」になる。
「秋物」に変わるのは、何もファッション関係だけとは限らない。
スーパーでは、人目に付く所に「松茸」が置いてあった。
今年は、イメージ劣化が激しい「中国産」よりも「カナダ産」が人気らしく、値段も倍くらいしていた。
近所のドラッグストアーなどでは、「日焼け止め」や「虫刺されの薬」などが片付けられ、代わりに「ハンドクリーム」や少し早い気がするのだが「風邪薬」が置かれていた。
そんなドラッグストアーのメイン売場に「女性向けドリンク剤」が、置かれていた。
それがロッテの「紅(BENI)」という商品だった。
今週あたりくらいから、テレビCMが流れるようになったので、思い浮かぶ方もいるのではないだろうか?

女性向けのドリンク剤というのは、その時々の「女性美と悩み」を反映している。
先駆けとなったのはサントリーの「鉄骨飲料」 と、大塚製薬の「ファイブミニ」だったように思う。
「ファイブミニ」は、今でもコンビニなどで見かけるのでご存知の方も多いだろう。
この2つの共通点は、「栄養素」を謳っていることだ。
それまでの「ドリンク剤」と呼ばれるものは、「栄養素」を謳うというよりも「元気になる」という表現に終始していた。
「鉄骨飲料」や「ファイブミニ」は、「ドリンク剤」とは違う。
だが、これらの商品のヒットが「女性向機能ドリンク剤」という、分野を確立したように思うのだ。
と言うのも、これらの商品のヒットで次々と「女性向ドリンク剤」が発売されるようになったからである。
当時流行していた、中尊寺ゆつこ氏の漫画「スイートスポット」などに登場する、「オヤジギャル」の影響もあっただろう。

その後「女性向け機能ドリンク剤」は、「コラーゲン」「カルニチン」「コエンザイム」「ヒアルロン酸」など、様々な「栄養素」を謳うようになってきた。
「コラーゲン」などは、「動物由来」から「魚由来」へと、その「原材料」にも変化があった。
その目的は「美肌」中心だった。

ところが今回の「紅(BENI)」は、「冷え性対策」が目的だ。
店頭に置かれている商品説明の広告などを読んでみても、「紅参+和漢植物素材で体の中から暖める」とある。
女性向ドリンク剤は「冷え取り」に注目!と言うことかも知れない。

女性ならお分かりだと思うのだが、「体の冷え」は本当に辛い。
辛いだけではなく、冷えている部分に限って欲しくない贅肉がたっぷりと付くのだ。
その意味で「冷え取り」というアプローチは、単なる「健康」「インナービューティー」だけではなく、「ダイエット」と言う視点でも注目されるかも知れない・・・と、思うのだ。


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プッツンだったのかポッキリだったのか?-安倍さんの心と現代社会-

2007-09-18 21:49:59 | 徒然
Yahooのトピックスになぜ“ポッキリ”折れたのか 安倍首相の「心」を分析と言う、「読売ウィークリー」の記事が紹介されている。

先週いきなり辞任した安倍さんだが、辞任前のASEANでの記者会見で違和感を覚えた人も少なくないだろう。
司会者と安倍さんのタイミングの「ズレ」が、とても目立った記者会見だった。
司会者が会見を終わろうとしている時に、突然安倍さんが話し始めたあの場面だ。
私はこの場面を見たとき、脳梗塞(だったと思う)で亡くなられた小渕元総理を思い出した。
小渕さんの場合は、「言いたいのに言葉が出ない」という印象があった。
安倍さんは、それとは違い「言うタイミングがつかめない」という感じではあった。
自分の世界に入りっぱなしで、コミュニケーションが上手に取れていないと言ったら分かりやすいかもしれない。

それを精神科医さんたちは、とてもよく説明をしてくれているような気がする。
特に心理教育研究所の所長さんの「『自己愛性パーソナリティー』の傾向が強い」と言う言葉に、安倍さんをよく現しているような気がする。
その『自己愛性パーソナリティー』的人格、最近日本各所で見られるのではないだろうか?
最近では、横綱朝青龍だろう。

朝青龍の場合、モンゴルでサッカーをしていたことがバレて、謹慎処分が決まった後のあの姿だ。
本人とすれば「相当なストレス状態」にあったのかも知れないのだが、私の目から見ると「単なる駄々子」状態にしか見えない。
モンゴルに帰ると、急激に状態が良くなってようで最近のスポーツ紙などで見る姿は、とても「精神的に病んでいる」ようには見えない。
それを「自己愛性パーソナリティー」という見方でみれば、なんとなく分かるような気がする。

しかし「自己愛性パーソナリティー」的傾向が強い人は、何も安倍さんや朝青龍だけではない。
自分を含めて冷静に周囲を見回すと、案外そのような人はいるのではないだろうか?
最近の「個性を伸ばす教育」とかで、叱られてこなかった子供たちなどは「自己愛性パーソナリティー」そのもののような気がするのだが・・・。

それにしても・・・これから突然「や~めた!!」といって、物事を投げ出す人のコトを「安倍る」とか「安倍的」というようになるのだろうか?




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