日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

消費税アップは、ライフスタイルを変える?

2014-03-31 19:40:29 | ライフスタイル

明日から4月。
今週末のスーパーや様々な量販店は、大賑わいだったようだ。
特に賞味期限の無い製品は、駆け込み需要とばかり「まとめ買いがお得」というPOPを掲示。
そのPOP掲示につられる様に、多くのお客さんたちが、カート一杯にまとめ買い商品を積んでいた。

今日、夕方買い物に出掛けたスーパーでも、「これが最後のまとめ買い」と言わんばかりの大量のペットボトル飲料や、缶ビールなどを大量に買い込むお客さんの姿が目立っていた。
特に今日の買い物は、単身者と思われる人の買い込みが多かった様に感じた。
休日はなかなか動く気にならず、仕事帰りの今日買い込んだのかも知れない。

多くに人達が買い込む理由が「明日からの消費税3%アップ」なのだが、この反動となる明日の小売の売上げがとても気になる。
エコポイント騒動でポイント購入最後の頃は、どこの家電量販店に行っても、人気商品は「入荷待ち」状態だった。
そしてポイント期間が終わったとたん、家電製品、特に薄型テレビはパタッと売れなくなってしまった。
個人的な印象では、このエコポイントの終了が、日本の家電メーカーの不振の始まりだったような気がする程だ。
その後、何とか需要を掘り起こそうと3Dテレビ、スマートテレビや最近では4Kテレビなど、「高付加価値+次世代型テレビ」を次々に打ち出すのだが、どれもヒット商品にはなっていない。

エコポイント騒動ほどの、売上げの落ち込みはないとは思うのだが、それにしても3%の税率アップというのは、生活者に大きな心理的影響を与えている様に思う。
例えば、家庭菜園などを充実させ「自家製野菜」を楽しむ+節約とか、DIY+節約という、「自分でつくる+節約」と言うことだ。
特に家庭菜園と言っても最近は「キッチンガーデンキット」と呼ばれる、台所で水耕栽培ができる野菜のキットなどが、売られている。
野菜を作る楽しみが、節約につながる、と言う発想だ。
それが「環境に優しい」と言うことにつながるとなれば、より「節約+エコ」というプラス面が多くなる。

そう考えると、今回の消費税アップは生活者のライフスタイルの発想を変えるかも知れない。

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便利すぎるのも考えもの

2014-03-29 23:21:02 | 徒然

日経新聞のWEBサイトに「みんなの党」の渡辺さんが、DHCの吉田会長に「メールで5億円必要」と送っていた、と言うニュースが掲載されている。
日経新聞:「あと5億円必要」とメール 渡辺氏、DHC会長に

この記事を読んだとき、渡辺さんのお父さんの時代だったら「メールでよろしく」などということは、しなかっただろうな~と思った。
金額も大きいと言うことはもちろんなのだが、人からお金を借りるのだからメールではなく手紙をしたため、菓子折の一つでも持って、直接本人にあって借り入れをお願いするのが筋というか、当たり前の様な気がしたからだ。

それがメール一つで「お願いします」というのは、お金の貸し借りに対して緊張感というか、ことの重大性を認識していらっしゃったのか?はたまた「5億円」という庶民にとっては高額過ぎる額が、政治家にとっては高額では無い、と感じる金額だったのだろうか?
その感覚がよく分からない。

そしてSTPA細胞の小保方さんについても、「コピペ論文」という疑惑が出ていている。
ご本人は、資料として使った内容をそのままコピペをしているのだと思う。
ご自分で新たに論文を書くよりも、資料の内容とほぼ同じなら自分で論文を書くよりも便利で、簡単、と言う感覚だったのかもしれない。
小保方さんばかりが、「コピペ論文」でやり玉に上がっているようだが、大学の論文という点では、過去同様の問題が何度もあった。
その頃は「引用の多用」という言葉で、終わっていただけのことで、本質は同じなのではないだろうか?

それは「自分で考えるよりも、便利で効率良く」ということを優先させた、と言うことだ。
その「便利で効率良く」ということが、様々な場面で多くなり「想像力」を奪っているのでは?と、感じることが最近多くなった。
時には「想像力」だけではなく、そこから派生してくる様々な「思考力」や「行動力」も奪っているのでは?と言う気がすることがある。

最初に書いた「みんなの党」の渡辺さんの「5億円融資」なども、もしDHCの会長に直接会うために、借用の手紙をしたため、菓子折の一つでも用意をし、頭を下げた上でのことであれば、DHCの会長は報道されている様な話をしただろうか?社会的問題を秘密裏に終わらせていた、と言うのではなく、これほどあからさまな嫌悪感にも似た発言をしている、と言うのは、メールという便利なツールを使うことでマヒをした「礼儀」とか、「礼儀を欠く」ことで相手が不快に思い不信感を募らせる、と言う想像力が失われ、それらがすべての行動が今回の事件の発端のような気がするのだ。
しかも、渡辺さんご自身はその重大性に気づいていない様な、印象だ。

便利なサービスを利用することは、生活をラクにしてくれる。
そしてそこから生まれる様々なサービスは、新しい市場を創り、経済を動かす力となる。
それは良く判るのだが、「便利過ぎる」とこで「自分のコトしかわからない」想像力も「思考力」も低下した「行動力のない」人を創ってしまっているのでは?と言う気がするのだ。
便利過ぎる社会だからこそ、自分で行動し想像する思考力を身に付けるコトをする時代、と言う気がする。

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自分達で新しいコミュニティーを創る

2014-03-27 20:47:01 | アラカルト

毎朝聞いているFM番組で、東日本大震災の復興を伝えるコーナーがある。
今週は、石巻の「蛤浜」という海岸沿いにあった小さな集落の復興を目指す方を、取り上げている。

元々「蛤浜」には、10世帯にも満たない小さな集落があった。
石巻の海岸沿いには、その様な小さな集落がいくつも点在していたのだが、東日本大震災で壊滅的な状況になってしまった。
「蛤浜」も震災前の1/3程度に減ってしまい、集落としては既に機能できる状況ではない。
そんな集落の復興を目指している方が立ち上げたのが「はまぐり堂」というCafe

Cafe「はまぐり堂」

オーナーである亀山さんは、元々は学校の先生。
その先生を辞め、地域の復興のためにCafeを開いた・・・と言うと、ありきたりのような感じがする「復興の話」という感じなのだが、Cafeを開くまでの過程を知ると、被災地といよりも今の日本の地域が抱えている問題解決の糸口のようなものを見つけることができるような気がしている。

亀山さんが、最初に復興計画を立て、その計画企画書を持って行った先は行政。
その時は、具体的にCafeを開くと言う内容ではなく、もっと壮大なプランだったようだ。
まさに、行政が主体的になって行う様なプラン。
しかし、行政側からは何の興味も示されず、自分達で興すにしても費用が必要なので、金融機関に話しを持ちかけるのだが、相手にもされずに終わってしまう。
金融機関側からすれば、個人が中心となって興す復興プランなど投資として怖くてできなかったのだろう。
八方ふさがりの状態の時、お金も行政へのコネも無い人達が集まり、様々な知恵と力を出しあい、かつての蛤浜には無かった新しいコミュニティを創り出す過程の中でこの「Cafeはまぐり堂」ができる。

もちろん「Cafeはまぐり堂」で出すメニューは、地域の復興ができる海や山からの恵をふんだんに使ったもの。
小さなCafeから始まったこのコミュニティは、どんどん活動の幅を拡げ、震災で同じ様に壊滅状態になってしまった集落へと波及している。

注目すべき点は、行政のサポートや金融機関の投資がなくても、新たなコミュニティを創るコトで新しい経済的活動を興すコトができる、と言うことだ。
それは、中山間地域など過疎に悩む地域でも、使える方法ではないだろうか?
もちろん、この様なコミュニティの中心になっているのは20代~30代の若い世代だ。
行政がUターンやIターンを積極的に進めても、なかなか上手くいかないのはコミュニティがつくれないからなのでは。
UターンやIターンが無理でも、この「Cafeはまぐり堂」の様に「人を集めるコミュニティ=非定住型コミュニティ」もあっても良いのでは?

「地域に住み、その地域で働くことで地域コミュニティが成り立つ」と言う旧来の考えではなく、新しい形態のコミュニティを自分達で創る・・・そういう時代が来ているのかも知れない。
その先取りとして、被災地に様々なコミュニティが生まれようとしている、と考えれば、被災地から学ぶことが沢山ある様な気がする。

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医療費と企業の関係

2014-03-26 05:52:17 | アラカルト

日経新聞のWEBサイトを見ていたら「病院の再入院乱用防止厚労省、ルール厳格化」という記事があった。
厚労省と言ってもおそらく、医療関係の分野での考えなのだと思う。
もし、労働関係の分野であれば「在宅医療のための働き方」という指針のようなものが出ても、おかしくないと思うからだ。

社会全体の高齢化に伴い、医療費が年間で約1兆円増え続けている、と言われている。
その医療費抑制のために、現在長期入院患者を減らし、在宅医療へと移行させる、と言うことが言われている。
そのこと自体「看取りのあり方」としては、当然の動きだろう。
実際、高齢者の多くは病院では無く、自宅での看取りを希望している。
問題なのは、それができる体制になっていない、と言うことだろう。

一つは、在宅医療と一言でいっても、看護師をはじめとする専門家の支援がなくてはできないこと。
それだけの体制を持った病院が、全国的に少ないのでは?
かつては、近くの町医者は「往診」があったが、今では「往診をしてくれるクリニック」はほとんど無い様に思う。
以前より増えつつあると思うのだが、「在宅医療支援病院」そのものは不足状態なのでは?

何より、家人が在宅医療を受ける状態になったとき、家族がそれを受け入れるだけの体制を作れない、と言う問題があるのではないだろうか?
「仕事を持ちながら、在宅医療をする」ためには、一時期的な「時短勤務」では乗り切ることができない。
特に、介護の中心となっている女性は、子育てが終わり職場に復帰しても、介護によって再び職場を去らざる得ない、と言うケースも多いだろう。
男性であっても、介護によって職場を去る人は多い。

職場を去る、と言うことによって起こる経済的な問題は、過去何度もクローズアップされているのに、問題解決の方向が見えてこない、と言う現実。
その受け皿として「再入院の繰り返し」があるのでは?と、考えると今回厚労省がルールの厳格化をしようとしても「在宅医療難民」を増やすだけ、と言うことになりかねない。

企業における介護の問題は、子育てと違い「(その様な状況になったとき)終わりが見えない」という点にある。
医療費という点では「ルールの厳格化」は必要だと思う。
と同時に、「在宅医療難民」を出さないために、企業と一緒に考えることも大切なのではないだろうか?

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前提を疑う

2014-03-24 21:19:15 | マーケティング

しばらく前、Yahooのトピックスに「楽天は世界で一番象牙や鯨肉を扱う企業」だと、イギリスの環境団体が告発(?)というニュースが取り上げられていた。

AFP:楽天は「世界最大の象牙・鯨肉市場」英NGO

このニュースを見たとき、「何故、楽天なのか?」と不思議に思った。
ご存じの様に、楽天は「ショッピングサイト」なだけであり、楽天が象牙や鯨肉を売っている訳ではない。
そもそも、楽天のようなショッピングサイトに出店している業者が、密輸象牙を堂々と売るだろうか?
象牙そのものは、20年以上も前にワシントン条約で輸入禁止となっている。
むしろ、今現在象牙製品をネットで販売している業者は、ワシントン条約締結以前に輸入した象牙を使っている、と考える方が自然だと思う。
その後2009年に、1度だけ日本と中国に対してのみ輸入が許されたことがあるが、その時輸入された象牙を扱う場合は、政府の取扱認定を受ける必要があるようだ。

そもそも象牙製品と言っても、日本の場合主な製品は「印鑑」だろう。
他に使われているとすれば、笄や帯留めといった和装の装飾品。
和装の装飾品そのものは、着物を着る女性が減っている(確かに、最近は着物ブームだがとても象牙の笄や帯留めを買う女性はほとんどいないだろう)。
その「印鑑」も実印などはともかく、職場で使うのであれば「シャチハタ印」が主流だろうし、安い認め印も多く出回っている。
印鑑そのものを使う場面も、減ってきているのではないだろうか?

もう一つの「鯨肉」だが、「捕鯨」ということに関してとても敏感に反応している、と言うことは感じるが「鯨が減少している」という理由は、本当に捕鯨なのだろうか?
と言うのも、「楽天の象牙」のニュースの数日前に「鯨の減少理由」についての記事を呼んだからだ。
BOOK STAND:捕鯨よりも環境汚染が問題?
確かに「絶滅危惧種」となっている鯨も数多くある。
反面、ミンククジラのように個体数が増え続けている鯨もある。
「鯨」と一括りで考えるのは、余り意味のないことだと言うことになる。
そして何よりも今「絶滅危惧種」となっているクジラは、捕鯨ではなく海洋汚染の影響が大きいようなのだ。

そう考えると、象牙にしても鯨肉の問題にしても、どこかズレている様に思える。
そもそも前提となっているのが「今販売されている象牙製品=密輸象牙の製品」であったり、「象牙製品=(かつての欧州の富裕層がリビングで飾った様な)豪華なインテリアや狩猟の成果としての飾り」という感覚を持って、楽天のショッピングサイトを見ているのでは?
捕鯨と環境汚染との関連にしても、「クジラの減少理由=捕鯨」という前提というか、思い込みの部分が強ければ強いほど、環境汚染という問題は見えなくなってしまう。

大切なコトは、一度「前提を疑い・現実客観的に調べる」ことなのでは?そこから、問題の本質が見えてくると思う。

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知のグローバル化

2014-03-22 20:22:33 | ライフスタイル

昨日、名古屋大学が開いた「市民公開講座(名古屋大学では「オープンレクチャー」と呼んでいる)」に出掛けた。
高校生の頃、偏差値ではかすりもしなかった大学へ、年に数回「市民公開講座」に参加するために出掛けると言うのは、なんだか楽しい。
その中でも、名古屋大学の強みである医学・理工学の「市民公開講座」というのは、知的好奇心が駆り立てられる内容が多く、高校生の頃苦手だった科目にも関わらず、楽しく出掛けている。

昨日の「市民公開講座」は、「プラズマ」の話だった。
「プラズマとは何か?」という話から、私達の生活と深く結びついている技術としての「プラズマ」。そして、その「プラズマの新しい使い方」という講座内容だった。
特に興味を引いたのは「新しいプラズマの使い方」として、医療分野での期待が高いと言うこと。
その中でも「がん治療」への期待が高い、と言うことだった。

「がん治療」と言うことになると、「プラズマ」を研究している先生(講義をして下さった大学教授)も、医療分野との連携が必要になるだけではなく、ご自身も医療(この場合は「腫瘍学」)の知識が必要になってくる。
少し前まで「全く関係が無い」と思っていた、分野の知識が必要になっている、と言う訳だ。
流石に「プラズマ研究」の第一線の研究者である大学教授。新たに学んでいる医療分野が、とても面白い、と言うお話だった。
そして「『経済のグローバル化』ということが、盛んに言われているが、本当は『知のグローバル化』が大切なのでは?」と言うことも話されていた。

確かに、京都大学で長い間教鞭を執られていた、数学者の故森毅先生の書かれたエッセイなどは、とても軽妙洒脱で、数学者という(世間的イメージ)では無かった。
解剖学者の養老孟司先生も、同じだ。
おそらく森先生も養老先生も、専門分野の知識とは別に、様々な分野の知の習得を積極的にされてきたのだと思う。

この時期、華やかな袴姿の女子大生の姿が目立つ。
大学の卒業式シーズンだ。
大学では、専門知識を沢山学んできたことだろう。
と同時に、この時期は新大学生が誕生する時期でもある。
彼らは、新しい知の習得へと心躍らせているだろう(と言うよりも、そうであって欲しい・・・と言う願望だが)。
学ぶチャンスはいくらでもある。そしてできれば「知のグローバル化」を目指して欲しい、そう感じた「市民公開講座」だった。
ただ一つ残念なのは、「新たな医療へのプラズマ研究」の中に、「実業」という分野の参加が無いと言うこと。
マーケティングという仕事をしている私としては、講座を聴きながら「この技術が広がることで起きる、社会的イノベーションは何かあるのか?」ということを考えていたからだ。

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経済と戦争・・・試されている日本

2014-03-20 06:00:50 | 徒然

このところ、きな臭い話題が目立つ様になってきた。
特に、朝日新聞の一面に掲載されている「G8崩壊か」という見出しを見て、とても嫌な気分になった。
朝日新聞:2014年、3月20日一面

ことの発端は、ロシアのウクライナへの侵攻だ。
「侵攻」という表現が良いのかわからないが、ウクライナの人達からすれば「ロシアが自分達を征圧してきた」という気持ちがあるのでは?と、想像している。
このロシアのウクライナ、クリミア半島の征圧に対して、米国をはじめEUが制裁を次々と発表している。
ロシア側とすればクリミア半島と言う旧東西冷戦の接点となる「武装の拠点」を西側に渡すことは、ロシアの国力低下ということなのだろう。
だからこそ「内政干渉」という言葉を使い、米国やEUの「制裁」をかわそうとしているのだと思う。

そして、ロシアだけではなく東アジアの大国の動きも、とても気になる。
経済の発展とともに、軍事力強化という発想は20世紀初めの発想だと思うのだが、その様な発想が未だにまかり通っている。
いくら「ITだ!情報が世界を制する」といっても、古い感覚の国の指導者は「目に見える力=軍備力」が、経済とともに「強い国」の象徴とだ考えているのだという気がする。

その様な国際情勢の中、日本の立ち位置が注目されている様な気がする。
と言うのも過去の世界中を巻き込んだ「大戦」の発端の一部には「経済の不安(=世界的経済の行き詰まり・世界恐慌)」があり、経済の行き詰まりを外に目を向けさせ、「戦災復興」という名の「経済成長」を繰り返しているからだ。
幸いなことに、日本は「第二次世界大戦」後、国内が戦火に見舞われたこともなく、日本の自衛隊が他国の市民に銃口を向けたことも無い。
この事実を考えると、このきな臭くなりつつある世界情勢の中での日本の立ち位置が、見えてくる様な気がする。

もちろん、「米軍の傘の下」によって戦火に見舞われることがなかった、と言うことも言えるかも知れない。
しかし、それを抑制させた大きな力は「憲法九条」だったと思う。
その精神と日本の経済発展を支えてきた「市井の力」は、世界にもっとアピールできるモノだと思う。
それらを「外交」という、「知力のけんか(と言うと、物騒な感じがするが、「交渉力」と言えば良いかもしれない)」で、まとめることができるのもまた、日本なのではないだろうか?

3年前、世界中の人達が「東日本大震災」での日本人の行動力に賛辞が送られた。
以来、日本人の行動そのものが世界中から注目されている。
その代表である、政治家はその事実をもっとしっかり考え、国際舞台で発揮すべきなのでは?
そしてそれが「今でしょ!」ということだと思う。

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シッターの逮捕と女性の働き方

2014-03-18 21:15:36 | ライフスタイル

昨日起きたベビーシッターの2歳男児の遺棄事件。
シッターをしていた男性が、逮捕され徐々に事件そのものは解明されるはずだ。
ただこの事件の詳細とは別に、なぜこの若いお母さんがインターネット上の「シッターマッチングサイト」を利用して、子どもを預けることになったのだろうか?と言うことが、とても気になる。

この事件の母親は、20代前半と若く無職ということになっている。
もしかしたら、「無職」というよりも「夜の仕事」をされていたのでは?と言う気がするのだ。
そして、その様な仕事をしている女性にとって「子育て」というのは、同じ様に子育てをしている女性に比べ、様々な問題を抱えているのではないだろうか?

まして、死亡したお子さんの年齢が2歳ということは、世間一般に言われる「イヤイヤ期」と呼ばれる、「自己が目覚める第一期」。
親が何を言っても「イヤ!イヤ!!」と反抗的な態度を取るため、子育て中の親であってもほとほと困ってしまう時期とも言われている。
そんな時期のお子さんを、いくら子どもが好きだからと言っても、子育て経験の無い若い男性が、シッターとして面倒を見るのは、余りにも危なっかしい。
おそらく男性は、この様なことを知らなかったのではないだろうか?

今回の事件で、クローズアップされることになったインターネット上の「シッターマッチングサイト」だが、「ベビーシッター」そのものには資格らしき資格はない。
逮捕された若い男性も、無資格で「保育室」を開いていたようだ。
もちろん、マッチングサイトの中にも「保育士資格」や「看護師資格+経験」、「保育経験を有する」という条件を付けて、シッターを登録しているサイトもあると思う。
反面「待機児童が多い」ということで、その様な経験も知識も無く、単に「ビジネスチャンス」と思って登録をしている自称・シッターもいるだろう。
「玉石混交状態」と言ってしまえば、それまでだが、問題なのは女性の働き方が多様になっているのに、そのコトに対応しきれていない社会の現実がある様な気がする。

余り褒められたことではないが、「夜の仕事」をしている女性向けに、その様な飲食サービス業界全体で、「保育サービス」を提供するということはできないだろうか?
もちろん、昼間働く女性も利用できる様なサービスにまで発展できれば、良いと思う。
既に官公庁などでは、官庁街に保育施設を設け「国が率先して、働くお母さん達を支援」ということをしているようだが、むしろ「国が率先して支援」する必要があるのは、福利厚生制度がしっかりしている官公庁に勤めるお母さんではなく、中小企業や不安定な非正規で働くお母さん達だと思う。

民間企業でも大手は、この様な制度が整いつつある様だが、子育てそのものは「突発」の連続。
その様なことも、十分に加味した「子育て制度とサービス」が、少子化を食い止める一案になる、と言う気がする。

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視点を変えると・・・大阪に注目

2014-03-17 19:21:11 | ビジネス

先日から読み始めた新書
その本に、「なるほど、視点を変えるとそう考えられるのか?!」と、思うトコロがあった。
それは「現在、過疎が進む地域こそ、未来の日本(かも知れない)」という考えだ。

例えば、地方に行くと「限界集落」とか限界集落に近い山間部地域が、いくつもある。
人口そのものが減り続け、人口構成も逆ピラミッド型に近い地域だ。
その様な地域の行政は、ただその状況をボンヤリと眺めている訳ではない。
何とか、高齢者を労働力として考え、経済的な自立を果たすことと同時に、若者へのIターン振興策を考えている。
特に若者へのIターン振興策というのは、これまでの「地域振興策=大手企業の工場誘致」ではなく、地域の産業を掘り起こし、新しい何かを創っていこうと言う振興策だ。
農業+飲食+観光のような、農業の6次産業化はもちろん、インターネットなどを利用したIT関連の産業の創出だ。
インターネットなどを利用したIT関連産業の創出、と言うと意外な気がするのだが、実は、その様な地域だからこそ、インターネットなどの接続が速いと言うメリットがあるという。

確かに、実家に帰省する度に感じるのは、名古屋でインターネットが立ち上がる時間と、実家とでは、実家のほうが速い。
渋滞している高速道路VS貸し切り状態の県道であれば、圧倒的に貸し切り状態の県道のほうが、速く目的地に到着する。
インターネット人口の少ない地域だからこそ、IT関連の産業にとってはメリットがある、と言う発想だ。

何より、インターネットのような情報通信が一般化したことで、東京でなくては発信できない情報のほうが、限られてきている。
その地域、地域にあった特色有る情報発信のほうが、均一的な情報が多くなりやすい都市部よりも魅力的かも知れない。

そう考えると、大都市の中で人口が減少しつつあると言われる大阪は、都市部における将来的モデルとなるかも知れない。
と言うのも、これから先少なくとも20年以上は日本の人口が劇的に増加する、とは考え難く、それは地方に限らず大都市部でも起きることだからだ。
もし、大阪が単純に人口を増やすための施策ではなく、人口減少を想定した新しい産業創出をすることができれば、大阪よりも遅れて人口減少が起きる東京よりも進んだ、発想の新しい産業で、日本をリードすることになるかもしれない。
東京追従型の経済のあり方ではなく、地域ごとに特色のある産業によって支えられた経済が、生まれてることで、日本経済そのものが元気になるのでは?
そんな気がする。

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「ブルートレイン」廃止に思う

2014-03-15 20:14:59 | ビジネス

ダイヤ改正に伴い、最後のブルートレインと言われた「あけぼの」の運転が終了した。
JR九州の「ななつ星」の様な豪華寝台列車以外の、国鉄時代から続く「ブルートレイン」はすべて廃止された、と言うことになる。
このニュースを聞いて、「鉄子」では無くても何となく残念な気がした。
と言うのも、拙ブログでも何度か「寝台列車も見方を変えれば、需用があるのでは?」という点だ。

私の知人で会社員を定年退職した後、海外からの観光客相手の「観光通訳ガイド」をしている方がいる。
そのかたの話を聞く度に感じることは、日本人のツアーと海外、特に欧米からの観光客を対象としたツアーでは、そのスケジュールが随分違うと言う点だ。
日本人のツアーというのは、とにかく分刻みの観光めぐりのスケジュールになっていることが多い。
「これでもか!!」というくらいに、観光めぐりのスケジュールを盛り込まないと「手抜きツアー」のように思われるからだろう。
海外旅行のツアーとなると、その傾向はより強くなる。
海外旅行のツアーパンフレットを眺めると、1日に2箇所の観光地を巡ると言うのは、むしろ稀で3,4箇所巡るツアーが多い。
欧州のツアーだと、僅か10日程度の日程で、3カ国くらい巡るのは当たり前のようになっている。
これでは、「ツアーで旅行に行った」ということにはなっても、観光を楽しんだと言うには、忙しすぎて印象に残らないのでは?と言う気がしている。

一方、主に欧米の観光客を対象としたツアーは、実にのんびりしているらしい。
もちろん、「秋葉原で買い物」というような場合は、のんびりと言う訳では無いとは思うが、いわゆる代表的な観光地ではない地域の観光というのは、実にのんびりしていると言う。
「観光通訳ガイド」がつくのだから、いわゆるパッケージツアーということのようだが、ローカル線を乗り継いで日本の原風景を感じさせる様な地域への観光というと、1日中その観光地でのんびりと過ごすのが普通だという。
そして何より、その様な「のんびりスケジュールのツアー」が、大人気らしい。

そう考えると、日本の主な鉄道の多くは、海岸沿いにあり首都圏から夜行列車で目的地に向かい、途中海岸線沿いに走る列車の車窓から朝日が眺められたりすると言うのは、とても魅力的だと思う。
「ななつ星」の様な豪華寝台特急も魅力的だと思うが、その様な列車を走らせることができない地域にとって、それに変わる魅力がある列車が「ブルートレイン」なのでは?

「速い」だけが、移動手段の魅力ではないと思う。
廃止された「ブルートレイン」のように、海岸線から登る朝日を車窓から見られる、と言うこともまた大きな魅力だと思う。
「ブルートレインの魅力づくり」ということをせず、「速さ」だけを求めての廃止だとすると、はやり残念な気がする。

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