日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

前例的発想を切り替え様

2012-07-31 18:51:15 | ビジネス
先週末から、「オリンピック・ロンドン大会」が始まった。
百貨店や大手スーパー、東急ハンズなどに行くと「テレビでオリンピック観戦、応援グッズ」の様なコーナーが設けられている。
その応援グッズも、実に様々。
節電対策を兼ねた冷感タオルや水筒、ポテトチップスを食べるとき便利な(?)、シリコン製のピンセットの様な菜箸などなど、「オリンピックと関係あるの?」と思うよな商品まで、販売されている。
売り場には、オリンピック?と言うよりも開会式で登場したポール・マッカートニーさんにちなんで、ビートルズの曲が流れていたりしている。
ただ、立ち止まって手に取るお客さんは、ある程度いらっしゃる様だ。

いわゆる「オリンピック商戦」と呼ばれるモノだが、その「オリンピック商戦」の波に、乗れていない業界が有るらしい。
家電業界だ。
過去のオリンピック開催時には、テレビや録画機器などが売れ、「オリンピック商戦」を支える原動力となったが、今回ばかりは違うようだ。

理由は、ご存じの通り昨年実施された「地デジ化」。
「地デジ化」とその前の「家電エコポイント」で、多くの家庭では、テレビの買い換えが終わってしまっている。
業界としては、ロンドンとの時差を考え、録画機器も考えていた様だが、昨年の「地デジ化」に合わせて、「外付けHDDテレビ」という機種が相当売れたコトもあり、今更ブルーレイなどを買い足すと言うお客さんは、そう多く無いようだ。
実際、オリンピックが始まる前と始まった後の家電量販店の売り場に、さほど大きな変化はみられない。
休日の家電量販店のテレビを含む映像機器の売り場は、想像以上に閑散としている。
中には、冷房の効いた店舗で大画面のテレビの前で暫く涼みながらオリンピックを楽しんでいる方の姿もあるが、端から見ていると「テレビを買いに来た」と言うよりも「涼みにきた」という印象だ。

しかし、家電業界としては「オリンピック商戦」にやや期待をかけていたようだ。
週末に折り込まれる新聞のチラシを見ても、「オリンピックを大画面で!」というコピーとともに、「大型テレビに買い換えるチャンス」という文字も踊っていた。
確かに、コレまでの主流であった32型よりも40型クラスのテレビのほうが、迫力ある試合が楽しめるだろう。
でも、今の社会状況を考えると、買い換えそのものが難しいのでは?

コレまでの「オリンピック商戦」で、それなりに売れたからといって、今売れるのか?と言うと、やはり難しいと判断するのが、当然だろう。
昨年の「地デジ化」とその前の「家電エコポイント」という、大きな需用があったと言うコトだけでは無く、実際オリンピック中継を、見ている人がどれだけいるのか?と言う点でも、やや疑問なトコロがあるからだ。
テレビそのものを見ない人たちが増えた、と言うこともあるが、テレビの前でゆっくり見られると言う人そのものが、減ってきている様な気がしているからだ。
自分の興味のある試合は見るが、それ以外は見ない、と言う人も案外多いのでは?

日本人の大好きなオリンピックといえども、生活者の意識の変化を捉えなくては「オリンピック商戦」という言葉だけでは、売れない時代になってきているのだと思う。
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2012-07-31 18:49:42 | Weblog
拙ブログにコメントを下さる方の中で、個人的な内容の場合があります。
この様な場合、管理者として公開はいたしません。
特に個人名がある場合は、、内容に関わらず公開をしない様にしております。
何卒、ご理解のほどよろしくお願いいたします。
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女性の髪型は世代を映す?

2012-07-30 20:14:49 | アラカルト
随分前、漫画家の柴門ふみさんのエッセイの中に「女性は、自分の独身時代だった頃の髪型を結婚後もしている」という一文があった。
正確な文章では無いかも知れないが、そんな内容の文章だったと思う。
柴門ふみさんのエッセイそのものが、20年近く前のもの。
そんな古い一文を思い出す様なコトが、今日あった。

所用があり、チョッとしゃれたショッピングモールに出かけた。
そのショッピングモールで、「え!」と思う様な髪型の女性を見かけたのだった。
女性の年齢は、私よりも6、7歳くらい若い感じ。
バブル真っ盛りの頃に、新社会人となった位の女性だった。
当時、流行していたヘアスタイルは、前髪をクルリと巻き上げたソバージュ。
ヘアスタイルを保つ為に、ワックスやジェルは必需品だった。
「トレンディードラマ」と呼ばれるドラマが流行り、人気だった浅野ゆうこさんや浅野温子さんを真似た髪型が流行っていた。
それだけではなく、中山美穂さんや「おニャン子クラブ」の工藤静香さんなども、同じような髪型をしていた。

今日私が見かけた女性は、まさに当時の工藤静香さん風のヘアスタイルだったのだ。
今では、誰ひとりとしてやっていないで有ろうヘアースタイル。
そんなヘアスタイルを継続的にしている理由を考えたとき、上述した柴門ふみさんのエッセイの一文を思い出したのだった。

考えてみれば、女性のヘアスタイルというのは「時代を映す」というか、その時々のアイドルや話題の人物を真似する傾向が如実に現れている様な気がする。
1980年代に高校生だった女性の多くは、「聖子ちゃんカット」をしたコトが有るだろう。
そして、
私の世代であれば「サーファーカット」だろうか?
または「JJスタイル」か?

その様な視点で見ると、確かに私の世代はサーファーカットをアレンジしたヘアスタイルが多い。
そして私より年下の女性たちは、アレンジをしながらベースとなっているヘアスタイルは、自分の青春時代の頃のモノだ。

では、今は?と眺めてみると・・・女子高校生の多くが髪の毛を染め、緩くパーマをかけている。
ただ、ヘアスタイルとしてはロング、ショート、ボブと、比較的バラエティに富んでいる。
おそらく、今は「聖子ちゃんカット」が流行った時の様な、圧倒的人気のアイドルというか、
ファッションアイコンとなるタレントさんがいないのだろう。

でも、それで良いのかも知れない。
「自分に似合う」コトを自分なりに探して、個性を見つけようとしているようにも思えるからだ。
とすれば・・・柴門ふみさんの一文は、10年後通じなくなっているかも知れない。
あるいは、大流行した髪型がないと言う世代、と言うコトになるのかも知れない。

ファッションや髪型は、その時々の時代を映すと言われるが、世代も現しているようにも思える。
そんな視点で「まち歩き」をしてみると、いろいろな発見があると思う。
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最近の「いじめ」って・・・

2012-07-29 05:45:52 | 徒然
暑い毎日が続いている。
年のせいなのか?年々暑さが体に堪える様になってきた気がしている。

そんな暑い毎日だが、連日報道される「いじめ」による中高校生の自殺のニュースに、怒りのようなものだけでは無く、その「いじめ」の内容が「犯罪化」しているコトに、驚いている。

大津市の自殺した中学生の場合、「いじめ」の内容は「暴行・傷害・恐喝」というレベルの内容だった。
昨日ニュースにあった大阪の高校生の場合「暴行・傷害・恐喝・窃盗の強要」だけでは無く「賭博」までやっている。

これまで問題になっていた「いじめ」は、陰湿なモノが多くクラス全体で「無視をする」とか、「教科書や鞄を隠す、汚す」という感じだった。
もちろん、コレはコレで十分問題だと思うし、犯罪行為に近くないから許されると言うモノでも無い。

そもそも「いじめ」の背景にあるのは、「子ども」という未成熟な思考の中で「他者との違いを受け入れるコトができない」と言うコトが有ると感じている。
「個性が大事」とか「一人ひとりの存在価値が重要」などと言われていても、自分と違う存在には、不快感を持ちやすいのはなにも子どもだけでは無い。
ただ、大人はそれを受け入れるコトができる。
心では受け入れられなくても、頭で受け入れるコトで何とか問題を起こさずに済んでいる、コトだと思う。
最近では、「頭で受け入れる」コトができない大人も増えてきている様に感じる部分はあるが、その様な人は周囲から「問題有りと判断される」と言うコトだと思う。

それが「子どもの社会」という、小さな枠の中では受け入れられず、それでも大人顔負けの「力のピラミッド構造」の様なモノは形成されていて、その力関係がクラスや学年全体を覆ってしまい、集団の「いじめ」と化していると言う気がしている。
だからこそ、事件となったときその中心となった生徒が成績が優秀であったり、スポーツなどで成績を残している「一見優秀な生徒」という場合が多いのだと思う。
当然親御さんも、教育熱心でPTA活動なども積極的、と言うケースが多いと言う気がしている。
ただ、逆に教育熱心でPTA活動などにも積極的であるがために、子どもを見る視点がとても狭くなり、「一社会人を育ててる」という感覚が薄れているのでは?と、感じるコトもしばしばある。

ところが、今回事件となっている「いじめ」は、そんなレベルでは無い。
れっきとした「犯罪行為」だ。
「未成年だから許される」という行為では無い、と思う。
「陰湿ないじめ」も問題だと思うが、「犯罪行為を伴ういじめ」は、もっと問題だと思う。
それを「いじめ」では無く「いじり」だと、思っているのだとしたら「いじり」も立派ないじめだと、言う必要が有るのでは?
元々「いじり=いじる」という言葉は、「もてあそぶ・嬲る」という意味が有る。
決して遊びの延長線にある言葉では無いのだ。
「いじめではない。いじっているだけ」というのは、あくまでも詭弁である、と言うコトを教える必要が有るのかも知れない。
お笑いタレントさんの言う「いじり」とは、意味が違うのだ。
(お笑いタレントさんも、話芸で人気を得るようになれば、もっと社会的影響も違うのかも知れない・・・子どもからの人気は無くなるが)。

「犯罪化」する「いじめ」が起きている今の日本の子どもたちは、将来どんな社会人となるのだろう?
心理的な部分だけでは無く、経済や社会全体が機能するのか不安で有り、心配をしている。
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復興支援は、草の根的活動が主流?

2012-07-27 19:13:37 | アラカルト
新聞のWEBサイトのチェックをしていたら、おもしろい記事を見つけた。
昨年の東日本大震災で、甚大な被害を受けた宮城県特に南三陸町の人たちの経済的自立支援を目的とした一般社団法人の記事だった。
その記事自体は、「新商品紹介」という頁に掲載されていたのだが、とても繊細な作りのバッグに惹かれ、販売サイトをチェックしたら、それがその一般社団法人だったのだ。
一般社団法人の名前は「LOOM NIPPON」。
プロジェクトの名前は「KIBOU311」

この社団法人の活動に賛同している人たちを見ると、日本のファッション産業に大きく関わってきた人たちの様だ。
ファッション評論家として名高い、大内順子さんの名前もあった。

このプロジェクトのおもしろいコトは、ファッション関係者が中心でありながら「地域のコト」を主体に考えている点。
一番最初に動き始めたプロジェクトの商品は、何と「日本酒」。
「GOGOCU PROJECT」
被災地が再び五穀豊穣の地域になる様に、と願って付けられたプロジェクト名。
本年中に、発売予定をされている様だが写真で見る限り、今頃の季節冷酒で頂くと美味しそうな雰囲気のある日本酒だ。
と言ってもお酒は、仕込みに時間が掛かる。
おそらく、この晩秋~冬にかけての出荷となるのではないだろうか。

そして新聞に掲載されていたのが「皮革メッシュのバッグ」、
皮革のメッシュというのは、なめした皮を細く裂き、丁寧に編み込むと言う手間の掛かるモノ。
それらの工程を、南三陸町の女性たちに技術指導をし、製品化すると言うのがプロジェクトの目的。
この様な繊細で緻密な作業は、日本人向きだと思う。
そして、その期待に見事南三陸町の女性たちは応えた様だ。
もしかしたら、数年後パリのファッションショーなどが開かれる会場の一角に、この商品が並ぶかも知れない。
そしてそのレセプションで振る舞われるお酒は、この「GOGOCU PROJECT」の「護国」や「四方櫻」だろう。

昨年起きた東日本大震災は、東北だけでは無く日本全体に大きな傷を残した。
その傷を負いながらも、立ち上がり前を向こうとしている人たちがいて、その人たちをサポートしようとする、プロジェクトがいくつも自然発生的に起きている。
それらのプロジェクトの多くは、主たるメンバーの人たちの仕事の延長線に近いモノが多い。
支援をするのであれば、やはり自分たちの得意な分野でのサポートが一番なのだ。
大きなコトでは無いかも知れないが、本当はこの様な様々な草の根的なサポートが、一番現実的で実現化しやすいのだと思う。
何より、継続的な活動になりやすいのだと思う。

国の支援は、未だ判らず。
生活そのものに疲弊感が漂い始めている。
だからこそ、この様な草の根的プロジェクトが重要なのだという気がする。
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経験を活かして、視点を変える

2012-07-26 20:03:49 | ビジネス
グリコ乳業のロングセラー商品と言えば「プッチンプリン」が、挙げられると思う。
1972年発売というのだから、既に40年というロングセラー商品。
その間に、3個パックなど家族向けの商品、サイズの大きな商品など「プッチン」としてお皿にのせて食べると言うスタイルはそのままに、いろいろな商品を発売してきた。
そして今年、チョット変わった「プッチンプリン」が登場している。
ご存じだろうか?
「男のプッチンプリン」と言う商品である。

この商品、内容をよくよく見ると通常のプリンでは無い。
ハッキリ言うと「プッチンプリンの形状をした豆腐」だ。
そのためサブネームとして「おつまみ冷奴風」と、付いている。
と言っても商品カテゴリーはあくまでも「洋菓子」となっている。

この商品、実は開発をしたのは洋菓子を担当している人では無かったそうだ。
異動で洋菓子担当になったのだが、以前はおつまみなどの開発に携わっていたと言う経歴の持ち主だという。
異動してきたものの、「プッチンプリン」という商品そのものは認知度も高く、商品イメージもしっかり生活者に根付いたモノがある。
それを覆して新しい商品を作る、と言うよりもチョッと発想を変えて、プッチンプリンのイメージはそのままに、意外性のある商品で自分の経験を活かす・・・と言うコトを考えた結果がこの「男のプッチンプリン(おつまみ冷奴風)」だったようだ。

特に今回は発売40周年記念の限定というコトでの商品の様だが、この様な遊びができるのも「プッチンプリン」という、商品の認知度の高さと信頼があってのことだろう。
おそらくこの商品を購入する世代の人たちの多くは、子どもの頃あの「プッチン」する感覚が、何とも言えず好きだった方たちなのではないだろうか?
大人になり、プリンそのものはあまり食べなくなったかも知れないが「プッチン」する感覚だけは楽しみたい、と言う気持ちもあるだろう。
そんな人たちには、手に取りやすい商品だろうし、チョッとした話題にもなりやすい商品だと思う。

「男」と付いてはいるが、案外、夏休み中のお子さんのお昼などにも向いているかも知れない。
何かと食欲の落ちるこの時期、チョット目先が変わるだけで食べるコトができる、と言うコトもある。
おとうさんのビールのおつまみにしても、小皿の上に「プッチン」とする楽しみがあると思う。
もし、開発担当者がそこまで考えて、作っていたとしたら本当に凄いと思う。

企業には人事異動がつきもの。
その異動を通して、それまでの経験を活かしつつ新しいモノを作る、と言うのは異動した先の部署にとっても、新しい風となりそれまでにない発想を呼ぶと思う。
本来、異動というのはそういう目的があってこそ、企業内が活性化するのではないだろうか。

そんなコトを感じさせる、「男のプッチンプリン」開発話だ。


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値上げに増税・・・使い道を明らかにして欲しい

2012-07-25 19:25:35 | 徒然
東京電力の一般家庭向けの値上げ申請が、認可されたようだ。
フクシマ事故以来、原子力発電の代わりに稼働させている火力発電で使う原油などの値上がりで、値上げ申請となったのだが、今回の申請は8%台。
当初の10%台より、随分圧縮された様に思える。
本当に圧縮されたのだろうか?

フクシマ事故で明らかになったのは、日本の原子力行政=原発ムラの存在だけでは無く、電気料金の作られ方も初めて、多くの生活者が知るところとなった。
その結果、一般企業とは全く違う考えで「販売価格」とも呼べる電気料金が決められており、その内容も想像を絶すると言うか、考えられない積算法だった。
と言うコトは、コレまで原油高だからという理由で、値上げられていた電気料金も、実際の原油の上昇分以外に上乗せされていたのでは?と、不信感を与えるに十分な内容だった。

一般企業であっても、一つひとつの商品の価格の内訳となるような情報を開示するコトはない。
しかし、社会全体にある「暗黙の市場価格」の様なものがあり、極端に高かったり逆に低かったりすると、「何かあるのでは?」と生活者側が判断をし買い控えをするコトができる。
電気料金に関して言えば、生活者は選択の余地がなく、半ば電力会社の言い値が電力料金となっていた。
それが大きく崩れたのが、フクシマ事故をきっかけとした一連の電力事業の実態だった。

そんな厳しい生活者の視線の中で決まった「電力料金の値上げ」。
是非とも、「値上げた内容とその結果」を決算報告書以外で、報告をして貰いたいものだ。
と言うのも、それらの情報を元に「節電できるトコロ・自然エネルギー発電の状況」というものが判ってくるはずだからだ。
特に自然エネルギーの買い取り制度が始まると同時に、電力料金への上乗せがスタートする。
自宅にソーラーパネルなどを取り付けるコトができない人たちにとって、自分が使用した電力だけではなく、自然エネルギー負担も気になるトコロだからだ。

そして先週末、いきなり自民党から「消費税増税分を公共事業に」という案が出ている、と言う新聞の報道があった。
この報道を読んで「消費税増税は、生活保障に当てられるんじゃなかった?」と、思われた方も多いのでは?
東日本大震災の被災地での公共事業は、被災地のインフラを整え、生活ができる様にする為のコトなのでそれはわかるのだが、どうやら自民党から出てきた公共事業は、旧来の「議員さんの実績作り」的な印象を受けてしまう。
一体、どんな発想を持ってその様な考えができるのか?
是非とも、その発想の元を生活者の前でプレゼンテーションをして欲しい。

元々、日本の議員さんたちはどうやら言葉が足りないようで、ここぞ!と言う時の説明不足が目立つ。
それが一つの政治不信へとなっているのでは?

東京電力を始めとする電力会社への不信感も政治不信も、どうやら説明不足・プレゼンテーション能力という点があるような気がしてならない。
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「ヒートアイランド化」は人災

2012-07-24 17:55:26 | アラカルト
昨日、新聞の真ん中に2面に渡る大きな広告が掲載されていた。
旭化成 問題
この広告に付けられていたコピーが、「暑さが人災になっている」だった。

このコピーの下にある文章を読むと「確かに、都市のヒートアイランド化は、人災かも知れない」と、感じてしまう。
なぜなら、ヒートアイランド現象は人の生活廃熱だからだ。
それだけではなく、その生活廃熱は40年ほど前にはほとんど無かったもの。
「快適さ」を求め、その「快適さの追求」が、過剰な程の生活廃熱を生み出した。
ある種の「文明の進化の弊害」とも言えるのが、「ヒートアイランド現象」なのだと言える。

しかし街中を歩くと、高くそびえるマンションが目に入る。
コンクリートでできた屈強な集合住宅には、日本家屋の様なゆとりも余裕もない。
人工的な建物には、人工的な快適さで対応するしか方法がないのかも知れない・・・そんなコトを感じさせるのだ。
アスファルトに覆われた道は、クルマで走るのにはとても便利が良い。
もちろん、歩くのだって砂利道やぬかるんだ道を歩くよりも、ずっと快適だ。
そのアスファルトの道は、玄関先まで続いている。
地面が見えるトコロなどほとんど無い、と言うのが今の都会だろう。

とすれば「ヒートアイランド現象」を減らすためには、相当の覚悟を持って「快適さ」を手放さなくてはならない。
一昔・二昔前の生活ではない。
40年近く前の生活に戻る覚悟が必要なのだ。
もちろん、タワーマンションでは無く、低層階のマンションで周囲を深い森の様な庭が必要となるだろう。
森のような庭があっても、エアコンなどを使う訳には行かない。
窓を開け放ち、風が通る様夏のしつらえをし、上手に自然の涼やかさを取り込む、生活の工夫が必要になってくる。

「忙しい」が口癖の様になっている、現代人にその工夫ができるだろうか?
「ヒートアイランドは人災」と考えると、都市で生活をする一人ひとりがよほどの覚悟、と言うか考え持って行動しなくては、止めるコトはできないと思う。
その動機付けが「節電」や「脱原発」であっても構わないと思うのだが、今の快適さを手放しても良い、と考えている人がどれだけいるのだろう?

この広告の目的は、断熱材で外からの熱を遮り・室内を快適にさせるという「建築資材」のPRだったのだが、それだけで「都市のヒートアイランド現象」は、収まるとは思えないのだ。
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発泡酒の行方

2012-07-23 21:07:39 | マーケティング
先日、サントリーが「発泡酒の撤退」を発表した。
現在、ご存じの通り「ビールおよびビールテイストのお酒」は、3種類ある。
ビール、発泡酒・第3のビールの3種類。
最近では、プレミアムビールの人気も有り一時期落ち込んだビールの人気も、少し回復傾向に有る様だ。
そして、飲酒運転の罰則が厳しくなったため、最近では「ノンアルコールビール」の人気も高い。
昨日、久しぶりに集まった友人たちとの食事会でも、私以外は自家用車で来ていたため「ノンアルコールビール」での乾杯となった。

景気回復が見えない現在、家飲みなら発泡酒よりも安い第3のビールで普段は我慢。
お給料日やボーナス支給日、嬉しいコトがあった日はプレミアムビール、と言う方も多いのでは?
その様に考えると発泡酒の市場的な位置づけというのが、とても難しい状況になってきている、と言うコトが判る。
ならば、発泡酒にこだわる必要も無いし、サントリーの場合「プレミアムビール人気」の火付け役となった「プレミアムモルツ」という、強い商品が有る。
発泡酒の撤退も、当然のコトだろう。

おそらく、今回のサントリーの発泡酒撤退に続く企業は多いと思う。
そして、人が飲みたい場面に応じた「ビール・第3のビール」という、提案がされていくのではないだろうか?
随分前に、某ビール会社が「曜日別テレビCM」と言うのを流したコトがあったが、そんな感じで、ウィークデイは発泡酒、週末にはプレミアムビールというCMが、登場する化も知れない。

ただ、財務省としては発泡酒分の税収が減り、戸惑う可能性はあると思うが。
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通信事業会社様、料金プランを見直しませんか?

2012-07-22 20:21:54 | ビジネス
毎月の様に発表される、携帯電話会社別の契約増減数。
ソフトバンクはiPhoneの取り扱いを始めてから、順調に契約を増やしている。
auが、iPhoneの取り扱いを始めても、その優位性は変わっていない。
docomoに関しては、iPhoneでは無くAndroidのみ、と言うコトが影響してか?やや「ひとり負け」状態と言われている。

今年の春~夏の新作携帯電話を見ると、圧倒的に「スマートフォン」機種になっている。
いわゆる「ガラケー」と呼ばれる、旧来のタイプの「携帯電話」は、シニア向けもしくは子ども向け程度。
時代のトレンドとしては、当然なのかも知れない。
なぜなら、スマートフォンという「手のひらサイズの情報ツール」というのは、便利だからだ。
今や「携帯電話=スマートフォン」であり、「電話」ではあるが「電話の機能」よりもPCの様な機能のほうが重要視されている、と言う感じを受けている。

もちろん、通信事業者の収益の大きな柱となっているのも「スマートフォン」だろう。
そのため「スマートフォンユーザー向けの料金プラン」の見直しがされ、定額制など次々と料金そのものの見直しがされる様になってきた。
一見すると、この料金の見直しというのは「理にかなっている」というか、当然のことの様に思われるのだが、本当にユーザーのことを考えた料金プランなのだろうか?

と言うのも、今日年に1回集まる友人たちと食事会をしたのだが、そのとき「最近の携帯(電話)って、スマートフォンばかりだけど、本当は(スマートフォンなんて)必要無いんだよね。機能としては、電話とメールで十分なんだもの」という友人が、何人もいたのだ。
「ガラケー」がないので、仕方なく「スマートフォン」に替えた、と言う友人もいた。
実は私も、スマートフォンは便利だと思うが、自分には必要のない機能ばかりで使いにくそう、と言う気がしている。
料金プランにしても「スマートフォンユーザーを意識した内容で、請求金額に似合うだけの使用はしていない」と言う。
これは、私も同じで毎月の支払い明細を見る度に「この部分は、使っていないから差し引いて欲しい・・・」と、思ってしまうのだ。

一方、「子ども携帯」と呼ばれる携帯電話ユーザー対象とおぼしき小学校高学年くらいで、スマートフォンを持っている子どもたちも実は多い。
毎月の通信費は小学生(実際は、親だと思うが)に似合う金額では無いのでは?
何となくだが、通信会社が考えているユーザー利用者像と、実際のユーザーのアンマッチングが、始まっているのでは?
既にスマートフォンが一般的になりつつある状況で、尚且つ通信会社もスマートフォン中心に考えているコトを考えると、小学生だから「スマートフォンの対象では無い」と、考えるコトもナンセンスだと思うし、おとなだから「スマートフォンユーザー」と考えるのも、意味がないと思う。
ユーザー一人ひとりが、その人の生活に合った携帯電話を選び、それに似合う料金プランが必要になりつつ有るのでは?

久しぶりに会った友人たちとの会話から、そんなコトを考えたのだった。



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