日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

デサントとワコールの提携

2018-08-30 19:27:53 | ビジネス

Yahoo!のトピックスに「デサントとワコールの提携」という日経ビジネスの記事が、取り上げられている。
日経ビジネス:スクープ デサントがワコールと提携

記事にある通り、意外な組み合わせの提携という気がするのだが、事業領域が全く重ならない訳ではない。
余り知られていないかもしれないのだが、ワコールはスポーツウェアの商品開発と販売も実は手掛けている。
ワコール:CW-X
メンズのウェアのイメージキャラクターとして起用されているのは、メジャーリーグで活躍をされていた(過去形となるのは寂しいが)イチロー選手だ。
ワコール: CW-X ICHIRO SPECIAL MOVIE (youtubeの映像につき、音声が出ます)
ただし、スポーツウェア全体というよりも、トレーニングタイツやトレーニングウェアなどに限定される、という点では、デサントと重なる部分は少ないと、言えるかもしれない。

イチロー選手の動画のインタビューを見ていて気付くことがあった。
それは「骨盤を支える」という言葉だ。
女性であれば、なんとなくお分かりだと思うのだが、ここ10年くらい女性の下着でヒットしたキーワードの一つが「骨盤」だった。
「骨盤」をシッカリ支えることで、体の動きがスムーズになり、下半身太りのダイエットにつながる、ということで、今や通販の女性下着の中では「骨盤サポート」関連商品は、定番となりつつある。
そしてこのような発想は、スポーツメーカーには無いものかもしれない。

それだけではなく、ワコールは人の体を3Dで分析(というのか?)した年代別データ(主に女性)を持っている。
もちろん、女性の下着の開発の為に集められたデータなのだが、このような人の肉体の変化のデータというのは、デサント側にとって魅力的だったのではないだろうか?
デサントのように、スポーツ選手と直接契約をし選手個々の体形や筋肉の付き方に合わせた「アスリートモデル」を作る為のデータは、蓄積されているはずだ。
しかし、市井のスポーツ愛好家となると、そのようなデータはほとんど持ってはいないだろう。
スポーツ愛好家の体の3Dデータでなくても、一般生活者の世代別データがあるだけでも、スポーツウェア開発には大きなメリットとなるのでは?

もちろん、ワコール側にとっても今現在シニア女性向けに通販で販売をしているカジュアルウェアなどに、スポーツウェアだけではなくシューズなどを商品ラインナップとして加えることができるはずだ。
何故なら、今の日本のスポーツ人口の中心世代は、中高年だからだ。
ジョギングのようなスポーツは、デサントが得意とする分野だろうし、逆にヨガやピラティスなどはワコールが得意とする分野だろう。

ビジネス展開をする上でアジアに強いデサント、欧州で人気のワコールという視点だけではなく、それぞれの企業が持っている「モノ・コト」に注目してみると、「違う提携理由」も見えてくるのではないだろうか?




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事業の強みを考えると、意外な市場を創ることができる?

2018-08-29 22:26:59 | ビジネス

今や、文具店はもちろん、バラエティーショップや100円ショップにまで置いてある商品の一つと言えば「マスキングテープ」だろう。
可愛らしい絵柄から、モダンでポップな絵柄、和風の絵柄など、様々な絵柄のマスキングテープが販売されている。
その「マスキングテープ」を創り出した企業の創業時は、まったく違う商品を作っていたという記事が、朝日新聞に掲載されていた。
朝日新聞:マスキングテープ、原点はハエ取り紙 業務用から変身

有料会員記事なので、全文を読むことはできないのだが、マスキングテープを作っている企業の創業が、ハエ取り紙を作っていたとは知らなかった。
今では、ほとんど見ることが無い(と思われる)ハエ取り紙だが、私が子供の頃は鮮魚店や八百屋さんなどの店先には、ハエ取り紙が天井からぶら下がっていたりした。
田舎の祖父母の家でも、ハエ取り紙が天井からぶら下がっていた様な記憶がある。
それが、殺虫剤の普及で姿を消したのは、時代の変化だろう。

しかし、そのハエ取り紙を作っていた企業は、ハエ取り紙の技術を使って、養生テープの一つである「業務用のマスキングテープ」を製造していたという。
確かに養生用のテープというのは、貼った後剥がすことが目的で使われるテープだ。
ハエ取りとしての接着力(もちろん、ハエを呼ぶ為の香なども必要だと思われるが)は必要だが、人にペタリと張り付いては問題がある。
定期的に取り替えるときにも、薬剤が手にベッタリとつくのも困る。
そこそこの粘着力は必要だが、剥がしやすさも重要なポイント、ということになるだろう。
(その点では、3Mの「ポストイット」と同じかもしれない)。

その技術があったからこそ、ハエ取り紙から業務用のマスキングテープへと作るものを変えることができたのだと思う。
とはいうものの、業務用だけでは市場が拡がらない。
そこで、テープそのものに絵柄を印刷し、業務用ではない市場を創り出したのが、今若い女性を中心に人気となっている「マスキングテープ」ということになる。

今、日本の中小零細企業の多くが、廃業の危機にさらされている、といわれている。
後継者不足という問題も大きいのだが、後継者を育てる過程で「事業の強み」という分析など、大企業が当たり前にやっている(はず)のことが、できていないのでは?という、気がすることがある。

「マスキングテープ」は、偶然のヒットのように見えるかもしれないが、ヒットするような工夫があってのヒットなのだと思う。
その工夫ができたのは、自社製品の強みが分かっていたからではないだろうか?




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さくらももこさんの訃報とがん検診

2018-08-28 19:22:41 | 徒然

週明け、著名な方々の訃報が続いた。
アメリカの劇作家・ニール・サイモン氏や舞踏家のリンゼイ・ケンプの訃報は、確かにショックなことではあったが、それよりも大きなショックだったのは、漫画家のさくらももこさんの訃報だった。

年齢もまだ53歳と若く、さくらさんの出身地の静岡新聞などには、8月上旬にさくらさんが「まる子ちゃんのマンホール」などの提案・寄贈というニュースが掲載されていた。
静岡新聞:静岡の「まる子」マンホール さくらさんが市に提案(8月4日付)
     「まる子」マンホール、静岡市内に2カ所 さくらさん寄贈(8月8日付)

著名な方が、がんで急逝されると「検診」の問題が取り上げられることが多くなる。
自治体で行っている「肺がん」の検査を3回も受けながら、見落とされ亡くなられた方がいた、というニュースもあった。
LivedoorNews:肺がん検診で3度見落とし女性死亡 自治体の格安検査の粗雑さ
このようなニュースを聞くと、「がん検診など受けても、無駄」と感じられる方も多いと思う。
さくらさんの訃報を受け、「検査でも見つからないがんがある?」という記事も出ている。
AERA dot.:さくらももこさん乳がんで死去 検査でも見つけられないがんもある?

おそらくAERA(というよりも、週刊朝日か?)の記事でいう「検査でも見つけられないがん」というのは、乳がんを想定しているのであれば「高濃度乳房」と呼ばれるタイプの乳房による、検査の難しさを指しているのでは?と思われる。
欧米の女性の乳房は脂肪が多いのに対して、日本人をはじめとするアジア系の女性の乳房は「乳腺が密で、脂肪が少ない」といわれている。
分かり易く言うと欧米の女性は「やわらかな乳房」で、日本人をはじめとするアジア系の女性は「張りのある乳房」が多いということなのだ。
そのため、日本女性の場合、乳がん検診で行われる「マンモグラフィー検査」では、乳房の陰影が真っ白になってしまい、乳がんの初期である「石灰化」を見つけにくい、という特徴がある。
だからといって、「検診を受けるのは無駄」というわけではない。
乳がん検診場合、学会が認定した基準をクリアした①病院②画像診断医③画像を撮影する技術者を公表している。
このような基準をクリアした機関で、検診を受けるということが、一番重要なのだ。

そして、亡くなられた肺がんの見落としについてだが、元々自治体が行う「集団検診」の中で「胸部レントゲン」は、「肺がん」ではなく「結核」を対象として始まったものだった、と記憶している。
とすれば、集団検診で疑問を感じた時には、専門医の検診を受ける、ということも重要なのだと思う。
国立がんセンター がん情報サービス:がん検診 一般向けリーフレット (各がんのガイドラインリーフレットがpdfファイルで見られる)

何より生活者の多くが、このような情報にアクセスできない、という現実が一番問題なのかもしれない。

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「感動ポルノ」と同調圧力

2018-08-27 19:27:57 | 徒然

あくまでも個人的なことなのだが、やっと「8月最終週末が終わった」という気がしている、週明けだ。

ご存じのように、8月最終の週末には「24時間テレビ」がある。
テレビが無い我が家では、関係が無いはずなのだが、近所のスーパーには「24時間テレビを応援しています」という趣旨の広告が目に付き、買い物をした商品をレジ袋に詰め替えるテーブルには、募金箱が置かれ「募金をしましょ」と、訴えかけている。
これでテレビを視聴したら、嫌でも「募金をしなくては!」という、気になるだろうな~と、感じている。

そして同じ週末、名古屋では「にっぽんど真ん中祭り(通称「ど祭り」)」が開催される。
ソーラン祭りとよさこい祭りが合体したような、パフォーマンスを特設舞台でチームごとに競う、というお祭りイベントなのだが、参加される方々はもちろん、お祭りを見に行かれる方も「感動する」というお祭りらしい。
いうなれば、8月最終の週末の名古屋は「感動の嵐が吹きまくっている」という、状況なのだ。

ただ、このような「感動するでしょ!」的イベントが苦手で、なるべくなら参加はもちろん、見たくないと思っている。
一言で言うなら「感動しない」ことを、否定されているような気がするからだろう。
もう少し違う言葉で言うなら、「感動の同調圧力を受けたくない」ということになるかもしれない。

一昨年からだと思うのだが、NHK・E-テレの「バリバラ」が、「24時間テレビ」に対抗する放送をしている。
NHKE-テレ:バリバラ「障害者はテレビを救う」
今年は、アニメ映画「聲の形」を「24時間テレビ」の開始時間後に放映するなど、昨年の「バリバラ」とはやや攻め方を変えてきた。
NHKのE-テレでこのようなアニメ映画が放映される、ということは過去になかったように思う。
今回の「聲の形」を「バリバラ枠」として考えてよいのか分からないが、「聴覚障害」や「いじめ」というテーマを軸にした作品であると考えると、「24時間テレビの感動」とは違う「感動」を与えることになったのではないだろうか?

それは「感動」は、とても個人的なものである、ということなのでは?
「どまつり」や「24時間テレビ」で感動するのは構わないが、「どうだ!感動的だろう」という雰囲気の中で感じる「同調圧力」は、ごめんなさい、なのだ。
「募金」をすることが嫌なわけではない。
ただ「募金先」の選択肢は、自分で決めたいし、タレントさんがこの酷暑に走り続ける姿を見せられても「大変だな~」と思うだけで、「感動」はしない。そして「感動しない」ことに対して、「感動的でしょ!」という演出をされると、困ってしまう。

もうそろそろ、「感動の同調圧力」から解放して欲しい、と感じているのは私だけなのか?と、思う週末だった。

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「思い込み」という思考停止

2018-08-25 20:33:57 | アラカルト

ネットニュースのサイトの一つ、Buzz Feedに「思い込み」という思考停止のような記事があった。
Buzz Feed News:「白の下着はすけない」って本当? 下着屋さんが言わずにいられなかったこと

この記事の発端となったのは、校則の中に「下着の色は、白」と決められている学校がある、ということが始まりだったようだ。
そして、実際に下着を販売する方が「白の下着は、透けないのか?」という、実験(というほどではないが)をした結果をtweetしたことが、話題になっている、という。
実験をした写真を見ると、「白だから透けない」のではなく、「白だから透ける」という結果になっている。
下着の色を指定している校則の学校側は、今頃アタフタしているかもしれない。

随分前になるのだが、ユニクロの「エアリズム」のメンズ下着が話題になり、大ヒットしたことがあった。
話題の理由は、Vネックのベージュ色のエアリズムだと透けない、だった。
20年位前だろうか?Yシャツの下にTシャツ(丸首の下着)を着ると、Tシャツが透けて見えて、その姿がカッコ悪い、といわれていたことがあった。
本来であれば、肌に直接Yシャツを着るよりも、下着を着てYシャツを着たほうが、衛生面や汗対策としても良い、という指摘があったのだが、見た目「カッコ悪い」というイメージから、夏場は下着を着ずにYシャツを着る男性も多かった(らしい)。
ところが、ユニクロの「エアリズム」のVネックのベージュ色の下着は、直接Yシャツを着るよりも心地よく、下着が透けない、と話題になり、大ヒットしたのだった。
おそらく、その頃から「白の下着よりもベージュなどの色のほうが、透けない」という認識は、拡がりつつあったのだと思うのだが、校則には反映されていなかったようだ。

実際、下着売り場などを見てみると、女性用下着で一番多い色はベージュのような気がする。
その次に多いのは、黒やグレーといったダークカラーかピンク、あるいはピーチだろうか?
むしろ「白色」というのは、少なくなりつつあるような印象がある。

では、何故「白は透けない」ということになってしまったのか?ということを考える必要があると思う。
実際には「透けやすい色」であるにもかかわらず、「透けない色」という思い込みは、一体どこからきたのか?
着物の下着となる肌襦袢などは、確かに「白」ばかりだ。
だが、それは今現在であって、かつては古くなった着物をほどいて、襦袢にしていた、という話も聞いたことがある。何より、着物の場合肌襦袢の上には、長襦袢を着、その上に着物を着る(だから、夏場は暑くてたまらない)。
夏場の着物といえば、浴衣ということになると思うが、その浴衣でも「藍は外出でも大丈夫だが、白は家で着る」といわれていた(と、記憶している)。
そう考えると、「白=透けない」の思い込みは、まったく違うところから始まったのでは?ということになりそうだ。

この「下着の色指定」という校則そのものが、トンデモナイ校則だと思うのだが、トンデモナイ校則となった「思い込み」という思考停止こそ、一番問題のような気がする。
そしてトンデモナイ校則を揶揄するのではなく、自分の中にも「思い込み」という思考停止はあるのでは?と、疑ってみることが必要かもしれない。

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ロングセラーには、わけがある

2018-08-24 21:33:39 | ビジネス

今年の朝ドラの後期は「まんぷく」だ。
ご存じの方も多いと思うのだが、主人公となる女性は「日清食品」の創業者安藤百福さんの奥様が、モデルとなっている。
そして、今年は日清食品が「即席めん」を発売してから、60年になるという。
今や日本の国民食、どころか世界各国で食べられる食品といっても過言ではないだろう。

今日の日経新聞に、その「即席めん」について、面白い記事があった。
日経新聞:即席麺1000億食の攻防

まず目を引くのは、「ロングセラーは10年周期」という言葉だろう。
60年という長い月日の間には、ある一定のサイクルで新商品などが登場する、という。
とはいうものの、厳密には10年周期ではないような気がするのだが、今でも人気のある「袋入り即席めん」の多くは、1960年代に発売されている。
これらのロングセラー商品の牙城(というべきか?)を崩したのは、東洋水産の「正麺」シリーズだと思う。
この「正麺」シリーズの前にも、やや割高感はあるが、ノンフライ麺で「家庭で本格的中華麺」と人気のあった明星食品「中華三昧」のシリーズだったように思う。

それでも、1960年代に発売された「即席めん」がいつの時代でも人気がある、というのはとても興味深い。
おそらく、地味に生活者が分からないような、スープや麺の味を変え続けているのだろう。
だからこそ、発売当時を知っている親から子へ、孫へと「即席めん」の味が、伝わってきたのだと思う。
それだけではなく、様々な思い出も一緒に引き継がれていっているように思うのだ。
それは「カップ麺」についても、同じことが言えるのではないだろうか?

もちろん、世界1000億食/年という数字の中には、日本国内の消費だけではないので、カップ麺などの場合は「かやく」と呼ばれる具材にも、販売をする国の宗教や文化などを考慮したものになっているはずだ。
逆に言えば、そのような販売をする国の宗教や文化などを考慮し尊重したからこそ、年間1000億食という膨大な数の「即席めん」が、世界中で食べられ続けているのだろう。

そして意外なことに「袋麺」の人気ランキングに、ハウス食品の「うまかっちゃん 九州の味(5袋)」が入っている。
元々「うまかっちゃん 九州の味」は、九州限定で発売された商品で、丁度「博多ラーメン人気」と共に、全国で販売されるようになった商品(だったと記憶している)。
このような「地域限定」の味もまた、ブームに乗った商品ではない理由があるとすれば、「郷愁」ということになるのかもしれない。

「即席めん」そのものが、生活者にとって「食べ物」というだけではない「暮らしの中」にある商品だからこそ、ロングセラーになり続けることができたのだろうし、「暮らしの中」にあったからこそ「即席めんと思い出」が結びつくことができたのだろう。
もちろん、いつの時代でもどのような国であっても「美味しい」からこそのロングセラーなのは、言うまでもないと思う。

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日本の夜は、つまらない? それが何か?!

2018-08-23 19:27:33 | ビジネス

拙ブログで時々テーマとして取り上げさせていただいている、日経のCOMEMO。
COMEMOに、インバンド政策として「日本の夜は、つまらない」と海外からの観光客が感じている、というレポートがあった。
日経新聞 COMEMO:日本の夜は、つまらない!? 政府はどう考えているの?

この記事を読むと、「アジア、欧米問わず、日本に来る観光客の多くは、夜がつまらない」と感じているので、夜間に行われるスポーツ観戦、ライブイベントなどのチケットが取りやすいなどの施策が必要」ということを政府が考えているようだ。

夜に行われるスポーツ観戦となると、プロ野球かJリーグということになるだろう。
もちろん、フィギュアスケートなどシーズンが始まれば、観戦したい!という観光客も少なくないとは思うのだが、ほぼ通年で楽しめるスポーツ観戦となると、プロ野球かJリーグくらいしか思い浮かばない。
そのプロ野球やJリーグが、メジャーリーグや欧州のクラブチームのような世界的人気を誇っているのか?というと、疑問を感じるところがある。

海外からの観光客が「日本の夜を楽しみたい」と思っていることは、政府が考えているようなことなのだろうか?
ディズニーランドやUSJのような、テーマパークはアジアからの観光客からは人気となっており、実際来場者も多いと思う。
このようなテーマパークにやってくる海外からの観光客は、パッケージツアーなどが多いのかもしれないが、個人旅行者を考えるのであれば、例えばホテルのコンシェルジュサービスなどを利用して、チケットを購入するということになると思う。
そのような情報が、十分伝わっていないとすれば、ホテルとテーマパークの運営会社との間で、改善の余地ありだと思うのだが、テーマパーク目的ではない人たちの「(日本の)夜がつまらない」という問題の解決にはならないだろう。
何より、このような施策は地方では通用しないのではないだろうか?

随分前からだが、「名古屋の夜は早い」といわれている。
深夜遅くまで営業している飲食店が、少ないので夜の12時を過ぎると歓楽街が寂しくなる、ということから言われていることだ。
今では、随分変わったと思うのだが、地方の場合名古屋の比ではないと思うのだ。
であれば、いっそのこと開き直ってはどうだろう?
「開き直る」というと、表現があまり良くないと思うのだが、そもそも「夜は暗く、にぎやかではない」のが当たり前なのだ。

例えば、夏のお盆の頃なら「怪談話ツアー」はどうだろう?
今年のお盆休みで帰省した時、実家の墓がある松江の「月照寺」では、お盆の間、夜、燈篭に灯りを入れ散策する、というニュースがあった。
この「月照寺」は、小泉八雲の「怪談」にも登場したことがあるお寺で、周囲には鬱蒼と茂った木々が取り囲んでいる。
懐中電灯ではなく、燈篭の灯りを頼りに境内を歩く、というのはなかなか経験できないことだと思うのだ。
これからの季節であれば「観月会」や「星を眺める会」なども考えられるだろう。
温泉地なら、「提灯を持って温泉巡り」などというのも一興だろう。
民話が数多くある所なら「囲炉裏端で民話を語り・聞かせる(多言語のガイドブックを用意する必要はあると思うが)」ということも、できるかもしれない。
何も、ライブやスポーツ観戦のような華やか?なイベントだけが、「夜を楽しむ」ことではないと思うのだ。

観光旅行に訪れる目的は、何だろう?と考えた時、その土地ならではの文化や風土、景色を楽しむということがあるのではないだろうか?
そう考えた時、都会的な華やかな夜の過ごし方に注目するのではなく、その地域にあった「夜の過ごし方」の提案があっても良いのではないだろうか?

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Instagramは、新しい「旅行ガイドブック」?

2018-08-21 20:35:30 | ビジネス

今朝、FMを聞いていたら「Instagramを見て、観光に訪れる海外からの旅行者が増えている」という、話しを聞いた。
一瞬「エ!」と思ったのだが、確かにInstagramそのものは、ビジュアルとしてのアピール力は高い。
書店などで販売している、旅行のガイドブックのように文字が中心だと、その場の雰囲気などを感じるのは難しいし、イメージもしにくい。
ガイドブックを読んで、イメージを膨らませたが、現地に行ってガッカリした、という経験のある方もいらっしゃるだろう。
そう考えると、Instagramは新しい旅行のガイドブックとなりえるかもしれない・・・などと、考えながら話しを聞いていた。

そうなると、似たような高層ビルが立ち並ぶ都会よりも、風光明媚で変化がある地方のほうが、「インスタ映え」するかもしれない。
実際、海外からの観光客のうち「爆買い」などが目的の旅行客は別にして、意外な場所で海外からの旅行者を見かけることが多くなった気がする。
今回帰省した時も、一緒の高速バスに欧米から?と思われる海外からのひと家族と一緒になった。
実家のある米子は、これといった観光となるモノがあるとは思えず、どうしてだろう?という疑問があったが、米子を観光のゲートウェイとして山陰各地を旅行するには、便利かもしれない!?という気もしたのだった。

「旅行」に対して、日本人と欧米の国々の人たちとでは、やや違う価値観を持っているのかもしれない。
「異文化の体験」という点では同じかもしれないが、文化的なモノを限られた時間で数多く体験したい、という日本人の感覚と、生活や風景など日本独特の昔ながらの文化を、時間をかけのんびりその土地の人たちと出会いながら体験したい、という感覚の違いなのだろうか?と感じている。

Instagramの強みは、上述した通り「言語」に頼らず、ビジュアルで訴求することができる、という強みがある。
それだけではなく「今」という時間の切り取りが、Instagramにはある。
情報としてのスピード感は、文字のガイドブックの比ではないはずだ。
何より、Instagramはプロではなく旅行者自身が、経験した映像という点では「画像付きの口コミサイト」と、考えても良いかもしれない。

インバウンドが盛んに言われる中、地方では「インバウンドといっても、そんな観光資源となるモノはない」と思い込んでいる部分もあると思う。
しかし、欧米からの観光客は、都会の似たような風景を見たいわけではないし、爆買いをしたいわけでもない。
自分たちの知らない風景や文化を知りたいのだ。
とすれば、Instagramを活用することは、少ない費用でできる観光アピールかもしれない。








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ヘルスケアデータと教育

2018-08-20 20:58:51 | 徒然

日経新聞のコラム・COMEMOに、問題提議をしているコラムがあった。
日経新聞COMEMO:ヘルスケアデータは誰のもの

日本の医療の現場でも、電子カルテなどが普及し患者の病歴(というか通院歴)のデータベース化が進んでいる。
私が通う病院でも、担当主治医の隣にはカルテの入力をする女性がいる。
もちろん、クリニックとか診療所と呼ばれる医療施設の中には、今だに手書きのカルテかもしれないが、これからは電子カルテが一般的になってくるだろう。

今年の春ごろだっただろうか?マイナンバーカードと健康保険証の一体化というニュースもあった。
Huffpost:医療分野における個人IDの導入で、何が便利になるの?

確かに、自分の病歴や通院歴を管理したい、という気持ちは良く分かる。
良く分かるどころか、私自身は自分である程度管理をしたいと思っている。
だが、その前に考えてしまうことのほうが多いのも事実なのだ。

今年、大学病院を中心に「ゲノム医療の拠点病院」が、選定された。
この拠点病院に続き、連携病院も選定されている。
米国では、個人の健康管理を目的として「ゲノム医療」を推進している。
オバマさんが大統領だったころに決まった「精密化医療」が、それである。
当然、投入される予算も膨大な額なのだが、投入される予算の5%程度(だったと思う)は「法律や教育」などの整備にあてられる、といわれている。
何故なら、「ゲノム(遺伝子情報)」は究極の個人情報だからだ。
もしゲノム解析の結果によって、個人が就職や保険への加入などで、不利益を被らない為であり、社会的差別を受けないようにするためである。
もちろん、ゲノム情報が流出しないようにするための、高度なセキュリティーが求められるのは、当然のことだろう。

しかし、日本の場合はどうなのだろう?と、疑問と不安を持ってしまうのだ。
「病歴や通院歴」が分かることで、不利益を被ることは十二分にある。
就職などでの社会的差別、ということだってあるはずだ。
そう考えると、マイナンバーカードと健康保険証の一体化には、大きな不安がある。

と同時に、「ゲノム」をはじめとする「生命学」のような学問の教育は、一体どうなっているのだろうか?という懸念もあるのだ。
ここ1,2年で「がんに関する医療」は、大きく変わってきている。
上述した「ゲノム医療の拠点病院」が選定されたように、医療の中心が「ゲノムレベルでの治療」に変わりつつあるからだ。
しかし、多くの生活者にとって「ゲノムって何?」という、状態だと思う。
「ゲノムが、究極の個人情報である」だと分かっていても、その詳しい内容については分からない、という生活者のほうが多いのではないだろうか?
だからこそ、中途半端な知識や情報によって、心無い差別が起きる可能性が高いのだ。

あくまでも個人的な考えなのだが、医療のデータベース化と並行して「医療を学ぶ」ことが重要なのではないだろうか?
そのための予算はどうなっているのか?
中学・高校での教育機会をどうするのか?
そのことも、一緒になって考える必要があると思う。

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「道の駅」と廃線駅舎

2018-08-18 22:28:26 | アラカルト

昨日、名古屋へ戻ってきた。
今年の猛暑も一休み(できればこのまま、秋に向かって欲しいものだが)、という感じの涼やかな日の週末だ。

今回の帰省では、往復高速バス+近鉄を利用した。
理由は、先月の西日本を襲った豪雨の為、利用する伯備線の復旧目途が、なかなかわからなかったからだ。
今月1日に復旧したようだが、帰省の為の切符の手配などをする人は、先月の20日くらいまでにしなくては、乗り継ぎで新幹線を利用する人などは予約ができなくなるためだろう、利用した往復の高速バスは随分混んでいた。

高速バスに揺られながら、フッと高速道路の下を走る国道を見て気づいたことがある。
まるで伯備線に沿うかのように、国道があったからだ。
そして、人影もない寂しい駅舎の前を多くの車が往来していた。
その光景を見て、廃線の駅舎を道の駅として、利用できないのだろうか?と、思ったのだ。

伯備線は、山陽と山陰を結ぶ路線なので、廃線になるということはあまり考えられないのだが、廃線になってしまった「三江線」のようなところの駅舎を、「道の駅」として活用する、というのも一つの地域活性化のアイディアでは?と、思ったのだ。
というのも、廃線となった駅舎であれば、「道の駅」を新築する必要はない。
それなりの駐車スペースもあり、場合によっては水道やガスなど光熱設備も整っているはずだ。
何より、元々「駅舎」はその地域の「玄関」だったはずだ。
地元の人たちからすれば、とても親しみのある場所、ということになる。

廃線となると、その地域全体が寂れてしまう可能性が高くなってしまうが、駅舎という場所を利用して「物販を含めた地域外の人達との交流場所」という活用ができれば、それなりの地域の活性化にも結びつくのでは、ないだろうか?
それだけではなく、廃線となった線路を活用して「足漕ぎトロッコ」などをイベントで走らせてみたり、あるいは「秘境、廃線ウォーキング」などを企画し、その集合場所を駅舎にすれば、集まりやすいのでは?

一度廃線になってしまったら、再び列車を走らせることは難しいだろう。
であれば、廃線となった路線や駅舎などを、いかに活用をして地域の活力を維持して行くのか?ということを、考える必要があると思う。
その一つのアイディアとして、廃線と並行するようにある道路があれば、廃線となった駅舎を「道の駅」のような方法で、物販だけではなく「地域の玄関」として、様々なイベントの起点として活用する、ということを考えることが大切なのでは?

高速バスの車窓から景色を眺めながら、そんなコトを考え名古屋へ帰ってきたのだった。



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