日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

いまだに「気合と根性」でオリ・パラ開催を目指すのは何故?

2021-05-06 18:36:27 | スポーツ

このGW中に「いまだに、気合と根性でオリ・パラが、開催できる」と、信じている人がいるのだな~と、驚いた。
産経新聞:安倍前首相、東京五輪「オールジャパンで対応すれば開催できる」

掲載しているのが産経新聞なので、おそらく安倍前首相の言葉は本当だろう。
そして「オールジャパンで対応すれば開催できる」という趣旨の記事を見た時、いまだに「気合と根性で乗り切れる」という発想なのか?!と、唖然とした。

おそらくこの発言は、その前にあった菅首相の「オリ・パラ開催時には、休んでいる看護師の方々に協力してもらえば、500人位は集まると考えている」という趣旨の発言をしたコトを受けての話だろう。
オリ・パラに関する医療者の協力というのは、このほかにもスポーツドクター200人のボランティア要請、という話もあった。
そのような経緯があったからこそ、安倍前首相の口から「オールジャパン」という言葉が出たのだと思う。

それにしても、いつの頃から日本の政治家は「第二次世界大戦末期のような思考」に、なってしまったのだろう?
今日本の政治を動かしている人たちの言葉は、「欲しがりません、勝つまでは」に近いような気がしている。
とにかく具体的な手立てを示すことなく、昨年から一貫して口にしている言葉は「自粛のお願い」だ。
やっとワクチンの話も出てきているが、何故か?国産ワクチン製造を推し進めるような事も無いまま、海外の製薬メーカーのワクチンを輸入する事になっている。
そして、ワクチン接種に関しては、各自治体に丸投げ状態だ。

元々基礎研究に強みを持つ日本であれば、製薬会社の垣根を超えた体制で「国産ワクチン」の製造を目指すと同時に「治療薬」の研究開発に資金提供をしたほうが、遥かに有益だったと思うのだ。
それを「Go To キャンペーン」に1兆を超える予算をつけ、「新型コロナ」の感染拡大を推進してしまった。

どう考えても、今政府が積極的に予算を投入すべきは、医療現場と医薬品産業のはずだ。
にもかかわらず、国民に向け発せられる言葉は「良心的社会行動」と「気合と根性」のような印象を受ける。
しかし、その「良心的社会行動」と「気合と根性」も、1年続けば我慢の限界を超えてしまうし、政府の失策が続けば、政府に対する信頼は無くなっていく。

そもそも、「仕事をしていない看護師が、数多くいる」ということと、「オリ・パラでボランティア活動ができる看護師が、数多くいる」は、同じ意味ではない。
深く考えなくても分かりそうなことを、首相たる人物が分からない、ということが不思議なのだ。
周囲にいるはずの官僚の方々も、そのことに気づかなかった、ということだろうか?

これらの発言から感じ取れるのは、「国民の事など考えてはいない」ということだろう。
そして開催にこだわる理由があるとすれば、「自分がオリ・パラを開催した時の首相である」という、自己満足のような気がしてくるのだ。




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我慢できなくなった人達、それでも我慢したGW

2021-05-05 18:27:19 | 徒然

今日でGWが終わる。
一昨年までは、今日のニュースのトップは「成田空港では、GWを海外で過ごした人たちで混みあっています」というリポーターの報告からだった。
それが、昨年からは「新型コロナウイルス感染拡大防止のため、緊急事態宣言が発令されたGW。混雑しあう駅などは閑散としています」という内容に変ってしまったようだ。

とはいうものの、昨年と大きな違いは「緊急事態宣言」が発令されても、「1年以上外出を控えてきたが、もう我慢の限界」という気持ちが勝り、近隣の観光地へと出かけた人達が多かった、ということだろう。
特に、お天気が良かった一昨日・昨日などはBBQなどを近くの公園や河原(もちろん「火器使用可」の場所)で楽しんだ人達も多かったのではないだろうか?

「緊急事態宣言」発令直後であったため、予定されていた野外音楽フェスを中止することができなかった為、約1万人の人たちが集まり、地元の人たちを困惑させた、という記事もあった。
もちろん、主催者側は万全の対策を取り開催にこぎつけた訳だが、人が集まれば自然に「3密」が形成されるようになり、それを地元の人たちは懸念している、ということになる。

昨年であれば、このような野外音楽フェスなどの開催があれば、主催者側は当然参加人たちに対しても、相当厳しいコトがいわれたはずだ。厳しいコトというよりも「糾弾された」と言ったほうが良いと思うほど、世間の目は厳しかったはずだ。
それが、昨年ほどではない、という理由はいくつかあるはずだが、一番の要因は「東京オリンピック・パラリンピック」の開催に向け、東京都だけではなく政府が突き進んでいるからだろう。

愛媛県だったと思うのだが、「新型コロナ」の感染拡大で「聖火リレー」を止む無く中止をしたり、規模を縮小して開催、予定していたタレントや俳優の辞退が続く中でも、「聖火リレー」は進んでいる。
このような状況であれば、多くの市民は「オリ・パラをする気なんだから、自分たちだけが『不急不要』の我慢をするのが、バカバカしい」と感じても仕方ないのかもしれない。

他にも「感染防止」の本丸である厚労省職員が、大人数で歓送迎会をしていた、などのニュースは「これまで我慢してきたのは、何だったの?」という気持ちにさせるには十分だったはずだ。
人の気持ちというのは、「あの人がOKで、自分が✖という理由が分からない」と感じた時、「我慢の限界」を簡単に超えてしまうのだ。

それでも多くの人たちは、「我慢をしたGW」だったと思う。
その「我慢の限界にきているGW」だったのでは、ないだろうか?
だからこそ、オリ・パラ開催の為に「根性論」や「気合で乗り切る」的な政治家や関係者の発言は、生活者の心に響かないし、共感も得られないのだ。
この1年で、生活者の意識が大きく変ったのにもかからず、政治家の意識は変わっていない、そんなコトを実感したGWだった。


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Amazonが、衣料品販売のトップシェアであった、という事実

2021-05-02 21:05:35 | ビジネス

タイトルの「Amazonが衣料売でトップシェアを獲った」というのは、実はアメリカでの話だ。
WWD Japan:アマゾンが衣料品販売で「全米トップシェア」の衝撃

世界的に「新型コロナ」の感染拡大する前から、アメリカのアパレル販売に関して厳しい状況が続いていた。
だが、大手衣料品販売店が相次いで破たんしたのは、昨年の春頃のことだった。
時事通信社:米小売り、コロナで深まる苦境 破綻続く恐れも

米国では、衣料品のJクルーが昨年春に破綻し、百貨店のニーマン・マーカスグループやJCペニーなどが破産申告の準備に入っている、と言われていた。
日本と米国の百貨店の大きな違いは、日本の百貨店がその名の通り「百貨=食品から家具、衣料品に至るまで様々な商品を扱っている」のに対して、米国の百貨店は衣料品などのアパレル関連商品が中心で、食品などの取扱がほとんどない、という点だろう。
その衣料品の売り上げが、「新型コロナ」の感染拡大によって決定的な落ち込みとなってしまった、ということだ。

もちろん、日本の百貨店でも婦人服などの売り上げが百貨店の収益を左右する、と言っても過言ではないのだが、その一方で「デパ地下」という言葉があるように、「百貨店グルメ」という独特な市場を創り出してきたのが、日本の百貨店でもある。

日本と米国とでは、アパレル商品の売り場となる場所が違っている、ということもあるだろうし、元々米国では通販で買い物をする、という行為自体は昔からあった。
百貨店のメイシーズなどは、通販が事業の始まりだったということ知れば、米国における通販の歴史の長さが分かるだろう(JCペニー同様、メイシーズも実店舗は苦戦を強いられているのが、現状だ)。
そのような「買い物文化」の違いと今回の「新型コロナ」の感染拡大により、Amazonで商品を購入する人が増え、特にアパレル商品においては、全米でのシェアがトップになった、ということなのだ。

日本では、以前からアパレルを中心とした通販会社のサイトがあり、平行してカタログなどを顧客に提供し、オリジナル商品の開発などに力を入れてきた、ということもあり、米国のようなAmazon一人勝ちのような状況にはなってはいないが、百貨店という実店舗での売り上げが著しく落ち込んでいることとには、変わりない。
それだけではなく、「バブル経済崩壊後」から日本の百貨店は売り上げが回復している、と言えない状況が続いている。
代わりに伸びてきたのが、イオンモールやららぽーとのような買い物だけではなく、遊びの部分もある郊外型ショッピングモールだ。
「家族で1日安価に過ごせる場所」として、人気があるのだ。

上述したように、米国と日本とでは生活者と小売店の関係が違う。
そのため、アパレル関連の売り上げでAmazonがトップシェアを勝ち獲るとは思えないのだが、Amazonが生活者に支持された結果として、日本の通販サイトなどは危機感とサイト運営など分析する必要がある、ということだと思うのだ。

 

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「100均ショップ」が変わろうとしている

2021-05-01 19:59:23 | ビジネス

ファッション専門誌・WWDJapanのサイトに、少し驚くような記事があった。
WWDJapan:ダイソーがフランス製ネイル2ブランドを展開 ジェルネイル風の豊富な86色や除光液不要のネイル

ダイソーというのは、100均ショップの先駆けとなった大創のことだ。
これまでダイソーをはじめ、100均ショップを展開している企業の多くは、オリジナル商品の開発をし製造は中国やアジア諸国の新興国で行ってきた。
新興国で製造する理由は、ご存じの通り「人件費が安い」からだ。
もちろん、日本国内で製造されている文具などもあるが、ほとんどの商品は新興国で生産されている。
「100均」で商品が提供できるのは、そのような「人件費」が安いところで製造しているからなのだ。

それが「フランス製のネイルを販売する」というニュースは、驚きと共に意外な印象を持ってしまう。
確かにダイソーは今年に入ってから「100均ショップ」ではない、新しい業態の小売店の展開を始めた。
ダイソー:新業態「Standard Products」オープンのお知らせ

この新業態のショップが開店した時には、「無印良品そっくり」等と言われた。
価格的には、もちろん無印良品よりも安価とはなるが、既に「3Coins」という「300円均一ショップ」やデンマークの雑貨店「フライングタイガーコペンハーゲン」が、ライバルショップということになるだろう。

確かに「シンプルな商品」をコンセプトに展開をする、という点では「無印良品」に近い気がするのだが、今回のフランス製のカラフルなネイルを取り扱うということを考えると、「フライングタイガーコペンハーゲン」に近いような気がする。
何故なら「フライングタイガーコペンハーゲン」の主な客層は、高校生~大学生、OLという若い層だ。
そしてオシャレにも敏感で、カワイイ・カラフルと言ったココロがウキウキするようなコトが、大好きな層でもある。
とは言っても、お金をかけるわけにはいかないので、価格が手ごろで様々な商品が気軽に楽しめる、ということが購入の動機となる場合が多い。

これまでの「100均ショップ」では、取扱商品そのものは多い反面客層を絞るという点では、難しかったはずだ。
それは他の「100均ショップ」でも同じなのだが、他社に比べ「様々な客層に対応できる品ぞろえ」という点が、ダイソーの強みだったように思う。
そのような客層はダイソーにとって大切な客層なのだと思うのだが、ここ2,3年で試してきた「女子学生(女子高校生か?)と考えた商品企画」のヒットがあり、それを自信に「脱100均ショップ」というイメージを打ち出したいのでは?というの様に感じるのだ。
そして「フランス製ネイル」そのものは、ドラッグストアーなどで販売されているネイルよりも安価にするために、量などは少ないかもしれない。
その「量が少ない」というのも、「色々試してみたい」という高校生や大学生、OLの需要を見込んでの展開であろう。

新しい顧客層の獲得と旧来の顧客との棲み分け、これまでの「100均ショップ」では体験できないオシャレさ…100均ショップそのものが、変わろうとしているように思えるのだ。

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耳障りの良い「カタカナ語」で、人を惑わすことは止めて欲しい

2021-04-29 19:59:34 | アラカルト

世間はGWということらしい。
とは言っても、昨年と同様に「ステイホーム」という名の、「自粛生活」を余儀なくされている方も、多いだろう。
この「ステイホーム」に限らず、「耳障りの良いカタカナ語」が、生活に溢れているな~と最近感じる事があった。

それは、あるラジオ番組の「相談コーナー」でのコトだった。
相談者は、現在就活中の学生さんで「キャッチコピーが上手く作れない」という、相談内容だった。
この相談を聞きながら、「今時の学生は、キャッチコピーを作らなくてはいけないのか?!」と、驚いたのだった。
「キャッチコピー」とは、10~20文字程度の言葉で、商品やサービスのアピールをするための短い文のことだ。
受け手となる人に対して、印象に残るような言葉を選び、商品やサービスの本質を伝えなくてはならない。
日ごろこのような仕事に携わっている者であっても、なかなか大変な仕事であることには変わりない。
そのような大変なことを、今時の学生さん達は就活でしなくてはならないのか?と、驚いたのだった。

ところが、よくよく聞いてみると「あなたの長所や短所を一言で言ってください」ということの様だった。
気になって、「就活・キャッチコピー」とネットで検索してみると、「自分の長所をまとめる」と「キャッチコピーのつくり方」にあった。
であれば、何故「長所を一言で言い表す」という言葉を使わなかったのだろう?

ここ10年くらいの間で、ビジネス、特にマーケティングや広告制作で使われる言葉が、一般に使われるようになってきた、ような気がしている。
その顕著な例が「セルフ・ブランディング」という言葉だろう。
しかも就職活動中の学生さんに「セルフ・ブランディング」を勧めるような、傾向があるようだ。
仕事として「ブランディング」や「ブランド管理」をしている側として、「学生にセルフ・ブランディングなど必要ない!」と、言いたくなるのだ。

そもそも「ブランディング」の意味を、学生たちは理解しているのだろうか?
マーケティングや広告の仕事をされている方ならご存じだと思うのだが、「ブランド」は、牛などの家畜に「個体識別のために焼き印する」行為からきている、と言われている。
「個体識別=区別あるいは差別化」という意味で使われるようになったのが「ブランド」であり、その「ブランド」を構築し、管理することを「ブランディング」ということになる。

言い方を変えれば、就職活動中の学生さん達は、他の学生さんと自分の違いを構築し、管理しなくてはならない、ということになる。
あくまでも、個人的意見として「存在そのものが、特別なひとり」でなのに、改めて「他者と自分を区別し、商品化する必要」があるのだろうか?という疑問と違和感がある。

それだけではなく、そのような「セルフ・ブランディング」をすることによって、「私って、○○な人なの」という、枠を自分にはめてしまい、時にはそれを言い訳として使い、新しいことに挑戦をしなくなってしまうのでは?という、気がするのだ。
社会に出れば、それまで経験をしたことが無いようなことに、挑戦しなくてはならないことが多々ある。
その意味では、常に「先入観にとらわれない自分」で、あり続けなくてはならない。
逆に言えば、社会が必要とする人財は「自分自身はもちろん、様々なモノ・コトに対して、先入観を持たず、挑戦できる人物」なのだ。

マーケティングという実学は、アメリカで生まれ・新たな考えがアメリカから発信されている。
そのため英語を和訳(あるいは意訳)しなくてはならない。
それでも難しい場合は「カタカナ」で表記されることになるし、「カタカナ表記(=カタカナ語)」のほうがニュアンスが分かりやすい場合も多々ある。
反面、やたらと「(聞き慣れない)耳障りの良いカタカナ語」で話し相手を煙に巻くような、使い方をする人も少なくない。
しかし「耳障りの良いカタカナ語」を多用する人に限って、その本質的意味を十分理解してない場合が多い。
そうすると「言葉の齟齬」が生まれ、全く違う理解をしてしまう場合も起きてしまう。
であれば、誰もが理解しやすい「日本語」を使う方が、コミュニケーションという意味で効果的なはずだ。

「耳障りの良いカタカナ語」を多用するのは、様々な場面で良いとは言えないのでは?
特に就職活動をしている人たちに対して、ビジネス用語やマーケティング用語を基にした「カタカナ語」は、不要だと思うし、本質的な意味を理解せず(あるいは「相手に理解させず」)、「耳障りの良いカタカナ語」を多用することは、とても危険な気がするのだ。




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インタビュアーが悪いのか?答えた政治家の発想力がファンタジーなのか?

2021-04-28 22:28:00 | 徒然

先日、環境大臣をされている小泉進次郎氏のテレビインタビューが、話題になっていた。
実際のテレビを見てはいないのだが、小泉氏が「温室効果ガスを46%削減する」ということに対して、その理由らしきものを尋ねた回答に、世間が「???」となっているという。
TBSニュース:小泉環境大臣単独取材「46%削減をメダルに例えると?」

ただこのことに対して、小泉氏は「一部分だけを切り取られている」と、反論をしている。
朝日新聞:小泉氏「おぼろげ」発言を釈明「切り取られている」

リンク先のTBSニュースサイトでは、動画と文字おこしをした内容がみられるので、確認をしたのだがどうやら、小泉氏が言っている「46%削減」という数字は、何かしらの実績から積み上げた数字ではない、ということだけは確かなようだ。

最近の日本の政治家の発言を聞いていると、「数値目標に対して、根拠ある数字」というよりも、「気合の数字」を「数値目標にしているのでは?」と、感じる事が多い。
それは今回の「新型コロナ感染対策」についてもいえる事で、「変異株」の爆発的な流行により、昨年よりも感染者数が全国的に急増している、という状況にもかかわらず、明確な「自粛緩和」となる「数的指標」等が発表されていない。
とにかく「自粛にご理解とご協力を」というスタンスだ。

このような発言が数多くされている中での「数字は具体的でも、その根拠がボンヤリ。ファンタジー」という印象を与えてしまうような発言は、いかがなもの?と、感じる生活者は多いのではないだろうか?
それを「一部だけを切り取られている」と言われてもな~という、気持ちになってしまうのだ。

「切り取られている」という発言の記事にしても、菅総理をはじめ「積み上げた数字」となるモノが、全く見えてこないのだ。
このような場合端的に「現在の数字+今後の環境対策+環境対策によって見込まれる数字」という流れで、話をまとめられると、全体に「何故46%なのか?」ということが分かりやすい。
しかし、その「積み上げたはずの数字」が見えてこないために、「根拠がボンヤリ、ファンタジー」と言われてしまうのだ。

もちろん、インタビュアーの質問の仕方にも、問題があったのかもしれない。
意図的に、具体的な数字を引っ張り出すような質問をしなかった、というところもあったのかもしれない。
例え意図的にインタビュアーが、フンワリとした質問を投げかけたからと言って、「おぼろげに数字が浮かんだ」という回答はいかがなものだろう?

小泉氏の発言だけではなく、「新型コロナ」の一連の対策などで感じることは、日本の政治家はいつの頃から「数字に弱くなったのか?」ということだ。
田中角栄氏は、数字を出しながら演説をしていた記憶がある。
他の政治家の方々も「目標」となった時には、ある程度「具体的な積み上げた数字」を根拠として話していたような、気がするのだ。

感覚・感性は「時代の空気感」を読み解く力として必要だが、一方では「論理的な思考」を基にした発言もまた、重要なはずだ。
その「論理的な思考」の基になるのは、根拠ある数字の積み重ねだと思うのだが、違うのだろうか?

明日から世間ではGW。
やたらと「不要不急の外出を控え、ステイホーム」という政府広告が、流れている。
それでも1年間、我慢に我慢を重ねてきた生活者には、どれほど響く言葉なのだろう?

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「均一感染対策」の危険性

2021-04-27 21:35:25 | アラカルト

東京をはじめとする1都2府1県に出された「緊急事態宣言」。
この「緊急事態宣言」によって、様々な業種が「半ば強制的な営業自粛」の対象となっている。
特に拘束されているのが、お酒などを提供する「飲食店」ということになる。
この「飲食店」の営業時短要請には、小池東京都知事の「20時以降は看板などを消灯して欲しい」という、内容のものまである。
この「20時以降の看板消灯」については、感染拡大抑制効果には疑問の声があったように感じている。
何故なら、今「感染クラスター」が起きている場所が「飲食店」とは、かぎらないからだ。

地方では、新学期が始まったことで、遠方から進学するために学校の寮などに入り、寮がクラスター要因になった、というケースも出ている。
集団で生活を始める事で、目に見えない様々な感染リスクが重なり「クラスター」が発生した、と考える必要があるのでは?という印象を持っている。

一方、今回の「緊急事態宣言」により、「演芸場」や「映画館」、「美術館・博物館」そして「図書館」等も閉館の対象となってしまった。
「演芸場」等は閉館要請ではなく、無観客での営業は認められている、ということだが「演芸場」で無観客というのは、演芸場を閉めろ、と言っているようなものだろう。
何故なら、「演芸場」での楽しみは、落語や漫才だけではなく、様々な芸を披露してくれる場所であり、何より来ているお客さんとの掛け合いのような空間が、「演芸場」という場所の醍醐味だからだ。
音楽の様に、オンラインライブというアイディアもあるとは思うのだが、来場者であるお客さんとの掛け合いのようなものからつくられる「空気感」を伝える事は難しいのではないだろうか。

そしてもっと不思議なのは「美術館・博物館・図書館」も対象に含めている、という点だ。
何故なら、これらの施設で大声で話すような人はいないし、元々一人か二人で来館する人達が多いからだ。
「美術館・博物館・図書館」そのものは、収蔵品の保管・管理の為に空調もしっかりと整えている。
その意味では、「飲食店」よりも「クラスターが発生しにくい場所」だと言えるはずだ。
何より、これらの施設の多くは、事前予約という方法をとるコトで「3密」を防ぐ努力も、してきている。
にもかかわらず「緊急事態宣言」によって、閉館になってしまっているのだ。

1年前の今頃は「新型コロナウイルス」という、今まで経験したことが無い「ウイルス感染」に、戦々恐々としていた。
それが1年経過し、ある程度の「予防策」が見えてきて、実行できるようになってきている。
にもかかわらず、「緊急事態宣言」だからという理由だけで、これまで様々な対策をし、それなりのリスクを減らすよう工夫をしてきている施設にまで「均一」の対応を迫る、というのは、いかがなものだろう。
むしろ、対策ができている施設に関しては、通常の営業・開館という方法をとるだけで、生活者の気持ちは随分変わるだろうし、行動そのものが変わり、「予防対策」にも協力的になるような気がしている。

「息の詰まるような生活」ばかりを要求され、しかもその要求される対策に効果を感じられないとすれば、人はその要求を無視するようなカタチで、新たな行動をするようになるのでは?
むしろ、懸念されるのは「無視された新しい行動」なのだと思う。

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感染症の基本を、もう一度確認したい

2021-04-26 17:08:18 | アラカルト

 

昨日から始まった、東京・大阪・京都・兵庫の1都2府1県の「緊急事態宣言」。
お昼のニュースでは、出勤時の光景は相変わらずだったようだ。
毎日新聞:3度目の緊急事態宣言、通勤の様子は?東京・大阪

昨年の今頃は、大手企業を中心に「リモートワーク」への切り替えで、てんやわんやという状態だったように思う。
解除後は、徐々にオフィスに人が戻り、昨年の秋ごろには「新型コロナ」の感染拡大前のような状況になったのでは?という、気がしている。
2回目の「緊急事態宣言」の時も、ある程度の電車などの通勤利用は減ったのかもしれないが、3回目となるとこれまでの経験から「リモートワーク」への切り替えではなく、出勤の継続を判断する企業が多かった、ということが、毎日新聞の通勤風景から読み取ることができるのでは?と、感じている。

その一方で、宣言前の人々の行動は、政府の呼びかけはあまり効果が無かったのでは?ということのようだ。
讀賣新聞: 「川崎に来るしかない」改札からあふれる人…宣言初日、都民押し掛けた神奈川

「緊急事態宣言」による行動の制限がされる前に、出かけたい!という気持ちが強かったのか?
「東京がダメなら、緊急事態宣言が出ていない地域ならOK」と考えたのか分からないが、東京都民が「緊急事態宣言」が発令されない隣接県・神奈川県に移動したようだ。
もちろん、移動したのにはそれなりの理由があり、例えば、映画館が閉館していた為、開館している映画館を探したら、隣接県にあったとか、開いている商業施設に買い物に来たなどだ。

「映画を観る」とか「食品や日用品以外の買い物」は、「不要不急」なのではないか?という、指摘があると思う。
思うのだが、「3回目の緊急事態宣言」となると、その緊張感は以前より随分低く、生活者の受け止め方も違うと思う。
このような「宣言」は、何度も根拠なく行われると、効果が薄れていく、ということを指していると思うのだ。
「根拠なく」というと語弊があると思うのだが、「感染者数と医療崩壊状態である」と言うだけでは、効果が薄いということなのだ。

逆に「収束の為のロードマップ」等を示し、生活者に協力をお願いするという姿勢があれば、まだ人の行動は違っていたのでは?と、考えるのだ。
何故なら、この1年で多くの生活者は「人の移動で感染が拡大する」ということを、「Go Toキャンペーン」を通して十二分に知ったからだ。
にもかかわらず、その自制が効かなかったというのは、「自粛疲れ」もあるだろうし、「これまでの宣言でどれだけ効果があったのか?実感がない」ということも、あったのではないだろうか?

「効果が感じられない宣言」ということになれば、いくら担当大臣が「1年前を思い出して、自制を持って行動して欲しい」ということを話したところで、人の気持ちには響かない。
響かないから、行動の制限には結びつかない、ということになってしまうのだ。

ワクチン接種にしても、各自治体に丸投げ状態で、オリンピック前までに接種できるのか?という疑問も出てきている。
オリンピック・パラリンピック開催に向け、邁進し続ける政府の態度を見てしまえば、「オリンピック・パラリンピックがOKなら、この程度の行動は問題無し」と、生活者が判断しても仕方ないという状況にある、ということを国は考える必要があると思うのだ。


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日本人女性が、クルマのプロダクトデザインをする

2021-04-24 22:02:05 | ビジネス

あるサイトを見ていたら、とても興味深い記事があった。
design stories:The Interview「シトロエン新型高級車C5X開発に関わる日本人女性の活躍」

見出しにある通り、フランスの自動車メーカー・シトロエンのカーデザインを日本人女性がした、ということで始まったインタビュー内容だ。

クルマそのものに興味がないので、そのプロダクトデザインをされた場所などはよくわからないのだが、少なくとも日本ではこのようなクルマのプロダクトデザインは、男性の独壇場なのでは?と、想像している。
何故なら、クルマのユーザーの中心はやはり男性だと思うからだ。
「ファミリーカー」や日本独特の「軽自動車」であれば、ユーザーに女性が多いことから、女性がプロダクトデザインをすることはあると思う。
それがこの「シトロエンC5X」という車種は、いわゆる「ファミリーカー」と呼ばれるタイプではない。
外装のデザインを見る限りでは、どちらかというと購買層となるのは中高年のクルマ好きの男性なのでは?という、気がしている。
だからこそ、この内装のプロダクトデザインを女性、しかも日本人女性がした、ということに驚きを感じたのだ。

このデザインを担当した女性は、元々日産自動車で同様のデザインをされていた、ということだが、カルロス・ゴーンという人物だったからこそ、彼女はルノーへ行くことができ、それがシトロエンのプロダクトデザインに、結びついたのでは?という気もしている。
これが日本のトヨタだったら、どうなのだろう?
トヨタが悪い訳ではない。
ただ日本の企業の多くは、企業規模に関係なく「〇〇の仕事は男性向き。✖✖の仕事は女性向き」という潜在意識のようなものがあるのでは?という場面が多々あるからだ。

私の会社員時代よりも、随分女性のマーケターが増えたとは言え、まだまだ男性の独壇場の様な状況だ。
女性のマーケターが活躍する場面の多くは、女性向けの商品という場合のほうが、まだまだ多いと実感している。
だからこそ、男性の独壇場のような「クルマの車内のプロダクトデザイン」を、若い日本人女性がしている、ということにフランスと日本のジェンダーギャップの差を感じたのだ。

そして、このような「女性がクルマのプロダクトデザインをしている」ということが、話題になるコト自体、日本のジェンダーギャップの問題なのかもしれない。
クルマ云々ではなく、またプロダクトデザインという分野に関係なく、本来であれば「性差に関係はない」のはずなのだ。
「男性だからできる・女性だからできない」のではなく、あくまでも「個人のセンス」なのだと、改めて気づかされる。

「性差」という思いこみを外したとき、個人のセンスや実力というモノが見えてくるはずだ。
残念ながら、日本ではまだまだ「性差」による仕事の区別があり、それはルール決めなどでは解消されない問題のような気がする。
さて、「その壁」を打ち崩すのは、女性自身なのだろうか?それとも・・・。


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対効果はどれほどあるのだろう? 飲食店看板などの20時消灯指示

2021-04-23 19:29:03 | ビジネス

東京と京都、大阪、兵庫の1都2府1県に対する「緊急事態宣言」が、出された。
大阪を中心に関西地区では、変異株の感染者が急増しているので、当然と言えば当然という気がする。
特に3月以降の感染者の急増は、これまでと比べようもないほどの増加だ。
大阪都知事の吉村さんも、有効な手立てを打つ暇なく感染拡大となってしまった、という気持ちかもしれない。
京都、兵庫の2県は、大阪と隣接しているだけではなく、通勤や通学など人の行き来も多い。
そのため、関西圏として歩調を合わせる必要があったのだろう。

東京に関しては、今月に入るまで異様に感染者数が少ないような印象を持っていた。
ところが、今月に入り急増している。
まして、東京2020オリンピック・パラリンピック開催に向け、中止などの検討をしていないかのような「開催ありき」で、進んでいるような印象がある。
「これ以上、感染者を増やさないため」という目的で、「緊急事態宣言」ということになったのだろう。

ここの事情は分かるのだが、今回の「緊急事態宣言」で、東京都知事の小池さんが今日「20時以降看板などの消灯」ということを言い始めた。
THE PAGE:午後8時以降「看板、ネオンは消灯を」コロナ対策で小池都知事

これは「まん防」等との関連もあるのだと思うのだが、「消灯して効果があるのだろうか?」と、疑問に感じたのだ。
確かに「看板やネオンなどを消灯」することで、「営業をしていない」という社会的アピールになると思う。
ただ、それが効果的なのだろうか?と考えると、疑問を感じてしまうのだ。
何故なら20時以降営業の自粛を続けてきた数多くの飲食店側とすれば、「今まで努力してきたのに、コロナの感染者は増え続けているではないか?!」という、疑問を持っているのでは?という気がするからだ。
違う言い方をするなら、「飲食店が20時に営業を終了しても、コロナの感染拡大は止まらなかったではないか!?」という、疑問を持っているのではないだろうか?

確かに、今月に入ってから判明した「クラスター」の多くは、「飲み会」等に関係したものが多かった。
それは「少人数・短時間・騒がない」等のルールが守られなかったために、「クラスター」が発生したのでは?
「飲食店を20時に閉店させれば、クラスターが発生しなかった」という、理由にはならないと思うのだ。
飲食店ではなく、BBQやピクニックなどであれば安全なのか?と言えば、決してそうではないはずだ。
朝日新聞:盛況の野外飲み、さらに増?富岳が導き出すそのリスク

富岳が導き出したデータから考えれば、飲食店を20時に閉めさせても、外飲みで騒げば関係が無い、ということになる。
1年以上「自粛生活」を送ってきた生活者にとって、既に「我慢の限界」は超えてしまっているのだ。
そのように考えると、「飲食店への20時消灯」のお願いは、対効果があまり期待できないような気がするのだ。

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