日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

「音楽文化の危機」にJASRACが、動かないのは何故だろう?

2020-03-29 21:04:45 | アラカルト

ロックバンドのKing-Gnuのヴォーカル・井口理さんが、「文化庁長官の声明に失望した」という趣旨のtweetをご自身のアカウントでされている。
Businessinsider:文化庁長官の”ポエム”に失望も。「補償なき自粛要請」が文化芸術の灯を消す

このtweetがメディアで取り上げられると、ネット上では「今は、そんな時期ではない」というコメントが見られる。
ネット上でのコメントも、「もっとも」と思うこともある。
何故なら、今の社会状況は「マズローの欲求の階層」の中でも、一番下にある「生きていく為の欲求」が脅かされている、と感じる生活者が多いからだ。
残念ながら、文化やエンターテイメントは「マズローの欲求の階層」の中では上位に位置する欲求で、「生きていく為の欲求」が満たされ、生活の安全が確保されたうえで初めて、人は享受できるものだ、と感じているモノだからだ。
逆説的な言い方になるが、このような時だからこそ「文化やエンターテイメントは、人の心を潤す為に必要なモノ」、ということになる。

海外では、様々な「基金」に寄りサポートをしていく、などの提案がされているようだが、おそらく日本と欧米での「文化の成り立ちの違い」によるところが、大きいのでは?と考えている。
というのは、欧州では「芸術文化」の支援者(=パトロン)となってきたのは、ほかならぬ王侯貴族であり、現在の王室だからだ。
かつてのような政治力は無いかもしれないが、王室とのかかわりが深いことで「基金」等が創設しやすい、という環境にある、ということは十分考えられるだろうし、過去の大戦などで破滅的な状況に陥った経験などから「文化を守る意義」ということを、社会全体が共通理解をしている、という部分もあるのでは?と、考えている。

米国の場合、王侯貴族がいない代わりに「富裕層」と呼ばれる人たちが、支援者となり支えてきている。
今のトランプさんには、そのような期待はできないがかつて「○○王」等と呼ばれた、企業家たちの多くは「社会的、文化的支援をする」ことが、社会的ステータスであり、社会から認められる手段でもある。

しかし、日本では時の権力者に保護されてきた文化は、ほとんどない。
おそらく「能」くらいだと思われるが、それも安土桃山時代くらいまでの話で、今のような様々な芸術文化を支えてきているのは、市民と言っても過言ではないと思う。
例えば、倉敷の「大原美術館」や京都の「細見美術館」等は、明治の事業家たちによって創られている。
ブリジストン美術館などもそうだろう。
音楽ホールとして世界的に高い評価を受けている「サントリーホール」も、同様だ。
その最大の支援者である市民の生活が脅かされている、という現状では、政府の補償をするという発想は生まれにくい、と言ったほうが良いのではないだろうか?

だが、あくまでも「音楽」という部分だけになってしまうのだが、日本で唯一音楽によって利益を上げている団体がある。
それはJASRACだ。
これまでJASRACの活動に対して、批判的な指摘が多かった。
特に「音楽教室に対する徴収」という問題は、多くの生活者からの批判を受けながらも、自分たちの正当性を主張し、勝ち取っている。
とすれば、今回のような「自粛」によって、ダメージを受けるのもJASRACなのだ。
次々とライブ公演が中止となり、カラオケのような「3密」環境での利用自粛は、JASRAC側にとってもある程度の痛手となるはずだ。

もっとも彼らは、ストリーミングなどによる収益割合が増えているので、そのようなことは考えていないだろうが、今のような時期だからこそ、ストリーミングチャートの上位を占めるバンドの声を、真摯に受け止めてほしいのだ。
何故なら、彼ら自身の音楽活動そのものが、危機に瀕していると、訴えているのだから。

多くの方が感じていると思うのだが、JASRAC側はこのようなミュージシャンの声には全く興味がない、ということは想像できるし、利益の再配分をすることで、自分たちにも大きなメリットがある、などという発想を持ち合わせていないだろう、とは思っているが、あえて言いたいのだ。

「あなたたちが、『日本の音楽文化を支えている』と自負しているのなら、今こそ音楽を創り出す人達を支えるべきではないか!」と。

コメント

今は、安易に「消費」という言葉を使いたくない

2020-03-25 11:35:52 | ビジネス

「新型コロナウイルス疲れ」という言葉さえ、見られるようになってきたこの頃だ。
今の生活者の気持ちを、よく表している言葉だと思う。
ただ「新型コロナウイルス」という言葉を目にするようになってから、状況が好転しているどころか悪い方向へと向かっている、ということは毎日のニュースなどで感じているのではないだろうか?

昨日、政府案として「一人当たり10万円の現金支給による、経済対策」が、あっけなく取り下げられた。
取り下げられる前には、麻生財務大臣の「現金で支給されると『箪笥貯金』になってしまうので、商品券」という案まであったようだが、こちらもの案も無くなってしまった。
富裕層もそれなりに納税しているのだから、生活困窮者だけを対象とするのは「公平ではない」等の意見もあったようだが、このような発想が起きるのは、この「経済対策案」が「消費を促すことによって、経済をよくしていこう」という、発想があるからなのでは?

今の問題となっているのは、リーマンショックの時のような「経済対策」ではないはずだ。
何故なら、今の「感染拡大」によって職を失いそうになっている人、企業経営が厳しい状況になっている人がいることに対しての「経済対策」が、必要だと思うからだ。
一昨日エントリしたEUなどの「経済対策」等は、まさに今回の「新型コロナウイルスの感染拡大」によって、生活困窮者に転落してしまう人や、経営が厳しくなってしまう中小零細企業など「資本の基盤が脆弱な事業体」を対象としている。
その考え方の違いが、「経済対策」の発想の違いとなっているのだ。

だからこそ、メディアを含め安易に「消費」という言葉を使うのは、いかがなものだろう?
朝日新聞:居酒屋閑散、世の中は変わってしまった 急冷の消費現場

「消費拡大」ではなく、まず医療者をサポートする人員を増やす為の経済対策が必要だろうし、医療品の増産の為の人的・費用のサポートが必要だろう。
他にもエンターテイメント関係が、どんどん中止・延期を余儀なくされていることを考えれば、そのような関連事業に対する支援も必要だと思われる。
この記事ある居酒屋さんなどに関しては、金融機関に対して「貸しはがし」などの禁止を通達のほうが優先されるのでは?
と同時に、このような想定外(少なくとも、昨年暮れにはこのような状況になるとは想像していなかったはずだ)の状況になった時、国として伸ばしていく必要があると思われる事業に投資することも、「経済対策」の一つかもしれない。

「経済対策」は「景気対策」だけではない。
今起きている問題により、一番困っている人や企業、そして何に困っているのか?ということを、把握することから「経済対策」を立てていかなくては、「赤字財政」という既に傷んでいる日本経済をより悪化させることになる。
耳障りの良い「国民受けしそうな言葉」で、「経済対策」という時代は、既に終わっているのではないだろうか?

コメント

「新型コロナウイルス」の景気対策に効果はあるのか?

2020-03-23 11:51:13 | ビジネス

ますます感染拡大している「新型コロナウイルス」。
様々な音楽イベントの中止・延期だけではなく「行動の自粛要請」も、言われるようになってきた。
ご存じの通り、このような「自粛」は日本だけではなく、世界各国でも同様だ。
特にイタリアなどは、都市封鎖だけではなく生活必需品の製造・販売以外の製造・販売に関して、自粛規制まで出ている。
もしかしたら、100年前の「スペイン風邪」以上の感染拡大となるのでは?という気すらしてきた。

このような状況から各国では、経済の後退を懸念し積極的な「経済政策」を打ち出してきた。
ドイツは、比較的早い段階で「財政黒字の維持」から方向転換をし、企業の資金支援を打ち出した。
昨日は追加予算18兆円規模になる、という報道もあった。
日経新聞:ドイツ、追加予算18兆円規模に 借金ゼロは棚上げ

欧州理事会では、「医療システムと中小企業、労働市場、その他経済のぜい弱な分野」に対して積極的な投資、早期の資金提供の開始という意向を発表している。
JETRO:ビジネス短信 欧州委、新型コロナウイルス対策を強化

等の支援策を次々と発表している。

これに対して、日本で検討されている経済対策は、どこか的外れ感が否めない。
TBS NEWS:国民1人当たり10万円現金給付案を検討
NHK NEWS:新型ウイルス”国民一人当たり10万円給付を”国民民主党

自民党だけが、このような「バラマキ型経済政策」を検討しているわけではないようだが、このような「バラマキ型経済対策(=リーマンショック時、一人当たり1万2千円の現金給付策を実施した)」は、どれほど効果があったのだろうか?

EUやドイツと日本の違いは、一目瞭然だと思う。
EUやドイツは、資本基盤が脆弱な分野や「新型コロナウイルス対策」分野に絞って、経済対策を考えているのに対して、日本は「平等思考」である、という点だ。
「平等思考」と言えば聞こえは良いが、違う表現をすれば「バラマキ型経済対策」だ。
経済的に豊かな人にとっての10万と、生活困窮者にとっての10万とでは、その「価値」が違う。
そのような視点から考えれば、EUやドイツのような「必要としている人や企業に集中的な経済対策」のほうが、効果が高く分かりやすいのではないだろうか?

それだけではなく、日本の財政は既に大幅な赤字を抱えている。
このような現実は、日銀も財務省も十分わかっているはずだ。
にもかかわらず、経済対策効果が分からないような「平等思考」の「バラマキ型経済対策」を考えるのは、何故なのだろう?
今必要な経済対策は、ばら撒くのではなく「必要なところに積極的に資金提供し、生活困窮者を出さない」ということではないだろうか?

コメント

メルケルさんと安倍さんの違い

2020-03-20 21:50:37 | 徒然

毎日のように報道される「新型コロナウイルス」のニュース。
それは世界を見渡しても同じだろう。
むしろ欧米へと感染が拡大し、その勢いが増している今、このニュースはアジアだけの問題ではない、という認識が各国のリーダの認識だろう。

その中で、ドイツのメルケル首相のスピーチが話題になっている。
話題になっているだけではない。
その国のリーダーとして、国民に向けた注意喚起とお願い、そして国として国民を守ることを丁寧に話している。
テレビという画面に向けて話しているのではなく、テレビの向こうにいる国民一人ひとりに向けたスピーチだ。
しかし、一般のニュースサイトでも概略的なものは読めるのだが、日本のニュースサイトで紹介されている抜粋では、メルケル首相のスピーチの凄さを実感できない。

ドイツ語訳のサイトにスピーチ全体の内容が分かるものがあった。
是非、読んでいただきたい。
Mikakoドイツ語サービス:コロナウイルス対策についてのメルケル独首相の演説全文

Mikakoドイツ語サービスさんのnoteにあったリンク先を紹介させていただいた。
全文ということもあり、長文なのだが丁寧に読んでいくと、我が国のリーダーの発言の軽さを感じずにはいられない。

メルケルさんの演説全体は話すトーンを押さえ気味にし、とても論理的だ。
とはいっても、難しい言葉を使っているわけではない。
「順序だてて話をしている」といったほうが良いかもしれない。
そして身近で具体的なモノ・コトを取り上げることで、より理解がしやすくなっている。
何より「国は国民のいのちを守る。そのために協力をして欲しい」と、国としてやるべきことと協力を明快に語りかけている。
もう一つ特筆することは、この「新型コロナウイルス」の感染拡大によって、一番大変な状況に置かれている医療者に対しての感謝を述べていることだ。

安倍さんも「新型コロナウイルス」についての記者会見を2回しているはずだが、官僚の原稿を読み上げるだけで、奮闘している医療者などへの感謝、国民への問いかけ、協力して欲しいという言葉も態度もなかったような気がする。
それが分かるのが「突然の小中高校の一斉臨時休校」の発表だ。
それどころか、感染が全国に広まりつつある今日になって「一斉臨時休校」を段階的に解除、という話になってきている。
これでは、現場が混乱するだけではないだろうか?
一斉休校が思い付きなら、休校解除も思いつきなのだろうか?と、疑ってしまうのだ。

確かにメルケルさんは、物理学を学んだ「リケジョ」だ。
論理的な思考を持っている、と言っても過言ではないだろう。
だからと言って、今回のようなスピーチが得意なのか?と言えば、決してそうではない、と思うのだ。
ただ、国のリーダーとして「どのように話をすれば、国民が安心して国の政策を受け入れてくれるのか?」ということを熟考しているように思えるのだ。
その話し方の基礎となっているのは「国民と民主主義を大事にしたい」という、気持ちがあるから・・・という気がしている。

コメント

もっと積極的に、ライブ配信を活用してみてはどうだろう?

2020-03-19 18:11:43 | アラカルト

1週間ほど前、「新型コロナウイルス」の対応策として、エンターテイメント等はもっと積極的なネット配信の利用をしたほうが良い、という趣旨のエントリをした。
3月12日:社会が殺伐としてきた。だからこそ「文化」を守る必要がある

今回のような、感染症の拡大が懸念されるような社会状況になると、人は「内向き志向」になる。
家に引きこもる気持ちのほうが、強いのではないだろうか?
日用品や食料品のように、毎日使う必要のあるものは買い物に出かけざる得ないが、エンターテイメント等に関しては、公演そのものが中止になっていることもあるが、たとえ中止になっていなくても、気分的に出かけることが憚れるのではないだろうか?
主催者側にとっても、社会的批判を浴びる覚悟をしなくてはならないほど、リスキーなことだろう。

ここにきて、エンターテイメントに違う動きが出始めている。
欧米では「新型コロナウイルス(COVID-19)」が、蔓延し始めている状況から「ストリーミング」等で無料配信する動きが出てきている。
VOUGE:NYのオペラやミュージカルが続々とストリーミングで無料配信
宣伝会議:新型コロナでNYCは外出制限 非常時に「芸術の力」を活かすアーティストたち

流石、海外の芸術は・・・等と思ってはいけない。
日本でも「古典芸能」と言われることも多い能や狂言、落語などもネットでライブ配信をする試みが広がりつつある。
日経新聞:落語や能狂言、ネットでライブ配信 新型コロナウイルス拡大
繁盛亭:期間限定!繁盛亭チャンネルライブ

能や狂言、落語などは若いファンの獲得が、必要ということもあり、「新型コロナウイルス」の感染拡大というこの時期を見逃さずに、ライブ配信などの新しい試みをする切っ掛けとなったのかもしれない。
これも一つの「芸術の力」を活かす手段なのだと思う。
それが、世界へと発信されていくことを考えれば、下手な「クールジャパン」事業よりも、効果的な方法かもしれない。

超党派議連の皆さんが「エンターテイメントに対して救済措置を取る必要がある」と声明を出したが、エンターテイメントそのものが、とても個人的な志向が強いため、多くの生活者に理解を得るということが難しいのでは?と考えた時、このようなネット配信なども「有り!」なのではないだろうか?

ネット配信のメリットは、海外からも見られる、という点がある。
NYのMETのオペラを観たい!と思ったとき、ネットが使える環境であれば、観ることができるのだ。
もし、大型画面のテレビがネットに接続されているのであれば、PCの小さな画面ではなく大型画面で迫力のあるオペラを楽しむこともできるはずだ。

ただ一つ残念なのは、日本のエンターテイメントの中心となりつつあるJ-Popやクラシックなどに動きが無いことだ。
「ストリーミング+サブスプリクション」という今では、音楽を聴くスタンダートとなりつつあるシステムを上手に使うことで、今のような状況下で真っ先に切り捨てられるエンターテイメントという社会的文化を楽しむことができるのではないか?と、考えるのだ。

コメント

分かりやすく説明をする。説明をする責任。それが大人の役目

2020-03-17 19:28:51 | 徒然

朝日新聞のWEBサイトに、ノルウェーのソルベルク首相の記事があった。
朝日新聞:「コロナ怖がっていい」首相が子どもたちの質問に回答

この記事を読んで、日本の首相とは大きな違いだな~と感じた。
ソルベルク首相が、子どもたちに「新型コロナウイルス」についての質問に対する対応が、日本の首相とあまりにも違ったからだ。

まず、ソルベルク首相は「コロナウイルス」について、「怖い(感染症)です」と言っている。
「感染拡大が懸念される怖いウイルスです」という説明は、今の欧州の流行状態から考えて、当然の説明だろう。
それを「怖いウイルスです」と言い切ってしまうことで、子どもたちに注意喚起となっている。
ただそこで終わりにはしていない。
「多くの人にとっては、コロナウイルスは危険なわけではない。(何故なら)私たちには優秀な医師や看護師がおり、優れた病院がある」という説明を加えることで、子どもたちを安心させている。

「新型コロナウイルス」に感染すると、どのような症状が出て、何日休んで経過を見る必要がある、という回りくどい説明ではなく、「怖いモノは怖い」と話しながらも、「安心をしてください」という、説明を加えている。

この「安心をしてください」という一言があるかないかで、首相としての言葉の重みが、随分変わってくる。
何より使われている言葉そのものが「平易で分かりやすい」。
この「平易で分かりやすい言葉」を使う、ということはとても難しい(と感じている)。

今回の「新型コロナウイルス」のように、いつ収束するのか分からず、ワクチンも治療薬も無い、という状況では人の不安は増大するばかりだ。
その増大している不安を如何にしずめ、安心感を与えるのか?ということが、今とても求められていることだからだ。
その意味で、子どもに対して「注意喚起→今分かっていること→安心感を与える話」という順番で話すことで、受け手となった子供たちは「注意をすべきこと」と「安心感」が得られている。

一方日本のリーダーの説明は、どうだったのだろう?
先日14日の記者会見もその前の記者会見でも、「原稿を読む」ということに集中し、「伝える」ということにはあまり興味が無かったような気がしている。
相手となるのは、カメラの向こう側にいる生活者だ。
その生活者に届く言葉、説明をまずすることで、安心感を与えることができる。
そのためには、原稿に書かれている言葉ではなく、話す人の平易な言葉で話しかける、ということが必要なはずだった。
そんな言葉を使った記者会見だったような印象は、残念ながらなかった(ように思う)。

使う言葉によって、その人の印象は大きく変わる。
ソルベク首相のように、子どもにも分かりやすい説明をする、ためにはそれなりの語彙力と教養が必要かもしれない。
特に政治家という職であれば、その資質は重要だと思うのだ。

 

コメント

「新型コロナウイルス」の感染拡大が、2025年問題を変えるかもしれない

2020-03-15 15:02:56 | アラカルト

Yahoo! のトピックスに、「米国に言われたくない!」と思いつつも、「2025年問題の解決策があるかもしれない」という、記事があった。
Yahoo!:米国からの警告!「日本は衛生上、危険なことだらけ」温風乾燥機は「ウイルス飛散のリスク大」

元の記事は、夕刊フジに掲載されているモノようだ。
そしてタイトルがセンセーショナルなため、反感を買いそうな気がしないでもない。
ただ、反感を買いそうな記事ではあるが、読んでみると「納得」できる部分もあった。
特に「2025年問題」により、医療費の崩壊が懸念されていることを考えると、対応策となるアイディアがあるような気がしたのだ。

「2025年問題」と言っても、ピンとこない方もいらっしゃるかもしれない。
2025年になると、団塊の世代と呼ばれる世代が後期高齢者となり、医療費を逼迫させるのでは?と、懸念されている問題だ。
今の日本の「皆保険制度」という制度そのものは、「経済的格差に関係なく、最適な医療を誰もが受けられる」という、素晴らしい制度だ。
しかし「皆保険制度」を維持するためには、国民全体がそれ相応の負担をしなくてはならない。
働く若い世代が減少し、働かない高齢者が増えてくると、その医療費負担は若い世代にのしかかってくる。
それだけではなく、日本人が一生の間で一番医療費を使う世代が後期高齢者と呼ばれる世代である、ということを考えると、「支える世代の減少+支えられる後期高齢者の増大=社会保障としての医療費の崩壊」という状況に陥る可能性が高い、ということがわかると思う。

その中で注目したいのは、「電話やネットでの問い合わせ対応」という方法だ。
日本の場合「皆保険」という制度があるため、気軽に病院に行ってしまう傾向がある。
それが「早期発見・早期治療」に結びつくのであれば良いのだが、中には「病院に行くほどでもないが、行くと安心する」という、理由で病院通いをしている方もいらっしゃるのではないだろうか?
以前よく言われていた「病院に行くと老人会のようだ」という揶揄があったが、そのような状況は決して「皆保険制度」の本来あるべき姿ではないはずだ。
もちろん「大した病気でもないのに、我慢しろ」と言っているのではない。
適切な病院に行くための前段階として「電話やネットで自分の症状を伝え、相談し、良い治療を選択の提案を受ける」、という意味だ。

今回の「新型コロナウイルス」の感染拡大、特に医療者の感染が分かると「病院に行くこと」に抵抗感を持ってしまうだろう。
だからと言って、「自分の体調不良の心配の解消」にはならない。
医師会等がつくった「問診表」のようなモノをネット上に公開し、自分の症状をチェックすることで、「かかりつけ医」を持っている人であれば、事前にその情報が「かかりつけ医」のところに行けば、診療時間の短縮にもなるだろう。
「かかりつけ医」が無い人でも、最適な診療所を紹介してもらい、事前に紹介された診療所に情報がいっていれば、安心して診療を受けることができるのでは?
結果、少しでも「効率の良い最適な治療」ができるようになれば、医療費そのものが僅かでも軽減されるのでは?

今回の「新型コロナウイルス」騒動で、棚上げ状態になってしまったのか?現役世代以上の収入のある高齢者の医療負担のお願いも含めて、「効率よく適切な治療を受ける」というシステムづくりもまた、医療費軽減として必要なことだと思うのだ。



コメント

「新型コロナウイルス」が経済にも影響し始めた

2020-03-13 21:33:47 | ビジネス

WHOの「新型コロナウイルス」の感染拡大による「パンデミック状態である」という声明をうけ、NYだけではなく日本の株価も下落し続けている。
NYも東京も株価下落は、WHOの声明以前から始まっているのだが、WHOが「パンデミックである」と認めたことで、加速度的に下落が続いている、といったほうが正しいのかもしれない。

米国のトランプさんの「経済のテコ入れ策」も相当右往左往している感じだが、安倍さんも同様かもしれない。
むしろ安倍さんのほうが、もっと深刻な気がしている。
というのも、既に日銀による景気の下支えになる策は、ほぼ無いのでは?という気がしているからだ。
それを象徴するのが、7年に及ぶ「異次元緩和」による大量の国債購入だ。
そのうえ「マイナス金利」という政策も行っている。

既に「異次元」の経済政策を日銀が行っているのに、これ以上の策があるとはとても思えないのだ。
確かに、一時的な策はあると思う。
思うのだが、既に日本経済は相当傷んだ状態になっている、と考えたほうが良いのでは?
そのような状態で直撃したのが「新型コロナウイルス」というが、実情だろう。

「新型コロナウイルス」の感染拡大がもたらした禍は、ご存じのように「国民の健康」という点だけではない。
感染拡大を防ぐ為に、全国の小中高校が臨時一斉休校となり、高校野球は100年の歴史の中で初めて中止(戦時中は除く)となった。ほかにも様々なスポーツイベントや音楽イベントの中止や延期が発表されている。
これだけ見れば限定的な印象かもしれないが、観光業や交通関係の企業に影響が出てきているのは、ご存じの通りだろう。
人・モノが動かないということは、お金もまた動かない、ということになる。
感染拡大により従業員に陽性反応が出てしまえば、一時期的であっても事業所は閉鎖することになる。
中小零細企業にとっては、死活問題となってくる、ということは暗に想像ができる問題だ。

このような状況になっても、日銀は「大企業」に目を向けているようだ。
日経新聞:日銀、社債・CP購入拡大へ 大企業にも安全網

昭和の頃は、大企業を対象に何等かの手立てを打てば、その下請け・孫請け・曾孫請けもその効果が波及することがあった。
しかし、バブル経済が崩壊し、リーマンショックを受けた日本の大企業には、そのような余裕等無いはずだ。
事実、「親会社から契約を切られ、廃業せざる得なかった」という中小零細企業の話を、数多く聞いてきた。
むしろ、安全網を必要としているのは、大企業ではなく中小零細企業なのではないだろうか?
日本の産業を下支えしているのは、ほかならぬ中小零細企業だからだ。

少なくとも、中小零細企業が「運転資金」を必要としている、というのであれば大企業よりも優先して「融資をさせる」ような、金融企業への指示が必要なのでは?
「バラマキ融資」では困るが、この局面を乗り切る為のサポートを日銀や政府が積極的に行うために、手を差し伸べるのは内部留保を潤沢に持っている大企業ではないと思うのだ。

コメント

社会が殺伐としてきた。だからこそ「文化」を守る必要がある。

2020-03-12 16:04:03 | アラカルト

ついにWHOが、「新型コロナウイルスパンデミック」化の声明を出した。
BBC News Japan:WHO、新型ウイルス感染拡大は「パンデミック」積極的な対応を呼びかけ

同様のニュースが、NHKでもあったはずなのだが、「積極的な対応」等の表現が抜けているようだ。
そのため、BBCニュースをリンク先とした。

多くの人は「やはりパンデミック状態になったか…」という、感覚のほうが強いのではないだろうか?
というのも、WHOがこの声明を出す前から「パンデミック状態なのでは?」という、懸念する声があったからだ。
だからと言って、WHOの声明が遅すぎたと言い切れないような気もしている。
何故なら、WHOがある欧州と発生源となり急速に感染が拡大したアジアとでは、その危機感が違っていたのでは?と、想像するからだ。
それが、欧州にまで広がり、イタリアでは北部の都市を閉鎖。
アフリカまで感染拡大が確認されるようになってきたからだろう。
日経新聞:新型コロナ感染 世界マップ

このような状況となった時、真っ先に無くなってしまうものがある。
それが「エンターティメント」を中心とする、「文化イベント」だ。
今月初め、「新型コロナウイルス」の感染拡大が懸念される中、東京事変がライブを行い相当な批難があった。
note:堀江氏や椎名林檎の東京事変などのウイルステロの確信犯は「破防法」の調査対象指定団体にすべきである。

個人的には「『破防法』を持ち出すほど、ヒステリックにならなくても・・・」とは思うのだが、このような論調が今の社会にあることは事実だろう。
だからこそ、国からの要請とは言え、様々な音楽イベントが中止や延期となっているのだ。
だからと言って、このままで良いのだろうか?
今主流である音楽イベントの多くは、東京事変のようなポップバンドだ。
都市封鎖となったイタリア北部は、「イタリアオペラ」が生まれたところで、ファンも多い。

音楽をはじめとする「エンターティメント」は、私たちの生活にとって必需品ではない為、このような状況になった時、真っ先に切り落とされてしまう。
そうなると、社会はどんどん余裕がなくなり殺伐とした雰囲気になっていくのではないだろうか?
むしろ、このような時だからこそ、必要なモノのような気がするのだ。
朝日新聞:もう食えない、3月末が限界 危機下で音楽は不要なのか

とはいっても、公演をすることは難しい状況だ。
それでも、アイディアが無いわけではない。
昨年秋、英国のバンド「コールドプレイ」が、「今後はyoutubeでライブを配信する」と、話題になったことがあったからだ。
BARKS:コールドプレイ、環境面で最適な方法がが見つかるまでツアー停止
他にも、ニューヨークメトロポリタンオペラは、映画館での「ライブビューイング」を行っている。
松竹:METライブビューイング:オペラ

今は「サブスプリクション」という、課金システムによって音楽を楽しむ層が増えている。
同様に「サブスプリクション」等によって、以前のものも含め「ライブ配信」という方法もあるのでは?ということなのだ。
音楽ライブに関わる人達は、ステージに立つミュージシャンよりも遥かに多い人たちの力によって、成り立っている。
そのような「黒子」となっている人たちをサポートするためにも、今ある技術を使って「エンターティメント」を届けることが、殺伐とし始めた社会の中では必要だと思うのだ。
それが「文化を守る」ということにも繋がるのでは?と、考えている。

コメント

今だからこそ、じっくりと本を読みたい

2020-03-11 19:15:35 | 徒然

9年前の今日の出来事を覚えている方も、多いはずだ。
そして「被災地東北は、復興途中である」という事実を、シッカリと受け止める必要があると思う。
特に「東京電力福島第一原子力発電所事故」は、9年経っても収束の目途がついたとは言えない状況にある。
もちろん、事故によって強制的に避難させられた人たちも、今だ「避難状態」にある。

今、日本社会だけではなく世界中に、激震が走っている。
WHOは「パンデミック」と宣言していないが、中国で始まった感染症「新型コロナウイルス」の感染者が、アジアだけにとどまらず、欧州にまで拡がりつつある。
イタリアなどは、一部の都市を封鎖するようになり、感染者が発見された国や地域は「封じ込め」ようと、必死になっている。

このような状況になると、人の心は大きく揺れ動き、不安が起きる。
不安が起きるだけではなく、社会全体が暗く沈み込む雰囲気となる。
今は様々な文化・芸術が、息をひそめてしまっている。
劇場やコンサート、スポーツ観戦や映画鑑賞など、人が集まる場所へ行けないからこそ、本をじっくりと読むのはどうだろう?

例えば、故池田晶子さんの「あたりまえなことばかり」。
池田さんは、「14歳からの哲学ー考えるための教科書」の著者として、ご存じの方も多いと思う。
この「あたりまえなことばかり」では、生きることや癒し、死ぬということなど、「生きることを考える」というテーマが実に多く書かれている。
もちろん、哲学を基にしているので、難解さを感じるかもしれないが、「難解だな~」と思い・感じることが大切なのだ、ということにも気づかされる。
何より今の私たちは、本来なら「考えること」ところを、「誰かが言った」、「国の決めたことだから」・・・と、誰かに考えることを任せてしまっているような気がする時がある。

「東日本大震災」では、多くの方が犠牲になられた。
その時、いのちが助かった方でも、その後悲しい人生の終りを迎えられた方も少なくない。
そのような人たちいての「復興過程」である、という認識を持つ必要があると思う。
だからこそ、「生きること」「死ぬこと」、「癒し・癒されるということ」を、自分なりに考える時間が、必要なのでは?という気がするのだ。

9年前とは違う状況ではあるが、社会全体が暗く沈みかけている今だからこそ、9年前のことを思い、本を読む時間を大切にし、自分で思考を深める必要があるかもしれない。

コメント