日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

この秋の注目は?

2006-09-29 22:11:23 | トレンド
昨日のエントリにコメントを下さった、伊藤浩子さんありがとうございました。
質問の内容ですが・・・今でも頻繁にあります。
恥ずかしい思いをすることも、しばしば・・・少なくとも新庄選手のように「セルフプロデュース力」のない自分の場合は、一つひとつが経験なんだと思います。

今年は、昼間の暑さとは別に朝夕の涼しさを感じるのが少し早いような気がする。
という訳でもないのだろうが、秋物の動きがやや早いような気がする。
その中で、目立つものがいくつかある。

コンビニエンスストアーなどのお菓子売り場で目立つのが、「栗」を使ったモノ。
もちろん、スーパーマーケットなどの売り場でも同じだ。
それも、キットカットミニ「和栗」等のように「栗」と言っても「和栗」を謳ったモノが目に付く。
キットカットだけではなく、森永製菓も9月の新発売商品として「栗」商品を3種類発売している。
ここ2,3年続く「抹茶」や「緑茶」、「小豆」といった「和テイスト」商品も季節商品として定着してきている感がある。

ファッションに目を転じると、「タイト」というよりも「スキニー(脚にピッタリくっついた)」と呼ばれるタイプのジーンズが、注目アイティムとなっている。
もちろん、ヒップハンガーと呼ばれる「腰ばき」タイプ。
この「スキニージーンズ」に合わせるのが、膝丈のチュニックやトリコット等のやわらかい素材のスカート。
もしくは、ジョッキーブーツに入れ込むというスタイル。
いずれにしても、相当美脚の自信がないと着こなせないような気がするのだ。
来年も流行っているのか?疑問なのだが、トレンドを追いかけるファッションフリークとしては、決して外せないアイティムだろう。
少なくとも「食欲の秋」を捨てて、「オシャレの秋」を優先する覚悟が必要だ。

「食べ物」と「ファッション」の傾向を見ていると、「食は和、(日本人)体型無視のファッション」が、ますます強まっているようだ。




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新庄選手にみる「セルフプロデュース力」

2006-09-28 22:17:47 | アラカルト
先日のエントリ「『美しい国』か・・・」にコメントを下さった、lupinさん、ありがとうございました。
お久しぶりです。
日本自体は、国土としても緑豊かですし古都などの風景など「美しい」所がいっぱいありますね。
「人の品格」というのでしょうか?それも確かに素晴らしいと感じるところがあります。
まぁ、他のコメントをくださった方のように「匿名性」による暴力などもありますが・・・。
ただ、「お金儲けの上手い人」や「(実態のわからない)雰囲気ハイソ(=上流社会)」に注目される傾向は「美しい国」の姿なのかな~という疑問があります。

昨日、パリーグのレギラーシーズン1位が日本ハムに決まった。
北海道の日本ハムファンのみなさま、おめでとうございました。
そして、この春引退を表明していた新庄選手の引退セレモニーもあった。
「引退セレモニー」については、イロイロなことがあったようだが・・・部外者には分からないことなので、なんともいえない。
それでも、新庄選手というスポーツ選手を見ていると、「セルフプロデュースが上手い」と言う気がする。

野球とは関係のないスタジアムでのパフォーマンスには、イロイロ言われていたようだがエンターティメントとしての野球の楽しみを増やしてくれたように思う。
何より、野球に興味を(まだ)持っていない若い女性や子供たちを、スタジアムに行きやすい状況を作ったことは、野球そのものの人気の底上げとなったのではないだろうか?
引退を発表した時も「サッポロドームを(観戦者で)いっぱいにしたいと思っていた。それが出来たから」といったことを、話していたように記憶している。
「人気者」としての自分のチームでの役割と、野球選手としての役割というものをその場その場に応じて時には演じ、懸命なプレーをしていたように感じるのだ。

「場の空気を読む」ことに長けているだけではなく、「自分を見せる方法も手法も知っている」そんな印象がある。
その意味で、新庄選手の「セルフプロデュース力」は、野球の実力以上にあるように思う。
真似をする必要はないが、参考になるところもありそうだ。
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「美しい国」か・・・

2006-09-26 23:18:56 | 徒然
今日、安倍内閣が発足した。
安部さんは「美しい国内閣」というキャッチフレーズを言っていたが、「美しい国」ってどんな国でしょう?
と言っても安部さんの「美しい国へ」という本をまだ読んでいないので、なんともいえないのですが・・・。

「再チャレンジ」という言葉も頻繁に聞かれるが、若い世代は何度でもチャレンジできるチャンスはあると思うのだ。
ただ、チャレンジする意欲を殺いでいるような気がしてならない。
その一つが「勝ち組み・負け組み」という分け方。
勝ち組みといわれる一握りの人たちと、その他大勢の負け組みという単純な構図なのだろうか?
本当は「やや負け組み」の人の方が多くって、それが世間のスタンダードとなりつつあるのに、雑誌などが取り上げる「シロガネーゼ」や「コマザワンヌ」も「チョッと頑張れば自分も仲間入りできるかも?」と思いつつ、そのクラスに入れないクラス閉鎖みたいなモノを、敏感に感じ取っているのが今の若い世代のような気がするのだ。
それだけではなく、日本企業の基本の「減点主義」的発想では、クラスアップすることが目標であり、そこから降りることは仲間から外れ「負け組み」となることだと、気付いているのではないだろうか?

むしろ問題なのは、「再チャレンジ」の対象とならない「リストラ組」なのでは?
技術的なものがあっても、企業収益優先で納入価格を叩かれる町工場もたくさんある。
単に、売上数字をあげる人が優秀なのではない。
金融だけが、日本の経済を支えている訳ではない。

お金儲けが上手い人たちが時代の顔にならない、様々な価値観を互いに理解し合える国が「美しい国」であって欲しいとおもうのだ。
「ひとの幸せ」という価値観を大切にすることが「美しい国」なのではないだろうか?
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50年という時間-徳山ダムにみる公共事業-

2006-09-25 21:58:43 | アラカルト
全国的にはあまり話題になっていない、岐阜県・徳山ダムの徳山ダムで試験湛水が、今日始まった。
計画から50年という時間が経っての試験潅水だ。
しかしこの徳山ダム、使用目的が計画時点から二転三転している。
そして今だ、はっきりしていない部分が多い。
ただ、建設・運用費用として岐阜だけではなく、名古屋市など周辺の住民負担が決まっている。

この徳山ダム、計画から50年という時間で目的が二転三転していく中で、事業の見直しはされてこなかった。
「事業ありき」の計画だけが進むのだが、用地収用などや住民の理解がなかなか得られなかったりしたことも事業の遅れとなった。ただ、旧徳山村の住民が移転してから20年近くも遅れたのは、別の理由がある。
それが、「事業目的」が当初予定から次々と変わり、そのたびに建設・運用費用などを負担することになっている自治体などからの理解を得られなかった、という部分とも言われているようだ。
特に取水目的などは、人口増加を見込んでのことだった。
しかし、ご存知のとおり人口増加どころか、日本の人口は減る傾向にある。
他にも、工業用水という目的も企業の製造部門は次々と海外移転をしたり、環境問題などを勘案した「省エネルギー型製造」へと転換した結果、「水あまり状態」となってしまっている。
それは「徳山ダムを作る」ということが、「目的」で当初の目的などはどこかへ行ってしまったような印象すらある。

「公共事業」といえば、この「徳山ダム」に象徴されるように、当初目的がいつしか建設が目的となってしまうことが少なくない。
これまでも様々な方が指摘してきた。
50年という時間の経過ほどではないが、普通の企業であっても似たようなことがあるはずだ。
事業計画を立てたの市場調査を、適時見直すことなくテストマーケティングをし、当初の市場調査のデータに翻弄され、実際必要と考えられる市場を見誤るということは無いだろうか?

時代とともに、必要とされるモノ・コトは違う。
そして、常に見直すだけではなく時には撤退する勇気も、必要なのではないだろうか?


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地方に注目

2006-09-23 21:05:21 | アラカルト
朝日新聞のasahi.comに非常持出袋は秋田の郷土色満載 インスタント食品8点という記事が、掲載されていた。

「非常持出袋」といえば、カンパンなど全国どこも同じ内容なのではないだろうか?
地震などの震災があると、避難所での食事が問題となる。
「おにぎり」や「パン」といった冷たい食事が多くなり、避難所生活が長くなればなるほど、「食事の楽しみ」がなくなり、食欲減退などが問題となってくるといわれている。
おそらく、そんな時「地元の伝統食」が出されれば、避難所で生活している人も「食の楽しみ」となるだろう。
その意味で、今回の「郷土料理満載非常持出袋」は、画期的というか今までなかったのが不思議なくらいだ。
これがきっかけとなって、全国各地に「郷土料理満載非常持出袋」が、登場するかも知れない。

「郷土料理がある」ということは、それだけ豊かな食文化があるということにもなる。
コンビニエンスストアーなども、徐々に「郷土色」を打ち出したお弁当を販売しはじめている。
全国均一がウリのファーストフードとは、違った生活者へのアプローチだ。
これから先、ファミリーレストランなどでも「郷土食」をもっと打ち出したメニューが、増えてくるかも知れない。

アートにしても、世界に向けて情報を発信することに熱心なのは、地方のようだ。
費用などの面での不安があるが、「文化」という「生活の豊かさ」は都会よりも地方にあるのかも知れない。
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飲酒運転取締

2006-09-23 00:57:18 | 徒然
今日、友人と食事をしお店を出たら警察官がズラリ!
一体何事か?と思ったら、飲酒運転の取り締まりでした。
今日食事をした場所は、名古屋の「錦三丁目」と呼ばれる繁華街ではなく、かつて賑わっていた飲食店街。
自動車自体、一方通行ということもアリ、あまり走っているような場所ではないのだが・・・。
これも、今社会的問題になっている「飲酒運転」対策、ということなのだろう。

そう言えば、先日「飲酒運転検挙件数」というのが、新聞に発表されていた。
そして、堂々の1位は名古屋だった。
事故を起こしてニュースにはならないが、実態としては多いということなのだろう。

ところで、外食を殆どしないこともあり「飲酒運転取締現場」というモノを、初めて見た。
車1台1台を止め、運転者に息を吹きかけてもらう警察官の姿を見て、「大変だな~」というのが素直な感想だ。
てっきり、最初から検知器を使って取締をしている、と思ったのだ。
アルコールの含まれた息を吹きかけられるのも苦痛だろうが、いわゆる口臭に問題のある人の息もあることを考えると、「苦行」という言葉を思い浮かべてしまった。
IT万能時代に、ローテックな気もするのだが、最初の確認作業ということなのだろう。
安全の為だけではなく、息を吹きかけられる警察官の方のためにも、早く、飲酒運転防止の為のシステムを自動車メーカーにお願いしたい、と感じた瞬間でもあった。

そんな警察官の脇を、したたかに酔っ払ったオジサンが、大声をあげながら千鳥足で帰っていく姿は、なんとも・・・。
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商品名と地域

2006-09-20 21:33:56 | マーケティング
毎日新聞のWEBサイトに、興味深い記事が掲載されていた。
呼び名で分かる:地域編 出身地を推測できる「ばんそうこう」という、記事だ。
「ばんそうこう」という当たり前に有る商品だが、呼び名が地域によって相当の違いがある。
そのよい例が、「サビオ」だろう。
「サビオ」=「ばんそうこう」と理解できるのは、限られた地域になる。
子供の頃から慣れ親しんだ商品に対する「信頼」は、大人になってからも続く傾向がある。という内容のエントリをしたことがあるが、商品名などはそのあらわれかもしれない。

この調査でもう一つ興味深いのは、一般化された商品名が地元企業の商品が殆どだということだ。
「バンドイエド」や「ばんそうこう」はともかく、「サビオ」にしても「カットバン」にしても、地元企業の商品。
流通などの問題もあるからだろうが、これだけ同種の商品が市場流通している現在でも、地元企業の商品名を使っているのだ。
これが「商品に対する親しみ」と言うことなのだと思う。

「商標登録」という知的財産は、企業の新たな財産といわれて久しい。
既になくなってしまった商品でも、その名称が残り使われているというのは、想像するよりも遥かに財産価値がある「信頼」のあらわれということだろう。

そういえば・・・20数年前ホームステイした家庭では、ティシュペーパーのことを「クリネックス」と呼んでいた。
そこまで浸透すれば、単なる商品名や「ブランド力」ではない、企業の財産なのだと思う。
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戦後の亡霊をみるよう

2006-09-19 22:44:05 | 徒然
明日、いよいよ自民党の総裁選挙。
だいぶ前から、「安倍さん有利」というか「安倍新総理」という雰囲気が漂っている。
今回、総裁選に出た安倍さんは、岸信介のお孫さん。
そして、麻生さんは吉田茂のお孫さん。
なんとなく、戦後の日本政治を思い浮かべるような・・・。

総裁選前に聞きもしないのに、アレコレ発言していた森前首相は、新総理の後見人のつもりなのか?と勘ぐりたくなるような・・・。
でも、森さんの時代はずっと前に終わっているんですけど・・・と思うのは、私だけなのだろうか?

明日の夜には、きっと「安倍新総理」が決まっているのでしょう。
という訳ではありませんが、書店に行くと「安倍関連書籍」が幾つもありました。
ご本人の「美しい国」は、ともかく他の本は売れているのかな~???と、やや疑問でしたが、総理就任前にこれだけ書籍がでる人も珍しいような気がする。
同じ「サラブレッド」の麻生さんの書籍は、見ることがありませんから。
お爺様である吉田茂関連書籍は、見るんですけどね~。
という、書店風景でした。
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日本のアートは、田舎から?

2006-09-18 21:58:58 | ライフスタイル
久しぶりに、美術を学ぶ若い知人にあった。
どうやら先月から今月10日過ぎまで、新潟県妻有という地域で行われていた「越後妻有トリエンナーレ」のボランティア「こへび隊」に参加していたようだ。

「トリエンナーレ」という言葉に引っかかって、現在発売のVOGUE NIPPONのアート頁を見直してみた。
ちょうど、掲載されていた美術祭がこの「越後妻有トリエンナーレ」の記事だったのだ。
他にも、アーティスト・奈良美智さんが青森の弘前・吉井酒造煉瓦倉庫でやっている美術展・AtoZの記事が掲載されている。
題して「ヒーリングアートの旅」。
確かに、「越後妻有トリエンナーレ」も奈良美智さんの「AtoZ」も、東京などの大都市での開催ではない。
むしろ、妻有や弘前といったところなければ開催できない「アート空間」なのだ。

「こへび隊」として参加していた友人から話を聞いてみると、欧州から参加しているアーティースト達からは「ベネチア・ビエンナーレよりも面白い!また参加したい」と、高い評価を受けているようだ。
それだけではなく、開催期間中にはフランス大使館関係者も観に来ていた、という。
日本では殆ど話題になっていないのに、フランスのほうが興味があるということなのか?

日本でのアート等の情報発信は、東京偏重のような気がする。
でも、東京発信の新しいアートというのは欧米の美術館から借り出した、有名な美術作品を中心とした内容のものが殆どなのではないだろうか?
3年程前、ルイ・ヴィトンとのコラボレーションで話題になったアーティスト・村上隆が最初に注目を浴びたのは、ニューヨークだった。
そうやって考えてみると、東京という最先端の情報発信地は、アートという分野に限っていれば、とても保守的なのかもしれない。
そして、欧州のアーティスト達は、日本の田舎に注目しているようだ。
日本の田舎=アバンギャルドなアート発信地・・・そうやって考えると、どこか愉快な気がする。



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フェアートレードと経済的支援

2006-09-18 08:30:18 | アラカルト
一昨日のエントリ「高校生達のフェアートレード」に、くぼたさんが「ホワイトバンド」の生産地が中国だけではなく、アジア各国であることやビル・ゲイツが全資産を寄付してもあっという間になくなってしまうなどの指摘がありました。
次原さんというのは、元日本代表・ナカタ所属のマネジメント会社(最近では、水泳の北島康介選手などが所属)の社長さんで、「ホワイトバンド」の日本での仕掛け人のことですし、好き嫌いの話は個人的なことですからコメントは差し控えたいと思います。

まず「フェアートレード」の考えを理解しているのか?ということ。
私が初めて「フェアートレード」という言葉をしったのは、15年以上前。
「ザ・ボディーショップ」 に置いてあった「木の棒(マッサージ棒)」でした。
原産国などはすっかり忘れたが、商品についてあったタグに「公正な取引」=フェアートレードがあり、興味を持った。
と言っても、「そういう考えがあるんだ・・・」程度だったのだが。

フェアートレードと間違えやすいのが、途上国などへに「生産地移転」がある。
確かに「生産地を移転」させることで、移転先の国の雇用は増え、安定するのだがあくまでもその国の産業として国が発展するというよりも、下請け企業を途上国に作っているだけの話だとも考えれるのではないだろうか?
「ホワイトバンド」の生産を中国から他のアジアの国へ一部移転させたといっても、その国の産業として他の国と対等に公正な取引が出来るようになったわけではないはずだ。
ある意味、途上国に生産拠点を移すのは人件費などの軽減なども考えられるし、「ホワイトバンド」に限っては、そのようなことはない!と考えられないのだ。

フェアートレードの基本は、途上国の伝統的な工芸品などを、日本や欧米での市場価格を考えた価格設定をすることで、途上国の生産者(多くの場合は女性)が経済的に自立できるようなシステムを、作り上げることを目的としている。
その考えは、コーヒーなどの農作物にまで広がりはじめている。
農作物の場合、欧米企業のプランテーションではなく、農園経営そのものを地元の人たちに任せることで、経済的自立を促すことを目的としている。
「ホワイトバンド」は、途上国の下請け化を促しただけなのではないだろうか?
もちろん、使い途についての明快な回答がされていないことも、疑念を生んでいるように思うのだ。

そして「ビル・ゲイツの全資産を提供しても・・・」ということについても、「経済的支援」は「経済的自立」のための最初のステップだと考えるべきなのではないだろうか?
食糧支援はもちろん、インフラ整備のための支援なども最終的には「経済的自立」によって、貧困国とか途上国と呼ばれている国々の人たちが自国を作っている為のはずである。
むしろ今問題とされているのは、「支援馴れ」による「自立の遅れ」という指摘もある。
たとえ、ビル・ゲイツが全財産を貧困国や途上国に提供しても、ビル・ゲイツがその国を作るわけではない。
貧困国から脱却し、彼らにあった生活スタイルを尊重し、日本や欧米の価値観を押し付けない「手助け」の一つとして「フェアートレード」があると考える。

「ブーム」というのは、「一時、話題になり持て囃され、その後忘れ去られていく」現象のこと。
「ブーム」を懸念するのは、本来あるべき姿ではないということなのである。
「フェアートレード」の考えは、地味に静かに長い時間をかけ広がってきているので、「ブーム」で終わることはないと考えている。
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