経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

活かすべきは「休眠特許」ではなく「開放特許」

2013-09-22 | 新聞・雑誌記事を読む
 今朝の日経の社説は、珍しいことに知財ネタ、さらに珍しいことに中小企業関連のネタです。
 「休眠特許で中小企業を元気に
 こうしたコンセプトが言われるのは今に始まったことではありませんが、これに対するよくある批判は、「『休眠』しているのには『休眠』せざるを得ない理由がある。それを大企業が中小企業に押し付けようとしても、うまくいくはずがない」という説です。かく言う私も、基本的にはそちら側に近い考え方でした。
 一方の賛成派に言わせると、これが「いや、大企業にとっては市場規模が十分でないために事業化できず、休眠せざるを得ない特許であっても、中小企業であれば魅力のある事業になり得ることがある。そうした理由で休眠している特許を中小企業に提供すればよい」という話になります。確かに理に適った説のようにも聞こえるのですが、そこには主役となるべき中小企業の「意志」に対する思慮がない。自分がやりたいと思って考えてきたたわけでもない、他人が要らないから使っていいよ、なんて言っているものに、中小企業が体を張って頑張っていくことができるのだろうか? リアルな事業は、そんな机上の空論だけで動くようなものではありません。

 さて、今年度はある調査事業に関わらせていただき、こうしたプロジェクトを成功させるためのポイントについて、いろいろ検討を始めています。まだスタートしたばかりではありますが、上記の両説はいずれもコンセプトについて表面的に論じたものにすぎず、実績をあげている川崎市産業振興財団さんの詳しいお話を伺ったりすると、まだ十分には伝わっていないと思われる、事の本質がいくつか見えてきています。本日はその中から、特に重要と感じているポイントを3点ほど。

(1) リスクの担い手である「中小企業」の立場で考えること。

 なにもこの件に限ったことではありませんが、リスクの担い手が誰であるのか、失敗のリスクは誰が負うのか。まずはリスクの担い手の立場に立って考えることが必要です。リスクの担い手にとってリスクをとるだけの価値がないことには、主役であるプレイヤーが動き出すはずもありません。
 たとえば、以前によく話題になった知的財産の証券化。知的財産の保有者には資金調達手段の多様化につながるというメリットがあり、コーディネートする証券会社や評価事業者もそこでフィーが稼げるのだから悪い話ではありません。ところが、このスキームでリスクの担い手となる投資家にとってどうなのか。いくら証券化してもよい知的財産が存在し、ストラクチャーの研究に熱心な人が集まっても、リスクの担い手となる、その証券を購入する投資家が「欲しい」と思わないことには始まらないのです。様々な投資対象がある中で、なぜ知的財産なのか。リスクの担い手の意志を横に置いておいて、資金調達をしたい、コーディネートをしたいという側の都合だけでその意義を論じたところで、現実的な動きにつながるものではありません。
 この話についても同じことで、実際に事業化を進め、製品開発や生産設備に資金を投下し、在庫のリスクを負うことになるのは、大企業でもコーディネーターでもなく中小企業です。その中小企業が、リスクをとってでもやってみたいと思うものでなければ、事業に結びつくはずがありません。大企業側の「休眠資産を有効活用したい」という事情がスタートラインであれば、それは押しつけ、‘パテハラ’であって、本末転倒です。そういう意味では、出発点が「休眠特許」であってはいけない。「休眠」かどうかは大企業の都合による分類であって、中小企業側には関係のないことです。事業の主役となる中小企業にとって重要なことは「使ってみたい特許」であるかどうか、そこにつきるはずです。大企業側から分類すれば、「他社に使わせることが可能な特許」か否か、つまり開放特許であるか否かが重要なのであって、それが結果的に休眠特許であったとしても、休眠しているかどうかは本質的な問題ではありません。
 川崎市産業振興財団さんのプロジェクトでライセンスの実績が出るようになっているのも、こうした面をよく考えて活動を続けられていることが大きいと思います。対象となる特許は、「休眠特許」として切り出されたものではなく、中小企業が利用可能な「開放特許」です。また、単にコンセプトを打ち出し、開放特許のリストを提示するといった形だけの取組みでもありません。このプロジェクトに限らず、日頃からの財団や川崎市の中小企業担当の皆さんの中小企業を訪問する地道な活動がベースにあり、各々の中小企業の現状とニーズを的確に把握しているからこそ、効果的なマッチングが実現できている。そこが見落としてはならない、最も重要な部分です。
 休眠特許をどのように活用するか、ではなく、中小企業に有効な特許をどのように見つけてコーディネートするか。そういうアプローチで取り組むことが、何よりも重要なポイントであるのだと思います。

(2) 直接的な売上げ等の目に見える効果ばかりに囚われないこと。

 大企業の開放特許を活かして製品開発を進めることで、これまでは下請け一筋だった中小企業が「自社製品」を持つことができる。そしてその「自社製品」の売上げが顧客の海外移転等の影響による下請けの売上減少を補い、中小企業が生き残ることができる。おそらく典型的な成功シナリオとしては、こういうストーリーがイメージされるのでしょう。
 しかし、自社製品を世に出したからといって、それがそんなに簡単にヒット商品になって自社の収益を押し上げてくれるほど、世の中そう甘くはありません。そこだけに結果を求め、開放特許を活かした製品の直接的な売上げだけで成果を測ろうとすると、もっと根本にある大切なことを見失ってしまうのではないか、と思うのです。
 もちろん、最終的にはその成果が数字に表れ、中小企業の生き残りや成長に資するものとならなければ、リスクをとって踏み出す意味がありません。しかし、成果が表れるまでのシナリオは、もっと多様なのではないでしょうか。目に見えやすい数字の変化を支える背景には、目に見えにくい体質の変化があるはずです。受け身から攻めへの企業の体質の変化、黙々と作業をする現場から積極的な提案が行われる現場への変化。仕事に対する姿勢が前向きになり、自社のポテンシャルに対する自信が育まれる。そうした変化を生じさせることができれば、開放特許を活かした製品だけに成果を求めなくても、従来の下請業務でも積極的な提案によって受注が拡大して、収益基盤が強化されるかもしれません。また、大企業の技術を活用して新しい製品を生み出した事実が、会社の信用力や注目度を高めることに効果を発揮するという側面もあります。
 大企業側のメリットについても同じことが考えられます。ライセンスの対象になった特許から得られる収入だけに目をむけると、おそらく大企業にとっては微々たるものであり、数字だけを考えると開放特許を中小企業に提供する取組みになかなか意義を見出すことはできないでしょう。それ以外の部分、中小企業とのネットワークを広げて新しい事業の可能性を探る、ライセンスを通じて関係のできた中小企業にどんどん自社のファンになってもらう、さらにはこうした取組みに積極的な大企業の企業イメージが向上するといった間接的な効果にも目を向けて、どれだけ意味のある取組みにしていくことができるか。そこにも何らかの価値を見出せないと、大企業側の協力を引き出すことが難しくなってしまうはずです。そのためには、「あの会社は地域の中小企業のためにも汗をかき、協力的でよく頑張ってくれている」と数字以外の部分にも目を向けて、頑張ってくれている大企業をしっかりと周囲が評価し、リスペクトすることも大切なのではないでしょうか。

(3) なぜ「特許」であることに意味があるのか?

 「特許=製品」というわけではない、特許のライセンスを受けられるといっても製品を構成する技術要素の一部を実施することが許されるということに過ぎなくて、それで直ちに製品開発が実現できるわけではない。中小企業が求めているのは、自社製品を開発して新規事業が立ち上がることであって、特許のライセンスはそのために必要になることがある(場合によっては必要ないことすらある)パーツの一つに過ぎないのではないか。それをあたかも特許のライセンス=新規事業のように言われることに、特許の専門家であれば、何か引っ掛かりを感じることはないでしょうか。
 私自身もそういう違和感が否めない部分があったのですが、「特許」にフォーカスすることの意味がいくつか見えてきました。
 一つは、大企業と中小企業が結びつく際の、わかりやすいつなぎ目になるということです。両者が提携することの意味が「特許」という形で見えやすくなり、対象が明確なので両者の社内におけるコンセンサスもとりやすくなる。支援する公的機関も、「特許」のように対象が明確なほうがテーマとしてとりあげやすい。多くの関係者が動かなければならないときには、ここは案外重要なポイントになるのではないでしょうか。
 もう一つは、特にライセンスを受ける中小企業にとって、大企業の「特許」技術を利用している、というシンボリックな意味です。どこにでもあるわけではない、最先端の「特別な」技術を導入し、そこに当社の技を加えて製品を作り上げた。これが中小企業にとって、オリジナリティに対する意識を育み、会社の体質を強化していく第一歩になっていくのではないでしょうか。


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