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赤い彷徨 part II
★★★★☆★☆★★☆
再起動、します
 



護国神社エリアを離れて高台寺エリアへ。高台寺は秀吉の正室である北政所が旦那の冥福を祈って建立した寺院で、とりあえずの目的地である八坂神社に向かう通り道にあった。

といっても実は高台寺や八坂神社ではなく、ここが目的だった。




浦和ファン必見(?)「ねねの道」。正式には高台寺道といい、「ねねの道」という愛称は、北政所「ねね」ゆかりの寺があるとおりだからとのこと。


ねねの行く道の向こうには何かが見えるような気もするが


へえ、あんたもネネっていうんだ?


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雨足が少しずつ強まっていくなか清水寺から歩を進めていくと、「坂本竜馬の墓」の文字。彼を尊敬して止まないtiangangさんがこれに珍しく食いつきw、彼が眠っている護国神社に向かうことに。そばには「霊山歴史館」もあるというし、日本史ヲタの自分が反対などするわけもなく、てくてくと「維新の道」を上り始める。



護国神社には竜馬に限らずいわゆる「志士」たちが眠っており、それらを探して雨の日には決して上り下りし易いとはいえない階段を進む。


さすがに真正面から人様のお墓の写真を撮るのは気が引けたので、山のふもとを見下ろす写真を撮ってみたところ、京都の街が一望できた。竜馬はこれを眺めながら今何を思うか、とか書いてみたりして。


途中、こんな石板がそこかしこに立てかけてあるのだが、1000円払うと何か好きなことを書いて、どこかに置いてもらえるらしい。「志」とか「攻」とかゲーフラかよ!みたいのがあって思わず笑ってしまった。そういえば新撰組の「誠」も浦和や磐田のゴール裏にはありそうだよな・・・。

「霊山歴史館」は幕末の歴史について復習するのにもってこい。この日は雨宿りもさせてもらえたわけだが(失礼)。

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リーグもオフに入ったので、大阪遠征とそれにかこつけて行った京都の旅行記でお茶を濁していく。

先週金曜の21時に夜逃げのように退社、いったん帰宅して夜行バスの集合場所である東京駅の丸の内中央口へ。到着するとそこは夥しいまでの人でごった返しておりまさに「芋洗い状態」。長い行列が出来ていて、いまさらながらいい歳こいて夜行バスなどという手段を選んでしまったことをちょっと悔やむ。

とりあえずの行き先である京都までは思いのほか近かったもののケツも痛くなり、どうして早めに「ぷらっとこだま」を確保しておかなかったなあ、などと思ってみたり。祇園祭と被っているなんて結構直前にわかったことだから仕方ないけど。

朝7時に京都駅に到着。覚悟していたよりは雨足は弱く、やや安堵。とりあえず駅構内のパスタ屋でモーニングを啄ばみながらtiangangさんと今後の行程について打ち合わせ。まずは朝6時から拝観を受け付けているという清水寺へ市バスで向かう。


しとしとと雨が降る清水寺は実に風情があって、相も変らずデカい声で喋りながら闊歩する中国人観光客たちも気にならないほど、周りを 囲む緑とも相まって、何というか心安らかにさせてくれた。今風にいえば「マイナスイオン」を体中に浴びたような、そんな感覚でしばし言葉を失う。考えてみれば「雨の清水」なんて、望んでもなかなか体験できないものだぜ?、とレッズサポ得意の「いいこと探し」でポジってみた(このあとおおいにこの得意技が必要になるわけだが)。


云わずと知れた「キヨブタ」。清水の舞台から飛び降りるつもりで台風の近づく近畿地方に行ってみたらいろんな意味で袋叩きに遭いましたが何か?


この後は雨が降る中、八坂神社の方まで歩くことにする。そもそもこんな日にわざわざ台風を迎えに近畿に来ていること自体が酔狂なのだから、もう酔狂ついでである。

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現在養老SA。台風の動向と同じくらい啓太が心配だ…。



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ロープウェー久能山駅から一路日本平へ。極太うぃあーさんの姿をみてうぃあーと見破ったガイドのお姉さんが「昨日は勝ってよかったですね」と。器が大きいねえ。しかしユニ着てるわけでもないのによくわかったなぁ。日本平の頂上?に着いてまったりしていると、ボランティアのガイドのおじさんが話しかけてきて、自分らの旅路とサッカーについて話す。最近ではあんまりエスパに興味がないとのことでやや残念だったが、ホント静岡の方はフレンドリーだ。

お茶会館に飛び込み、茶摘体験に申し込む。雨のなか茶を摘もうという酔狂な野郎どもにオヤジさんもややびっくり、というか半ば呆れ気味・・・。適当な場所まで先導して簡単に摘み方だけ教えただけで、さっさと家に戻っちまった。ちぇっ


何だかんだ言って雨の中で黙々と茶を摘むうぃあー

のんびりと茶を摘んでいると、東照宮の下から乗るはずの帰りのバスの時間が迫っている、というかほぼ絶望的な時間になっていることにはたと気づく。そこで仕方なく東照宮に戻るのは諦め、さっきのガイドのおじさんが教えてくれた清水駅寄りに降りられるという山道(日本平パークウェイでなく、「旧道」の方)を徒歩で進むことに。てか、今思うと結構なギャンブルである。


斜面に延々と広がる茶畑と、向こうに霞んで見える清水の街並み。心が洗われるような景色だが、このときは正直あんまり景色を愛でるまでの余裕はなかったw そういえば日本平はその昔、字はそのままに「やまとだいら」と読んだそうな(ロープウェイのガイドさんの受け売り)。


そう、こんな山道をひたすら下っていると、ふと絶望に襲われそうになるわけで・・・ 車で走ったらさぞかし気持ちよかったんだろうなあ。今度来たときは車で運転してみたい。そしてそのときこそ、東照宮を拝んでみたいものだ。


昨日は山を登って辿り着いた日本平スタジアム。まさか翌日に上から見下ろすことになろうとは・・・。この山道をひたすら下ると、スタジアム前の道に通じていて、ようやく見たことのある道をみた瞬間の嬉しかったこと。それこそ「エイドリアーーーン」である。まあ既にそこまでの元気もなかったが・・・。

そうこうして、東京行きバスの発車時間の30分前くらい(だったっけ?)にようやくスタジアムの傍の病院のある道でタクシーを捕まえ、一路清水駅に向かう。発車10分前くらいにバス停に到着、乗り遅れるという最悪の事態は何とか免れる。やれやれどうなることかと思った・・・。

まあ、勝ち点3は取ったし、海の幸は堪能したし、三十路に似つかわしくないような思わぬ冒険まで出来たしw、結果的に素晴らしい旅だった

企画してくれた極太うぃあーさんありがとう

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日本平での試合の翌日、起き掛けにおがわ@河岸の市にて海の幸を堪能した後、清水駅前からバスで久能山東照宮へ向かう。バスが途中までしかなかったため、ある程度歩く覚悟は決めていたのだが、それにしても3km以上の道のりをしかも雨のなか歩くのは結構しんどかった。「いちご海岸ストリート」って名前はかわいくて、しかも海沿いでそれはそれでいいんだけど何かもうトラックとかバンバン走ってるし雨だし・・・。

そうして心が折れそうになったところで前方に「いちごのジェラード」(この辺は旬の季節はいちご狩りの名所)の看板を発見、砂漠でオアシスをみつかたかのように躊躇なく飛び込む。車以外で来る客がほとんどなようで、突然の徒歩での来店におばさんもびっくりしていた。なかなか感じの良い方だった。テレビ番組「もしもツアーズ」で取り上げられたことのある様子(すんません店名忘れました・・・)。


ようやっとのことで目的地に辿り着いてやれやれと思ったら、どうもそこからさらに険しい山を登るらしいことを知りもう愕然。後でロープウェーのガイドさんに聞いたところでは1159段もあったらしいのだが、ここを毎日「通勤」しているという神主さんや巫女さんはすげぇと素で思う。ふくらはぎがしまってそうだな。


前日スタで跳ねた疲れと、何より深夜まで痛飲した反動で息が上がる極太うぃあーさん(と撮影者)。


駿河湾を見下ろす。絶景。ここで遂に頂上かと思い、両手をあげて思わず「エイドリアーーーン」と叫んでみた(加齢丸出し)が、ここはまだ一ノ門でまだまだ上がありそうな様子で再び愕然。


がっくりしてたまらず一ノ門の裏にて一息というか二息という三息というか・・・。しとしとと雨音だけが響く静寂なかで石の上に腰掛けていたら何となく癒されたような気がした三十四の昼。


もともとお寺のあったところに、1500年代に駿府に進出した武田信玄が久能城を建立。その後、徳川氏のものとなり、家康が死去した際に、遺言でこの地に葬られることとなったとのこと。ということで、道すがらは大河ドラマで盛り上がっている?山本勘介の掘ったと言われる井戸もあった。


ようやくここまで辿り着いたところでさらに階段が見えたのでさすがに萎え、とりあえず直ぐ傍に駅があったロープウェイで日本平に移動して、また戻ったところで東照宮を拝もうということにする。まあ、あとから考えればこの判断が結果的に裏目ったわけだが・・・。

(つづく)

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日本平での試合の翌日、軽い二日酔いと闘いながら河岸の市@清水港へ。2月に来た際に大行列を見て気になったのだが、時間がなくて諦めた「おがわ」へ(そのときは同じ河岸の市の「のっけ屋」で食べた)。

きばって開店時間(11時)の1時間前に来たところ、既に2組並んでいる。根気強く1時間待ち続けているうちに行列は見る見る長くなっていく・・・。開店時間を前にいよいよ店内へ。行列が出来ているのでとりあえず店内へってな感じのようで、注文を取ってもらえるまではやや時間を要する。でもきちんとお茶出ししてくれたりしてケアがあって好印象。少人数だったためカウンターに通されたが、板さんの包丁裁きがアリーナ席で堪能できて面白かった。

どうもネギトロが有名なお店らしいのだが、悩んだ挙句”海鮮次郎長丼”(1,500円)にする。写真を見てもらえばもう解説は要らんだろう。何がスゲぇって絶品の鮪の豪快な切り身がもう本当に惜しみなくシャリの上に敷き詰めてあるのだ。大ぶりな切り身が1枚1枚折り重なってる上に、写真で中央にいくらとかツマが見えると思うが、その裏にまで鮪が・・・。もう普通盛でも十二分に腹一杯になれる。ちなみに「のっけ屋」では刺身は美味かったものの、その分シャリと味噌汁との落差にがっかりしたのだったが、ここはシャリも味噌汁もおいしかった。

浦和戦の日本平開催が今後あるかどうか疑わしいところだが、今度来る機会があれば噂のネギトロ丼を頂きたい

てか、お魚三昧とかえらそうなこといいながらこれで終了なわけですが・・・

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もはや鬼門ではない日本平での久々の勝ち点3を見届けた後、祝杯を上げつつ美味い寿司を食おうと、前にもここでご紹介した「一兆」へ立ち寄る。が、何と予約で満席という非情の宣告。前回も前々回も同じ土曜のエスパの試合後だったわけで、唯一違うことと言えば「うぃあー」の存在くらい・・・。やっぱ・・・そういうことなんだろうか。だとしたら本当に怖い人たちだw

とりあえず宿に戻り、連れがフロントのおじさんに聞いてくれて「あき寿司」を紹介される。こちらも一兆同様、定宿からほど近いためぷらぷら歩いていく。如何にも寿司屋な外観で、店内はお座敷席2つとカウンターで、かなーり余裕のある造り。

とりあえず生ビールで祝杯を挙げ、さて何を食うかと思ったらメニューは壁にぶら下がっている札に名前が書いてあるのみで値段がない・・・。

それでも快晴の中での快勝の後の生ビールと藤枝の地酒「喜久酔」(きくよい)の魔力がオレたちの理性を吹き飛ばし、結局思うがままにオーダー。隣の地元のご家族とも話しが弾み(どうも今回はいろんなところで地元の方に話しかけられたが、そういうお国柄なのだろうか)、挙句は返杯しあったりなんかしてもうえらいことに。でも地元の方とお話できるなんて何かいいよな。


あじ。

無論こういう刺身や寿司もおいしかったのだが、今回一番印象に残ったのが↓の「ねぎま」。オヤジさんによれば、本来「ねぎま」の「ま」は「まぐろ」の「ま」とのこと。wikiで調べた限りでは葱鮪鍋のことしか出てこないので真偽はわかからんが・・・。まあでもそんなことはどうてもよくて、ともかく鮪の歯ごたえが心地よくて絶品で、おもわずおかわりしてしまった。1本いくらだかは知らないw


これはいいものだ・・・

そう、それで申し分ないほど美味しいのだが、やはり値段がわからずに飲み食いするというのは本当に怖いもので、相応の値段は取られるので注意が必要。結局この後へべれけ状態で夜の街に繰り出す。それからしばらくの出来事を滝沢賢治は何一つ記憶していない。○○が何度も手を叩いて跳ねて叫んでいたのも、△△が××を触っていたのも賢治の目には何一つ入らなかった。 そして4時間後・・・








あれ、何でこんな金がないの?


ま、勝ち点3取ったしいっか(違)

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と叫んだのは日向小次郎だったかと。自分からポストによっかかってプレーを放棄してたくせにその言い草はなかろうと、子供心に大いに疑問に思ったものです。というわけで去る日曜、浦和にとって大事な大事なアウェイの一戦があるというのに試合前に銚子に寄って飲み食いしてしまいました。ヌルサポでホントすいません。

東京東部に住んでいることから、鹿島方面に行くのもバスや特急を使うのはなんとなーく勿体ないような気がして、いつも在来線で往来することが多い。つい2日前に出張帰りに寄った成田駅まで行き、そこから銚子行きの列車に乗り換え。我孫子以降はこんな風景が只管広がっており、各駅停車の旅好きな自分としては1年に1回の贅沢な時間の使い方だったりする。今回スケジュールを立ててくれた連れの極太うぃあーさんには感謝。



そうしてとろとろ列車に揺られてようやく銚子駅に到着。連れに車内で警告されたとおり、ここでパスモで下車できずいきなりアウェイの洗礼?を浴びることに(つか、自動改札すらないし・・・)。駅を降りてそのままてくてくと歩いて目指すは銚子漁港。



もう「♪えいや~↑」とか聞こえてきそうなご覧の光景(↓)。最近もはやオレたちのアウェイ遠征は漁港に寄ることがデフォになってきた感が。そろそろ趣味に「漁港めぐり」とか書いちゃおうかしら・・・。ま、お目当ては海の幸と酒というわけなんだが。



ここ銚子漁港は特定第3種漁港(利用範囲が全国的な漁港のうち、特に水産業の振興のため重要な漁港として法令で定められた漁港。全国13漁港が指定されている。)で、年間水揚量では全国トップクラスの漁港であるとか。ええい薀蓄はいい、魚だ魚!


♪お魚咥えたドラ猫、というわけにはいかず。漁港は餌が豊富なんだろうか。


漁港内を散策していたら某Jリーグクラブの銚子漁港出張所を発見。左伴、やるな!

11時半過ぎに漁港そばの「おきの」にて早めの昼飯。1000円ちょっと?の刺身定食(写真右+ご飯)にあら汁(写真左)とアジの叩きと銀鱈の西京焼をつける。定食のお刺身はまぐろ、かつお、いか、たこ、蛍烏賊など。余りのおいしさに試合前だというのにビールに留まらず冷酒にまで手を出してしまう始末(言い訳すれば、鹿島まで乗り継ぎ待ち時間含めて結構な時間がかかったので試合前には完全に酒は抜けたんだけど)。それにしてもGW中だったせいかただの漁港ながら各地のナンバープレートが見られてなかなかの人手で、このお店も出る頃には行列ができていた。



さて、次のアウェイは清水港、否清水だな!


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粘りに粘った大分シリーズもこれで最後・・・

試合当日、「地獄めぐり」を終えて別府から大分に移動。大分県庁そばの郷土料理のお店「こつこつ庵」にて昼食をとる。店内は何か「昭和グッズ」とでも言うべきものが散りばめられており、不快にならない程度に、適度に雑然としていた。

座敷に通されたが、座敷にいた4組のうち少なくとも3組までもがうぃあーさんという状況は遠い大分の地でもやっぱりという感じ。とり天定食とどっちにするか迷った末、だんご汁定食にする。



何というか「『すいとん』みたいなもの」とか言ったら怒られてしまうのかな。まあいずれにせよ美味しく頂きました。お米が物凄く美味しかったのが特に印象的だったりするのだが。味もしっかりしているし、何か変な名前のメニューもたくさんあったので、また大分に来る機会があれば訪れたいと思う。今度は夜がいいなぁ。

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あろうことに「首位を走る」柏との大事な一戦を前にまーだ引っ張ります大分ネタ。今回は今更ながらスタをさらっと。02年日韓W杯用に、先日血迷って都知事選に出馬した黒川紀章氏(キショウといえば今日は新潟の貴章がやってくれたようで・・・)が設計を手がけて建設されたスタジアム。昨年3月からいわゆるネーミングライツによって「九州石油ドーム」と名称を変えた。いまでも「ビッグアイ」の方が何となくしっくりくるけども。



この日は降雨のため屋根が閉じられていた。向こう側はホームゴール裏。試合前にはここでビジュアルサポートが行われていた。最後の「あの瞬間」のヤツらの沸きようの凄かったこと!



メイン側。



バック側。試合前には「MARUHAN」の名の入ったものを含めデカユニ2枚。美しいスポンサーへの心配り?なのかもしれないが、とりあえず「HAN」は「恨」とかおっかないことはどうか言わないでください。



ハーフタイムに売店で買った大分名物「とり天」(250円)。味音痴なオレにはから揚げとの違いがわかりません ><



新潟に続く悪夢をみて呆然とバスに向かう道すがら遠くに光っていた観覧車。そのバスが渋滞でスタジアムの周りをぐるぐるしていていつまでもこの観覧車がみえてまあ焦った。まあ、それ以上に放心状態だったが。

最後にアクセスについて。この日、行きは大分駅からシャトルバスにてスタへ。料金は350円で、時間は目安として「25分」と書かれているものの、途中爆眠していてよくわからんがもちっとかかったような気も・・・。帰りは福岡空港に向かうツアーバスに乗り、埼スタ同様試合終了後の渋滞でなかなかスタジアム周辺を抜けられずすこぶる肝を冷やしたものの、高速に入ってからは運ちゃんが意地になって?飛ばしてくれたのでフライトの30分以上前には空港到着。夕飯をかき込んでから飛行機に乗れた。そういえば大分遠征だけど福岡を観光ってオプションも魅力的だよな、などと思うヌルサポなのでした。

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まだまだまだ引っ張る大分ネタ。試合当日、昼飯の後に散策した「府内城」(または「大分城」)。名所旧跡を観て回るのは好きなのだが、残念ながら城のディテールについて愛でるほどの蓄積はない。つーことで半ば花見なわけで。

ネットで調べたところでは、安土桃山時代の後期、石田光成の娘婿の福原直高によって最初に築城されたとか。江戸時代初期に建てられた天守は同中期に焼失してしまったらしい。てか、てっきり大友氏の城かと思っていたが、大友氏の居城は大分駅の東のあたりにあったとのことだ。うーん勉強になるわ。

折りしも4月1日の真昼間っつーことで、花見客でそれなりに賑わっていた。賑わっていたといっても芋洗い状態などではなく、スペースにはかなり余裕があり、またカラオケ等で大騒ぎしているような輩もおらず、心地よさそうだった。大分遠征のため東京ではゆっくり花見が出来なかったが、その分なかなか穏やかで良い時間を過ごせた。



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1週間経つのにまだまだ引っ張る気マンマンの大分遠征シリーズ。別府で前泊した際に夕飯で訪れた「チョロ松」。連れが以前訪れたことがあっておいしかったということで来店。駅の傍のいわゆる「盛り場」的な場所に立地。お客は地元の方々が多かったが、活気があって雰囲気の良い店だった。ちなみに、お店でテレビでJリーグ(神戸×鹿島)を放映していたのはちょっと意外だった。



さすがに1週間も経つと記憶がおぼろげ・・・。確か右下が関アジの叩きで、右上が「りゅうきゅう」。「琉球」と書くらしいが理由は不明。カンパチの刺身を、ネギ、胡麻、柚子胡椒で和えたもの。胡麻の香りと柚子胡椒の辛みが利いていて独特の味わい。あとは・・・なんだったっけw



焼いた筍。あんまり説明は要らないと思うが、シャキシャキしてうまかった。



(多分)ふぐの和え物。大分のふぐ、ということでいいのかな。



締めは名物らしい「鴨吸」(かもすい)のそば。このあたりはもうへべれけであんまり記憶がないので一部ネットの力に頼る・・・。具は葱、ごぼう、蒟蒻にぶつ切りの鴨肉。スープは鴨の出汁がきいていてコクがあってうまい。

他にもいろいろ注文したのだが一品一品味がしっかりしていておいしいし、焼酎や日本酒もおいしかった。大分遠征の際にはオススメかもしれない。まあ、ここで調子に乗って飲みすぎて温泉に入れなかったわけなんだが。

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最近仕事が忙しかったり、はたまた大分遠征疲れで気力もなくってネタがない。それをいいことに、まだまだ引っ張る気まんまんの大分の旅シリーズ。ええ、磐田戦が終わっても引っ張りますよ?

さて、地獄めぐりも終盤。真っ赤な写真はその名も「血の池地獄」。どのくらい赤いって当クラブ比でこのくらい赤いんです。



前日、せっかく別府に宿泊したのに飲みすぎて温泉に入れないという大失態を演じてしまった分を少しでも取り戻そうと、足湯に浸かってみた図。うーん気持ちいい。しかし、別府まで行って入ったのが手湯と足湯だけって我ながらアホ過ぎるorz 土曜開催にしなかったJリーグがすべて悪い。



こんなTシャツが売っていたので思わず購入。今度マジで職場で何もなかったように着て行ってやろうかと。他に「もう疲れました・・・」というTシャツもあったが、あまりにリアル過ぎてさすがに敬遠。あと、ここで売ってる「血の池軟膏」は血の池地獄の泥から出来ていて、いろんなもんに効くらしい。



最後は龍巻地獄。「間欠泉」(かんけつせん)と言って、一定の間隔で熱湯と噴気を噴出するもので、結構気長に待たなければいけないこともあるとか。今回はガイドさんのアドバイスで比較的すぐ拝むことができた。よく考えたら噴出していないときの写真もないとありがたみがよくわかんないよな・・・。



こうして8種類もの「地獄」を見て回ったわけだが、その後の試合の「2試合連続遠方アウェイで終了間際に同点に追いつかれる地獄」が一番堪えましたとさ。と、お後がよろし・・・くないようで。

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ほとんど動物園という印象だった山地獄の次は「かまど地獄」。地獄の噴気で御供飯を炊いた習わしがあったことからとか。よくわからんが。



入り口にはかまどの上に赤鬼が。後に出てくる「鬼山地獄」と混同してしまうよな。ここでは赤が青をやっつけていたんだけどな。。。



非常に美しい。まあつまりはヴィジュアル的にはかまどとは関係ないと。てか海地獄と変わらんじゃないかとか無粋な指摘はしない方向で・・・。



温泉っぽい絵である。最初この形でかまどかと思っていたことはナイショだが。

お次は「鬼山地獄」。名前は、ただ単に地名に由来するものとか。



We are Reds! We are Reds!
いや、浦和のゴール裏にもここまで怖い人はいませんから。多分。



この鬼山地獄のウリも、これまた地獄そのものというよりこのワニらしい。てか、この絵こそどうみても地獄・・・
各地獄は個人所有で、それぞれ集客のために工夫を凝らしていて、その結果動物園やワニ園などのユニークな施設各々設されているらしい。ちなみにその所有者の団体は「別府地獄組合」というおどろおどろしい名前らしい。



途中「秘宝館」という建物をいかがわしいものと勘違いして激しく興味を示す極太うぃあーさん

お次は白池地獄。



いや、海地獄とは違いますかっら。何か、一応色が変わったりするらしいし。ここはやっぱり水族館があって、いろいろ珍しい魚が展示してあった。

つづく

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