能楽・喜多流能楽師 粟谷明生 AWAYA AKIO のブログ

能楽師・粟谷明生の自由気儘な日記です。
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能『玉葛』のご案内 その1

2021-06-26 14:26:46 | 能はこうなの、と明生風に能の紹介

能『玉葛』は三番目物(夢幻能)と四番目物(狂女物)の二つの要素を取り入れた特殊な構成の能です。

夢幻能とは、前場にシテ(主人公)が仮の姿で現れ、ワキ(僧)に昔語りをすると、僧の弔いにより後場に亡霊(後シテ)として昔の姿で現われ、舞を舞い夜明けと共に消え失せますが、それは僧の夢であった、と構成されています。

狂女物は、生きている者の狂い(狂いとは、気違いではなく、思いが一点に集中しすぎること)を見せる能で、舞は優雅な「舞」ではなく「カケリ」と呼ばれる短時間の緩急ある動きで心の乱れを表現します。

狂女は一般に現在能に登場しますが、『玉葛で』は現身の人間ではなく、玉葛の亡霊が狂乱してカケリを舞うので異色です。

さて物語は、初瀬の長谷観音に参詣する旅僧(ワキ)が小舟に棹さす女(前シテ)に出会うところから始まり、旅僧は御堂と二本(ふたもと)の杉に案内されます。

女は玉葛が筑紫から都へ逃げ上り、この初瀬で母・夕顔の侍女だった右近(今は源氏に仕えている)に出会ったこと、そして玉葛の薄幸流転の人生を語り、実は自分がその玉葛の霊である、と明かし消え去ります。

(中入)

後場は玉葛の霊(後シテ)が現在物の狂女物の『班女』同様に肩脱ぎの格好で、しかも髪を乱した狂乱の風情で現れ、妄執を狂い見せます。やがて昔の事を懺悔して妄執を晴らしたように見せますが、僧の夢はそこで覚めるのでした。

さて、玉葛は何に苦しみ、狂乱するのでしょうか?

養父の光源氏をはじめ、兄にあたる柏木、そして多くの男の心を迷わせた業因が玉葛の狂乱の原因だと言われます。今の世では考えられない世界観ですが、取り分け光源氏からの思慕に悩み苦しんだと解釈して、作者の金春禅竹が戯曲したのではないか、と私は勝手に想像して今回は勤めたいと思います。

後場に謡われる、

「払えど払えど執心の

長き闇路や黒髪の

あかぬやいつの寝乱れ髪、

結ぼれ行く思かな

げに妄執の雲霧の」

と、暗い闇の「負」や「陰」の世界を想像させる言葉が並びます。

この謡の詞章と囃子方の囃す音色で、皆様お一人、お一人が個々にご自身の思い当たる過去の出来事と重ねてみると、この偏屈で厄介な難しい『玉葛』を少しは面白くご覧になれるのではないか、と思っております。


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