虚空を観じて

今感じたことを書くことは、年取った脳みそにいいんじゃないかと考えて認めています。日常の風景から、過去の記憶まで。

ちょっと考えたこと

2009年11月30日 | Weblog

暇に任せて、ネットを覗くと、ときどきびっくりすることに出会う。

たとえば、アンネの日記は捏造だったとか、ホロコーストも捏造だとか、

今まで信じて疑わなかったことが、全部あるいは一部がウソの可能性があることを知った。

もちろん、それなりの証拠や論理を駆使して説明をしている。

 

昔、学校で歴史の勉強したことの半分がウソだ、ということを聞いたことがある。

この言い方は大袈裟としても、偏向的に教えられていた、ことは理解できる。

 

現代でも、報道は都合の悪いことは、流さない。決してニュートラルではない。

偏向的に報道しようが、それはそれで視聴しなければいいわけだが、

NHKはニュートラルを堅持しなければならないが、どうもそうでもないらしい。

 

経済の悪化やデフレ傾向の報道が目立つが、外国人参政権の行くえには注意をしている。 

日本の立法は、国民の「善意」を前提にしている。

これは、もう機能しなくなっているので、最初から、人間は悪いことをするものだ、法律は利用されるものだ、という前提に立たなければならない。

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練習に行こう

2009年11月29日 | Weblog

ゴルフを忘れていた。その気も起こらなかった。

部屋の奥に、道具があった。クラブを持ってみた。

違和感はない。

しばらくやっていなかった。

 

ゴルフを覚えたのは、ペルー赴任中だった。

練習もせずにいきなりコースにでても、人に迷惑をかけるほど前後が詰まっているわけではないので、

友人と、そのままコースに出た。

空振りはなかったが、よく曲がった。実際にやってみて、面白いスポーツだなと思った。

以来、ゴルフにはまって、毎週出かけた。

およそ、ゴルフは考えていることと反対のことをすればいいと言われる。

ボールが右に行けば、人は左を向きたがる。ところがこうするとボールはよけいに右に行く。だから、右を向いて打つ。

ボールは、あるがままに打つ、のが基本だが、だれも見ていなければ自由に動かせる環境を、

不思議に思って訊ねると、それがゴルフの特徴だと教えてくれた。

つまり他のスポーツのように反則を判断する人がいない。反則はし放題というわけだ。

全部自己責任においてやるんだという。

多分、この辺りが人生と似ていると言われる所以だと思う。

 

いつまた声がかかるか分からないから、練習にでも行こう。

 

日記@BlogRanking    ガソリンスタンド店員のイラスト  

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愚?

2009年11月28日 | Weblog

人から、とてもいいことをされて、感謝する。

その行為を忘れないでおこうと、おもう。

ところが、同じ人から、イヤことをされると、

「それが、その人の全て」

だと考えてしまう。

よくあることだ。    ・・・自分にも身に覚えがある。

考えてみれば、

どんなにポジティブなことが多くても、ひとつのネガティブが、全てをかき消し、ネガティブが総てだと判断してしまう。

現実の社会生活では、残念ながらこの逆が無い。

この逆があれば、人生はもっと素晴らしくなるのに、と思う。 

 

小沢幹事長の、

「キリスト教は排他的で独善。だから西欧文明は行き詰まっている」

との発言は、もっとマスコミで叩かれると、思っていたが、それほどニュースにもならない。

以前、日本は「神の国」と発言しただけで、あれだけ叩かれたのに、と思う。

政治の裏表を知り尽くした幹事長が、世界を敵に回すような発言をする意図はどこにあるのか、とも思う。

とても不注意で発言したとは思われない。

それなりの地位にある政治家が、キリスト教を批判する、なんてことは考えていてもしないだろう。それが日本であっても、外国であっても。

関係者の反論や抗議は当然だろうが、

ただ、作家の曽野綾子さんの反論は、いただけない。だから、宗教はイヤだと言う感覚を持たざるを得なくなる。

 

この「キリスト教は排他的で独善。だから西欧文明は行き詰まっている」ということに関しては、誰もが本能的に感じていることではないか、と思う。

 

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今夜の分まで

2009年11月27日 | Weblog

昨日、マイケル・ジャクソンの映画を見に行った。終了一日前だったためか、満員だった。

まさにエンターテイメントの塊だった。

あれがリハーサルなら、本番は目映いばかりの舞台になったに違いない。

プロの中のプロ。

実際の舞台を、いままで一度も見なかったことを後悔するほどだった。

 

昔、30年も前だが、ディズニーワールドに家族で行ったとき、

一人の黒人が近づいてきて、娘の頭を撫でた。びっくりしたが、ちょっと離れたところに2~3人のおおがらな黒人もいた。

辺りはお客も少なく、僕ら家族だけが、だだっ広いところを歩いていたような記憶がある。

娘はまだ3~4歳くらいだったか。

日本人のまっすぐ伸びた黒髪は、外国人には、特に黒人には、おそらく非常に美しく見えるのだろう、そう解釈した。

それが見覚えのあるマイケルらしいとはすぐに分かったが、、そのときは、サインを貰おう、写真を撮ろうなどとはまったく思わなかった。

悔やまれる。

 

奇行ばかりが、ニュースになるが、マイケルはごく普通の常識的な人間だったようだ。それは、リハーサルの仲間たちにマイケルが話をするシーンが、映画に出てくるが、

観客は現実を忘れるために劇場に足を運ぶ。それを提供するために我々の才能を出し切ろうと、鼓舞している、ことからも想像がつく。

おそらく、これがマイケルの全てのような気がする。

だから、奇行や、アイ・ラブ・ユーの多発、自然を守ろうなどの主張は、特別な思想があるわけではなく、おそらくは、サービス精神の表れだろうと思う。

 

僕の左隣の席に、同じような年代(50代)の男性が座った。

言い方は悪いが、ちょっとくたびれた格好だった。その男性の左に、これまた同じような女性が座った。

「あなたは、何回目ですか?僕はこれで3回目です。ものすごい迫力ですよ。バンバン響いて、凄いです」

といきなり隣の女性に話しかけた。女性は迷惑そうな顔をしたが、

「初めてです」

と応えた。男性は、

「僕は、今夜の分も、もう予約して買いました」

と話を続けた。女性は、鬱陶しく感じたのだろうか、

「すいません、席をはずしますので荷物をみてくれませんか」

と言い残して、席をたってしまった。すると、今度は、

「おとうさん、マイケルのファンですか?」

と僕に話しかけてきた。お父さんとは、言われたくはなかったが、

「いいえ」

と、応じると、

「あ~~、そうですか。じゃあ、なんとなくですか?」

と言って黙ってしまった。

隣の女性はまだ席には戻らない。

 

映画が始まると、場内はし~~んと静まりかえる。

ところが、今夜の分まで予約したとなりの男性は、いびきをかいて、寝てしまった。

 

映画が終わって、皆席を立つ。

寝ていた男性も席を立つが、そのまま座っている若い女性二人がいた。

左側に出たので、男性は僕より一つ前を歩く。ところが、いきなり戻ろうとする。

僕はそのままやりすごして前に進むと、男性は若い女性たちに、

近づいて話しかけていた。

なんと、話しかけていたのか、知らないが、多分、

「ねえ~~、凄かったよね、マイケル」

「今夜の分まで、予約したんだよ」

 

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地図の○○

2009年11月26日 | Weblog

総理大臣の、献金問題がニュースになっている。

総理大臣は、経済的に恵まれた生活だったので、お金の管理には疎かった、みたいな説明をしていた。

一代で金持ちになった人なら、管理だとか税金だとかには人一倍うるさいだろうとは思うが、

何代も続けば、さもありなんとも思う。

金持ちになったことがないので、まったく想像だが、

昔、天皇が都を右から左に移すのは、そうとうなお金というか、財産が必要だったに違いないが、

おそらく余分なことは考えずにそのときの気分か、占いかによって決めたんだろうと、思う。

お金持ちの感覚を、そうではない人々がコメントするのは、どうも的外れな感じがする。

 

今はもう、どこで何をしているのか、さっぱり分からないが、

20代前半から世界を旅している友人がいた。その世界では、「地図の○○」と言われていた。

彼は、お寺の息子で、バイトを半年くらいやってお金をためて、世界を旅行していた。

バイトは主にNYで、皿洗いや、庭の手入れで、当時はお金はすぐにたまったらしい。

お金の心配は、旅行のためで、生活のための心配はしない、感じだった。

何回か、ペルーも訪れてくれて、一緒に食事もしていた。

とても優しく、おとなしくて世界を旅行している男には見えなかったが、

普通の生活には魅力を感じなかったのかもしれない。

 

旅行中は、たいていは日系のペンションを利用している。

ペンションには、そういった旅行家がつづったノートがおいてある。

そのノートには、いまでは名の売れた人々の文章が残っている、

と教えてくれた。

彼も、訪れた場所を、明細な地図とともに文章を残している。その地図はかなり正確で、そのために仲間からは「地図の○○」と呼ばれたらしい。

昔からのペンションが、いまでも健在なら、それらのノートも残っているだろう。

もしかしたら、けっこう貴重なものかもしれない。

 

彼は、世を捨てて旅をしている、あるいは、していたわけではないが、

生活のためのお金の心配をしないことや、お金について余分なことを考えないところが、

育ちのよさが表れている。

総理大臣の、説明から、昔の友人を思い出してしまった。

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たった一人の研究者

2009年11月25日 | Weblog

なにか大きな事故などが起こると、その方面の専門家が、かならず説明してくれる。

こんなことを研究している人がいるんだ、と世の中の広さを実感する。

もう忘れてしまったが、電車の事故のとき、事故原因の可能性を細部にわたって説明していたひとがいた。

外国の出来事も、その国の専門家へのインタビューがある。

ペルーがマスコミにのったとき、知り合いのペルーの研究者がテレビに出ていた。

 

風邪をひいて、夕べは早くベッドに入ったが、眠れるわけもないので、本を読んだ。

井沢式「日本史入門」だ。

日本史の基礎知識がないが、この本は知識がない人向けに書かれている。

読みやすく、理解し易い。

 

森鴎外は、いままでただ一人 諡号(シゴウ)を研究した人だ、と知った。医者で、小説家ていどのことしか知らなかったが、

もっと驚いたのは、たった一人の研究者だった、ということだ。

諡号とは天皇陛下がなくなった場合に、つけるおくりな。明治以降はそのまま年号が

諡号となっているが、それまでは学者たちが集まって、生前の業績にふさわしい名をおくることになっていた。

天皇陛下の諡号ならもっと多くの研究者がいてもおかしくはないが、

研究者は森鴎外一人というのが、不思議な気がする。

井沢式日本史入門では、鴎外の研究を元に、

天智天皇と天武天皇の考察をしている。

おもしろかったし、読んでいると、本当だろうなと納得もいく。

 

友人の一人に仏教を研究している男がいる。

仏教といっても幅がありすぎるが、サンスクリット語から中国語に翻訳した鳩摩羅什の弟子の一人、竺道生(ジク ドウショウ)を研究している。

友人が、博士号を取得する際、その論文をペルーまでわざわざ送ってくれて、それを読ませてもらった。

分厚い本だったが、学問というのは、大変なものだなと思った。

幸い首尾よく博士号をそれによって獲得した。

他に竺道生を研究している人はいないので、このことでは世界で1番になる。

 

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コエンザイムQ10

2009年11月24日 | Weblog

コエンザイムQ10を知ったのは、Q10が日本ではまだ販売が認められていなかった頃だった。

ある大学の、もう亡くなってしまったが、先生に教えてもらって、もう当時アメリカではスーパーで売っていたので、友人に頼んで送ってもらった。

先生によるとQ10は、ビタミンEの親戚で、若さを保つ働きがあるといっていた。

先生は長年腎臓の透析を受け、顔はどす黒かった。それがQ10を飲み始めると、顔の色は普通の人と変わらなくなったのに、驚いて訊いてみると、

Q10を勧められたというわけだ。

 

日本で販売しているQ10は、価格が高くてなかなか手が出ないが、アメリカでは安い。

当時からずっとアメリカのQ10を飲んでいる。

もともと、身体的にはどこも悪くないので、効いているのかどうかわからないが、飲み続けてもどこかが異常になったということもない。

ただ、ゴルフなどの場合に、大目に飲むと18ホールを回っても疲れを感じないのは実感している。

それに風邪などの場合も、酷くはならないので、Q10の効果かな、とは思う。

 

新型インフルエンザのワクチン接種の副作用がやっとニュースになった。

http://www.asahi.com/national/update/1122/TKY200911220249.html

ワクチン接種など無用だ、と主張する専門家もいるのに、

こちらの方はニュースになることはなく、

やれ輸入だ、やれ不足しているだ、やれ優先順位だと、皆のバスに乗り遅れまいという感情を煽っているような気がする。

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ペルーの占い事情

2009年11月23日 | Weblog

ペルーには、意外と<占い師>が多い。

地方の開けていないところから、首都リマまで満遍なくいる。

大体は、ペルー北部の占い師が有名。

呼べば出張もしてくれる。

ほとんどがタロットをつかう。なかには、悪魔よけと言われるアロエの葉なども使う。

占いばかりではなく、病気治しや、呪をかける、呪を解くことまで幅が広い。

もちろん、どちらか一方だけを専門に扱うひともいる。その場合は呼び名がちがう。

占い師の年齢層も様々で、20代前半から年寄りまでいる。

看板をかけて宣伝はしない。口コミだけだ。

呪は、占い師によって違うが、動物の屍骸をつかって、行う。

効果のほどは知らないが、風聞では恐ろしいまでの力があるという。

そんな人に一度、会ってみたいと願っていたが、今日まで会えない。

頼むと、けっこうなお金がかかる。

 

本人から直接話を聞いたが、

毎晩、幽霊に悩まされていた日系人がいた。

幽霊は男のようで、乱暴までするという。

朝起きると青あざがカラダにできている。

頭がおかしくなりそうだと、教会の神父さんに頼んだ。神父さんがお祓いをしてくれたそうだが、効果がない。それで、

有名な人にお祓いを頼んだ。が、やはり効果がなかった。

1年ほどあちこち有名な教会や専門家に頼んで御払いをやってもらったが、効果はなかった。

これだけで、財産をほとんど遣ってしまった。

こういうときは、逃げるが一番と、家を逃げ出したそうだ。

 

友人の一人が呪をかけられた。

体調が優れないので、おかしいと思っていたという。

ある日、マーケットを買いものでブラブラしていると、急に呼び止められた。

「あんた、そのままでは殺されるよ」

友人が見ると、おまじないで使う香料などを売っている店の女性がだった。

「呪をかけられているから、すぐ解かなければあぶない」

とその女性が続けた。

友人は、バカバカしいと思いながら話を聞くと、夜、呪を解きにいくという。

その夜、友人は普段どおりベッドに入ると、耳元で、

「チョキ、チョキ、チョキ」

とハサミで布を切る音がしたという。変だなと思っていると、昼間の女性の言葉を思い出した。

「今夜、呪を解きにあなたの家まで行く。ハサミを使うが、そのまま横になっていればいい」

友人は、半信半疑で、その音が鳴り止むのを聞いていたという。

その後、体調も回復した。

以来、友人は占い師のことを決してバカにはしなくなった、という。

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チャンチャマイヨのコーヒー

2009年11月22日 | Weblog

30年前の、リマ市は、とにかく異様な臭いが立ち込めていた。

メイン通りの脇では、大道商人が軒を連ねて、店を開けていた。

洋服から、日用品、屋台の食堂まであった。油であげた魚、お菓子、なんでもあったが、臭いには辟易した。

公衆トイレがないので、みんなその辺りで用をたす。

雨が降らないので、臭いはいつまでも消えない。

そんな中心街に、東京銀行のリマ支店があった。

日経新聞の、ペルー新報社もあった。

公園はたくさんあったが、中を散歩することはできなかった。

犬の糞、人間のもの、区別はつかない。

治安は最悪で、スリ、強盗の類は、みる人みんながドロボーに見えた。

当時、首都リマは、こんな感じだった。

 

富裕層が生活する地区だけが、一種隔離されたように綺麗だった。

それでも臭いには垣根はないから、どこでも侵入してくる。

感心したのは、外は汚物やゴミがいっぱいだったが、家の中は、ピカピカに磨いてあることだった。

それは貧民層でも同じだった。

質問してみると、だれもが汚さや不潔さを嫌っていた。

 

今は昔か、もう悪臭はしないし、あの夥しい店もない。

道路は清掃員が、常に掃いてゴミは落ちていない。

公園や道路で用をたす人もいない。

リマは生まれ変わったように、美しい。

最新のホテルがあちこち立ち並び、

リマで一番の高層になるのウエスティンホテルも完成間じかだ。

ただ、ドロボーだけは、少なくならない。全体的に貧富の差が解消されなければ、当分はドロボー天国だ。

 

もう一つ、昔と大きく変わったところがある。

コーヒーが、美味しくなったことだ。どこで飲んでも美味しい。

ペルーにはチャンチャマイヨという高地で質のいいコーヒーができる。

ここの豆を豆のまま買って、挽いて飲めば、最高だ。

 

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エアー・カナダ、気に入りました

2009年11月21日 | Weblog

ペルーの友人が今日帰国。

成田空港まで見送りに行った。出発3時間前に到着した。

早速チェックインの手続き。係りの女性が自動チェックイン機で手際よくやってくれた。

エアー・カナダの2便、トロント行きだ。

二人とも、それぞれ2つの荷物を預けた。規定で一個の荷物は23Kgまで。3つが、重量オーバー。

カバンの整理だ。23Kg以内にするため、重たいものは手荷物にする。

これだけで30分は経過。

やれやれと思ったら、次は手荷物の重量は10Kgまでという。しかも手荷物のそれぞれ2つもっている。全部が過重量。

仕方なく、日本においていくことになった。

エアー・カナダの女性係員は、というかANAになるのかよく分からないが、丁寧に、嫌な顔せず、つきっきりで世話してくれた。

いっぺんで気に入った。

 

ペルー人が日本に来るためには、日本の査証が要る。日本人がペルーに入国するには査証は必要ない。

普通、外交は相互主義が原則だから、一方的にビザが必要だ、ということはない。

出稼ぎ以前は、双方査証は不必要だったが、今は、ペルー人のみが査証が必要だ。

そこには、様々な現実があるのだろう。

 

日本人が査証を必要とする国はそれほど多くは無い。あっても簡単に取得できる。

 

昔、30年前。ブラジルに行った。もちろん仕事だった。ブラジルに行くには査証が必要だ。

旅行社を通じて、ビザの申請をして3ヶ月以上も待たされた。途中経過を質問しても「まだです。」しか答えが返ってこない。

意味が分からなかったが、単純に審査が結構厳しいんだなと思っていた。

ところが、ブラジルに実際にいって、いろいろなことが大雑把で、いい加減で、袖の下は普通で、おおらかで、

ビザだけなぜ難しいのか、怪訝に思っていた。

その後、ペルーに赴任して、ブラジル出張の仕事でブラジルのビザをペルーで申請。

なんのことはない、3日も必要なくすぐビザが出る。それで、

やっと、日本で3ヶ月も待たされた意味が理解できた。事実は簡単だった。

うまいことやっているなあ、というが感想だった。

 

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2009年11月20日 | Weblog

いつ頃からか、やたら涙もろくなった。

テレビでも、ちょっとした場面で、すぐ涙が出てしまう。以前なら、半分バカにしたような感覚でいたのに、

涙を流すほどのことでもないのに、泣いてしまう。

歳のせい、だろうとは思うが、極端な感じがする。

幸い、泣くのは自分のための涙ではないので、多少はいいが、それでもちょっと恥ずかしい。

自分のための涙は、男の子は流さない、と教わってきたので、これはなんとか耐えてきたが、その反動なのか、人のための涙はよく出るようになった。

何度か、コントロールしようとしたが、まったく涙には歯が立たないので、

自然のままにするか、とあきらめている。

 

年取るのは自分だけではないので、ほかにも同じような人がたくさんいると思う。

その話が聞けると、ありがたい。

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与えた傷

2009年11月19日 | Weblog

ペルー人の友人と、電車に乗った。

外を見ている。

鉄橋をわたったとき、いくつかの青いシートを見つけた。

「あれはなんですか?」

「あれは・・・、ホームレス、ですね」 

友人は驚いた。こんなにも豊かな日本に、家の無い日本人がいることが信じられない様子だった。

地方に行けば、家を失った外国人も多いことを、説明した。

さらに、

年老いた受刑者は、冷暖房の聞いた場所に、栄養を考えた食事を提供され、適度な運動や仕事まで与えられて、生活している。が、

何年も税金を納め、なにも悪いことをせずに、生きてきた人が、仕事を失って生活保護を訴え、

「おにぎり」を食べたい、と書置きを残してアパートで餓死する人も一方ではいることを、話した。

恐ろしいまでのブラックユーモアだ。

 

心の傷は、なかなか消えない。

傷を持たない人は、おそらくいないだろう。だれもが、受けた傷、与えた傷を心にもっている。

受けた傷は、信頼している相手から受けたのなら、なおさらきつい。

与えた傷は、認識できた場合のみ、傷として残るが、

知らず識らずに与えた傷のほうが、実は、多いが、気が付く人はいない。

 

受けた傷は、相手を許せるようになれば、あるいは自分次第で浅くなるが、

意識できる与えた傷は、年月と共に深くなるし、癒されることが無い。

 

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悪夢の再現

2009年11月18日 | Weblog

ペルーの治安が悪い時代、現大統領の、前回の政権のときだった。

テロの跳梁跋扈はすざまじかった。

当時、仲のいい友人が誘拐された。

家族からすぐ連絡が、入った。誘拐されると言う覚悟をしていたが、とうとう事実になってしまった、と悲愴な声だった。

僕にはかける言葉も無かった。

テロリストは、目的の人物の行動パターンを徹底的に調査する。1年に渡ることもある。

狙われたら、防ぎようが無い。

テロリストは、思想で動く。だから、誘拐してもやたら殺さない。

半年や1年は幽閉されるが、友人はひと月も満たないうちに解放された。

後で話を聞くと、一週間目から、テロリストは優しく接してくれたそうだ。

彼らの要求は、

お金と指定された住民への食料の配布などだった。

毎日が危険と隣りあわせだった。

 

また最近、テロリストが出てきた、と話を聞いた。悪夢の再現かもしれない。

思想的なものなのか、それとも単にテロリストを標榜しているだけなのか、不明だ。

多分、想像するに、思想的なテロリストの名前をかたっているだけだろう、と思う。

20年前、30年前はペルーは、貧富の差が激しすぎた。

思想的なテロリストがいつ出てもおかしくない状況だったが、

組織化が進んだのは、1985年と、他の国々に比べて遅すぎる。

これは、しかし、なぜ遅かったのか研究に値するテーマだと思うが、明確な回答は、まだ分からない。

現代のペルーは、思想的なテロリストがまた組織されるような状況にはないと、考えているが、

貧民層が、再び増え、虐げられるような社会になれば、また出現してくるだろう。

そして、これは、けっして他国のことではなく、日本でも同じだろうと思う。

日記@BlogRanking                          うがいB2  うがいC4 風邪ひきさんA4

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反応

2009年11月17日 | Weblog

危機に対する、一般的な日本人の反応は、

一呼吸おいてしまう、のが常だ。

グラッ、と地震で揺れても、とりあえず、様子を見る判断をする。

街中で、ナイフなり、鉄棒なりを持って、歩いている人をみても、

「まさか」

と思ってしまう。

身についた行動パターンだからすぐには変えることはできないが、

日本の国を一歩でたら、

人為的でも、自然災害でも、「異常」に対しては最初にその場から離れることをしなければならない。

旅行の途中で知り合った人が、いわゆるいい人だなあと感じても、「信用」することはしてはならない。家庭に招待をうけても、受けてはならない。

犯罪をするのに最初から「悪いことをします」という顔や態度をする犯罪者はいない。

 

友人が、深夜車を走らせていた。友人は、日本人。突然、

「助けて~~~!」

と言う声を聞いた。

見ると女が走っている。ペルー生活の長い友人は、

「まさか・・・!!」

と思い、そのまま走り去ろうとしたが、

車を停めてしまった。女が近づいて、必死の形相でなにかを訴える。

話を聞いているとき、男が現れて、現金の入ったカバンを強盗された。

女と男は、一芝居うったのだ。

友人も、芝居だとは分かったが、「もしかして、事実なら」という後悔を避けたかった、と後で話してくれた。

一度身に染みた価値観は、なかなか取れない。

 

前回のペルー訪問時。

ホテルで友人を待っていた。ランチを一緒にする約束をしていた。

指定の時間が来ても友人が来なかった。10分ほど過ぎたころ、

「eresさんですか?」

と、一人の身なりいい男が近づいてきた。僕には初めての顔だった。

「○○(友人の)名前から頼まれて迎えに来ました」

と丁寧に言ってはくれたが、

僕は信用しなかった。

待ってくれるよう頼んで、すぐホテルから友人に電話して、確認をおこたらなかった。

このようにしても、「失礼」にはあたらない。

これが「常識」なのだ。

安全確認には、面倒くさがらないこと、これを心がけている。

 

治安の悪い国を旅行して、なにもなく、しかも現地の親切に触れることもある。それは単に運がよかっただけのことで、二回目はないと、思うべきだ。

 

日本も、この状況に近づいてきた。

 

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ウソの常識

2009年11月16日 | Weblog

外国では、というと語弊があるが、すくなくともペルーやアメリカでは、

仮にドロボーに入られた場合、警察に届けて、非難しても、

入られる方が悪い、と言われる。

ドロボーだけではなく、ウソをつかれて被害を受けても、

ウソをつかれて、ウソが真実となってしまうのも、ウソを信じる方が悪い、となる。

だから、ドロボーに入ることは悪いことである、ウソをつくことは悪いことである、という価値観よりも、

ドロボーに入られる方が悪い、ウソを信じる方が悪い、という価値観の方が、より常識的になる。

日本人には馴染めない価値観だが、それだけ生きている環境が厳しいことが分かる。

 

子供にウソをつくことはいけないことだ、と教えるのはいい。が、騙される側はもっと悪いことを、または愚かであることも教えなければ、

これからの日本での生活は難しい、のではないか。 

そして、この価値観は、おそらくは、日本以外の国では圧倒的に多いだろうと、推測している。 

 

普通の日本人は、ウソをつくと、それが言動に出てしまう。それは、ウソをつくことはいけないことだと、思っているからだ。

ところが、ウソをつくより、騙される側が悪い、という価値観では、ウソをついても平気でいられるし、ウソをつくことに全力を傾ける。しかも、もっともらしく言動できる。

隣国では、歴史やオリジナリティー、あるいは起源論で、平気でウソをつく。それを世界に発信する。それに反論しない、放置すればそれが事実になる。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9F%93%E5%9B%BD%E8%B5%B7%E6%BA%90%E8%AA%AC

後で、ウソがばれても、騙された側が悪いのだから、謝る必要も無い。

これが、世界的常識なのだろうと思う。 

日記@BlogRanking                                 

 http://putiya.com/412gatu_7animal.html   

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