虚空を観じて

今感じたことを書くことは、年取った脳みそにいいんじゃないかと考えて認めています。日常の風景から、過去の記憶まで。

その他の民族

2010年11月30日 | Weblog

スカイツリーはずいぶん背が高くなった。

すでに400mを超えている。

先日、東京タワーの麓、というか真下にある古風豊かなレストランに行った。僕の分を超えたレストランだから、おごってもらった。庭園が大きく、散歩もできる。

人気で、予約もなかなかとれないと聞いた。

このレストランの庭からタワーを見上げる景色が最高だった。

お客さんたちは、そこで記念撮影に興じていた。

そのとき、ツリーを似たような位置で見上げると、この倍に見えるんだと、まだ見ぬツリーのすごさを想像してびっくりした。

 

朝鮮半島の情勢はどうなっているのか、よくわからない。正確な情報は報道されていないかもしれない。 

韓国ではどの程度の危機感をもって報道されているのか。

韓国にたくさんいるだろう日本人は、帰国しているだろうか。

有事の際には、日本は彼らをどのように救出するだろうか。有事になってしまったら、自衛隊は出動できない。

北朝鮮にもいる日本人を救出することも考えているだろうか。

なにせ危険な地域には自衛隊はいけないから、危険になる前に、韓国から脱出させなければならなだろうに。 

外国に住む日本人は、有事の際には自衛隊は助けにはきてはくれないことを熟知しているだろうか。アメリカが助けるといっても、救出優先順位が決まっているので、

日本人は「その他」の民族扱いだということも知っているだろうか。

ペルーのマチュピチュの洪水で、いの一番に駆け付けたアメリカは、

まずアメリカ人を優先的に救出した。次が永住権を取得している人。次がカナダやイギリス、オーストラリアなどのアングロサクソン。最後が「その他」の民族だと聞いた。

莫大なお金を払っても、安保があっても、日本人は「その他」の民族になる。

似たようなことを昨夜テレビで誰かが話していた。いずれにしても、

アメリカが救出する際には、日本人は「その他」の民族の範疇であることを知らなければならない。

海外にいる日本人が、一番熟知しなければならないことだと思う。

 

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水に流す

2010年11月29日 | Weblog

素人なりに思うと、

日本人の、「水に流す」という、感覚というか、文化と言うか、この生活の知恵のような考え方は、いまのような世界情勢には必要ではないかと思う。

一口に外国といってもいろいろあるが、聖書の影響を受けている民族には、この考え方は理解できないかもしれない。

逆に、忘れてしまうとは何事だ、人間として信用できない、と思われてしまう。

だからこそだが、水に流すことは、案外いいことだと思う。

 

ストーカーというは昔はなかった、と思う。少なくとも今ほどではなかったろう。

こだわるというか、執着するのは、日本人には潔くないことだと、否定的だ。一方ではあきらめないで頑張ることが大切だともいうが、両者をうまく使い分けていたように思う。

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たまには

2010年11月28日 | Weblog

時に、人生を振り返ることがある。

これでよかった、と思える生き方は、なかなか難しいことに気がつく。

あと何年生きるか分からないが、せめて、これからの人生は、これでよかったと思える生き方をしたいと、

願っている。

 

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人間の天敵

2010年11月26日 | Weblog

よくテレビに出る軍事評論家の、なんとかさん が、今回の北朝鮮の砲撃は、計画されたもので、軍部の暴発ではない、とコメントし、そのあとすぐ、

「軍部の暴発を望むが」

と付け加えた。失言だったと気がついたのか、ばつの悪い表情をしたのが印象的だった。

この発言が問題になることはなかったが、

本格的な戦争になってしまえばいいと、思っている専門家はけっこういるかもしれない。

 

動物の世界では、人間はかなり非力な部類に入るだろうと思う。

肉食猛獣(?)から狙われたら、逃げ足は鈍いし、力もないし、相手にダメージを与えるだけのパンチ力も、キバもない。

自分を守るためには、人間は当然群れていたはずだ。

そうでなければ、生き残ってこれない。 

人間には天敵はいなかったのだろうか。それともいても少なかったのか、滅多なことで襲ってこなかったのか分からない。

素人想像だが、人間を食料とする天敵は存在しなかった、のではないかと思う。でなければ、生き残るには人間の体力では無理なような気がする。

 

人間の天敵は人間自身かもしれない。

 

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イジメ

2010年11月25日 | Weblog

小学生や中学生の自殺がニュースで流れるといたたまれない。

ニュースはイジメについて言及している。

ならば、イジメが大きな原因の一つであることは、間違いなかろうに、

教育委員会や学校は、イジメとの因果関係が認められないとか、不明だとか、発表する。

教育者には、警察官や消防士とまた違った使命感が求められるが、そんなことはどこ吹く風のような感じだ。

こうして、昔の崇高な価値観をジワジワ蚕食していくのだろうか。

イジメは、どこにいっても、死ぬまでつきまとう。

イジメはかたちを変えて生き残る。

 

戦争は、嫌だが、誰かが命令して発砲する。命令する人は、最前線に立って指揮をとることはなく、弾が飛んでこない場所で、ああでもない、こうでもないと言いながらやっているだろうなと思う。

狙う場所もダメージの少ない場所を選んでいる。

関係のない、静かに生活している人々だけが、いつも犠牲になる。

国家の長たるものは、自分が人間ロケットになって、韓国の大統領めがけて飛んでいくべきで、一般庶民を犠牲にしていては、話にならない。

それにしても、北朝鮮では、太っているだけで、地位が分かってしまう。

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売れ残り

2010年11月24日 | Weblog

娘がウサギを飼っている。ペットショップで買ってきたものだが、何万円もする。

なんでも売れ残りがあるが、ペットにも当然売れ残りがでるだろうと思う。

売れ残りはどうなるんだろうか。

運よく買われたウサギはいいが、

売れ残りはそのままショップで飼われることはない。ペットショップで成長したウサギや猫、犬は見たことがないので、どこかに連れられて、他の動物の餌になるかもしれない。

ショップはまさか、二束三文で売るなんてことはないだろう。

ペットショップの業者は、仕入れた動物には「愛情」を自然ともつだろうから、売れ残りを手放すときには、苦しいだろうと思う。

店頭に並ぶペット。並ぶ前に処分されてしまうペットもいるだろう。

売れていくペット、その陰でどこかに連れられていく動物。

一度飼われて捨てられるペット。新たな飼い主を保健所で待っているペット。

日の目を見るペットは、実はごく僅かではないのか。

考えると、複雑な、嫌な気分になってしまう。

 

 

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メディアの世論

2010年11月23日 | Weblog

政治家やコメンテーターが「世論」ってよくいうけど、世論はメディアと同義語だろうと思う。

「大臣を辞任するのは、もっと早くするべきで、世論がゆるさなかった」

などと言う。

やめた法務大臣は、素直な人だなって思う。辞任会見で、

総理に呼び出される前までは続投の意思だったが、総理から今のままでは補正が通過しないから、総理の考えに従い、辞任することにした、とテレビで述べた。

こういう、事実をそのまま述べて、駆け引きもしない人は、政治家には向かないだろうと思う。

辞任の原因になったジョークも、マスコミが報ずるほど、国会で取り上げるほど酷いものだとは思わない。

笑って済ませる程度の内容だ。

ヒドイのは、仙谷さんの暴力装置の方で、こっちの方がはるかに深刻だと思う。

法務大臣を辞任に追い込んだのはマスコミで、けっして世論ではなく、しかもそれは総理ではなく仙谷さんに類が及ばないための考えだろうと思う。

 

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マザコン国

2010年11月22日 | Weblog

このごろ、かなりおかしなことに遭遇している。

今までの常識がすべて否定されている。

 

昔、ペルーで家族で住むために一軒家を借りた。

手続きなどは日本と同じで戸惑うことはなかった。家主は落ち着いた雰囲気で、常識的な人物だった。

毎月家賃を支払う日以外には、家主と会うことはなかったが、

契約期日終了で、家を明け渡すとき、家主は奥さんと息子さんを連れてきた。

息子さんは、20代真中くらいに見えた。立派な体躯だった。

一通りのチェックが終わって、世間話をしているとき、かなり驚いた光景を見た。

ペルーに行って、まだ間もないころだったので、一種のショックを受けた。

息子さんが、母親の後ろから母親に抱きついて、べたべたした感じで甘えていた。

母親は注意するわけでもなく、息子さんの頭を撫でたり、愛撫を繰り返していた。

日本では、見かけない姿だった。

いつもと変わらぬ光景なんだろう、ご主人もそのままで特になにも言わなかった。

このときの、驚きは後年とても役に立った。

ペルーでは、どの家庭でも、母親は、一種異常に息子を可愛がる。

ペルー生活すべてを通しても、例外は1、2にしかなかった。

そのせいだろと思うが、男は一様に自分で物事を決められないマザコンばかりだった。姿かたちは、立派だが、精神はまったく子どものような男が多かった。

逆に、女性は、どの女性も強いし、生活力も旺盛だ。男ではペルーの女性にはかなわない。

たぶん、いまでも同じだろうと思う。 

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学術、専門用語

2010年11月21日 | Weblog

「自衛隊は暴力装置」というは学術用語であり専門用語だというのは、はじめて知った。

ところで日本は、戦後、暴力のための装置を一切使用したことがないが、

暴力を使わない貢献はたくさんしている。

この事実から、日本政府は、特に仙石さんは大声で、

アメリカや中国、ロシアに向かって、大声で、学術用語、専門用語をつかって、

「あなた方の軍隊は世界最強の暴力装置だ。」

と主張してほしい。

 

ペルーはこれから夏に向かう。

首都リマでも青空が広がる日が多くなる。

友人からメールが来た。

来年まで働いて、引退するという。金銭的には不自由はない。子どもさんたちも健康で働いている。

なによりだ。

無性にペルーに行きたくなったが、いまはできない。今回は、細君だけが行く。

ペルーの、ヒラメ、キスに似たぺヘレイ、ヤリイカ、タコが美味しいだろうな、と余分なことを考えてしまう。

ピザも美味しい。

文句言いながら、細君を送り出そう。

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思い出には希望がない

2010年11月20日 | Weblog

高校の同級生が癌で亡くなったのは、もう3年ほど前になる。

彼とは、予備校も同じ予備校にいった。一緒に行こうと決めたわけではないが、偶然同じだった。

その後、彼は就職し、音信不通になったが、また偶然、会って、同じ会社に就職しないかと誘いがあって、彼と同じ所で働くことになった。

それからずっと、彼とは付き合っていた。

癌になったと聞いて、様子を訊ねると元気だった。とても死ぬなんて思えなかったが、

あっというまに死んだときには、信じられなかった。

最後に話したのは、電話だった。

「ありがとう。用事があるときは、俺の方から連絡するから」

と、反対に心配かけたくないことを、言った。

別れでも、会えない、希望のない別れだった。

 

同じ会社で働いていた友人が退職した。退職後、田舎に帰って、日雇いをしている。彼とも長い付き合いになっている。もう、10年以上も前の話だ。

親孝行を絵にかいたように尽くしている。

年賀状の付き合いだったが、なんとなくそれもなくなった。

別れでも、またいつかは会えるかもしれないという希望のある別れだ。

 

友人であっても、別れてしまうことがある。

死んでも会いたくない、という憎しみをもった感情もあるだろう。が、

時間が経過し、年齢を重ねて、それぞれがさまざまな経験をすれば、

争いで別れても、生きていれば、また、喜んで再会できる可能性があるだろう。

死んでしまったら、思い出しか残らない。思い出には希望がない。

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負の遺産

2010年11月19日 | Weblog

弥生時代の治安はどうなっていただろうか。

盗むとか、人を殺害するとか、日常的に発生していただろうか。

一つの集落のようなもがあったのはわかっているので、それなりの統制がとれていただろうが、犯罪にはどのような処理が行われたのか。

他部族に対しては、戦争もあっただろうが、仲良くしていた時期もあっただろうと思う。

一つの集落の中で人のもの、という感覚があったのか、なかったのか。

 

特に、殺人については、いつ頃から、「人を殺してはいけない」という気持ちというか、考えというか、教えと言うか、うまれたんだろうか。

当然、喧嘩して殺害したり、恨みをはらすために殺したりすることは、弥生時代にもあったろうが、どの程度人を殺すことをいけないことだ、と認識していたのだろうか。

「人を殺してはいけない」というのは、外国の場合ははっきりしている。旧約聖書、十戒にそう書いてあるが、

日本には、そのようなものがない、というかはっきりしない。

ペルーにも、インカ帝国時代には、人を殺してはいけない、人のものを盗んではいけない、という規律というか、教えと言うか、しっかりと存在していた。

ライオンの世界では、殺すまで戦うことはない。

人間も最初、そうだっただろうと想像する。

それがいつ頃から殺すまでいってしまったのか。

猿から人間になった、負の遺産かもしれない。

 

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雨が降らなかった

2010年11月18日 | Weblog

今朝は出かけるところがあったので、雨が降らなことを祈った。

外に出ると、空気が冷たかった。これで雨に当たると、もっと冷たかっただろうが、幸い雨には当たらなかった。

雨を待っている人がいれば、雨を避けたい人もいる。

勝手なもので、自分のことしか考えないのが、普通なのかもしれない。

単なる、といえば軽くなるが、雨一つでも、自分の都合が一番優先する。それが、宗教ともなれば、笑ってすませられない。

世界の半分以上の人は、唯一の絶対神を信じている。キリスト教、ユダヤ教、イスラム教の人々だ。

どの神も絶対だから、話し合いなどは、はなから成立しない。

話し合いができなければ、争うしかない。

 

絶対の概念は、おっかない。

まず外と戦わなければならない。そのうち、内なる自分とも戦わなければならなくなる。

そんな難しいことは、僕にはできない。もっと単純に考えて生きたいと思う。

人間でも動物でも、何か、生きているものを食べなければならない。大根からニンジン、肉から魚まで、なんでも食べなければ、生きてはいけない。

ならば、ここに絶対という難しい概念などもちこまなくとも、食べ物に感謝する気持ちをもてば、あるいはそう心がければ、いいのではないかと思う。

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何回目かの無題

2010年11月17日 | Weblog

曇りだ。

鬱陶しく、空を覆っている。

リマの冬場が、いつもこんな感じだった。カラッと青天になることがなかった。

じめじめと湿気が高く、冬の寒さは、身体にこたえた。

ところが、リマから30キロも離れれば、いつも青天の場所がある。

保養所というか、大きな公園やプールを完備した施設もある。

通勤圏内になるが、道路事情が悪く、朝夕は混雑する。

そのうち、電車が通り、道路も整備されれば、生活するにはとてもいい場所になるかもしれない。

いまから、それを見込んで大きな土地を買ってしまった友人がいる。

このへんは才能と言うか、賭けというか分からないが、上手くいく人は、きっと成功するんだろうと思う。

 

日本の変化や日本人の変化を、自分が子どもころ、学生のころと比較してしまう。

昔はこうだった、これからどうなるのか、というわけだが、これはしかし、今に限ったことではなくて、等しく昔からあったことだろうと思う。

昔を懐かしむことは、後ろ向きなイメージがあって、どうも好きになれないが、秘かにコーヒーでも飲みながら、タバコがあれば最高だが、思い浮かべることは、たまにはいいと思っている。

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感謝を忘れる瞬間

2010年11月15日 | Weblog

ネパールは、行く前はこの世の果てだと、聞いていた。

実際、20年ほど前に行ったとき、マスクをもってくればよかったとおもったが、この世の果てだとは、思えなかった。

一流ホテルに宿泊したが、シャワーから出てくる水は、茶色だった。

生野菜は絶対に食べてはいけないと、聞いていたので、生野菜は口にしなかった。

一週間ほど滞在したが、幸い下痢はしなかったが、同僚たちは、下痢に苦しめられた。

分からなかったのは、なぜ文明が発達しないのか、貧しい国なのか、それが理解できなかった。

一度しか訪れる機会がなかったが、食事に困ったことだけを、覚えている。

ホテルにカジノがあった。

 

我が家の風呂場には、シャワーがついている。今では、どこの家庭でも、当たり前だが、

シャワーがついている風呂など、銭湯しかなかった。

中学生時代までは、シャワーなどは、なかったが、不便さなどみじんも感じなかった。が、今では、シャワーがないと不便さを感じてしまう。

一度、文明的な生活をすると、それを落とすことは難しい。

愚痴や不満が出る。

感謝を忘れる瞬間だ。

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焼き場の記憶

2010年11月13日 | Weblog

祖母が死んだとき、小学生低学年だった。

当時は、人里離れた小高い山というか、空き地と言うか、記憶が薄れてしまっているが、そこに焼き場があった。

そこで死人を焼いて葬送を行っていた。

そんなことは、たった一回の経験で、すっかり忘却の彼方だったが、

20年ほど前か、ネパールに行ったとき、空港に降りて、カトマンズの空気に触れると、祖母の葬送を思い出した。

それは、臭いだった。

臭いの方が、記憶に残るのか分からないが、臭いに触発されて、焼き場の景色の一部までよみがえった。

周囲に松の木が植えてあって、真中に焼く場所がある。祭壇には、お茶碗に山盛りのご飯にお箸がまっすぐに立ててある。

 

窓から外をみると、太陽の光が雲の間から僅かにもれている。

太古の昔から、同じことの繰り返しを営んでいる。そのはるか下界では、人間が歴史を刻んでいる。

ふと、前世というものはあるのだろうか、死んだ後の世界はあるのだろうかと考えてしまった。この問いも、太古の昔から人間を悩ませてきたんだろうと思う。

答えの出ない問いには、意味はないかもしれないが、

人間は考えてしまう、考えざるを得なくなってくるのだろう、と思う。

 

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