虚空を観じて

今感じたことを書くことは、年取った脳みそにいいんじゃないかと考えて認めています。日常の風景から、過去の記憶まで。

銀座の灰皿

2007年05月15日 | Weblog

銀座に行った。

松屋の角に、灰皿がある。よく見ないと灰皿とは気がつかない。

それを綺麗にしている初老の男。

僕はちょっと躊躇しながらタバコをだした。

脇でせわしそうにタバコをふかしているサラリーマンが二人。

女性が近寄って、タバコを取り出す。

普段着の男と、若い男が話しながらやってきた。

腕時計を覗いて、サラリーマンが吸殻を捨てて、先を急いだ。

女性は、ゆっくりタバコを楽しんでいるようだった。


僕は、二本目を点けて、また灰皿によってくる人々を眺めた。

3人の若い女性が、

「こんなところに灰皿がある。すってもいいんだあ」

といいながら、安堵の表情を浮かべた。

灰皿は分かりにくい。喫煙場所とも書いてはない。

無造作に、淋しくおいてあるだけだった。

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外国人労働者

2007年05月14日 | Weblog

日本にいる外国の、特に南米からの出稼ぎ労働者は、派遣会社を通して労働をしている。

聞くと、あまりいい労働条件ではない。気の毒だなと、思う。思っても何も援助は出来ない。

言葉は、役に立たない。

過酷、確かに過酷に働いて、給料は安い。それでも南米で働くよりもはるかに大金を手にする。車も買う。

その労働者を食い物する同じ国の人がいる。

知らないうちに、30を超える。すると、考え始めるが、考えてもどうしようもないので、同じように働く。

なかにはちゃっかり市から援助を受けて生活している労働者もいる。

が、間違いなく、今後は国からの援助を受けて生活する外国人労働者が増えるだろうと思う。働かないで食えれば、それを人間は望むからだ。

市役所には通訳がいる。病院にもいる。

だから、日本語を話せない外国人でも、生活が出来る。コミュニティーができる。ますます日本語を覚える必要がない。

フランスの暴動は、外国人労働者。

日本も、恐らくは、同じ日を迎えるだろうと、思う。

 

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教える側

2007年05月12日 | Weblog

ペルーにいたとき、日本語を教えたことがあった。

もちろん、素人だったので、まったくの奉仕で、希望者だけを集めて行った。

軽く考えていたのだ。

それでも、教えるからには、教材は日本から取り寄せて、本格的に(?)やった。

このとき、生徒より先生役のほうが、勉強になることを知った。

一時間教えるためには、何倍もの勉強が必要だった。

その上、日本人でありながら、日本語を知らないこと、イントネーションがおかしいことを思い知らされた。

例えば、「は」と「が」の違いなどは、勉強しても理屈が理解できなかった。

文頭に来る「がげぎごぐ」は、音が鼻に抜けないが、そのほかは鼻に抜ける音になることをはじめて知った。

例えば、「がっこう」の「が」と、「たまご」の「ご」は、音声学的には違う調音をしている。

知っているつもりでも、知らないことが多かった。

なんだかんだで、それでも3年くらいは続いた。


教えることは、たゆまない予習が必要で、生徒はどれだけ楽か、

今まで「センコウ」などと馬鹿にしていた学生時代の先生を思い出して、

申し訳ない気持ちで一杯になってしまった。

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いいことは長続きしない

2007年05月11日 | Weblog

パラグアイに原さん(仮名)という人がいた。

北海道出身の人だった。

お酒が好きで、豪快な人でもあった。

スペイン語が達者で、正確には忘れたが、公証翻訳人という資格を持っていた。この人のサインがあれば、正式な翻訳として通用した。


昔、原さんから聞いた話しを思い出した。

「何故、パラグアイに移住したんですか?」

と僕が訊ねた。菅原さんは、ニコッとして、

「パラグアイは、戦争で男子がいなくなって、町を歩いていると、木の上から女が飛び降りてくる。それにつられて、来てしまった。若い頃は、馬鹿なことをしていましたよ」

このあと、当時の話をしてくれた。詳細は書けない。男なら羨望を抱いて聞くだろうと思う。


その彼も、お酒が原因だろうと思うが、この世を去った。


後年、パラグアイを訪れたとき、彼の仏壇にお参りに行った。

その時、不思議と涙が止まらなかった。彼が昔、言った言葉を思い出した。

「いいことは長続きしないなあ」

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平穏無事

2007年05月10日 | Weblog

退職して5ヶ月が経過した。時間は、早い。今更ながら実感する。

仕事から離れて、ほっとしている。


生きている以上は、誰かと関り合いをもつ。関係を持てば、そこには、相手に対してある種の判断が付きまとう。相手だって同じだ。

となれば、どれだけ自分の土俵に相手を呼び込んで勝負するか、が決め手になる。

大げさでも、なんでもない。これの繰り返しが、人間関係だろうと、思う。



「明日、食事でも行こうよ」

と誘われれば、何かを応えなければならない。

誘われたほうは、受身だ。断ったら悪いと感じる人は、イヤでも「ウン」と言う。これが続けば、ストレスになる。判断を迫られる立場は、常にストレスと背中合わせになる。

逆に、

「いいね~~、じゃあ、焼肉でも行こうよ」

「明日は、だめだけど、今晩にしようよ」

「いいけど、おごってくれるなら」

などと、いやでもなんでも、今度はこっちが相手に判断を迫れば、ストレスは防げる。

人間関係には、常にこれが付きまとう。その中に、「いい人だ」「気に食わない」などの感覚が醸成される。

面倒くさいが、無意識にこれをやっているんですね、毎日。

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鯵のたたき

2007年05月09日 | Weblog
僕が小学生の頃。

オヤジは、農業中心だったが、時々海に出て漁をしていた。何人かの仲間で船を出して、魚をとっていた。

オヤジが得意とした料理が、魚の叩きだった。刺身を作った後、骨や頭が残る。それを鉈でたたいた。

味噌、ねぎ、生姜を混ぜて、細かくたたく。それを酢に浮かべて、酒の肴にしていた。美味かったが、細かい骨が多くて、子どもの僕には無理だった。

小学6年の時、オヤジが死んだ。


結婚して、ペルーで生活していたとき、ひょんなことでこの叩きを思い出した。

日本レストランで鯵のたたきを食べたとき、

「これがたたき?」

僕には、単なる刺身にしか感じなかった。

早速、家でつくってみた。

ペルーの魚介類は美味い。鯵を買ってきた。

オヤジのように骨ではなく、身だけで作った。

思った以上に美味かった。

それから、この料理は僕の定番になって、時々子どもたちに要求されるようになった。


興味のある方に、作り方をご紹介する。

鯵の身だけをたたく。ハンバーグくらいの感じまでたたく。

それに、卸した生姜、刻んだねぎを混ぜる。

味噌を鯵の量の1/4または1/5程度を混ぜる。

ハンバーグのように丸めて、器に盛る。

そこに酢をたっぷりそそぐ。

これで出来上がり。


後で知ったが、これは漁師料理だそうで、海育ちの人ならご存知でしょう。
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失業保険を納める

2007年05月08日 | Weblog
今日は、ハローワークの認定日。

時間を守って出かけていった。書類を提出する。

「認定日から認定日の間に、少なくても2件は応募活動をしなければなりません」

といわれて、あわてて記入した。

晴れて認定されて、失業保険が入ることになった。


給与から天引きされているときは、ヒドイものだと思ったが、貰うときはありがたいと思う。

しかし、それにしても失業保険は「権利」ではないというのが、どうしてもひっかかる。

さまざまな手続きを経て、やっと「頂く」ことができる。


税金は、「納める」と表現し、「払う」とは言わない。

失業保険も同じだ。

失業保険は、

「納める」ものであって、けっして

「支払う」ものではないことを、初めて知った。

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おめでたいこと

2007年05月07日 | Weblog
5月に入って、めでたいことが続いた。

ありがたいことだ。

「おめでとう」といわれて、

「おかげさまで」

と応える。



この言葉には長い年月を掛けて、培ってきた日本人の自然観がよく表れていると思う。

誰の、なんのお陰だという疑問は誰ももたない。

なんとなくお互いに分かっているのだろうと、思う。

挨拶のような感じだが、コンセプトとして熟しているんだろう。


何のお陰かは、人それぞれ異なる。

友人、周囲の人、神、先祖、親、子ども、などさまざま。

でも、この「おかげさまで」の感覚が、薄れているように思う。

これは日本人の美徳の一つだと思う。

死語には、したくない。







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死語になって消えていく

2007年05月06日 | Weblog
親孝行、この言葉は昔はよく聞いた。

もう死語になったのか、マスコミでも使われなくなった。

言葉が使われなければ、その実体もなくなる。


中学を卒業するとき、担任の先生が、

「警察の厄介になるようなことだけはしないでくれ」

と、こういった。

「偉くなれ、立派になれ」「夢も持って」「努力」などとは言わずに、

やけに現実味のある言葉だった。


「他人に迷惑をかけるな」は、流行語のような感じだった。だから、

喫煙行為は、

「他人には迷惑をかけてはいない」

と、反論が出来た。

反論すれば、回答できない大人を面白がった。


大勢で一人をいじめることはなかった。それは「やってはいけないこと」だった。

謝っている人間を、なお攻めるのは、男はしないものだった。

喧嘩して、殴ることもあった。でも、殴る程度をしっていた。それ以上の危害を加えることはしなかった。


親孝行、一時期、そんなものは必要ないと、社会が言い始めた。それで、この言葉は消えた。

理由をつければ、反論ができる。

反論が出来れば、その意味は失う。

日本の文化、伝統、習慣は、そのために消えていくことになる。




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勘弁してくれ

2007年05月05日 | Weblog
テレビで憲法を変える議論をしていた。

集団的自衛権を行使するか。9条をどうする。

白熱していた。

難しいことは、僕には判らない。でも、人間は太古の昔から進化していない。

隣近所の善意や正義に期待することや、

発砲できないで、座して死を待つのは、

イヤだなと思う。

なら戦争しなければいい。そう世界の人々は望んで、望んで、戦争はなくならない。

日本一国ではいきてはいけない。世界と関係をもたなければならない。


憲法改正に反対の人は、おおかた左傾の人々だ。

世界の歴史を見れば、それを信用しろ、というほうが無理だ。


とはいえ、左傾であっても、右傾であっても、常に貧乏くじ引いて、馬鹿を見るのは一般の国民だ。

もう勘弁して欲しい。

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怠惰な一日

2007年05月04日 | Weblog
休みの日は、のんびりしている。

ベランダにある植物の世話。ちょっと本をめくってみる。テレビはつけたまま。

聴かなくても、耳に入ってくる。

顔は、洗った。が、髪の毛はボサボサ。出かけるわけじゃないから、そのままだ。

怠惰な一日になりそうだ。

そういえば、がんばらない勇気、が大切だというコマーシャルがあった。

本当にそうか、と思う。

人間以外は、余分なことはしない。怠惰だ。

ならば、人間だって、同じ動物なら怠惰にしていることが、自然なのかもしれない。

その自然に逆らって、自分を犠牲にして頑張るのは、人間の所以だろうと思う。それで自分が、

「これでよかった」

と思えれば、それが一番のような気がする。


世の中を変えたいという人は多い。

いままで、どれだけの人が大志を抱いて自分の命を捨ててきたか。

でも、世の中という大きな括りではなくて、実は意外と自分の人生だけを考えた事なのかもしれない。

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仏教をかじる

2007年05月03日 | Weblog
仏教を多少かじった。

かじると、自分が今まで抱いていた仏教がまるきり違ったものに思える。

例えば因縁因果、縁起などは、なんとなく否定的なイメージしか浮かばない。

でも、現代的な表現をすれば、一人では生きられないという事実を説明したにすぎない。

「すぎない」というのは、そんなことが分かろうが分からまいが、どうでもいいことで、実際一人で生きてる人はいない。

身寄りがなくて一人で淋しく生きていても、誰かと関って生きているわけだし、仏教は徹底的に現実主義だなと思う。

もうひとつ、経験しないことは、結局は分からないということ。

それを分かったつもりになって、偉そうなことを(今でも)言っていた自分が恥ずかしいと思う。

喜びも、悲しみも、淋しさも、苦しみも経験したことは、人の心にスーッと入り込む。

分かったつもりの言葉の多くは、感動がわかない。

仏教の面白さ、一面を見たような気がした。







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今、被害が出ている旧ソ連製の地雷

2007年05月02日 | Weblog
何年か前、タイからカンボジアに入ったとき、やけに片足の人が多かった。

地雷を踏んだのだ。

今夜のニュースでは、タリバンが地雷を埋め続けていると、報道していた。

関係のない人々が犠牲になる。関係ある人は、どこに地雷が埋まっているか予想がつくから、被害にあうことは少ない。

それを除去する人々。テレビでは旧ソ連製の地雷を映していた。

<これがもし日本製なら、世界から轟々たる非難を浴びるだろうな>

と思った。

当の旧ソ連の人々が、

「申し訳ない」

などと報道されたためしがない。

マスコミも追求することはない。

現在の目の前の問題であっても、この程度。


先日書いた、総理大臣の発言がどれだけアメリカでニュースになったのか、ニューヨークの友人に訪ねた。

回答は、すくなくても、友人は新聞、ラジオ、テレビではニュースとしては聞かなかったそうだ。

日本のマスコミは、だから、かなり偏った報道をしていると、思って間違いはないだろう。

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むなしい報道

2007年05月01日 | Weblog
人間社会が、よくなることは、どうもなさそうだ。

恐らく、昔と違わないだろう。違うのは生活が便利になったという程度で、本質的な人間としての生き方は、同じだろうと思う。


学生時代、先生から聞いたことに、江戸時代の百姓はひえ、あわの類を食って、米が口に入ることはなかった、というのがあった。

年貢米のヒドイ取立てで、百姓は苦しんだというものだった。

ところが、これは眉唾で、米は貯蔵がきかないし、食べることにも限界がある。

余った米は、結局は百姓にも回った、ということを証明した人がいる。


どうしても、昔と比較したがるが、昔も今も、それほど違わないのだろうと思う。


今朝、南の島に漂流物が流れ着いて、海岸を汚す話が報道されていた。

漂流物を丹念に調べて、出所を明らかにした学者がいた。なんにでも、<専門家>がいるんだなと、感心した。

台湾、中国から51%、日本から35%、韓国から14%だそうだ。

これをなんとかしなければならない、と口角泡を飛ばして主張をしていた。

でも、これって、よくはならない。ゴミは増えることはあっても、減ることはないからだ。

その上、中国や台湾からのゴミが減ることは、とても考えられない。

むなしい報道でした。

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