ペルー人は、とにかく働かない。
目を離したり、甘い待遇をすればすぐつけあがる。権利の主張ばかりをする。
雇い主は、いきおい冷たく、厳しく、厳正に扱うことになる。
社員や労働者が喜ぶことをしよう、などとは会社側にはまったく発想にはない。
当然、出来上がる製品は不良品は多いし、時間も厳守されることもない。
と、実は昔から批判的だったが、
このごろは、違う考えをもつようになった。
社員やバイトなどに、ああしろ、こうしろと命令すると、結構できてしまう。すると、会社はなんだ出きるじゃないか、と今度はそれを当然のごとくスタンダードにしてしまう。
人って、やれば出来てしまう。
ただ、それを続けることができない。
命令する側は、みんなやっているとさらに要求し、される側は、そんなものかと、できないときは自己嫌悪やストレスを抱え込んで、突然切れたり、自ら命を断ってしまう。
厳しい経済のなかで、どの会社も削りに削って、二人でやっていたことを一人でやる。
日本人は、それまでの水準を落とさず、悲しいかな、それができてしまう。
体のいい奴隷社会。
もの作り日本とよく評価されるが、いまの会社のあり方では、それも「かつては」となってしまうだろう。
歩きタバコの人を滅多に見なくなったが、
路上には、ときどき吸殻が落ちている。
喫煙の悪影響は報道通りなのか、あるいは悪影響があると言っても、せいぜい、肉だの、唐揚げだの、甘いもののとりすぎ程度か、それ以下なのか、
素人にはわからないが、悪影響については胡散臭く思っている。
しかし、これまで生きてきた感覚からすれば、
この異常なまでの喫煙悪の論調というか、社会現象はなんとなく報道を考える上で象徴的な出来事だと感じる。
例えば、財政難だから増税だ、 次世代に借金を残さない為にとか、なんとなく危機を煽るようなあり方には、
報道通りは、簡単には「そうだな」と思えなくなってしまった。
年収何億も稼ぐ社長や役員が、不景気を理由に、あるいは円高を理由に何千人、何万人の労働者をキルノは、どういった感覚の持ち主か、疑問を感じてしまう。こういったことは、それほど昔でなくともなかったように思うが。
麻薬関係は再犯率が高いという。
それならば、麻薬が国内に入ってこないようにもっと強化すればよさそうなものをと思う。
今以上にできないのだろうか。
再犯させない環境をつくることのほうが大事なような気がする。が、
何十年も同じ事の繰り返しを訝る。
今朝、久しぶりに変わった夢を見た。
だいたい僕の夢は気分が良くなる夢など一度もない。
うなされたり、動物に咬まれたり、おかしな夢ばかりだ。
今朝もそうだった。
自分が死んでしまった。死んだ自分の傍らに、生きている自分がいる。
順序立てて覚えているわけではないが、なぜ死んだのか分からない。
とにかく、死んだのだ。
葬式をしなくてはと、ここで場面は一気に簡素な葬儀場に移る。
そこで、生きている自分が、祭壇に向かって、
「今日は、ここで自分の葬儀をさせていただく」
と感謝している。
そして、保冷した自分の死体を自分が出している。このとき、死んだ自分の顔は見てはいない。
で、
「このまま、焼いたのでは、たまらないから、睡眠薬でも大量に飲んで、眠ったまま焼いてもらおう」
と、生きている自分が焼かれるのを考えている。
「それにしても不思議だ。死んだと思ったら、すぐまた自分が生きている」
と、夢の中でそこにいた人と話をしている。
ここで、目が覚めた。
夢を判断する人がいるらしい。
イヤな判断でも、なにを意味するのか、知りたいものだ。
何かでがっかりすると、力も抜ける。
自分が信頼している人から、期待はずれの回答をされたら生きる意欲まで失ってしまうかもしれない。
しばらくすると、さあ、またがんばろう、と思う。
考えてみれば、これの繰り返しのような気がする。
自分は、いつ頑張ることができなくなるか、と思う。
自分の価値観というか、存在感というか、生きているエネルギーを自分以外の人間に求める、依存すると、ろくな事がない。これは決してやってはいけないことだ。
昔なら、立派なお師匠さんがそれに応えてくれたいい時期もあったが、現代ではそれを求めるのは無理がある。
難しいことはわからぬが、感覚的に人の心はすさんでいるように思う。そう言っている自分がそうなのかもしれないが。
ちょっとしたこと、それが仕事であろうが、利害関係があろうが無かろうが、嬉しいと感じたらありがとうの一言もいえばいいのにと思う。
ありがとうと言って、損することはないだろう。
それを言えないのは、生きてきた環境がなせることなのか。もしそうなら、これから世の中はよくなるなんて、期待はできない。
親孝行は既に死語と化した。
エジプトの情勢などは、テレビで報道されるまでは、ピラミッドの観光程度しかイメージ出来なかったが、
何万人という人々が、時の政権に対して退陣を迫る様子を見ると、
世界には理不尽な生活を強いられている、あるいは一部の為政者だけが甘い汁を吸っている現実があちこちに存在することが分かる。
愛国心というか、国を思う、国民を思う為政者はそれほどいないのだな、と思う。
今のペルー大統領のアラン ガルシアが1985年に最初に大統領になって、90年まで行った政策はとんでもないことばかりであったが、
なかでも、私腹を肥やすことにかけてはかなりのものだった、と聞いた。
国のお金を自分のものにする、というのは、大統領にあるまじき行為で愛国心のかけらもない。ところが、
サッカーや対外国との競技では中途半端な感覚ではなく、愛国心の塊になる。
どうも、スポーツで自国を応援すると言う感覚と、為政者として国を思う、国民を思う感覚にはかなりの違いがあるように思う。
権力を握ったものとっては、
国は利用するだけのもので、そこには国民も国もない。対外国との競技では国も国民を一体化して応援する。
なにかがおかしいと感じる。
今が最高だと思うことが出来れば、幸せだろう。
ところが、人間には嫉妬心があるから、なかなか難しい。その上執着心もある。物事にとらわれてしまう気持ちが、正常な判断を狂わせる。
嫉妬心が先か、執着心が先か分からないが、どっちもまったく厄介な存在だ。
しかし、嫉妬心も執着心もなくなれば、生きていくことができないような気がするし、強すぎても鬱陶しい。
ちょうど良くあれば一番いいが、それも難しい。
それならば、どんな状況にあっても、今が最高だと思えばいいかもしれない。
20年ほど前か、ペルーの政情が極端に不安定になった時期があった。
テロの跳梁跋扈。日々爆破事件、警察官の殺害、誘拐、とにかくあらゆる犯罪が世相だった。
そんななかでも、人々は生きていた。
僕も、一人のリマの住民として生活していた。
極めて危険な状況から救われた、逃れたことが何度かあった。
仕事で外国に出ることもあったし、一時帰国することもあった。
一度、ブラジルの出張からペルーに戻った時、
リマの空港の窓ガラスが壊れていた。
到着寸前にテロによって爆破されたのだ。ガラスの破片が飛び散っていて、激しい爆発だったのを物語っていた。
1時間ほどの違いで、その爆発に遭遇しなかった。
他には、大使公邸事件だろう。日本大使が主催するパーティーにはほとんど出席していたが、その年だけ一週間前に一時帰国して、事件に巻き込まれることはなかった。
心臓がバクバクしたこともあった。
帰国する際、チェックインを済ませ、待合室で待っている時だった。いきなり大勢の警察官が乱入、僕にはそう思えたが、実は乱入ではなく、空港に爆弾が仕掛けられたと通報がはいったので、乗客の安全を確保するために、警察が誘導のためにきたのだ。
幸い無事に爆弾を撤去したらしく、なにもなかったが、このときの、警察官はやたら格好良かったのを覚えている。
映画のワンシーンのごとく、制服を着用していない男がジャケットから拳銃を取り出し、乗客をトイレに誘導し、自分は現場らしき方向に向かって行った。
今思えば、よく無事で日本に帰国できたと思う。
当時は、なんとなく運が良かった程度のことしか感じなかったが、
こうして日本で安穏と生活していると、今が最高だと、素直に思える。
お金の力は永遠だけど、愛や心などの力は一瞬で終わることがある。
お金の価値は、変わらないが、愛も心も明日にはわからないからだろう。
いつだったか、資産家の姉妹が立派なマンションで餓死していたニュースが流れた。電気もガスも供給ストップ、水だけがあった。
僅かな金子しか残っていなかった。
彼女たちはどんな思いだったろうか。
もっと以前には、おにぎりが食べたいと、同じように餓死した人がいた。
複雑な気持ちだけが残る。
正直者がバカを見ない社会などは、まずないだろう思う。
正直者では、生きてはいけない社会が、これまでの歴史だったし、これからも続くのだろうと思う。
正直者であっても、それなりの地位につけば、どこから弾が飛んでくるか分からないのが、普通であろうと思う。
これは、変えようがないし、世界に平和を求めるがごとくだろう。
しかし、また逆に、無駄な努力であっても、それをやりつづける生き方がある。
変えようがないなら、意味が無いと考えるのもいいかもしれないが、
理想を追い求めるしか人間には生きる道がないだろうと思う。
いつだったか、テレビで、
「国民一人に50万円程度を配ればデフレを解消できる」
という専門家が話していたが、
全くその通りだと思う。
この話はおとぎ話ではなくて、議論として登場するらしい。
経済のことは疎いが、合理性ばかりではうまくは行かないような気がする。このような荒唐無稽とも思われることが意外といい結果を生むかもしれない。
久しぶりに会った友人たちと話をした。
久しぶりだから、とりあえず、
「お互いに年取ったなあ」
という感想からはじまった。
ゴルフを約束したが、いつになるやら分からない。
ゴルフは一気に会わなかった期間を埋めてしまうだろうと思う。是非にと、念を押した。
今朝、宮沢元総理大臣は、
「総理の椅子は、山手線の座席と同じ」
と言ったということをテレビでやっていた。
たまたま、目の前の人が去って席が開けば、その時に座ることが出来る、という極めて受身な、それでいて天命を待つような、達観した姿勢を感じた。
日頃から努力も必要なんだろうが、この「たまたま」のよさを思った。
男のカツラは、ちょっと見るとすぐ分かってしまうが、女性のカツラはわからない。
今日、バスに乗った。
前の席に座っている人の髪の毛がおかしかったので、ちょっと見るとカツラだった。
もうちょっとなんとかならないかと思う。
自分の髪の毛もかなり細くなってきた。地肌も目立つようになってきた。
現状維持できればと思って、シャンプー時に頭皮をマッサージする程度のことしかしていない。
友人が、植毛をしている。
最初は、マンガに出てくる爆弾頭のように毛が立っていたが、最近久しぶりに会うと、かなりなじんで髪の毛の量もフィットしたいい感じだ。
料金さえ安ければ、植毛はいいと思う。
名古屋の市長選挙は河村氏の圧勝だった。名古屋市は税金を安くする方向に大きく進む。どこもかしこもお金が足りないと言っているなかで、減税するのは至難の技。
大成功を祈るばかりだ。
昔、
「ザルで水をくんでこい、と命令されたら、汲みにいけ。必ず汲めるから」
と、老人が話したのを覚えている。
この話が深い意味をもっていることを理解するには、それなりの社会的な環境がなければならない。
つまり、昔は奉公にしろ、弟子入りにしろ素直に実行すれば、かならず酬われる時がくるという人間関係や社会的な良心があったことが分かる。
今はどうだろうか。
昔はよかったと、言うつもりはないが、
こういった教訓なり教えがバカにされない環境と言うか、人間関係が崩れてきたことにたいして敏感になってもいいかなと思う。
エジプトの問題は、やはり貧富の差が大きいことが原因なのだろう。
もう30年近く前になるが、パラグアイに行ったとき、丁度軍部によるクーデターが勃発した。
幸い夜だったので、家の中にいたが、聞こえてくる銃声は、いや~~なものだった。
翌日数名の、若者が亡くなったことを知った。事実数名なのかは、わからない。
30年間、権力の座にいたストロエスネル大統領はこれによってブラジルに亡命した。
30年は、長すぎる。
それなりの地位にいれば、裕福になるには充分すぎる時間だし、裕福を満喫することもできるだろう。が、その裕福故に、貧しい人々の心を感じる感性を失ってしまった。
エジプトも30年だという。日頃から鍛えないと感性も鈍ってくる。
日本では、30年も権力の座につくことはできないが、一方では「誰が首相になってもかわらない」と思っている。
これは裏を返せば、総理大臣は権力を握ることができないことを意味する。つまり政権を支える官僚が権力を握っていることを示す。
官僚支配、という言葉があるかどうか知らないが、30年の比ではない。
株の仕組みはよく分からないが、企業は株で成り立っていることは理解している。とはいえ、
その株の保有率で会社に対する影響力が決まってくるという程度のことしかしらないが。
日本の企業は、どのくらいの株を外国人がもっているのだろうか。銀行だとか、自動車会社とか、メーカーだとか。
日本に昔からある企業でも、外国人が多くの株を保有すれば、利益を上げるための方策は、ますます厳しくなるだろうと思う
そのための皺寄せは一般労働者や派遣、さらにはバイトやパートにいく。
利益をしっかりあげても、当然幹部は、自分たちの報酬を高く設定し、派遣社員や一般労働者、バイトなどの給料は最低に設定するだろう、とは想像がつく。
かたちを変えた体のいい奴隷社会のような気がする。
仕事の関係で、毎日けっこう歩いている。
先日久しぶりに会った知り合いが、
「瘦せたね」
と、ちょっと心配そうに声をかけてくれた。
この年で、急激に痩せると、病気を疑う。本人はけっして急激に痩せた訳ではないが、久しぶりに会う人には、急激な感じを与えるのだろう。
自分から進んで身体を動かすことは苦手だから、強制的にその環境に自分を置くことは、いいことなのだと、思っている。
運動の方は、強制的でもいいが、精神的な苦痛は勘弁願いたい。
貧富の差を、日本では実感することはなかったが、ペルーで、はじめてそれを膚で感じた。
「勉強しないと、○○みたいになるよ」
と、子供に言っても、その○○が周囲にはないから、勉強の動機付けにはならない。下手な例をあげれば、それでもいいよ、と返事がかえってくる。
それが日本だった。
ペルーではそんなことを子供に言う必要は全くなかった。家を出れば、裸足のこども、信号で寄ってくる物貰いの子供、車で外に出れば、周囲には三匹の子豚の家がひしめき合っている。
子供でも、その意味を理解する。
現代でも、それほど変わってはいないだろう。一朝一夕では、格差の差を、小さくするのは困難だ。
差をなくしたいと願う人は、なくすための立場にはなかなかなれない。
そんなことはどうでもいいと思っている人が、それなりの地位につく。
だから、ペルーでは、貧富の差を埋める大事業は遅々として進まない。
日本でも、格差の広がりが問題視される。
格差を小さくしようと、志をもった人が、それなりの地位についているだろうか。
たぶん、違うだろうな、と想像している。