虚空を観じて

今感じたことを書くことは、年取った脳みそにいいんじゃないかと考えて認めています。日常の風景から、過去の記憶まで。

あてにするのは愚

2018年12月15日 | Weblog

どうも、皮膚がピリピリする感じがする。

気のせいか、日本社会、世界の雰囲気がおかしい。

どか~~んと何か、起こるかもしれない。

逆に、人間がそれを望んでいるともいえる。うん、意外とこっちの方が正解かも。

 

トランプ大統領やチャイナのエライさん、北の独裁者、彼らは本当は、争いなんて望んでいないのに、

民衆というか、国民というか、世論というか、そっちは、平和を訴えながら、実は戦争を望んでいるのかも。

右翼、左翼といえば、右翼が争いを望み、左翼が平和を訴える図式になりがちだが、

これは、ホントは逆だろうなあ、と思う。

それは、ちょうど、軍隊は戦争を好まず、一般民衆のほうが戦争を望むのに、似ている。

そりゃそうで、最前線は軍隊で死と隣り合わせになるから当然だろう。

 

「どこの国が攻めてきますか?」

なんて問う知識人がいたが、30年も40年も前なら、一般人を誤魔化せただろうが、現代ではすでに無理だ。

歴史の学校教育も同じで、これまでの偏った教え方が、指摘されている。

平和主義者が戦争の引き金になるって、言った人がいたが、その通りだろうと思う。

 

昔、カンボジアに行ったことがある。

ポルポトによる残虐な行為が展示してあるというが、聞けば、日本人には想像できない。

日本人も似たようなことをやってきたのか分からないけど、

日本人にはついてはいけない残虐さだろう。

動画視聴したが、通州事件は、中国人による日本人殺害の事件だが、これも聞けば、

日本人には無理な残虐な方法だろう。

 

いずれにせよ、諸国民の愛情、正義、思いやりなど、まるであてにはできないことが証明されている。

最悪のことを想定して、準備しておくことが肝心だろうと思う。

多少今の生活が不便になろうとも、経済的に貧乏になろうとも、そんなものにこだわることなく、

昔ながらの日本の習慣、文化伝統を大切にする方が、はるかにいいだろうと思うが、どうだろうか。

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かんにんかんにん

2018年12月09日 | Weblog

あきれ果てて言葉が出ないって、韓国のバカさ加減を見ていると実感する。

恥ずかしいというのは、国際感覚でも大切なことで、これを失うと、バカにされたり、揶揄されたり、笑われる。

どうも、韓国人には、恥ずかしいと感じる場面が普通とは違っているようで、

知識ある政府の人々も、裁判関係の人々も、今回の裁判を恥ずかしいとは感じない感覚のようだ。

こんな人々が、さらにまた日本に働きに来るのは、堪忍してほしい。

 


外国から労働力を入れることにより、治安悪化、街並みの汚れはひどくなり、ヘイトだ人権だと対立が起こり、

よき習慣、文化などが徐々に失われるくらいなら、

労働力が不足して、国民が今の生活水準を維持できなくなる、不便になる、

こっちを選びたいと思う。

ヨーロッパは、これで大きな失敗をしている。

日本は、失敗に失敗を重ねる方向にかじを切ったようだ。


日本は、賢かったはずだが・・・・・。

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お気に入り

2018年12月05日 | Weblog

ペルーには年一度は行く。

ろくでもない国だし、国民性も同じくろくでもないが、気に入っている。

日本人が移住して、すでに120年以上は経過しているだろうか。

最初行った頃は、おそろしく、不潔な遅れた国だった。

それでも3年も住めば、都になる。

ドロボー被害にもあったし、警察に賄賂を渡して勘弁してもらったし、役所の手続きでは、横入りは普通にしていた。

空港でも賄賂は当然で、それで持ち物検査を免れたり、それなりにしていた。

いまでは、道路は清潔になったし、変な悪臭は消えたし、高層ホテルも立ち並んで、

快適だ。

 

 

ペルー人は、なかなか演技派が多い。

友人、旅行社の社長から聞いた体験だ。もう、30年も前の話。

ペルーの国際便は夜中の発着が多い。

ある日、客を空港まで送り、その帰路の出来事だった。

まだ小規模の社だったので、社長自らが運転し、すべてをこなしていた。

ハビエルプラードの大通りだった。

「きゃ~~~~」

という大声が聞こえた。女性が、服を血に染めて彼の車に走って、飛び込んできた。

ここで、見て見ぬふりで、走り去ればよかったが、そこは、日本人の悲しさか、反射的に停まってしまう。

ペルーで、ペルー人と結婚し、何年住もうと、何回も同じ目に遭っても、懲りない。

しかし、それが、日本人の日本人たる所以だろうと思う。

 

「どうしたんだ?」

「助けて!!」

こうなると、もういけない。次は、拳銃を向けられ、カバンを強奪されてしまう。

カバンには、身分を証明する書類がはいっている。

同じものを再発行するのにまた時間と費用がかかる。

「中の書類だけは返してくれ」

と、頼むのが精いっぱいだ。

慣れた強盗は、余裕で返してくれる。

韓国は、理不尽な要求や、愚かな裁判など、飽きもせずに繰り返す。

これまで、日本は、昔から誠意と思いやりをもって、相手の立場を考えて、彼らと接してきた。

いまでも、同じ対処を繰り返している。

懲りない日本人。

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後退する国

2018年12月01日 | Weblog

北朝鮮のような独裁はイヤだし、

チャイナのような共産主義も窮屈だ。

大きく見れば理不尽なことばかりだが、個人の生活レベルで言えば、民主主義がまあいいのかなと思う。

ゴーンさんの年収が10億と聞いた時にはびっくりしたが、10億どころの話ではなかったことにも驚きだ。

経済学では、あるいは資本主義の世界では、社長の年収には縛りがないそうで、際限がないという。

 

人間の歴史は前代の生活一般、個人の生き方、育んだ文化、習慣などを積み上げて、変化させて、

よりいいもの、より合理的、より芸術的、より哲学的など進歩というか、意味あるものに育っていく。

動物の世界は、こうはいかない。

前代と同じえさの捕り方を学んで、同じ生活スタイルを繰り返していく。

人間でも同じ方法をとる種族もいるが、あるいは、進歩のスピードが極端にゆっくりなのか、わからないが、

日々の生活は、前代を受け継いでいく。

目に見えない世界、心の世界や、道徳、エチケット、いかに生きるべきか、などの思考の世界も、

やはり同じで、ゆっくりだが進歩していくのだろうと思う。

 

1000年、2000年経過しても、答えの出ていない疑問もある。

ゴーギャンの畢生の大作に描かれた「我らいずこより来るや、我らなにものなるや、云々」

という画題に、宗教も哲学も明確な答えを出していない。

目に見える科学の世界は進歩を実感できるが、心の世界は難しい。

 

契約という概念があるが、これは神と個人の約束事で、日本人が想像できないほどの固さだという。

改宗、宗教をかえるのは、だから、日本人が思うほど軽いもではなく、命をかけるくらいの重さがるのだろう。

素人なりに、逆を考えれば、当時は約束などは重要なことではないという風潮があったんだろうと思う。

何かで、縛りをかける必要があったんだろうと想像している。

インカ帝国に、他人の物を盗んだら、手首を切り落とすとか、激しい制裁があった。それほど目に余る事態になっていたのだろう。

 

民主主義も、人間が考え出した一つの結論で、瑕疵だらけって印象があるが、

民主主義よりいいシステムは、いまのところ見つかっていない。

他にないから、しょうがないかもしれない。

共産主義は、すでに失敗の連続で、人間にはうまく機能しないことが証明されている。

日本では共産党の議員が頑張っているが、質問の仕方や、考え方を聞いても、逆立ちしても納得できないことばかりで、

一種の「前代より後退」の現象だろう。

この後退は、目に見える日常生活はより豊かになっているので、

思考の世界で後退しているとは、実感できないのではないかと、想像している。


朝鮮半島の民族は、非常に珍しく、前代を受け継ぐことなく、前代より後退している特徴がある。

李氏朝鮮時代は500年以上も続いたという。

この500年は、前代よりも、日常生活一般、個人の生き方、育んだ文化、習慣などは、ことごとく後退したという。

積み重ねができなかった、あるいはそんな思考はしなかったのか分からないが、

最近の、韓国による日本に対する要求を見れば、

日本人の想像を絶した資質を垣間見ることができる。

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水に流す

2018年11月27日 | Weblog

テレビによく出演する大学の女性教授、金さん。

次から次へと、とんでもない意見を述べるが、どこなく憎めない。

たぶん、金さん自身が言っていることに納得していないのではないかと、思う。

 

韓国に対して、いいこともしたとか、欧米列強がやった植民地支配とは違って、日本は逆に韓国の発展に莫大な資金をつぎ込んだとか、

やってあげたことを主張するより、韓国の立場に立って思いやりをもって接したらどうか、

と、こんな意見を主張した弁護士がいた。日本人ならよく理解できる考えだ。

この意見は、しかし、愚かな意見で、日本はずっとこの態度でやってきた。そう、ず~とだ。いまでもそうだ。

その結果が今なのだと思う。

百田さんの本に詳しいが、韓国に対する思いやりが前提になければ、こんなことはできないし、

当然、現代にいたるも、日本は思いやりの塊りだろう。

 

昔、ペルーに住んでいた。

朝、子供がチャイムを鳴らす。開けると、

「パンをくれ」

という。

断っても、問題は起こらない。むしろ、禍根を残さないために、断って関わり合いを絶つほうがいい。

日本人は、これができない。

つい、気の毒だと感じてしまう。パンなどは、激安で毎日でも、いくらでもあげることができる。

いいことをしたいと思うのか、気の毒だと思うのか、できる事ならしようと思うのか、日本人はパンをあげてしまう。

実は、「情けは人の為ならず」という言い方が機能する日本ならではで、

上げるほうも、貰う方も「日本人」ならこれが通じるが、ペルーではこうはいかない。

こうなると、子供は毎日毎朝くる。

そのたびに、ありがとう、ありがとう、を繰り返す。

とはいえ、さすがに一週間も続くと、鬱陶しくなり、

「今日はないよ」

と応じると、子供は途端に豹変し、

「汚ね~~、日本人」

と大声で叫ぶ。

この程度なら、まだ笑い話で済むが、普通の社会関係では、間違いなく「恨み」まで発展する。しかも、とてつもなく長い期間だ。

朴前大統領言った「1000年云々」は、彼の国では普通のことだろうと思う。

子供が来なくなるまで、気持ちを込めてあげることを続けるならいいが、

面倒くさくなったらやめる、なら、「罵詈雑言、恨み、非難」だけが残るから、最初からやらないことだ。

水に流す、これは外国には存在しない。

同じことは、ペルーに駐在したことのある日本人なら、だれもが似たような経験をする。

 

「情けは人ためならず」は、相手が日本人なら、他人に対する思いやりは巡り巡って自分にも返ってくるという意味だが、

相手がペルー人なら、相手のためを思うなら、最初から甘い顔をしないこと、が必要だろう。

この点に限って言えば、朝鮮半島の人々と、ペルー人はよく似ている。

 

海外からの労働者受け入れについて、

韓国から入れたら、何十年後、今と同じように、強制労働だとか、奴隷のように働かされたとか、不当な賃金だっとか、

訴えられるから駄目だという意見があったことを知った。

青山参議院は、少し笑って、肯定も否定もしかったが、そんなことはないだろうという表情を浮かべた印象を持った。

しかし、これは、砂糖に蜂蜜をかけたくらい甘いだろうと思う。

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逆の政策?

2018年11月24日 | Weblog

ヘイトって、規制して、押し込めれば、よけいにたまる。

日本人が何か言えば、ヘイトだと非難するのは愚かなことだが、

規制して喜んでいる人々は、さらに愚かだろう。

 

 

妬み、嫉み、僻み、嫉妬、羨望、被害者意識、邪ま、イヤな人間の内面だ。

イヤでも誰もが持っているし、誰もが経験があるだろう。

日本人は、普通は、こういった嫉妬心をストレートには出さない。巧妙というか、多少遠慮したり、おどけて表現する。

中には、自分のイヤな気持ちを嫉妬心とは知らずにいる人もいる。

 

韓国というか、朝鮮半島の人々は、自らの嫉妬心を知らずにいるのか、知っていてあからさまに披露しているのか、不明だが、

ストレートに日本にぶつけてくる。

嫉妬心を持ち続ければ、心の安寧は得られない。

にもかかわらず、彼らはあきもせず、むき出しの嫉妬心をだす。

それは、教育程度の高い大学教授であっても同じで、

おそらく、何百年も同じことを繰り返しているのだろう。

「未来志向」とよく言うが、彼らは「過去志向」に凝り固まっている。

 

消費税を上げることに反対する知識人は多い。賛成だという意見を聞いたことがない。

労働者を外国から入れる政策に反対する知識人も多い。

弊害を指摘している。

指摘しなくとも、すでに欧米で失敗していることでもわかる通り、

異文化共生などはいがみ合わないで、共生はできない。

必ず人権だの差別だの、不公平だの、ヘイトだのと、出てくる。

にもかかわらず、政策を進めている。

せめて、親日の国から受け入れてほしいと思う。

反日教育に精を出している、反日政策を打ち出している国からの受け入れは、

もうゲップが出るほどの充分だろう。

 

 

一度上がった日常生活を、落とすことは難しい。

今の生活水準を維持したいと、あわよくば、向上させたいと思う。

海外から労働者を大量に入れれば、もしかしたら、今の生活水準を保てるかもしれないが、

生活水準を、だいぶ落としても、

日本がこれまで積み上げてきた良き文化、よき習慣、資質などを守るための政策を打って欲しいと願っている。

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歪んでいる

2018年11月17日 | Weblog

動画を見ると、血圧、コレステロールを下げる方法がこれでもかってくらいにある。

暴飲暴食をしなければ、別に、わざわざ下げる努力などしなくてもいいだろうにと思うが、

正常値とされる値が、低すぎるのだろうと思う。

 

健康診断に行った。

新宿にある診断専門の医院らしい。

費用は会社負担。ありがたい。

診察前に、キャンセルできる項目を看護師さんに訊いて、レントゲンを受けなかった。

 

後日、結果が届いた。

見ると、血圧とコレステロールの数値が高く、早めに診断を受けるよう、指示があった。

そのほかは、すべて問題なしで、一安心だ。

数値的には、今の基準では異常だが、いろいろネットで調べると、年齢相応の数値で、クスリを摂取するほどでもないと、自己判断し、放置を決め込んだ。

すると、今度は会社人事部から、診断をうけ、今月末時までに報告するよう、また指示があった。

 

それにしても、しつこすぎる。

それなりの年齢なら、ほとんどが血圧もコレステロールも「異常」数値を示すだろう。

血圧などは、昔に比べれば、数値的には、正常値をかなり下げただろう。

当然、クスリを必要とする人が多くなる。薬が売れる。

こんな、邪推をしてしまう。

 

アメリカ型の資本主義は、どこか行き過ぎている。

歪んだ資本主義。

個人で、兆単位の資産を持てるのは、おかしいだろう。

日本は、そうならない社会を目指したほうがいいと思う。そのほうが日本人のメンタリティーに合致している。

 

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誠意は利用される

2018年11月10日 | Weblog

誠意は通じる、なんて死語になるかもしれない。

日本は、よくまあ誠意をこれまでよく示してきたと思う。

誠意は、利用されるだけ利用されて、さらに利用される。

 

東京新聞の女性記者、官房長官への質問が面白い、というか、何度注意を受けても、同じことを繰り返している。

恥ずかしい、と感じないのだろうか。

大人として、というより日本人として、どこかずれている。

普通は、同じ失敗を繰り返せば、自己嫌悪なり、反省なり、なにかしら変化があるものだが、

彼女の場合は、より磨きがかかっているように思える。

磨きがかかると言えば、精神科医の香山さんにも、同じ感覚を覚える。

羞恥心だとか、恥ずかしいだとか、小島よしお並みに「下手こいた」なんて、絶対思わない世界に住んでいる人たちなのだろうか。

韓国の日本への要求とよく似ている、というかそれ以上の精神なのかもしれない。

 

 

ペルーに行ったとき、ペルー人について長年ペルーに住んでいる日系人に話を聞いた。

「一言でいって、ペルー人は恥ずかしいことを知らない」

と言っていたことを思い出す。

その後自分が生活をして、その通りだなと思った。

韓国人は息をするようにウソをつくと、韓国事情に詳しい人が述べていたが、

ペルー人も全く同じで、平気でウソをつく。

最初のころ、あまりにも平然と自然に嘘をいうので、ころころ騙された。

日本人の感覚だと、ウソがバレると多少なりとも態度に表れるものだが、ペルー人の場合は、全く気配も示さない。

これは一種の驚きで、同じ人間かと思うほどだった。

 

一部というか、大部分というか、野党の国会質疑も、どこか女性記者と全く同じで、

同じことを何度も繰り返している。

元アナウンサーの杉尾議員とか、本当におかしい。

普通は、恥ずかしくて通りを歩けなくなるほどの質問だが、なんか嬉々としている。

有田議員は、もっと腹黒さを感じる。

なんで、当選してくるんだろうか、不思議な現象だ。

 

フジモリさんが大統領に当選したとき、同じ間違いを繰り返さないために、その後、

大統領に立候補できる資格を厳しくした。

ブラジルなどは、人種のるつぼと評されるほど、様々な人々がいる。

ブラジル人ならだれでも大統領に立候補できるわけではなく、ブラジルでブラジル人として五代続いて生活しないと資格がないと聞いたことがある。

 


日本も、移民をたくさん受け入れるなら、

まず、反日国、韓国やチャイナからの移民を制限し、できるだけ親日国からの移民を受け入れてもらいたいと思う。

そうしなければ、

今のままだと、多くの識者が指摘するように、地方自治体は簡単に自由にできてしまうだろう。

なにより、国会議員や大臣になる資格に縛りをかけないと、大変な事態になるだろう。

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奇異な政策

2018年11月03日 | Weblog

日々の生活は、安心して、暮らしたい。

街中を歩いても、それほどゴミはなく、きれいな道路を歩きたい。

人ごみの中は、皆が順番、順序を自然と守って、笑顔で行きたい。

だれもが、望んでいることだろう。

今の日本は、だいたいは、このような状態で、当たり前になっているが、

これだって、いつ忘れ去られ、ギスギスした世の中に変わっていくか、わからない。

やはり、一人一人のそれなりの努力があってこそだろう。

世界には、このような社会を実現している国は、数えるしかないだろう。

 

韓国って、ホント、愚かなというか、クズというか、なんとも滑稽な国家だと思う。

個人的関係はともかくも、国としては付き合い方は変えていかなければならないだろう。

 

安田さん、素人目にも、解放後の動作や、血色の良さ、言動に違和感を持ったが、

それについて、指摘している動画がけっこう出ている。

そのうち、明らかになるかもしれない。

 

外国の労働力を入れる政策を進めていることに対し、識者がいろいろ弊害を指摘している。

これも、既に欧米で禍根しか残さない政策をなぜ進めるのか、素人目にも大きな疑問がある。

外国人が増えれば、治安の安定が崩れるし、街中は汚れるし、ルールは壊れるし、良き習慣や文化も蚕食されるし、

こんなこと、素人が言わなくとも、誰もが知っていることだろう。

なのに、政権は進めるのか、不思議だ。

 

消費税増税も、なんかやっていることがバカバカしく、結局煩瑣な手続きが増えるだけの政策で、

しかも、上げる必要がないことを識者がるる説明しているのに、なぜ上げようとするのか、

不思議ことだ。

 

憲法改正を目的としているのに、こんなことしていたら、選挙で負けてしまい、憲法改正などできなくなる。

これもわざわざ選挙で負けるようなことを政策で打ちだしているのは、不思議な気がする。

 

ウン十年前、日本は、給料面では、社会主義を達成した唯一の国だ、みたいことが言われていた。

社長と平との給与格差は10倍もなかっただろうと思う。

これがいまでは、100倍違うなんてのは当たり前で、それを受け入れているのは、なんか不思議な気がする。

この点を、どちらかというと、右側寄りの武田先生が指摘していたが、納得できる話だった。

リベラル野党がこれを問題視しないのは、やはり不思議だ。

 

奇異なことばかりが続いている。

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軽い

2018年10月29日 | Weblog

亡命するって、公言した議員がいるが、

そんなことは、しない。それほどの信念をもった人間なら、あんなにペラペラ言いたい放題言わないだろう。

自分の馬鹿さ加減を披露しているようなものだろう。

 

チャイナや北朝鮮、韓国を本気でいいと考えている識者や、左側の人はいないだろうと思うが、どうなんだろうか。

亡くなった沖縄の翁長さんとか、TBSなどのコメンテーターとか、チャイナの負の部分には決して触れないが、

それって、チャイがいいと思っているわけではなく、単に日本がイヤなだけだろうと思うが、どうなんだろうか。

それほどいいなら、あるいは、それほど日本が嫌いなら、さっさと日本を棄てればいいだけの話だが、そうは絶対しない。

現実的に、日本ほど居心地のいい国は、それほど世界にたくさんあるわけではない。


居心地がいい場所から、大声で、居心地の悪い国を擁護し、居心地の良い場所の非難ばかりするのは、バカみたいだし、

もう、飽き飽きしている。

こういった日常生活は、人生半分ソンしているだろう。つまらない。

 

TBSの金平さんが、安田さんの解放について、忍耐したその精神力をたたえ、世間の自己責任論には言葉を失う、とコメントしたというが、

実は、自己責任って公言していたのは安田さん本人で、

その自己責任もとれず、結局は望まない日本政府に救出されのにもかかわらず、

「自己責任を言っていた自分が責任もとれずスイマセン」とか、「ご迷惑をかけた」とか、なにかしらの開口一番謝罪の言葉を言えば、いいものを、

そうは言わず、なにか、自分以外に責任を求めることを言っていたのです。

あの金平さんって、エライ偏った見方をする人だなと思う。

知識があろうが、頭脳が明晰だろうが、強いフィルターを通した見方や思考は、

既に、朝日新聞で痛い目に遭っているから、どうでもいいコメントになる。

 

それにしても、安田さんの生活環境は足をのばして寝られないほどであったらしいが、すたすた歩行している映像で、

違和感があった。

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フィルターを通して

2018年10月27日 | Weblog

安田さん、無事帰国で、一安心だ。

ご家族の方はさぞかし安堵したことだろう。


大手マスコミには、どちらかというと、安田さん擁護の意見が多いが、

安田さんのこれまでの言動から、無事帰国を喜びつつも、自己責任論がある。

自己責任は、いくらとなえても、安田さんの人間性はどうあれ、

日本政府は全力で救出に向かうことはわかっているので、それほど意味があるとも思えない。

 

竹田先生が、考古学者はほとんどが左側だと言っていた。

つまり、物事の判断には、一種左側のフィルターがかかるという意味だろう。

逆説の日本史には、日本史を左側のフィルターを通してみるから、おかしいと著者が指摘している。

多くの専門家というか、識者が主張することでもある。

これらは、なるほどなと思う。

学校で勉強してきたことは何だったのか、と思う。

この傾向はいまだに修正されず、あいもかわらず教科書の内容は、バカバカしいと、竹田先生が話していた。

 

安田さんは、これまでの言動や、解放直後のコメントでも、どうもかなり左側で、救出に尽力した政府にも「感謝」の言葉が聞かれなかった。

一般人の感覚とはかなりのずれを感じる。

安田さんの、自己責任論を主張し非難するわけでもないし、逆に擁護するつもりもないが、

勇敢にも危険地帯に、政府の制止を無視して取材し、仮に、首尾よく記事を配信しても、

フィルターを通しての記事などには、

朝日新聞で、実は、もうこりごりしている。

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ざわざわ

2018年10月22日 | Weblog

深刻さは、ある日突然事態の重さに気がつく事が多い。

見える人には見えるだろうが、多くの人には、「そうなるまで放置したのが悪い」

と声をあげるだろうが。

うまく言えないが、社会が変わっていく節目をみているような気がする。

 

昔だったら、マスコミを通してしか知りえなかったことが、ネットでどんどん配信されているし、

野党の議員さんたちが国会で質問する内容を見ても、単に隅っこをツツいて、瑕疵だけを追求し、

じゃあ、どうしたらいいんだという具体策はなんら示さず、

スポーツ界でも、やたらセクハラだの、パワハラだのと、報道される内容はバカみたいなことだし、

ホントかいな、と思ってしまう。


チャイナは、やたら尖閣諸島に出て、日本に迷惑を平気でかけているけれど、支援はそんなことには関係なくやたら求めてくるし、

韓国だって、なんでもケチをつけて、約束を守らないけれど、困れば助けてくれって、平気で言うし、

誠意とか、矜持とか、そんなことはどこかに行ってしまっている。


外国から労働者がたくさんにほんにくるけれど、移民が増えれば問題が出てくるし、取り返しのつかないことになろことは、

いまさら説明しなくとても、欧米の現実を見れば、それはだれもが理解できることを、やろうとしているのは、理解できない。

何か悪いことをして、強制帰国をしても、それを受け入れない国が存在することすら信じられない。


難民だって、他の国にとっては迷惑で、他国のケツ拭きをしているようなもので、

結局、難民を受け入れる国の市民が迷惑を被る。


混沌とした世の中になっていくような気がする。

そして、この流れは変わらないだろうが、徐々に進んでいくだろう。

その先にあるのは、また争うことだろうか。

 

昔、それほど昔でもないが、

平和主義者が戦争の原因になるって言った人がいたが、これは真実だろう。

ただ、当時の平和主義者は、本当に平和主義者で、他の人に思いやりを持った人々で、純粋に争いを忌み嫌う人々であったろうと、想像している。

現代の、人権を訴えるひとびと、やたら日本を非難する人々は、一見平和主義者に見えるが、

実は、昔の平和主義者とは異なることだけは、確かだろう。

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お声がけ

2018年10月14日 | Weblog

森羅万象は刻々と変化する。目に見える範囲だけではなく、

人の心も変化する。

当たり前のことだけど、変わるなら、変えるなら、いい方向に変わって欲しい。

 

沖縄で、翁長さんの葬儀で、弔辞を読んだ菅さんに罵声を浴びせた人たちがいるという。

罵声を批判した人々は、「思考停止」と同じだ、という主張をしている脳科学者がいる。

人に、あるいはその場所に礼儀を尽くすというのは、「思考停止」だという理屈だ。

脳科学者だから、それなりの研究があるのだろうが、素人には難しすぎて理解を超えている。


この先生は、菅官房長官に対して、「帰れ!、うそつき!」という罵声を、

「お声がけ」と表現していたらしい。

どこをどうすれば、罵声が「お声がけ」になるのか、これまた難しいので、私のような一般人にはわからないだろう。

葬儀で、罵声って、一般人には、受け入れられないと思う。

脳科学者なら、分かるように噛んで含めての説明が必要だろう。。


もう一人大学の先生が、

相手に礼儀を求めるなら、自分も他者に対して敬意を持たなければならない。菅官房長官にそれがあったのかって、

言っている先生がいる。

これって、論理のすり替えとか、話のすり替えとか、そういうやつだろう。

事実として、罵声があって、その罵声を浴びせた人々には触れず、

罵声を浴びせられた側を問題にしている。

この人が大学の先生って、信じられないが、

学校のいじめ問題で、いじめた側の事実にはそっぽむいて、

いじめられた側の「あり方、態度」に非があったのではないかという、あれと同じだろう。

こういう論理って、異常だろう。

 


韓国で行われた観艦式で、旭日旗というか、海上自衛隊旗というか、それを掲げないでくれという要請に対し、

自衛隊は参加を取りやめた。

韓国は、一種、凄い国だと思う。羞恥心をまるで感じない国民性だと思う。

相手があきれかえって、言葉を失っても、

韓国はなんでもする印象がある。

例の、起源主張は、ズブの素人が主張するのではなく、大学の先生が主張する。

このあたりは、前述した日本の学者と同じレベルだろうと思ってしまう。

おそらく、今の朝鮮半島の国民性、「ありかた」は、李氏朝鮮時代の影響だろうが、

李氏朝鮮時代より以前の文化や技術を継承していれば、全く違ったものになっていただろう。

前時代を受け継いで、積み重ねて、より文化や技術、文明を進展させるのが、ごく普通の民族だが、

朝鮮半島だけは、前時代より、文明も文化も技術も後退した珍しい民族なのだから。

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救出

2018年10月09日 | Weblog

昔、物知りの友人から、

ロックフェラーだったか、ロスチャイルドだったか忘れたが、

世界を牛耳るには、情報、エネルギーを手に入れることだと考えて、

その通り実現したという。

マスコミと油の会社だ。

これで、世界に君臨しているという。

素人には、はるか遠くの世界だから、さっぱり実感できないが、そんなものかと思う。

 

毎朝、代々木にある共産党のビルの前を通る。

静かなたたずまいだ。

人の出入りはあまり見かけない。

壁には、宣伝文句が並んでいる。

 

共産党って、何をしたいのか、わからない。

日本をこうしたいと、絵を示してくれればいいが、それがない。

ないから、日本の社会を共産主義にしたいのだろうな、と思う。

お手本は、おそらくどこにもないので、日本共産党の独自の絵があるだろうに。

ソ連は崩壊したし、チャイナをお手本と言っても、日本国民の賛意を得られないだろうし、北朝鮮に至っては犯罪国家だし、

いい例が存在しない。

それとも、絵を示さないのは、ひたすら日本国家崩壊だけを目的としているのか、とも思う。

これなら、日ごろの共産党の主張は無理なくよく理解できる。

 

駅前で、見るからにお年寄りが演説したり、ビラを配っている姿をよく見る。

以前は、ビラをもらって目を通していたが、単に政権批判が連ねてあって、取り立てて「うん、そうだよな」って思わないので、

この頃は、ビラすらもらわない。

なにか主張したいのなら、正攻法でやればいいものを、と思う。

 

多くの、というか、知識人が、消費税は上げてはならない、と主張しているが、なるほどなと思う。

消費税をあげなければ、日本は大変なことになる、という意見や主張は聞いたことがない。

にもかかわらず、消費税を上げるのは、なぜなのかと思う。

 

国会質疑を時々見る。

立民や共産党などの質問は、学級会のような感じで、ちっとも建設的でもないし、日本の国益を考えたものには感じられない。

頭脳明晰集団が、ひたすら日本国を思って議論が交わされることは、それほどない。

単に、政権打倒に燃えた、つまらない、どうでもいい質問ばかりで、がっかりするが、

これもひとえに日本がどこからも攻められることはないし、日々の生活に安穏としていられるからだろう。

 

虚心坦懐に思うことは、

憲法改正も、デモをするほどのことなのか、口角泡を飛ばして罵ることなのか、不思議に思う。

いい大人が、卒業式で国歌を斉唱しないとか、起立しないとか、そんなにこだわることなのか、疑問に思う。

共産党が主張するように、憲法改正は戦争法案なのか、バカバカしくなる。

やはり、これらは、反対のための反対でもなく、日本国や国民を考えてのことではなく、

単に、腑抜けにするためだけに、やっているとしか思えない。

 

コーヒーはブラジルやコロンビアが有名で、現地で本場物を飲むのは、甘露だろう。

ところが、実は、良い豆は、全部輸出用で、日本や先進国に運ばれ、現地では三等級品を飲む。

こんなことを聞いたことがある。

日本に住んで、世界の美味しいものを食し、仕事があって給与を得て、雨露しのげて、

しかも、好きなことを主張して、警察官は丁寧に応じてくれ、役所も親切、日々安心安全で生活できる。

ところが、一方では、北朝鮮に拉致された日本人を、目の前にいるのに、手も足もだせない国。

これが今の日本で、かなり安心安全な日々の暮らしは先人たちの苦労の賜物で、

同じ日本人を助け出すことができない理不尽な「現実」をなんとかするのが、

安心安全で日本に暮らしている国民ではないのかと思う。

その代表者が国会議員ではないのか。

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天野博物館

2018年10月06日 | Weblog

ペルーにはいろいろな思い出がある。

アンデス地方でインカ帝国時代に使われていたケチュア語は音が日本語とよく似ているという。

一度、日本語で話をしていると、ケチュア語を話せるペルー人が、

「ケチュア語」に音がよく似ていると言っていたことを思い出す。

友人が、

「チチカカ湖」は、チチは父、カカは母の意味だと言っていたが、それならまるで日本語だなと思ったがあった。

 

 

リマに「天野博物館」がある。

昔、天野さんという人が自らの研究を博物館に仕立て上げた。

最近はどうか知らないけれど、昔は入場料をとらなかった。

それは、天野さんの考えで、入場料をとれば不特定多数の人が入館するから、だという。

だから、入館者やペルーに進出した企業の寄付で成り立っていた。

伝え漏れ聞くところによると天野さんは博覧強記で、人々を驚かせたという。


ペルーの日系人は、よく勲章をもらっていた。

天野さんもその候補によく上がっていたが、勲章や文化勲章などかたくなに断っていたという。

拒絶の理由は分からない。

天野さんが懇意にしていた福田農園の福田さんに、昔話を聞いたことがあるが、推測で話しくれたことがある。

その推測は、おそらく当たっているだろうと思うが、ここでは書けない。

 

ノーベル賞を授与される日本人が多いのは、一般国民としては、自分のことのようにうれしいものだと思う。

特に研究分野のそれは、本当に実績があったからで、なおさらだ。

中には、

ノーベル賞を有難がるのは、やめたほうがいい、とツイートした脳科学者がいる。

脳科学者の先生がそう言ったという、動画を見た。

主張の根拠が不明なので、

普通に素直に、素晴らしいことだと思えない感覚は、引いてしまう。

そういえば、ノーベル賞はいいが、勲章は、戦後民主主義の徒としてはいらない、といった作家もいたなあと思う。

素人には想像もできない素晴らしい作家だろうけど、この理由を聞いて、俗物すぎてがっかりした。

作品自体は本人の人間性や思想から離れて、純粋に評価すべきだろうけど、

普通の素人には、なんだかなあ、で終わる。

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