虚空を観じて

今感じたことを書くことは、年取った脳みそにいいんじゃないかと考えて認めています。日常の風景から、過去の記憶まで。

台風を避けた

2019年08月18日 | Weblog

宇佐神宮に行ってきた。

一度は行きたいと願っていたから、希望が叶った。

れいの道鏡問題のとき、伊勢神宮ではなく、宇佐に行ったのは、なぜだろうと思う。

台風が近寄ってくる14日。飛行機が飛ぶかどうか心配していたが、揺れることなく大分空港に到着。

そのまま、レンタカーを借りて、宇佐神宮に向かった。

雨にあたることなく無事参拝を済ませることができた。

その日は、別府に宿泊。

台風の影響の少ない地域にいたのか、風雨はテレビで流れるほど激しくなく、ゆっくりできた。

運よく台風を避けた。

 

 

福岡空港で、ラウンジを利用したが、

受付の女性が、愛想が悪く、面倒くさそうに、対応してくれた。

歳をとると忍耐力が衰えるのか、やたら腹が立つのか、つまらないことが気になるのか、

何か言うと、あるいは 言わなくとも反応すると、よけいに怒ってしまうので、黙って空いてる席を探した。

子供連れの旅行客が多い。旅先で買ったであろうお菓子を食べていたら、係員の女性に持ち込み禁止だと、注意されていた。

今の時期なら、ビジネス客より子供連れの家族が多いのは当然だから、あまり目くじらたてなくとも、と感じた。

 

 

韓国人は「恨」の民族だというけど、この見解には異論がある。

恨ではなく、単なる想像を絶する嫉妬心だろう。

被害者意識の強烈さ、日本の何かの失敗、新幹線で事故があったとか、あるいは災害であってもなにか苦しんでいる様子があったとか、

そんな時は、至福の時間を満喫している。

聞こえてくる韓国のニュースはすべてが、これで、恨ではないだろう。

日本人の感覚からすると「愚か」としか言いようがないが。

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選択肢

2019年08月11日 | Weblog

トランプさんが、アメリカが嫌なら、生まれ故郷に帰る選択肢もあるよ、って言ったが、

その通りだと思う。

 

 

名古屋のトリエンナーレの問題がやかましい。

昭和天皇を燃やし踏みつける動画、慰安婦像、これらを「芸術」だとするか、否かを問題にする識者がいる。

素人目にも、とても芸術の域には到底及ばないと思うが、

プロなら「芸術」かどうかなら、芸術だとは判断しないだろう。

となると、どう転んでも、どう理屈をつけても単なる反日活動の一環だろう。

芸術を利用した反日活動。

これほど、馬鹿げた行為もなかろうに。

 

日本が苦しむことを、あるいは日本崩壊を目的にしている人々。

日本に生活しながら、日本のことを思わない人々。

戦争で、日本を守りながら亡くなっていった先人に感謝もできない人々は、

いまこうして安心安全な日本の毎日を享受できるのは、事実として彼らのお陰だろうに。

大きなお世話だが、感謝する気も、気持ちも無ければ、毎日がさぞかしつらかろうにと思う。

よくテレビに出て、とにかく政権の批判、日本の非難にしか知恵の回らないインテリゲンチャ、

たくさんいるが、日本人なのだろうに、最高学府を出て、学問を積んだ挙句、日本を守るために死んでいった先人に感謝もできない、気の毒な人々。

こんな勉学なら、勉学の意味がないだろうに。

 

人生論は、おそらく、先人たちが残した言葉の数々のなかにある。それに尽きているだろう。

にもかかわらず、というわけだが、結局生きることは一代限り、自分の生き方を次代に伝えられない。

体験や経験も同じで、風化させないと誓っても、伝えられない。

一代限りなら、結局自分の人生だから、自分にしか生きられないなら、言葉で表現するのは難しいが、

心豊かな、思いやりに満ちた、穏やかな、これでよかったと思える毎日は、突き詰めれば、感謝の心が基礎だろうなと、思っている。

 

日本をそれほど嫌いで、憎んで、不平不満ばかりで、嫉妬心で身を焼くほどなら、

表現の自由にあふれた、何を言っても許してくれる、経済的に豊かな、しかも、愛情に満ちた国家がいくらでもあるだろうから。

 

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お~い、大丈夫か

2019年08月07日 | Weblog

共産党は「話し合い」が得意のようだけど、

話し合いは、韓国とはできないことがわかっている。

話し合いができれば、問題は大きくならないだろうに。

はれて話し合いができたとしても、約束反故にされる。

そんな相手が韓国だ。

 

 

何かの本だったか、知人の話だったか、忘れたが、

アメリカでは、「頭がいい」という表現は、日本と違って、いい大学を出ているとか、知識人だとか、博学であるとか、そういったことを意味しないという。

アメリカでは、お金を儲けることに長けているか、否かで、頭がいい、悪いという表現を使うと聞いた。

お金がなければ、頭が悪いとなるという。

貧乏人では、頭は悪いわけだ。

アメリカには兆単位の資産を持っているひとがたくさんいるが、そこまで持っていて、どうするんだろうと、思ってしまう。

一億、十億、百億、千億ではなく、兆。

日本人には、まるで縁のない話で、凄いとしか言いようがない。

なんとなく、歪んだ資本主義思想というか、システムというか、「おかげさまで」という感覚が根底にないことに、

長い歴史の中で、これまで積み上げて来ることができなかった過酷な、残酷な、厳しい環境を想像してしまう。

ボノボには、採った餌を、むやみではなく、採れなかった仲間に分ける「文化」というか「おもいやり」があるという。

人間より他者に「おもいやり」をもつ、野生は、意外と生きる環境は人間社会の歴史より快適だったかもしれない。

 

サンデーモーニングを見た。

最後の方だけだったが、ちょうど、名古屋の「表現の不自由」芸術祭が中止になったことについて、

一人のコメンテーターが発言していたけど、この人、意見の内容が馬鹿げている。

ホント、馬鹿げているし、精神は大丈夫かと思う。

チャイナに行って、共産党の有名人の顔を揶揄し、「芸術」と主張したらどうか。

あるいは北朝鮮に行って同じことをしてみたらいい。

両国とも、日本よりはるかに「表現の不自由」を感じるだろうに。

 

ホント、馬鹿げた番組だなと、思う。

 

 

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愚かな思想

2019年08月03日 | Weblog

戦争で、とにかく、日本国民を守ってくれた兵隊、先人。

かれらのお陰で今の日本があるのは、間違いない。

とすれば、我々、だれもがすることは「感謝」だろう。

そのうえで、言いたいことを言う、これが筋だろう、と思う。

学校の左側の教師が、自衛隊を批判したり、揶揄したりするのを、生徒が咎める話がでてくるが、

自衛隊に「感謝」できなくて、批判や非難は、なんら説得力をもたないだろう。

 

 

韓国人あるいは韓国と書くと、問題があるかもしれないので、今の韓国政権とするが、

昨今の韓国との交渉のやり方をテレビや動画で見ると、

息をするように嘘を発表するし、時系列に並べると、

あれ~~、そんなこと、とうの昔に言っているのに、と支離滅裂なことを発表することが多々ある。

今回のホワイト国から外したことに対する韓国大統領の発表は、

これまでの日韓のやりとりの前後関係が報道されているわけだから、しかも、双方なにを報道しているのか熟知しているにも関わらず、

見事に日本が一方的に攻撃をしている、いじめている、理不尽だなどと、主張し

大統領の支離滅裂感が、一層際立った。

あれでは、一国の大統領としては、「愚か」としか、印象を与えない。

 

息をするように嘘をつく、この表現を大学の、左側のある先生が、

「安倍総理は息を吐くように嘘をつく」

と、表現していた。

 

愛知県で開催されている芸術祭が 例の少女像が問題になっている。

「美術館から展示を拒否された作品を見てもらい、表現の自由について考えてもらう趣旨だった」

と述べているが、表現の自由より、「芸術」 とうたっている以上、

まず、展示された作品が芸術の域に達しているか否かを、吟味しなければならないだろうと思う。

ここで、芸術って何だろう、と考えてしまう。

普遍的な定義はおそらくないだろうから、結局は「個人レベルでの感性」ということになるだろう。

となると、津田さんって金髪の責任者は、あの少女像を芸術のレベルで鑑賞できると、評価していることになってしまうが、

想像だが、あの少女像を「芸術」だとする感性をもった日本人は、滅多にいないだろうと思う。

 

朝鮮半島の歴史、もっとも動画でしか知らないが、

文学にしろ、絵画にしろ、思想にしろ、芸術が生まれる「素地」がないと思う。

お金で苦労したら、そこからお金に対する考え方は二つに分かれると、おもう。

やはり、お金が一番大切だとするか、

いやいやお金ではない、とするか。

お金のない時代なら、食べ物になるだろうか。

お金は一番ではないが、

お金がなくて「穏やか」「しあわせ」「毅然」「立派」「謙虚」「感謝」「尊敬」

そういった感覚を感じる人は、少ない。

ここの間に、芸術に対する感性が育ってくるような気がする。

 

 

 

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NHKから国民を守る党について

2019年07月27日 | Weblog

NHKは、当初の使命を終えたと思う。

今の在り方は、間違っているように思う。

そうはいっても、組織は一度作ると、組織自体が壊れまいと、抵抗し、なりふりかまわず存続をはかる。

いまは、その時代に入っているのだろう。

 

N国党の主張を聞くまでは、NHKの在り方などは興味もなかったが、

調べてみると、いろいろとNHKには不都合な真実はたくさんあるようだ。

 

 

N国党の主張は分かりやすい。

NHKはスクランブル放送を導入すべきだ、という主張であるし、しかも、主張はこれだけで、

ほかの案件というか、例えば、憲法改正なのか、消費税の賛否などには触れない。

もっとも、スクランブル放送実現のためには、他の案件は「交渉カード」として、使用するということらしいから、

現政権にお任せとなる。

一つのことだけに絞るのは、一般には理解しやすい。

NHKを見ないのに、受信料を払うのは、納得できない人は多いだろうし、

さらに、スマホやカーナビ所有でも受信料を払うことになっているなら、なおさら納得できないだろう。

漏れ伝わるところでは、NHK職員の給与は平均年収で一千万を軽く超えるというなら、今のご時世、受信料を下げて、多少なりとも、テレビ所有者に気を遣っても損はないだろうに。

スマホの料金が諸外国に比べ日本は高いと指摘を受ければ、政権は、一応各会社に料金値下げをお願いをする。

この程度の気の遣い方は、NHKにも必要だろうに、と素直に思う。

 

総務大臣は、問われて、公共放送だから、スクランブルには反対だと回答した。

公共だから、みんながみんな、受信でき、テレビを視聴できるというわけだが、

見たい人が受信料を払って、NHKを見ない人は、払わない。

これの、どこが、公共放送の概念から外れるのか、分かりにくい。

現代は、スマホもあるし、民放もあるし、災害時でも、まるで不便はないだろう。

スクランブルにしたら、なにか大きなダメージがNHKにはあるのだろうか。

 

ただ、N国党は、

法律に違反することを、視聴者に「すすめている」のは、どうなんだろうか、と、一方では思う。

本来なら、法律を遵守することを進めるべきなのに、

受信料は払わなくてもいい、

裁判で負けても、払う必要がないとか、

受信契約はしなくても、いい

などとすすめている。

この程度は、法治国家であっても「許容範囲」なのか、

あるいは、正攻法ならいつまでたっても、スクランブル放送にはならないから、やむを得ないのか、

一般人には不明だ。

ただ、一つだけ言えるのは、

NHKの在り方をここまで放置したのは、政権にあるわけだから、

総務大臣は、もう少しまともに回答すべきだった、と思う。

 

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嘘と真実

2019年07月24日 | Weblog

韓国人は「息をするように嘘をつく」と評した知識人がいるが、

韓国の主張を動画などで視聴すると、その通りだなと思う。

特に、韓国の要人が日本や、その他の外国との協議や話し合いがあったとき、

韓国内で発表する内容と、当該国とのそれとは、かなり異なるというか、まるで違うことが多い。

 

40年くらい長くメキシコに住んでいる知り合いがいる。

昔、彼から聞いた話だが、

道を訊ねると、メキシコ人は知らなくても、「教える」という。

知らないで、どうやって教えるのかな、と思うが、知らないままに、それらしく教えるという。

訊ねる人が、メキシコ人、応えるほうもメキシコ人なら、間違っていても「そんなものか」で終わるが、

そんな「習慣」「文化」など知らない人には、「嘘を教えやがって」と腹を立てるだろう。

ところが、メキシコ人には、それは「嘘」ではなく、メキシコ人の「気の遣い方」だという。

訊ねた相手を困らせてやろうなんて悪意の気持ちなどないから、メキシコ風の気の遣い方、でもいいかもしれないが、

それは、しかし、歪んだ気の遣い方だろう。

 

韓国人が息をするように嘘をつく、のは「文化」「習慣」だろうが、

メキシコタイプの気の遣い方ではないだろう。

そこには異常な嫉妬心や悪意を感じる。

 

生まれ先は選べない。

死ぬ時期も選択できない。

まあ、思い通りにならないのが、人間の生きる姿だろうと思う。

思いのままにならない現実が目の前にあるから、そこに「嘘」と「真実」の使い分けができたのだろう。

嘘の積み重ねは悲しすぎる、

真実だけの積み重ねはつらすぎる。

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価値

2019年07月20日 | Weblog

トランプ大統領の、

この国から出ていけ発言がニュースになったが、

学生時代に勉強した英語力でもトランプ大統領はそんなことは言っていない、と分かる。

アメリカが嫌なら、この国を出ていくこともできる、そんな意味あいだろう。

これが差別だと騒ぐほうが頭も精神も心もおかしい。

 

日本でも、似たようなことを言う人がいるが、

差別でもなんでもないだろう。

嫌なら、日本から出て、自分の気に入った国に移住する、その選択肢がある。

不平不満ばかりを主張し、

やたら差別だと喚いて、役所にたかって、

そんな生活では、「これでよかった」と思える人生はおくれないだろうと思う。

 

 

民のかまどの話は、よく聞く。

天皇陛下は、昔から民のことを思っていたことの証左だろうし、

少なくとも、この考え方の、つまり今でいう民主主義だの、平等だの、博愛だの、あるいは国を治めるリーダーの在り方、

その根幹に、民のかまどに価値を認めていたことには違いない。

自分たちの周囲におびえながら暮らした当時にあって、こんな考え方をする民族は、当時は、滅多になかったろうと思う。

そんな昔から、日本に住む人々は、平和であったのだと、想像がつく。

 

昔の知識人が、「うた」の前では、天皇陛下も一般平民もまったく平等であったと指摘している。

言われるまで、その驚異的な事実には気が付かない。

いわゆる、身分に違いはあっても、外国のそれとは違うように思う。

おそらく、日本に住む人々の価値観は当時から、世界とは違ってかなり「特殊」だったのだろう。

 

天皇陛下の御所には、塀なり、堀なり、外部からの攻撃を防ぐものが、当時から存在しなかった。

大陸からきた使者がその点に驚いたという。

テレビで、日本人を、あるいは日本を、今の政権を、批判非難する識者の方々がいるが、

こういった日本の歴史を冷静に見ると、どうも頓珍漢なことを嬉々として主張しているように思う。

政治家も同じで、共産党、立憲、社民などの左側の考えに凝り固まった人々の主張も同じ印象を持つ。

長い間、列島に住む人々が積み上げてきた価値だろう。

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文化伝統を守る

2019年07月14日 | Weblog

日本の対韓国対処に、

韓国の「うそ」というか、「言い訳」のというか、「反論」というか、韓国の主張は、

日本人の想像を絶する。

国家であっても、こんな子供じみたものなのかと思う。

韓国人は息をするように嘘をつく、と聞いてはいたが、それでも想像のはるか上をいく。

ものすごい野蛮な国家だし、韓国人は民度が異常に低いなと、つくづく思う。

 

さらに驚くのは、そんな韓国を擁護する、おそらく在日ではない日本人が擁護している構図には、

びっくりする。

想像するに、彼らは真実韓国を思って、韓国のことを考えて主張している、とはさらさら思わない。

ひたすら、日本が困ることだけに勢力を傾けている。

僕は、そう思っている。

 

ペルー移民120年だという。

35年ほど前、ペルーに赴任してからの付き合いだ。

最初は、高層ビルがなくて、心細い思いをしたが、現代では、ホテルが立ち並んで、町並みも清掃が行き届いて、

きれいになっている。

日系人ががんばっている。

生きる環境が厳しかったのか、生き抜くため、ペルー人は、韓国人のように平気でうそをつく。

それでも、嘘のつき方は韓国人と違い、息をするようには嘘はつかない。

わかりやすい。

 

共産党の委員長が、憲法九条のお陰で、自衛隊員が一人も死ななかった、と言っている。

つまり、憲法九条は自衛隊員を保護する憲法ということになる。

国民は北朝鮮に拉致され、しかも救出すらできないし、それに向けて行動すらできない。

つまり、九条は、国民犠牲憲法になる。

憲法九条は、

戦闘訓練を受けた自衛隊員を守り、

無垢な国民が拉致され、

国家は救出しようにも、なにもできない、

そんな馬鹿げた憲法なのである。

 

 

政治的な思想や考えや、あるいは、経済的にばんばん発展する、そんなものはどうでもいい。

とにかく、日本人の命、財産、文化、伝統、拉致されたらすぐ救出してくれる、そんな国家を築いてほしい。

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なんでもできる

2019年07月10日 | Weblog

恥ずかしいと感じる感覚は、成長には欠かせないだろうと思う。

 

 

政治や経済のことは、素人には、一般国民にはそれほど分かることはないだろう。

なにも、政治や経済だけではなく、口入れるものから、医療関係まで、およそ日常生活をおくるうえでの、

判断する際の、知識、情報はテレビ、新聞しかないので、マスコミが「操作」すれば、いくらでも国民をコントロールできる。

現代のようなネット発達以前の社会では、マスコミの報道は日本一の「権威」だったのだから。

マスコミの「権威」は、それほど強大だったと思う。

 

 

マスコミは、北朝鮮や韓国、チャイナの側に立つ主張をする。

北朝鮮の、どこがいいんだろうか。独裁を認めないマスコミだろうに、不思議に思う。

拉致被害者を救出しようとする意思がまるで感じられない。

チャイナは、共産党独裁だ。単に、しかも要請を受けてチャイナの地質調査をした日本人が囚われている。

こういったことを、無視している。

 

そうであるにもかかわらず、マスコミの意思やねらいは、チャイナを支持するなんてことはないだろう。

韓国の愚かとしかいいようのない様々な日本への要求を、後押しする、なんてことも、ホントは本意ではないだろう。

北朝鮮を支持するのも、同じだろう。

全部、ホントの狙いはほかにあるだろう。

 

 

妬み、僻み、羨望、被害者意識、やきもち、こんな感情はだれにもあって、恥ずかしいことなんだけれど、

これらの嫉妬心を恥ずかしいと感じる感覚は、かなり高度な精神だろうと、思う。

聖書の影響を受けた民族は、総じて嫉妬心が強い。影響をまるで受けていない日本人には、だから想像を絶する。

韓国人の、例えば歴史に対する思いは、すべて異常とも思える嫉妬心のなせる業だろう。

歴史を作り上げ、しかも、それで自国民を教育しているのは、滑稽であり、悲しくもある。

元気があれば何でもできる、ではないが、恥ずかしいと感じなければ、なんでもできる。

嫉妬心は誰にもあるが、それを恥ずかしいと感じる感覚は、また別のことであることを知る。

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他人のせいにする

2019年07月06日 | Weblog

他人のせいにするとか、言い訳をするとか、

日本では、嫌われることだろう。

 

 

昔、そう、もう昔といえるだろうが、近藤誠先生のがんについての本を読んだ。

驚愕の内容だったが、実際がんになれば近代医学を信用してしまう傾向はそれほど変化があったとは思われない。

あれから何年経過したか、その当時から比べて、どれほどがん治療は進化というか進展というか、よくなったのだろうか。

厄介なのは、どのお医者さんも間違いなくなんとかして治そうと純粋に思っていることだろうか。

実際、進化していれば、動画などで、がん治療のうさん臭さを発信することはないだろうに、あいかわらず、がん治療のいかがわしさを訴える動画がたくさんある。

こうなると、何がホントで何が嘘なのか、素人には分からなくなる。

 

分別も同じで、社会挙げて分別をしているが、分別は無駄だという。

これは実際体験したことがあるが、もう15年くらい前か、

港区にある会社で働いていた時、事務所のゴミを分別して出していたが、あるとき、ワンマン回収車と遭遇し、

それを手伝った。

ビン、缶、を分別しておいたが、可燃も不燃も関係なく、一緒にして放り込んでいた。

一般には、分別ごとに回収するが、事務所のごみは関係なかった。

あれは、全部、燃やしてしまうんだろうな、と思った。

いまだに、分別はしている。

 

思想や宗教になると、もっと厄介で、なにをどう反論しても、「ダメなものはダメ」で終わる。

北朝鮮の主体思想を広めようとする勢力があるという。

これは「虎ノ門ニュース」で知ったが、今時、あんなものを信奉する人がいるんだと、信じられなかったが、

日本には、実際にある。

がん治療などの高度な知識が必要なものから、分別など協力をお願いするだけのもの、

思想や宗教のように一度張り付いたらなかなかはがせないもので、さまざまだが、

自分の人生は自分が生きなくちゃいけない。これだけは、万人同じだ、他人のせいにはできない。

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タチ悪

2019年06月30日 | Weblog

自民党を支持してきたが、自民党内に、

実は、反日勢力だの、日本を苦しめたい、日本が困ることを喜んでいた先生方がたくさんいたことを、

それほど意識しなかった。

この人々は、野党の議員よりはるかにタチが悪い。

 

 

動画で、様々な歴史を取り上げている。

 

世界三大旅行記があるという。

一つ目は東方見聞録、西遊記のもとになった旅行記、それから、日本のお坊さんが書いた当時の、平安時代だったか、遣唐使についていったという旅行記というか、9年くらい生活した記録がある。

このようなものがあることをはじめて知った。しかも、日本人の記録だ。

そのなかに、なにか争いがあったとき、たくさんの敵方を殺害した様子が書かれているという。

驚いたのは、殺した人間の目玉をくりぬいて、それをそのまま「食べていた」という部分で、

人間ですら「食べ物」としか見ていないと書いたその坊さんの感覚は、現代人と同じだろう。

 

日本人ほど、おとなしい、争いを好まない民族は、それほどいないだろうと思う。

韓国やチャイナにある日本人の残酷さを表現した「博物館」にあるほど、日本人は残酷でもないだろう。

あれは、自分たちがやってきたことを、そのまま日本人に当てはめただけのものだ。

博物館には、殺して目玉をくりぬいて食べているシーンを展示すべきだと思う。

 

コメの栽培は大陸から朝鮮半島を渡って日本列島にもたらされた、と勉強したが、

すでに様々な研究からこれは間違いで、縄文時代、列島にはすでに米作をやっていた痕跡があって、科学的にも、列島から大陸や朝鮮半島にわたったことを示しているという。

土器なども、縄文時代のものは、世界でもかなり古く、文明といえる時代だったという。

こういったことは、教科書には、いつ掲載されるのだろうか。

誰が言ったのか、言いえて妙なこと、

歴史は、日本では、まあ一応歴史の体をなしているから、ヒストリーだろうが、

チャイナは「歴史」の英訳はプロパガンダであり、

韓国での歴史は、ファンタジーと翻訳するという。

まさにこれは、しかし、事実だろう。

 

 

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鬱陶しい人々

2019年06月23日 | Weblog

私有地に勝手に駐車されると面倒くさい。

触れないし、警察に言っても、何もしてくれないし、とにかく、ひたすら待つしかない。

多少注意をしても、おとなしい人ならまだ救いがあるが、

はなから、迷惑駐車だと分かっていながら駐車するわけだから、

普通の人、話が通じる相手ではないこと最初から分かっているので、

注意しようなんて思わない。

 

なるたけ、関りをしたくない人々だ。

 

 

ペルーで生活しているころ、よくチャイナかコリアか、それとも日本人かと訊かれた。

日本人だと答えると、たいてい訊いた人は、そこでチャイナとコリアの非難をする。

最初のころは意味がそれほど分からなかったが、長く住むと、それも無理ないなと、思うようになる。

 

日本人は、南米ではどこでも評判がいい。

一言でいえば、国に貢献しているからだろう。しかし、そこまでの信頼を得るには長い年月と、

努力が必要だったことは、身にしみてわかる。

現在、外国人がたくさん日本で働いている、観光で訪れているが、

日本で日本人からの信頼を獲得するには、同じような努力が要るだろうと思う。

長く住めば住むほど、ますます嫌われる民族だって存在する。

 

地域単位で嫌われるわけだから、なにかしら、民度の低いことを平気でし、注意されても直そうとせずルールを守らないからだろう。

それが長く続けば、だれでも嫌になる。

アメリカに長く住んだ友人から聞いたことがあるが、

白人は、黒人やラテン系を嫌う。表面きっては言わないし、とりたてて非難もしないが、彼らと「同じレベルの生活圏」には居たくないという。

簡単にいうと、

「そこに住むことには反対もしないし、何も言わないが、頼むからこちら側の生活圏には入ってこないでくれ」

って、こんな感じらしい。「鬱陶しい」というのが、本音だろう。

白人がそう感じるのは、彼らが嫌がることを長年にわたってやってきたからだろうと思う。

 

友人の兄弟が、在日韓国人と結婚した。

当然、お祝いだといって、パーティーを開いた。

双方友人知人を招待して、楽しく開催したが、日本人が多いときはなにも起こらずに楽しく進んだが、

在日の友人が増えるにつれ、雰囲気はおかしな方向に行ったという。

その後、何回かちょっとした集まりでも、結局は、「嫉妬心」丸出しで、おかしな雰囲気になるという。

それを理解するまでには、何回かの経験が必要だったが、

いまでは注意しているという。

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あ~あ

2019年06月15日 | Weblog

沖縄タイムスのある記者の動画を視聴したが、

この方、何が悲しいのか、こんなに僻んだ見方、ゆがんだ見方して、人生楽しいのかと思ってしまう。

左翼とか、リベラルとか、定義は知らないけれど、そんな用語を持ち出すまでもなく、

単に理解力が乏しいのか、単に反対しているだけなのか、頭脳明晰なはずの記者が、

人生、半分以上損すると思うけどな。

 

それにしても、この記者の印象は、

大学の先生でかなりきついことを主張する教授の顔、それからテレビにもよく出演していたアメリカで裁判になっているコメンテーターの顔つき、

立憲民主党の辻本議員や共産党議員や、在日の映画監督など、

まるで同じように見えてしまうが、きのせいか。

 

昔、インドに駐在していた友人がいた。確か、5~6年の生活だったと思うが、彼からインドについての愚痴を聞くと、

まるで、ペルー人のことを聞いているようだった。

一例を言うと、

友人は、知り合いのインド人に夕食をおごった。

軽くでもお礼を言わないことに違和感を覚え、それを訊いてみると、

「水は高いほうから低いほうへ流れる。お金も同じで、有るほうから無いほうへ流れる。それは自然で、お礼も何も当然のことだ」

と応じたという。

ペルー人はお礼を言うが、ここまでは開き直っていなし、可愛げがあるが、「利用する」資質は本質的には同じだ。

アメリカに駐在した友人からの話も似たようなものだった。

家にドロボーがはいり、警察に届けると、「入られる側が悪い」と言われたという。

これは、おそらく、日本以外どこも似たようなものだろうと思う。

日本も、だんだんそうなっているような気がする。

 

あ~あ

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親孝行はいらないか

2019年06月09日 | Weblog

韓国だとかチャイナだとか、国としての外交をみていると、

ヒドイ国だなと思う。

 

 

ジェンダーの思想だとか、日教組の考えだとか、共産主義の思想、リベラルなどと言われる左側主張は、

日本の昔からの、人間としての美点、文化、習慣、伝統などを、じわじわと崩していく。

素人は、そう思う。

 

 

学問のある知識人、テレビなどで物知りの見解を披露したりするコメンテーターには、とても及びもつかない一般の頭脳では、

難しいことは不明だが、

なんとなくというより、感というのか、かなりの確信をもって、そう言える。

昔、どんな宗教でも主張していることは同じようなものだから、どれでも同じだ、みたいに考えている人や、

相手を尊敬すれば共生は難しくないだとか、

母親としてよりも前に、女でありたいとか、人間でありたいとか、いかにも自分の行為を正当化したり、

人間に一番、二番と順位をつけるのはいけないことだとか、

他人に迷惑をかけなければ、なにをしてもいいだとか、

こういった考え方、主張を「そうだよな」って思って聞いてきたが、

とんでもない間違いだったし、取り返しがつかない世の中を招いてしまったと考えている。

 

少し前、何回か、外国で人質となり、日本はいろいろ手を尽くして救出したが、その人、

日本政府に感謝するどころか、非難めいたことを言っていたが、

このとき、中学生のころ聞いた学校の先生の話を思い出した。

「親孝行をする必要はない」

と、話していた。先生はいろいろ言っていたが、この一文だけはよく覚えている。

 

世の中は変化していくものだから、目に見える世界も、目に見えない世界も、

変化は当然だが、より住みにくく、より悪くなる社会に向けて変化することはなく、

安心安全で暮らせる世の中にしていきたいと、個人レベルではそう思っている。

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訂正できない人

2019年06月05日 | Weblog

武田先生が話している動画を視聴した。

慰安婦問題は、日本人が作り上げ、マスコミがしつこく騒ぎ立て、

さらに、河野談話や、宮沢元首相の歴史認識が追い打ちをかけ、

これでは、韓国が賠償請求だの、謝罪だのと騒ぐのも無理はない、と主張していた。

 

こういったことは、間違っていても訂正しないものなのか、一般国民にはまるで不明で、理解はできない。

仮に、間違いです、と政府が発表し、訂正したとすると、どんな反応があるのか。

あるいは、河野さんはまだ健在で、その顔をつぶすことは仁義に反するのか、単にしないものなのか、なにか、取り決めがあるのか、

分からない。

 

それにしても、河野さん、健在なら、一言、

「あれは間違いでした」

と、発表するだけで、いいのに、それすらできないのは、本当に、慰安婦を強制連行し、日本が何度も謝罪や賠償をしなくちゃならないことをやった、と考えているのか、

分からないが、朝日だって間違いだといっているのに、

さらに、いろいろな詳しい人たちが証明しているのに、

「間違いでした」

と、言えないのは、なぜだろうか。

なにか、一般人には知りえない大きな理由でもあるのか。

 

単なる談話では済まない騒乱を引き起こした失敗を、墓場までもっていくのか、

人間として、日本人として憐れみを感じてしまう。

 

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