虚空を観じて

今感じたことを書くことは、年取った脳みそにいいんじゃないかと考えて認めています。日常の風景から、過去の記憶まで。

車の中の二人

2010年09月29日 | Weblog

先日、車が一台やっと通ることができる道を歩いていた。駅に行くにはいつもこの道を利用する。

長さはたかだか70m程度だろうか、まっすぐだ。

車が途中で停車している。 車のわきを自転車も通れない。

迷惑な車だ、と思った。

やっと、車を通り過ぎるとき、中をちらっと覗くと、二人が乗っていた。

二人とも、所在なさそうに、話をしていた。

そのまま歩いていこうとすると、

やっと、車がなぜ停止しているのか理解できた。

一人の老婆が道路に両手両足をついたまま、動かないでいた。

かなりの年よりだった。90歳くらいに見えた。身体は細く、触ればポキッと折れそうな感じだった。

老婆の30mくらい前に、杖代わりだろうか、車輪付きの買い物があった。

すぐ近寄って、声をかけた。

声をかけても、返事がない。なにかを考えているようだった。

もう一度声をかけると、

「ちょっと座りたい」

と、枯れそうな声で言った。

右手には、しっかりと財布が握られていた。

後ろから抱えて、動かそうにも、なかなか持ち上げられない。体重はたぶん30k台だろうが、駄目だった。今度は前に回り、おんぶしようとしたが、老婆が動けない。

そこへ、近所の女性が駆けつけて、二人でかかえて、道路脇に移動した。

先を急いだぼくは、女性に託してその場を去った。

去る時、後ろを振り返ると、件の車の二人、

笑っていた。

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2010年09月28日 | Weblog

窓を開けると、冷たい空気が入り込んでくる。

外は雨だ。風は少ない。シトシト降り続いている。

8階から眺めると、町全体が雨で煙っている。遠くは見えない。

スカイツリーが、かすかに見える。

 

首都リマからワラルに向かうには、パサマイヨという峠を越える。

一面はげ山のなかを、高速が走っている。

ここは霧がよく山全体を覆う。

霧がたまる場所には、草が生える。

霧の中を走ると、霧が激しく動く様子がよくわかる。10m先、5m先が分からない。センターラインだけが頼りだ。

できるだけセンターラインに寄って走る。そうでないと、道路を外れれば、たちまち砂の中に埋まって動けなくなる。

動けなくなれば、違う意味でまた危険だ。

 

パサマイヨは、何度も通った。そして何度も激しい霧の中を通り抜けた。

 

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2010年09月27日 | Weblog

ペルーに移住した日本人の話を昔聞いた。

リマ市の海岸に一緒に釣りに行った時だった。

リマには南極からの寒流が流れてくるから、夏でも海水は冷たい。かなり冷たく感じる。10分も海には入っていられない。

移住生活は、だれもが苦しかっただろう。そんなとき、海の見える場所に立って、

西を見る。

「この海をずっと行けば、日本に戻れる」

それだけで、元気をだして、また頑張って、生き抜いてきた。

想像もできない辛い生活だったのだろう、黙って聞いていた。

 

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とりとめない独り言

2010年09月26日 | Weblog

朝晩しのぎやすくなって、ぐっすり眠ることができる。

適度な気温は、やはりいいものだと思う。

 

ペルーは、一種のバブル状態で、家賃は高く、土地も価格が上がっている。

アパートも、ちょっと前に比べるとかなり高い。

レストランも、日本食でも食べようものなら、あっというまに5000円だ。

たぶん、給料も上がっているのだろう、どのレストランもお客で一杯だ。

 

友人が、ペルーで、お好み焼き、やきそば、たこ焼きなどを売ることを考えているが、

計画は進んでいるか、ちょっと気になる。

今度、メールで訊ねてみよう。 

 

 

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我慢か

2010年09月25日 | Weblog

今回の、中国人船長の問題は、我慢をしているのか、そうではないのか、素人にはわからない。

我慢なら、我慢せずに主張すべきは主張しなければならない。

これ以上我慢はできない、というところまで我慢すると、普通は爆発する。

爆発すれば、その理由はおおかた理不尽となり、結局は多大な損をすることになる。

問題は小さなうちに、それなりの手を打たなければならない。

 

問題の存在しないところに、問題を起こして、世界を巻き込むのが常識で、中国はそれが狙いだ。

尖閣諸島は日本のもので、問題はない、と主張するだけでは、外交とはいえない。

今回の措置が吉と出ればいいが、出るように精力をかたむけてほしい。

 

 

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食物の偏り

2010年09月24日 | Weblog

ペルーを旅行しても、食べ物に困ることはない。

お金さえあれば、なんでも手に入る。

食料は豊富だ。

お金があれば、という条件がつけば、どの国でもそれほど困らないだろう。

これがいつまでも続くと思ってしまうが、そうとも言えないのではないかと思う。

<遺伝子組みかえではない>という但し書きをパッケージに見ることがあるが、

そんなことも言ってられない時代が来るかもしれない。

人口が増えているのだから、今でも、満足に食べられない人々がいるのだから、食料はますます不足してくる。

これは自明の理だろう。

もしかしたら、自分が死ぬまでにそんな時代に巡り合うことになるかもしれない。

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10年ひと昔

2010年09月23日 | Weblog

坊さんでありながら、武器を所持していたというと弁慶を即座に思い出す。

現代人には、坊さんが武器を振り回すイメージは持ちにくい。

歴史には疎いので、お坊さんがいつ頃から武器を持たなくなったのか分からないが、信長がお坊さんと争ったころまでは、お坊さんでも常に武装していたんだろうな、と思う。

スペインが南米を、ポルトガルと争って支配していたときも、似たようなものだろう。当時のキリスト教は勢力拡大で、かなり戦闘的だ。

どちらも今からでは想像すらできない。

 

今の、ペルーのアラン・ガルシア大統領は、フジモリ大統領の直前をやっている。このとき、ペルーは最低最悪の事態だった。超インフレ、テロの跳梁跋扈。

一般国民は、だれもがガルシア大統領の失政を呪った。

ところが、フジモリ大統領、トレド大統領が終わったあと、また大統領に返り咲いた。

最悪の社会を経験しても、15年経過すると、有権者は忘れてしまうのか、子どもの頃の記憶はないからだろうか、当選してしまう。

当時のガルシア大統領の失政を知っている国民は、たぶん、あきれはてだろうと思う。

 

10年ひと昔という感覚はいまいち理解できなかったが、

なんとなく、分かったような気がする。

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未経験

2010年09月22日 | Weblog

検事の、証拠物件の改竄って、にわかには信じがたいが、

恐ろしい感覚の持ち主だなって、思う。恐ろしいというのは、周囲がどんなに迷惑を被ろうが、冤罪になろうが、本人はオアソビ感覚の点だろう。

 

昔から言われているように、経験しないことは、結局は分からない、のではないかと思う。

ペルーに滞在中、こんなことがあった。

当時は、外出禁止令が発令されていて、軍隊から発砲をうけても文句を言えない事態だった。治安が極端に悪く、日本人にはいくら説明しても理解を得ることはできなかった。頭の中では、分かっているつもりでも、しょせんは未経験だから実感として湧いてこない。

あるとき、ペルーに行きたいが、治安はどうか、と訊かれた。

一通りの説明をしたのだが、

「じゃあ、一流ホテルでも危険だし、街をあることも危険なんだな」

と、返事がかえってきた。

「ペルーで安全な場所はどこにもない」

と、答えた。続けて、

「危険であっても、僕は毎日外に出るし、レストランにも行くし、夜はカラオケにもときには行く」

と、付け加えた。

僕に質問している方は、僕から「安全だよ」という回答が欲しかったのだろうが、危険だが、日常生活を普通におくっているという感覚がまったく理解できなかった。

しかたないので、

「飛行機は安全か?タクシーは安全か?と質問しているのと同じだ」

と、なげやりに答えて、最後は面倒くさくなってしまった。

 

経験しないことは言葉を尽くしても、理解はできないと、あらためて知ったときだった。

 

日記@BlogRanking  うさぎさん2匹が夜にお月見

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死んだ年齢

2010年09月21日 | Weblog

中国って、すごい国というか、あきれたというか、盗人猛々しいというのだろうか。

反面、自国の民が逮捕されたら、そこまでやるか、というくらい圧力をかけてくれるのは、国民としてはありがたいだろう。

しかし、簡単に死刑にする事実や、毛沢東の虐殺だとかを考えると、どうも国民を保護しようとしているとは、どうしても思えない。

事件を利用しているだけにしか見えない。しかし、まあ、それが世界の常識なのかもしれない。

 

それにしても、日本の対応は大人と言うか、おとなしいというか、相手にしていないというか、言葉を尽くして批難はしていない。

それが国際的なあり方なのか、国際世論を日本の味方にしたいのか、よくわからない。

 

人生も半分以上も過ぎれば、なんとなく振り返ってみたくなる。

過去をみても、それほど意味のあることではないが、年のせいか、

どうだったのかな、と時に考える。

恥ずかしいことも多々あったが、他人様に喜んでもらえたこともあった。

このまま、いまのままでいいとは決して思わないが、一方では足りるを知ることも大事なことなんだろうと思う。

昔、お金は、生活できるぶんだけあればいいと、言った友人がいたが、

なんとなくこの言葉は後ろ向きで、好きではなかったが、今思うと、後ろ向きではなく、実は経済を追い求めるのではなく、違うことに人生を費やすことだと、知った。事実、友人はそのように生きている。

だいぶ、友人には遅れてしまったが、いまからでも遅くはないだろう。

 

来年は、親父が死んだ年齢と同じになる。

当時の親父はなにを思って、家族を支えていたんだろうか。

 

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変化

2010年09月21日 | Weblog

本能的、というか感覚的というか、ニュースを見ていても、周囲の言動を見ても、人の考えや精神、というと大げさになってしまうが、なんとなく違和感を感じている。

他人に話す場合、あるいは話しかけられた場合、それなりの話し方というのがあるが、

どうも、ぞんざいな感じを受けることがおおくなった。

この前、スーパーで、野菜の場所を訪ねたら、

「魚屋だから、わかんないんだよね」

と、面倒くさそうに返された。

この場合は、店員(たぶんバイト)が客に対してだが、

普通は、客が店員に対して横暴のほうがはるかに多いと、想像している。

店員さんは、とにかく、なんでも客が一番、応対には注意しているだろうから、

横暴な客でも粗末にはしない。それを当然としている客は、すぐつけあがる。

こんなところでも、世間の変化を感じる。

日記@BlogRanking   カゴに入ったぶどう(大)

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ショートニング

2010年09月19日 | Weblog

日本では、パンにショートニングやマーガリンを使う。

ヨーロッパ、といってもいくつかの国だろうが、ショートニングもマーガリンも使用禁止にしている。

カラダによくないからだが、どの程度の危険さがあるのか分からない。

気になって、パンの袋に書いてある文言を読んでみると、ショートニングか、マーガリンと書いてある。

いままで、さんざんショートニングもマーガリンもカラダにとってきたので、いまさらと思うが、どうも気になる。

危険なら、食べなきゃいいわけだが、

危険だとして禁止する国、危険ではないと使用し続ける国にわかれるのは、不思議な気がする。

 

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ホームシック

2010年09月18日 | Weblog

外国に長い間いると、昔味わった味や感触が懐かしくなる。

それが、たぶん、ホームシックの一番の理由なんだろうと思う。 

ペルーで、家族と過ごしていたとき食べたくなったのは、

美味しいお米。銀シャリと表現された意味をいやというほど思い知らされた。

当時ペルーは、ブラジルの友人が、

「こんな米はブラジルでは豚も食わない」

と言ったほど酷いものだった。現代は、もう美味しいお米がある。

二番目はおそば。

そばは、ブラジルからの輸入があって、手には入ったが、麺の感触に不満があった。

日系人がつくっていたうどんもあったが、麺自体が致命的だった。

三番目はラーメン。インスタントも売っていたが、日本で買うものとのは、違っていた。

味も、麺もラーメンとは呼べないしろものだった。日本食レストランでメニューにのっていたが、一度だけ注文して二度と頼まなかった。

どれも高級感のない食べ物ばかりで、若いころ食べていたものが分かってしまう。

 

時々、ブラジルに出張に行ったとき、お米や小麦粉、あぶらげを買っていた。ブラジルは食べ物が豊富で、日本で食べるものはなんでもあった。当時すでに100万人近くの日系人と言われた時代で、日本の大都市が一つブラジルにあるようなものだった。

 

地球全体の人口は、減ることはなく、増え続ける。

今でも経済ばかりではなく、食べ物にも偏りがある。

日本には、世界から一番いいものが輸入されている。本場よりも、どこよりも世界で一番おいしいものを食べているのが日本だろう。

自分の寿命が尽きる前に、お金がいくらあっても食べたいものを口にできない世の中がきてしまうかもしれない。

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プロの判断

2010年09月17日 | Weblog

芸能人の裁判が連日報道されている。

検察側の専門家は、100%近く救命できた、と証言し、

弁護士側の専門家は30%から40%だという。

こいうのって、素人は判断できないだろうとおもう。

同じ専門家なのに、どうしてこうも判断が違うんだろう。

とても科学的だとは思われない。

100%近くなら有罪の可能性が高く、30%から40%なら無罪というなら、専門家100人や200人を集めて、意見を聞いてほしいと思う。

裁かれる方は、有罪と無罪では天地の開きがある。

弁護側と検察側が依頼する精神科のプロの回答も、時に正反対になることがある。それによって、有罪、無罪、量刑に差が出る、というなら、一人や二人の専門家では話にならないと、思う。

裁判は、いい加減な部分があるのだなって、素人なりにあらためて思う。

 

霊感を高める団体が、事件を起こした。

傍から見ていると、オウムと本質的に変わらないな、と感じる。

こういったことは、人間の頭脳が進んだ現代に限らず、昔から存在していただろうと思う。

不可思議なことに対して気持ちを奪われてしまうことは、高等教育だとか、頭脳が進んだとか、あるいは社会の状態だとか、まったく関係ないことなんだと、思う。

 

ペルーには、占い師が比較的多いだろう。

占い師は、除霊に似た行為だとか、ネガティブなことを追い払うだとか、病気治療もだいたいは、併せて行う。

日本では、いまどきそんなことはないだろうと思うのは間違いで、やはり薬を飲んではいけないとか、病院に行ってはいけないだとか、そんな教えもある。

それとどれほどの違いがあるのだろうかと思う。

どうも、世の中は分からないこと多すぎる。

 

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外国人の疑問

2010年09月16日 | Weblog

ペルーは、南米では、ブラジルに次いで日系人が多い。

日本語教育も盛んだ。

必然的に、日本の文化や習慣などにも触れることになる。

一度、日本人、という理由だけで臨時の日本語教師を引き受けたことがある。専任教師が、この方はブラジル人であったが、日本語教師としては専門課程を修了したプロで、妊娠してそのピンチヒッターとして3か月やった。

日本語を話せるだけでは教えることはできないので、適当に時間をつぶしていた。

 

あるとき、

「天皇は、いつごろから続いているんですか?」

ある生徒が質問してきた。これには、本を用意すれば回答できる。

「天下をとったというが、そのとき天皇はいたんですか?」

これにも答えられる。ところが、次の質問には回答できなかった。

「なぜ、天下をとった家康や信長は、天皇を滅ぼさなかったのか?」

 

世界の常識として、武力で世の中をおさめた人間は、それまで為政していた人間を殺してしまう。当事者のみを殺すのではなく、一族郎党まで殺害してしまう。

清盛も、頼朝も、その後に天下をとったどの武士も天皇やその一族を殺すことはしなかった。あの信長でさえ、それをしなかった。

日本人には疑問として浮かばないことも、日本の歴史は、世界の常識から外れているのだろう、外国人が疑問に思うのも当然だろう。

 

教科書や、歴史の本を調べてみたが、それに触れている箇所もなかった。

答えを見つけるには、それなりの勉強をしなければならないだろうか、そこまでは面倒くさくてできない。

答えがあっても、現代のわれわれではなかなか納得できるものではないかもしれない。

おそらく、それは外国人が日本人と接するとき、わけもなく笑みを浮かべたり、答えを明確に言わなかったり、主張すべきことを主張しなかったり、本来反論すべき時、反論しなかったり、相手を慮ったことを発言したり、誤解されやすいようなことを言ったり、などなど外国人には理解を超えた言動をとることに、似ているかもしれない。

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一家団欒

2010年09月15日 | Weblog

民主党の代表選挙は、興味深かった。

小沢さんの演説で、日本の国に、一家団欒があちこちで見える、という日本をつくりたいという言葉が印象に残っている。そのためには政治は何ができるのか、素人にはわからないが、

これを一番に目指してほしいと思う。

 

治安がいい、安心して暮らせる世の中というのは、言葉では簡単だが、至難の業だと思う。

最近はあぶなっかしいが、日本はまだまだ世界でも治安のいい国だろう。

南米に20年近く住んだが、ペルーはいうに及ばず、南米で治安のいい国はわずかしかないだろう。

治安が悪いと、生活そのものが一変する。

持っているものから目が離せない。周囲に目くばる。人を信用しなくなる。顔つきが変わってくる。 

ブラジルの友人は、強盗に襲われ、殺された。

ペルーでは、ドロボーにやられたことのない友人は存在しない。

かならず、なにかを盗まれている。コソ泥、すり、強盗、とにかく何かしらの被害を受けている。

日本では、ドロボーの被害にあった人のほうが、まだ少ないだろう。

 

治安がいいというのは、滅多なことでは巡り合えない。

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