虚空を観じて

今感じたことを書くことは、年取った脳みそにいいんじゃないかと考えて認めています。日常の風景から、過去の記憶まで。

なんとなく違和感

2007年01月31日 | Weblog
庶民感覚からすれば、一人頭4,5万円の飲食費は、確かに高い。

これに我々の税金がつかわれたとなれば、ひどいなあ、とは思う。

税金のつかい方を監視している市民団体が、それを訴えた。

しかし、これには、ちょっと気になる。違和感を感じる。

接待といい、会合といい、税金の使い方としては、褒められたものではないが、訴えるほどのものかどうか。

訴える側の、説明は正義だが、賛同できないなにか嫌な感覚を感じてしまう。


500億を集めたと、詐欺だったと、またニュースになった。

悪いのは、騙したほうだ。これは絶対だ。

騙されたほうは、悪くはない。

しかし、そうであっても、騙された側の甘さを、あるいは、騙された側に、騙す側と同じ精神というか論理を感じてしまう。


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騙される側が悪い?

2007年01月30日 | Weblog

捏造したデータをテレビで流して、それを信じた消費者がスーパーに買いに走る。

たかが納豆だが、笑えない。

捏造なら、いつかはばれる。

昔と違って、内部通報はこれからもっと増えるだろう。

内部通報は、<正義>という大看板がある。

想定内と考えているのか、いい大人がテレビで謝罪をする。

謝罪も、言葉だけと、誰もが思っている。頭下げるほうも心得ていて、できるだけ反省の態度を見せれば、いいと思っている。

最後まで開き直って、大きな態度でいるのは、政治家ぐらいのもの。



そうのうち、騙されるほうが<悪い>という、外国並みの判断が日本でも常識になるだろう。

ドロボーに入られる側が<馬鹿><悪い>となり、入られたことを恥ずかしく感じてしまう世の中になりそうだ。

日記@BlogRanking

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ビクーニャ

2007年01月28日 | Weblog

カルロスというテーラーがリマに住んでいる。僕の友人だ。

たいへんな金持ちだったが、博打にハマって、財産を失い、奥さんまで出て行った。

とはいえ、代々続いた財産家のためか、せこせこしたところはなく、優雅な身のこなしをしている。


彼には、手に職があって、スーツやコートをつくっている。

僕にも、作れというので、コートを頼んだ。アルパカだ。軽くて暖かい。

400ドル、友人価格だ。

そのとき、カルロスが、

「ビクーニャでも作らんか」

と言った。

「手間賃なし、材料代だけ、10,000ドルだ」

この値段は、ビクーニャとしては決して高くはない。

カルロスは、まだビクーニャではコートをつくったことがないので、どうしてもつくりたいという。一種、憧れがビクーニャにはある。

ビクーニャは、絶滅危惧種で保護されていたが、近年そのかいがあって、ペルーでも増えている。

いつかはビクーニャのコートを作りたいと、願っている。

カルロスは、支払った400ドルをもって、カジノに、懲りずに行った。

*下の写真がビクーニャ

日記@BlogRanking      

http://www.pearltone.com/kaihatsu/vicuna/n_vicuna.html

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大きな忘れ物

2007年01月27日 | Weblog
ペルーで最初に、教えてもらったことは、

ペルー人は<恥ずかしいことを知らない>ということだった。

当然、意味は解らなかったが、後日、イヤというほど、味わった。

ペルーに日本人が移住したのは、もう100年も前だ。

生きる上での考え方や、日常生活そのものが異なって、大変だったろうなと、想像がついた。



学生時代、テストの点が悪いと、<恥ずかしい>と感じた。

なにか失敗すると<恥ずかしい>と思った。

弁当のおかずが淋しいと、<恥ずかしい>と隠して食べた。

誇りを持つべき部分でも、逆に恥ずかしいと、感じてしまったこともある。

母親が一緒に歩くと、それを<恥ずかしい>と離れて歩いた。

単なる、昔の思い出だが、この<単なる>が、やはり大切だったなと、思う。


給食費を、払うことが出来るのに、払わない親がいる。

校長が家まで行って、払うようお願いしているという。

恥ずかしくて、普通はすぐ謝るか、顔を見せられない、あるいは尻尾巻いて、キャイン キャインと泣くだろう。

そう、思っていた。

それを、口角泡を飛ばして、なじる親。払わない理由を、理屈をつけて、とうとうと主張する親。

どこか外国の出来事か、と錯覚してしまう。

おかしい。日本人を忘れてしまったのだろうか。



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馬鹿げている

2007年01月26日 | Weblog
年金と健康保険は、そのうち破綻するだろうと思う。

いや、僕が考えるのではなく、最初からそう判っていたに違いないと、おもう。

このシステムは、老人を、はたらき盛りが支え、働き盛りが老人になったときに、次の世代に支えてもらうという前提になっている。

クサリのようなものだ。

この前提は、人口が増え続けることと、経済の成長が大前提になっている。

こんなことは、誰が考えたのか、無理だと、最初から分かっていたことだと思う。

なにせ、頭のいいエリートだ。彼らが、単に漠然と、人口も増える、経済も成長す

ると、単純に信じたとは思えない。

恐らく、こんなにも早く危機的状況を迎えるとは、想像できなったのではないか。

破綻、は理解していても、それはもう少し先の話だろうと、たかをくくっていたのではないか。


前回、地球温暖化を書いたが、

こちらの方は、破滅がいつごろか、明確になっている、と思う。

インドや中国は人口は増え続け、環境破壊物質は垂れ流し。

それを阻止することなどは、出来ない。


高校生の頃、

「戦場に架ける橋」を見た。

あの最後の台詞を、今更ながら思い出す。
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医者の宣告

2007年01月26日 | Weblog

温暖化のニュースを聞くと、

どうもこの地球は、長続きしないかなって、思ってしまいますね。

20年ほど前、カナダの氷河を見に行きましたが、昔に比べてかなり氷河が溶解してしまったと、説明していました。

この前、テレビでやっていましたが、太平洋の島が、沈没するのも、たぶん、アッという間なんでしょうね。あそこまで分かっているなら、なんとかすればいいものを、と思ってしまいます。

今のスピードで氷が溶けることは、まず無くて、途中から猛スピードで溶け始めるような気がします。

もっとも、実感がないから、頭の中だけで考えているに過ぎませんが、もう遅いのかもしれません。



案外、それなりの立場にいる人は、あと何年くらい維持できるか明確に理解しているような気がする。

医者の言う、

「あと何ヶ月です」

という宣告は、まず外れません。

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シクラメン

2007年01月25日 | Weblog
そのまんま東が当選して、

田中前知事のことがテレビで流れた。

田中知事が、当選当時、県の職員(?)に名刺を渡して、受け取ったほうがそれを二つに折った場面だった。

欲しくなければ、あるいは渡す行為を咎めるのであれば、返却すれば充分足りる。

どこか、おかしい、・・・・はっきり言えば、いい大人が愚かな、と思う。


民主主義は話し合いではなく、数の論理だ。つまり、もともと話し合いは成立しない、という前提に立つ。だから時に、間違う。そのために選挙がある。

話し合いが、いままで成立した例があるだろうか。

日常生活での、些細なことでも、話し合いが成立して、双方万々歳なんてことは、滅多にありはしない。

政治の世界なら、なおさら成立しない。

知事の権限は、小さいように思う。

当選してきた知事が、渡した名刺を、目の前で否定されたら、我々がが否定されたのも同じだ。だから、すぐ解雇を宣言できるくらいの権限が無ければ、国政も、県政もよくならない。

我々は、選挙権があるだけで、実は、なにも出来ないのだから。



今朝の東京は素晴らしい、さわやかな天気だ。

洗濯物がよく乾く。ベランダの草木にも水をやろう。

いただいたシクラメンを陽の当たる場所に移動しよう。自分で動けないから。

シクラメンが太陽光を浴びている。まるで、喜んでいるようだ。

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舶来品

2007年01月23日 | Weblog
納豆騒ぎなどは、どうでもいいじゃないか、と思う。

スーパーから無くなるほど売れた、だなんてテレビの影響のすごさを再認識する。


唐突に、「正統の哲学 異端の思想」が面白かったことを思い出し、また読むことにした。(中川八洋・徳間書店)


舶来品、もう死語ですが、外国モノが、国産より優れている時代があった。お金持ちは舶来品を手に入れていた。

中学生時代に、

「家の親父は、オメガだぜ」

って、自慢している友人がいたなあ、そういえば。

モノによっては、日本より舶来製品が優れていることもあるだろうが、もう微差だろうと思う。

女性を魅了してやまないバッグや小物はブランド品。舶来だ。

ブランド品を、なぜ舶来品と言わなくなったのだろうか。

舶来好みは、今に始まったことではなく、ずっと昔、聖徳太子の時代から続いている。

日本人の伝統、かもしれない。


ペルーで生活していたとき、ペルー人がたびたび口にする言葉があった。

「インポルタード」

輸入品ということだ。

品物はなんでも、とにかく、インポルタードが喜ばれた。

インポルタードを輸入品と訳すことに違和感を感じていた。

<輸入品>という単語には感情は含まれない。

そこで思いついたのが、<舶来品>。

僕らの年代には、この言葉に、憧れや、すごさや、羨ましさなどを感じる。


<ブランド品>という言葉には、どんな感情を持つだろうか?










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おまわりさん

2007年01月22日 | Weblog
会社に勤めたころ、ある役員の運転をしたことがある。緊張はしていなかったが、東京を走るのは苦手だった。

赤で交差点に入り、間髪いれず、パトカーが近づいてきた。

僕は、

「ああ、やってしまった」

と、苦笑いをした。

いきなり、僕だけパトカーに移動させられ、後部座席に座らされた。

警官の一人が、

「お前、信号無視して、ニヤニヤ笑って」

と、すごんだ。まるで映画で見るヤクザそのものだった。

もう一人が、すると、

「あのひとは、偉い人なの?」

の優しく僕に問う。

「はい、うちの役員です」

と、安堵感を覚えて答える。

すかさず、

「調子にのるんじゃあね~~。優しく言えばすぐこれだ」

と、緩急織り交ぜてというか、硬軟使い分けてというか、常人とヤクザが交互に、僕に言葉をかけてきた。

すると、役員が、

「俺は急ぐからタクシーで行く」

と、僕をおいていってしまった。

これには、ロイヤリティーを持った自分の愚かさを呪った。


その後、3回ほど、警察の厄介になったことがあるが、いずれも、例外なく、この常人とヤクザのパターンだった。

警察は、質問するときには、<ほかに何かを隠している>という前提ですることを、知った。


いまはどんなパターンで、質問するか知らない。

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マジック

2007年01月21日 | Weblog
マジックの番組は好きで、よく見る。

マリックさんがいい。

仕掛けは小ぶりだが、一種、異次元を感じる。

ところで、よくやるスプーン曲げは、本当にできるのでしょうか。

そのほか、名前は忘れたが、カードをこなす人や、割れたお皿を元に戻すマジック、船底からガラスを通過してカードが向こう側に張り付くものなど、超能力だと、思ってしまう。

彼らの技を、まだ、一度も舞台で直接見たことはない。



数年前、カッパーフィールドを国際フォーラムで見た。

それまで、テレビで信じられないことばかり見せられていたので、期待して行った。

同じようなことを、してくれるものと思っていた。

終わって、あれほどがっかりしたことはなかった。特に空を飛ぶマジックは舞台上だけで、つまらいこと、つまらないこと、テレビでみたあの驚愕の片鱗もなかった。

歌手が飛ぶのと、違いはない。

それから、マジックはテレビに限ると、思っている。





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勘弁してよ~ん

2007年01月20日 | Weblog
ある日突然、やきもち男が、部下のA男に近づいてきて、

「おい、息子さんの大学はどこだ?」

と、得意になって質問した。

A男は、楽しくほかの人たちと会話を楽しんでいたが、

「エッ・・・、早稲田ですけど・・・」

と、振り返って、答えた。

この会話以来、やきもち男から大学の会話は一切ない。

が、・・・。やきもち男は、

「あいつ、A男は、俺のこと憎んでいるんだよ」

と、あちこちに言いふらすようになった。


A男は、周囲から、

「ナニがあったんだ?」

「憎むのは、よくないよ」

と、トンチンカンなことを言われだした。



教育再生会議について時々報道される。今朝のニュースでは、

<いじめた生徒の停学>

<悪影響を及ぼすテレビ番組からいい番組を増やす>

と、いうものだった。

特に、会議の委員のひとが、ビデオを見て(紅白のDJ OZMA)、

「ひどい!」

と、言っていたのは、見ているこっちがびっくりした。

この委員の人、本当にそう思っているのかしら、と疑念を抱く。

昔、ドリフタ-ズの番組が<悪影響を及ぼす番組>として槍玉にあがった。かなりの非難を浴びた。

その影響で、今の教育はこうなったという意見は、皆無だった。



教育がなぜここまでひどいものになったのか、実は、誰でも知っている。誰でもは、言い過ぎでも、たいていのひとは、知っている。

こんな表層の提案で、修正できるわけはない。




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薬の副作用

2007年01月19日 | Weblog
一昨日、医者に行ってきた。

中性脂肪とコレステロールを抑える薬を投与している。

その薬を飲み終わった。

リピトール10mg、エパデールS900、ベザトールSR錠200mgの三種類。

この三種類を40日間飲み続けた。


薬のことが心配になって、ネット調べた。

リピトールは、副作用として高血糖、糖尿病とあった。

【オールアバウト】
*http://allabout.co.jp/health/medicine/subject/msub_prescription.htm

今回また40日間渡された。

とりあえず、リピトールだけ、今回は服用をやめることにした。母が糖尿病でぼくもその遺伝子を保有しているからだ。

次回、ドクターに質問してから服用しても遅くはないだろうと、勝手に判断した。

どなたか、服用を続けている方、実際の副作用の経験があればご教授いただきたい。



ガンは、治癒する人と、いない人がいるのが不思議だと思っている。

治癒するのは、ガンではなかったのではないか。

やたら切りたがる医者がいるが、除去してガンは治癒するものなのか。

写真で認識できる大きさのガンなら、除去しても遅いのではないか。

素人には、さっぱり不明だ。だからといって、医者の言うことに、盲目的に従うつもりはない。


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罵倒する言葉

2007年01月18日 | Weblog
日本語には、他人を罵倒する言葉が、少ないように思う。

せいぜい、<馬鹿、あほ、まぬけ、このやろう>といった類しか思いつかない。


スペイン語で最初に覚えたのが、数字と、相手を罵倒する言葉だった。スペイン語には無知のままペルーに行ったので、この二つは、どうしても記憶しなければならない。

数は、買い物で必要不可欠。

罵倒の言葉は、何か言われたらすぐ反応できるようにしなければならない、からだ。

この罵倒する言葉には、それを言ったら刺されてもしかたない、という言い方がある。例の、ジダンの頭突き事件がそうだった。

しかし、外国語の罵倒する言葉は、社会生活上、意外と、ストレスの解消になっていて、殺人までは至らない知恵ではないだろうか、と考える。

だから、ペルー人は、簡単に罵倒する言葉を使用する。


兄が妹を殺してしまった事件には、外国語で言う相手を罵倒する言葉を言ってはいない。そうではなくて、<軽蔑>や<相手の存在を否定する言い方>をしている。

日本語での話し合いとか、喧嘩とか議論では、言い方は丁寧であっても、言外に軽蔑や存在の否定を含む、かなり辛辣な言い方をする。

これでは、ストレスは溜まる。徐々に蓄積される。

文化の違いだから、どうしようもないが、

僕には言葉を狩る運動や指導が一面悪影響をもたらしていると、思う。


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2007年01月17日 | Weblog
小学3年生のころだったと、記憶している。

僕は、静岡、遠州の海辺、小さな村に住んでいた。

そこに、ちょっと変わった人物がいた。年齢は30才ころだと思うが、確かではない。

その男は、酒癖が悪く、酔うと猫になって、ギャ-ギャ-と騒いだ。

なぜ、猫になるのか分からなかったが、後でその理由が明らかになった。

猫をずいぶん殺していた。

殺す理由は不明だが、とにかく猫を殺した。そのうち犬まで殺すようになった。

酔うと、猫になった。

そのたびに警察がきた。


猫を虐待して、逮捕された男のニュースを聞いて、突然昔を思いだした。

逮捕された男も、きっと酔ったら猫になるに違いない、と感じた。

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反故

2007年01月16日 | Weblog
昔、と言ってもほんの500年ほど前まで、インカ帝国は栄えていた。

皇統連綿と続くのは、実は天皇家とこのインカ帝国だけである。

ある日(1532年)、スペイン人カトリック教徒、フランシスコ ピサロは王であったアタワルパを捕虜にし、約束を破って、王を処刑した。

このときの兵力はインカ軍20000万に対し、ピサロ軍は200人といわれている。

アタワルパは捕虜にされたとき、ピサロと交渉をし、金銀で部屋を満たした。それで、インカは助かるはずだった。

しかし、それを簡単に反故にされ、言葉を奪われ、文化を奪われた。

それがペルーである。



北朝鮮は小泉前総理がピョンヤン宣言を交わした。

北朝鮮はそれを反故にし、簡単に核実験をした。

婚約を、理不尽に破棄し、違う相手の元に走る。

あれほど返すと涙ながら訴えても、借金を返済しない。


個人のレベルでも、国と国とのレベルでも、たいして違わない。


信用、約束、信頼、協定などは、相手の善意に期待する行為だ。これが当てにならないことは、太古の昔から誰もが身にしみてしっている。

それでも、相手を信用して、信頼して、決して依存することなく、日常をおくることが、大事だとつくづく思う。




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