虚空を観じて

今感じたことを書くことは、年取った脳みそにいいんじゃないかと考えて認めています。日常の風景から、過去の記憶まで。

変化の境目

2010年07月31日 | Weblog

気に入ったブログを見てまわるのは楽しい。

人様々だと実感する。

 

 

まだ明確にはなってはいないが、年金不正受給事件になりそうなニュースがあった。

亡くなった人を、届出せずに放置して、年金を受け取り続けた、というわけだ。

何十年も、続けたところが、すごいというか、どこか別世界の出来事のような感じを受けた。

騙して年金を受け取った、ということにはそれほど興味は無いが、むしろしてやったりと思ったくらいだが、別の角度で考えさせられた。

 

この事件は、おそらく、時代を語る際の一つの象徴的なものとして、取り上げられるだろうと思う。

日本は、諸外国に比べ、先祖を供養するとか、崇拝するとか、とにかく大切にする文化を持ち続けてきた。 

死者に鞭打つという言葉があるのは、どんなに悪事を働いても死ねば、その上に鞭を打つことを戒めたものだろう。

いくら憎いといっても、墓を掘り起こして、鞭を打つことはしない。

それだけ死者に対して、尊崇の念をもつことが文化としてあったのだろう。

 

この事件は、死んだまま、ミイラ化するまで放置した、という。

これは、これまで想像すらできなかった事態ではないか。

単にお金が欲しかったということだけは説明が出来ないような気がする。

どこか、ポッカリと穴が開いている感覚だ。

今後100年、200年経過すれば、誰かが歴史を考察していく。

100年経てば、当事者には見えない変化の境目が明確になるだろう。

その境目の象徴的事件として選択されるであろうと、想像している。

 

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友愛転じて排斥となす

2010年07月30日 | Weblog

出稼ぎに来ているペルー人から、よく電話がかかってくる。

「子ども手当を、申請したがどうしたらいい?」

という内容が多い。

よくよく話をきいてみると、ペルーに残した子どもにももらえるか、というものがほとんどを占める。

厚生労働省の説明では、

[少なくとも年2回以上子どもと面会していること]

という条件を満たさないと駄目だという。

中国や韓国なら、まあ帰国するのにペルーほどは交通費がかからないから、年2回帰国してもペイできるだろうが、ペルーでは年2回も帰国すれば、大赤字になってしまう。それに年2回も、出稼ぎに来ていて帰国するのは、本来の出稼ぎの意味がなくなる。

となると、こんな条件は最初からなかったわけだから、当局の自分たちの馬鹿さ加減を露呈したことになり、せっかくの友愛精神も、転じて外国人排斥精神になってしまった。

政治家はびっくりするほど頭がいい、役人も頭脳明晰だ。それなのにこの体たらくは、

外国の事情や習慣、文化に、政治家も役人もまったく疎いことを証明している。

 

戦いに明け暮れた民族を、あるいは聖書の影響を受けている民族を、ほとんど受けていない日本民族が相手にするのは簡単ではないだろう。

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絶滅ではないだろう

2010年07月29日 | Weblog

昨夜、BSで、アフリカからヨーロッパに渡ったホモ・サピエンスの番組を見た。

かなり興味深かった。

考古学というか、なんというか分からないが、大昔の骨や遺跡を研究した成果だろう。

番組によると、

アフリカから渡った現人類の先祖ホモ・サピエンスがヨーロッパに到着した時には、既に先住民族がそこには住んでいた。それがネアンデルタール人だ。

ホモ・サピエンスとネアンデルタール人は親戚になるだろうが、ホモ・サピエンスはネアンデルタール人を駆逐していく。

どのようにかは、分かっていないが、戦争なのか、単に追いやられたのか、あるいは頭脳の差か、とにかくネアンデルタール人は、ホモ・サピエンスによって滅ぼされてしまう。

この戦いに勝利したホモ・サピエンスの一大特徴としてあげていたのが、隣近所との交流があったことだ。

つまりホモ・サピエンスは、隣同士のグループとの付き合いがあったが、ネアンデルタール人のグループはグループ同士の付き合いがなく、それぞれが独立していた、というのだ。

簡単に言ってしまえば、一方は同じグループでの相互協力がなかったが、ホモ・サピエンスは相互協力という力によって、ネアンデルタール人との戦いに勝ったのだろうと、推測していた。

というわけで、ネアンデルタール人は絶滅した。

 

ウィぺディアによると、

ネアンデルタール人(ネアンデルタールじん、ホモ・ネアンデルターレンシス、Homo neanderthalensis)は、約20万年前に出現し、2万数千年前に絶滅したヒト属一種である。我々現生人類であるホモ・サピエンス(Homo sapiens) の最も近い近縁種とされる。

つまり、簡単に言ってしまうと、ヨーロッパにはネアンデルタール人が、20万年も前から生活していて、18万年も長きに亘ってその地で生き抜いて、その頃アフリカからホモ・サピエンスが進出して、ホモ・サピエンスが駆逐するまで存在していた、ということになる。

当時のホモ・サピエンスは褐色だったが、太陽光線が弱く褐色ではビタミンDがつくられなくなるので、白くなってきた、と説明していた。

 

ホモ・サピエンスは、ネアンデルタール人とは混血しなかったのだろうか。あるいはできなかったのだろうか。この部分は番組では触れてはいなかったので、分からないが、

ホモ・サピエンスとネアンデルタール人は、どの程度の生物学的な差があったのだろうか。ライオンとヒョウは混血しない。しても一代限りで終わる、つまり子孫を残す機能がない。

ネアンデルタール人は滅びたのではなく、

素人は、混血が進んでいたであろうと、想像してしまう。

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危険食品

2010年07月28日 | Weblog

昔、チクロの入ったサイダーが捨てられるのをテレビで見たが、

それまで美味しいと言って、飲んでいたサイダーが捨てられるのが、もったいないなあと思った。

チクロは発がん性物質だから使用禁止になった時だった。

今、出回っている甘味料は大丈夫なのか、と思う。

危険だと、いまさら言われても、と思う。

となると、もう買う側が利口にならなければならない。

ショートニングやマーガリンのはいったものを買わない友人がいる。

そうなると、もう普通に目にするパンは全滅になる。

日本中の国民がパンを食べ続けているが、別に病人が続出したわけではないので、問題ないと、思うが、いわば合法的な、壮大なる人体実験のようなものだ。

あれ駄目、これ駄目なら、もうその辺りで買うものはない。

 

もっとも、買うためのお金のほうが先にないから、そんな心配はいらないが。

 

ペルーでもハンバーガーが人気だ。有名どころと、個人経営がある。

高級と、そうじゃないものまである。

特に、貧民街で売られているハンバーガーは、なんの肉かわからないから、まず普通の日本人は買わない。

あるとき、肉の代わりに、段ボールに味付けして売ったことがニュースになった。

中国でも同じような事件があった。

段ボールを叩いて、伸ばせば、なんとなく質の悪い肉の感触が出るかもしれない。

誰が最初に考えたか分からないが、

考えたというより、やむにやまれず、誰かが腹が減って、段ボールを叩いて、味付けして肉の感じを出したんだろうと、思う。

そういえば、解雇になった出稼ぎのペルー人が、腹が減って、レストランのショーケースの展示用の食品サンプルに食いついた、という話を聞いたことがある。

聞けば、笑ってしまうが、

実は、危険かもしれない食品を買っている我々と、どれほどの違いがあるのかと、

考えてしまう。

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賢いようで愚か

2010年07月27日 | Weblog

1時間に30ミリとか50ミリの豪雨と報道されるが、

この数値に実感が伴わない。

震度5、6、あるいはマグニチュード7.2などと言われると、実感も、想像もできる。

一時間に30ミリといっても、たかが3センチと思ってしまう。

これが90ミリでも同じ事で、どれほどの違いがあるのか、頭では理解できるが、実感できない。

日常生活のこんなことでも、頭と実感との差が分からないから、夏山の危険性をどれほど訴えても、分かる人は少ない。

河川の事故も、似たようなものだろう。川下は天気で穏やかでも、上流は豪雨という場合も考えられるから、川下で遊ぶ時は注意しましょう、などと呼びかけてもそれほどの効果はない。

熱中症も、同じだろう。

大丈夫だとは、思っていないが、危険性を実感できないだけだ。

 

経験しないことは、分からないようにできているのが、人間や動物なのかもしれない。

経験しても、わからないこともある。

人間って、賢いようで、愚かかもしれない。

 

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正邪

2010年07月26日 | Weblog

ボリビアやペルーでは酷寒で、肺炎になる人が多いと、知った。

ペルーやボリビアは、貧富の差が激しい。金持ちは、とんでもなく金持ちだが、貧民層は、とんでもなく貧しい。

その上、貧民層が圧倒的な人口をしめる。

ひとたび、災害や病気、疫病などが蔓延すると、その被害は大きい。

酷暑といい、酷寒といい、どうも丁度いいということがない。

 

仏教には、八正道という、お釈迦様が覚ってから、初めて説法したといわれる伝説がある。正しく見て、正しく考えて、正しく思って、という八つの行いのことだが、ここでいう「正しい」というのは、いわゆる正しいという概念ではなく、「丁度いい」という感覚の方が近い。

 

どうも、正邪にこだわるとろくなことがない。

自分自身を振り返っても、どれほど正邪にこだわってきたか、と考えると赤面だ。

正邪には、相手の言い分を聴くという部分がないような感じだ。

いまでいうバランス感覚に近いかもしれない。

こだわりは、時に必要だが、あまりいい結果はもたらさない。それよりも適度というか、丁度いいという感覚の方が大切ではないか、と思う。

 

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一部の人類

2010年07月24日 | Weblog

ジャングルに住む部族は、昔とそれほど変わらない生活様式を維持している。

どのくらいそれが続いているのか分からない。1000年も、2000年も、否、万年も変わらぬ様式を保っていることだろうとおもう。

ペルーのインディオ、つまりスペインに征服される以前から住んでいる原住民は、割合でも10%くらいだろうか。

クスコや、山岳地方に行けば彼らに会える。

彼らの生活も、また何千年と変わらぬ様式を維持している。

あれほどの文明をほこった部族でも、インカ帝国時代と変わらない。

文明が発達する、というのは何が必要なんだろうか。

医学、科学、工業、およそ全ての学問などは先人の積み重ねの上に立って、進んでいく。

ところが、ジャングル生活をしている部族やインカ帝国時代の原住民には、それがない。すくなくとも、人間一代の長さでは、目に見えた発展が感じられない。

不思議だ。

もちろん、発展するのがいいとか、悪いとか、というレベルではく、同じ人類なのに、どうしてこうも隔たりがあるんだろうか、と思う。

 

人類は、元をたどればみんなアフリカに行き着く。

つまり黒人が最初という。

ところが、黒人は、どこでも虐げられた歴史しかもっていない。これも不思議だ。

ただいえるのは、文明が発達して、経済が発展して、その恩恵を享受できるのは、人類全体ではなく、一部の、たぶん一部の人類だけなんだろうと思う。

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かめばかむほど

2010年07月23日 | Weblog

昔、有名なキャスターいた。

知的であり、プレゼンテーションも立派。誰もが気に入るような話しぶりだった。人気もかなりものだったに違いない。

あるとき、山本夏彦との対談というか、短いインタビューが流れた。

キャスターが何かを質問すると、

「それは嫉妬ですね」

と、山本夏彦が応えると、キャスターは答えることなく笑顔を浮かべただけだった。

その笑顔には、屁馬鹿にしたような印象と、図星で返答ができない印象がまじりあったような感じを受けた。

こんなどうでもいいことをうろ覚えに覚えているのは、このキャスターの本質というか資質を、ペルー大使公邸事件の報道に見たからだった。

山本夏彦は好きで、人間の本質を、それも指摘されたくない箇所を平気でいうのところが気に入っている。

読めば読むほど面白い。

 

するめが好きで、ときどき買ってくる。するめといっても足だけのものだ。

酢を利かせたものから、トウガラシをふったやつ、塩気の強いものまでけっこうある。

とにかくかたい。

かたい足を口に入れて、しばらく噛んでいる。味が変わってくる。

今、かんでいるのは、「かめばかむほど」というネーミングのするめだ。

Yagai(谷貝食品)の製品だが、味が強すぎる。好みだが、もう少し、するめの味がしたほうがいい。

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顔を見るな

2010年07月22日 | Weblog

家に侵入する犯罪は、留守を狙ってこっそり金品を盗み出す場合と、

家人がいても侵入し、縛り上げ、あるいは殺害して、それで金品を奪い去る、という二つが思いつく。

法律的にも、名称もこの二つには違いがあるだろうが、それは分からない。

両者とも、昔から当然あっただろうが、圧倒的に前者の方が多いだろうと、想像がつく。

 

ペルーの場合は、もし強盗が侵入した場合は、

絶対に顔を見ないで、と教わった。顔をじっと見れば、覚えられたと強盗は考えて、傷つけるあるいは殺害する可能性が高くなるから、という理由だった。

もう10年ほど前だが、ペルーの友人が強盗に入られた。家には、60代が二人、30代が一人。全員女性だった。

強盗は、家人を一つの部屋に閉じ込めて、ベッドに横になるように指示して、ゆっくり盗んだ。

強盗は3人。

30代の女性は犯されることを覚悟したが、強盗は、これから2時間は警察に連絡しないようにと、そのまま立ち去った。

ペルーの強盗は、普通はこんな感じが多い。つまり、傷つけたり、殺害したりすることをしない。というより、たぶん、嫌なんだろうと思う。

ところが、侵入したら、とりあえず全員殺害して、それからゆっくり盗むという、残酷なタイプもここ10年くらいで増えたような気がする。

 

外国人が増えたことによる殺人事件や残酷な犯罪は増えたんだろうか。調べればわかるだろうが、増えたと論ずる人と、そういうことはないと主張する人がいるのが、素人にはわからない。統計や数字は同じだろから、読み方が違うのだろうと思うが、それにしても納得できない。

 

拉致事件関係の本を読み返してみた。本の中に、こんなことが書いてあった。

北朝鮮による拉致事件は、北朝鮮が認めたことで、事実が確認された。

被害者の家族の一人は、そのとき記者会見で、

「24年間、私たちは、助けてください、と必死にお願いしてきたのに、なぜもっと手を打ってくれなかったのか。マスコミのみなさんにも言いたい」

と、訴えた。

あたらめて、この言葉と思いを考えさせられた。

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カラオケ

2010年07月21日 | Weblog

ペルーでカラオケが流行したのは、それほど以前ではない。

最初、本格的なカラオケは、現在「居酒屋」という日本食レストランがあった場所にカラオケができた。

日系二世のお客さんで一杯だった。彼らは、歌がうまかった。

歌を聞いたときはびっくりした。

それもそのはずで、ほとんどが日系人が主催する紅白歌合戦に出場するレベルの人たちだったからだ。

このカラオケはそれほど長くは続かなかった。

 

その後、カラオケ東京という駐在員にも歌好きの二世も通い詰めたカラオケができた。他に、気軽に遊べるような場所がなかったので、毎日満員御礼だった。

ここの経営者だった人とは、ペルーに行くたびに会う。

カラオケでは、ペルーの女性が働いていた。門前の小僧ならぬ娘で、歌を覚える。

毎日歌っていれば、上手くなる。

もちろん「つけ」もきいた。

なかには「つけ」を結局支払わないで済ませた猛者もいたことを、きいた。

カラオケ東京の正面が公園になっていて、そこに一本の木が立っていた。トイレは一つしかないので、その木に向かって用足すお客が後を絶たなかった。

当然、木は枯れてしまった。

カラオケには、ときどきマグロ船の船員さんもやってきた。

船員さんは、だいたいが歌がうまい。めちゃくちゃうまい。仲良くなると、マグロのえさのサンマをもらったり、マグロの一部を分けてもらったりした。

 

今年、ペルーの友人たちとカラオケに行った。経営者は、日系人、日本人ではない。

そのためか、音響も、テレビも格段に、昔と比べて質が落ちていた。お客も少なかった。

 

日記@BlogRanking    花火をしている男の子2  花火をしている女の子

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貧乏くじと破綻

2010年07月20日 | Weblog

   

昨日、自宅玄関から携帯で撮影。ずいぶんと高くなってきた。

この倍近くまで伸びる。

錦糸町まで電車で5分。錦糸町駅近くになると「でかいな」という実感を持つ。

 

素人には経済のことはさっぱり分からない。デフレ脱却とよく聞くが、札を印刷して市中に流せば、それでインフレになることは間違いないから、そうすればいいものを、と思う。のべつまくなしでは円の価値が下がるから、頭のいい人々が考えてやればいい。ところが、日銀は、印刷した価値と同等のものとの引き換えだ、というので、言われれば、なるほどなとも思う。

アメリカの国債は、アメリカの借金を日本が肩代わりしていることになる。しかもアメリカの国債は「売ることができない」しろものだと聞いた。なら、紙切れと同じだ。

日本は、つまり国民は、アメリカの借金を助けてやって、かつ自国の借金を膨らませている。

貧乏くじを引いている。

借金と一口で表現するが、その借金はどこにつかったんだろうか。

年収500万の人が、年1500万円つかうとどうなるか、という分かりやすい話でごまかされてしまうが、

借金の内訳には、国会議員の維持費、高級役人の天下りの維持費なども当然含まれているだろう。900兆円の内、その割合がどの程度なのか、

マスコミが明確に報道してほしいなあ、と思う。

 

ペルーに住んでいるとき、ブラジルやボリビア、アルゼンチンなどはインフレが激しかった。スーパーマーケットに行っても、朝と夕では同じものでも値段が違うほど、ひどいものだった。

それほど、札を印刷しまくっていたことを意味する。

給料が「億」単位を超えた。

ところが、

アルゼンチンは破綻したが、

ブラジルやペルーは、別にどうってことなく、今日の繁栄を迎えている。

アルゼンチンだって、破綻後の、国民の悲惨な生活が詳しく報道されたこともない。

 

破綻すれば、税金は上がる、医療費補助もなくなる、年金だってカット、など予想はされるが、それによるアルゼンチンの悲惨な生活は、本当にあったのか、わからない。

ただ、破綻破綻と騒いでも、それは根拠のない「不安」だけを煽っているように思える。

どうも、別に借金が増えても、それほどおびえることはないように思う。

否、国を動かしている側の論理で、つまり自分たちの利益を守るために、物事が進んでいる、あるいは、だから意図的に借金のひどさを訴え、消費税をあげる話に、

世論を誘導しているように思える。

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2010年07月19日 | Weblog

ペルーで働く日本人駐在員は、ほぼ全員「女中」を雇う。だいたい一人か二人。

女中という言い方は日本では差別的な感覚があるのか、

雇い始めたころは、だいたい「お手伝いさん」と表現するが、そのうち「女中」にかわる。

女中という言い方に抵抗のある人はスペイン語で言う。

ペルーは貧富の差が激しい。教育を受けることができない人々がたくさんいる。その人たちの働く場所が必要だ。女中を雇うことは贅沢ではない。

住みこみタイプ、通勤タイプとある。

 

女中兼看護婦、介護すべてを兼ね備えた女性もいる。

知り合いの日本人は、もう90歳。子どもは4人いるが、だれも同居していない。御主人はずっと前に他界している。一人住まいだ。

看護婦、女中、介護、仕事すべてを任されて、一人の女性がこの日本人と生活を共にしている。

子どもにもできないことを、続けている。給料は決して高くはない。看護婦の資格があるからどこでも働くことはできる。もう20年以上になるだろうか。

 

今年、ペルーに行ったとき、この日本女性を訪ねた。

二人で仲良く暮らしていた。

子どもが世話しなくても、だれかが親身になって助けてくれる。

なんとなく、不思議な気分を味わった。

日記@BlogRanking  踊っている女の子(赤)イラスト金魚すくいのイラスト

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そうめん

2010年07月18日 | Weblog

暑苦しくて今朝、5時に起床した。

そのため、ゆっくりした日曜日だ。

お昼前に空腹を覚え、そうめんを食べた。

そうめんは、タイの骨をあぶって、その骨からだしをとると美味しい。たぶん、そうめんのつゆとしては、これが最高だろう。

ペルーではクロダイが豊富にある。おまけに安価だ。たびたび買って、潮汁や煮付けをつくった。

骨は、あぶってそうめんのつゆにした。

 

死んだ親父は、味噌に砂糖と酢を入れ、それでよく食べていた。

見よう見まねで、僕もつくる。美味しい。夏場にはとくに合う。

知り合いが、らっきょうの付け汁でそうめんを食べると美味しいと言っていた。やってみたいが、ラッキョウをつくることがないので、いまだに試してはいない。

そうめんは、美味しいそうめんと、おいしくないそうめんの差が激しい。

そうめんだけは、多少高くてもいいものを買うことにしている。

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揶揄

2010年07月17日 | Weblog

ペルーは笑い話の宝庫だ。

人々は、笑い話に花を咲かせる。

話の特徴は揶揄したものが多い。

ペルーで誰が作るのかわからない。あるいは外国で作られたものを、ペルー風にアレンジしているかもしれない。

中には、笑い話に興味もなければ、「それの何がおかしいのだ?」と、まったく理解できない人もいる。

当時聞いた笑い話は、形を変えて、その後いたるところで聞いた。正確には忘れてしまったが、こんな具合だ。

アメリカ人、フラン人、ペルー人が飛行機で旅行した。

アメリカ人:ここはどこだろう。外は暗くて判らない。

フランス人:手を出して確認したらいい。

早速アメリカ人が手を出すと、

アメリカ人:ああ、ここはアメリカだ。今、自由の女神に触れたよ。

しばらくして、フランス人が手を出すと、

フランス人:あっ、エッフェル塔に触ったぞ。やはりフランスだ。

また、時間が経つと、今度はペルー人が手を出した。

ペルー人:お~、間違いなくここはペルーだ。

ペルーには高い建築物が無いのに、何故ペルーだと判るのか、いぶかったアメリカ人とフランス人が訊くと、

ペルー人:だって、手を出したとたんに腕時計を盗まれたから。

ペルー人自らが、ペルーを揶揄した笑い話だ。

 

こんな、ちょっと桃色系のものもある。

一人の男が、神様にお願いをした。

男:神様、私の願いをかなえてください。

神:わかった、どんな願いだ?

男:実は、モノが小さくて女性に嫌われてしまいます。ですから床に届くくらい大きなモノが欲しいのですが。

神:わかった。そんなことなら造作も無いことだ。

喜んだ男は、その瞬間を待った。

間違いなく、男のモノは床についていた。しかし、

男:確かに床には届きましたが、これでは・・・・。

見ると、神様は男の足を短くしてしまったのだった。

 

日本のメーカーをつかった話もある。

世界で一番短い名前をもっているのは誰だという、競争があった。

中国人:それは中国人だ。「リー」というのがある。

韓国人:それなら韓国にだって「イー」があるぞ。

参加者:拍手。その通りだ。

日本人:それなら、日本人が一番だな。それは「カシオ」だ。

参加者:やった。日本人が世界で一番短い名前をもっているぞ。

*これには説明が必要だろう。カシオは有名なメーカーだ。カシオは、横文字では「CASIO」と表記するが、これはスペイン語では、「 Casi o 」とまったく同じ発音、同じ綴りで、意味は「ほとんどオー(つまりゼロ)」ということを表す。

 

笑い話がペルーでだれかが作っているのか、あるいは外国で作られたものをだれかが紹介しているのか、わからないが、人々はよく笑い話をしている。

キリスト教徒なのに、キリストを揶揄った話もあるが、やめておこう。

 

揶揄する心情はよくは分からないが、多分、一種の自暴自棄をこめているのではないかと思う。そういえばインドの笑い話は揶揄でもキツイのが多い。

国民が幸せで、豊かなら揶揄する気持ちは無くなっていくだろうと、想像している。

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波の怖さ

2010年07月16日 | Weblog

窓の外を見ると、向こうに入道雲が見えた。

小学生だった頃の雲と同じ形をしている。

夏だ、という感覚と、自転車に乗って海まで走っていったことを思い出す。

当時は、もちろん今でも、砂浜の海岸で、「はたみ」や「ハチベイ蟹」を採った。

はたみは、二枚貝で、はまぐりよりずっと美味しい、と思う。ハチベイ蟹は、味も肉も薄く、美味しいものではない。

今年の夏は、田舎、掛川の友人宅にお世話になって、はたみを採りに行きたいと、計画をねっている。

 

ペルーの海は、フンボルト海流が通っている。

海水は冷たく、魚介類は豊富だ。

海は穏やかではないが、海岸で、やはり二枚貝がとれる。

美味しいものではないが、それでも友人たちと採りに行って、酒蒸などにして食べた。

リマから南の方に、別荘が立ち並んでいる場所がある。夏になると、大勢の人でにぎわう。ここに招待されて、家族で行ったことがある。

波は荒いが、泳ぎには自信があったので、ちょっと沖まで出た。すると、

大きな波が襲ってきて、またたく間に海底に叩きつけられた。海底では、巻いている波に抵抗もできずになすがままだった。

やっと、浮き上がると、あたりがよく見えない。

眼鏡をなくしたのだ。

恐ろしさを感じて、すぐ岸に上がった。はじめて海の脅威というか、波の怖さを知ったときだった。

このときから、海では波打ち際でちょこちょこと足を濡らす程度の遊びに変わった。

 

遠州灘は、けっこう波が荒いが、穏やかな日もある。

はたみを採るには、波打ち際では無理だ。

覚悟して、腰当たりまでつからないと、採れない。

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