虚空を観じて

今感じたことを書くことは、年取った脳みそにいいんじゃないかと考えて認めています。日常の風景から、過去の記憶まで。

良いお年を

2012年12月31日 | Weblog

今年もありがとうございました。

いい年にするよう今年も自分なりにがんばりましたが、なかなかむつかしいですね。

来年は今年以上に、努力したいですね。

みなさまよいお年を!

日記@BlogRanking

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年末の雰囲気

2012年12月26日 | Weblog

子どもの頃だったか、お正月を迎えるころは、それなりの雰囲気があったが、

現代の街中はあわただしく毎日が過ぎ去っている。

昨年は、年末も年始もバイトで忙しかった。

大晦日もお正月も、感覚的にはなかった。

今年も、同じだ。

それだけ、お店が年末年始も無関係に動いていることになる。

なんとなく、一抹の寂しさがある。

 

若者文化などは、言葉の上だけのことで、事実は存在しない。

文化になるのは、それだけの時間が必要だ。

伝統、習慣よりも長く、おそらく奥深いものだろう。

大晦日、お正月は文化だろう。伝統でもないし、習慣でもない。

そこにはそれなりの意義を、先人は長い時間をかけてつくりだしてきたのだろうと思う。

それが失われてくるのは、それとともに意識されない意義までも一緒に失っていくことになるだろう。

つかみどころのない意義は、取り戻しようがなくなるだろう。

 

 日記@BlogRanking

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専門家の理屈

2012年12月24日 | Weblog

放射線量の、どのくらい被曝しても許容範囲なのか、という科学的な回答はないという。

回答はないが、法律では数値が決まっている。

決まっていても、有事のときはその数値が高くなる。

素人には難しいことはさっぱり不明だが、

被曝の許容範囲なる数値があるわけだから、放射線は危険であることは間違いないだろう。

「このくらいまでOK」という数値も、つまるところ、ヤマカンに近い数値なんだろうと思う。

科学的ではないが、専門家が数値を出せば、それがヤマカンであっても、なんとなく信頼に足りる数値として独り歩きする。

原発は「安全」だと、これまでさんざん聞かされてきた。

野田総理は、原発事故の収束を宣言した。収束なら危険は去った、と理解するが、

今現在でも、とんでもない量の放射線が排出されている。

ひとたび事故が起これば、その近辺は、人が住めなくなる。事実人が住まず、置き去りにされた動物が我が物顔で生きている。

作物もだめ、故郷であっても行くこともかなわない。

人が住めなくなる、しかも何十年も。それが何故「安全」なのか、「収束」なのか、専門家の理屈にはついていけない。

素人には不明だ。

 日記@BlogRanking

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他人事

2012年12月20日 | Weblog

コネチカットで起きた銃乱射事件は痛ましい限りだが、コネチカットには友人が住んでいる。

訊ねると30キロも離れた場所だと言うので、安心した。

考えてみれば、犠牲者となった人とはだれも知り合いがいないので、ホッとしたわけだが、犠牲者のことを考えれば、気の毒としかいいようがない。

とはいえ、自分の身にふりかからなければ、他人事になってしまうのも、また人間の一面なのかもしれない。

 

沖縄の米軍基地問題は、日本の国の問題だが、東京に住んでいれば、沖縄の問題だと、他人事になってしまう。

福島の、原発問題も同じで、もっぱら放射線量や汚染地域の影響が話題になるが、避難している人々の生活のことや補償は、気持ちの中では他人事としている。

拉致問題も、憲法九条が足かせになって、救出できないでいるのは周知の事実だが、そんなことには触れずに、相変わらずどのように対処したらいいのか、そればかりが問題になり、結局は他人事になってしまう。

これがアメリカなら、すぐ軍隊をバックに取り返すだろう。アメリカは、たった一人のアメリカ人でも軍隊を出して救出する。

日本の国は、取り返すどころか、民主党政権は、売国奴とまでは言わないが、

拉致被害者のことは、つめの先ほども考えてはいなかった。わずかに松原大臣だけが頑張ったことが伝わってくる。

こんな人々がまた当選してくるなんて、どうかしている。

一般国民には他人事で終わってしまうが、

政治だけは他人事で終わらせないでほしい。

 日記@BlogRanking

 

 

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童話

2012年12月16日 | Weblog

日本が自ら望んで他国を侵略することは、無いだろう。

それは憲法をかえようが、国防軍と名前を変更しようが、徴兵制を敷こうが、他国が万が一日本を攻めてこようが、それはたぶん変わらないだろう。

日本が憲法をかえること、自衛隊から国防軍に名前をかえることを選択したら、日本を捨てて他国に行く、と叫ぶ人々がいるが、

他国は、しっかりした軍隊があり、国防意識は日本のように飴をどこまでものばすような議論を経ずに、軍隊は動くだろう。

どうか、他国に行って、他国の事実を実感して欲しいと思う。

中国は、尖閣問題で日本を挑発しているし、チベットでは酷いことをしている。

それに対し、弱気だ弱気だと批判されてもなお、あくまで紳士的に、言葉で最善を尽くそうとする国は、日本だけだろう。

自民党が戦争をしたがっている、というのは妄想だろうし、下手な宣伝だ。

 

本当に、恐ろしいのは、実は、

憲法改正は戦争に結びつくとか、自民党には戦争したがっているがいるとか、人権擁護法案だと騒ぐ人々だとか、靖国参拝は反対だとか、戦争責任を果たせだとか、やたら自虐的な歴史観を述べる人だとか、

本当はこんな思いやりに満ちたようなことを主張する人々が、もっと恐ろしい。

これは間違いないだろう。

こんな話は、はるか昔から、童話にもなっている。

はるか昔からなら、現代も当然同じで、イソップやアンデルセンの童話は、

人間の賢い知恵を、次代に伝えるための知恵の中の知恵だろう。

 

 日記@BlogRanking

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投票に行こうか

2012年12月15日 | Weblog

さて、誰に、どの党に投票しようかと、迷う。

政策的には、新党大地の主張が気にいっているが、報道によれば当選者が出ない可能性が高いと言う。

選挙は、一般国民にとって唯一の民主主義を実感できる瞬間だろうが、

誰も当選しなければ、民主主義も意味を持たないような気がする。

結局、多数をとった党が政権を握ることになる。

投票に参加しなければ、多数をとった党を支持することと同義になる。

さりとて、だれも当選してこない党に投票しても、それほどの違いはないような気がする。

日記@BlogRanking

 

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気候がおかしい

2012年12月13日 | Weblog

ペルーは相変わらず、発展している。

10日間ほどの滞在だった。

レストランはどこも盛況だ。

知り合いの息子さんが、ステーキハウスで働いている。

肉を食べた。アルゼンチンの牛肉かなと思ったが、ペルー産だという。

かなり美味しかった。

 

スイスホテルで日系の友人が寿司屋をやっている。

ここも訪れた。

普段はペルー人向けの寿司をつくっているが、日本人向けに寿司を握ってくれた。

ペルー人は、寿司を醤油に泳がすほどに、つける。そのために、しゃりは団子のように固く握る。

日本人には、無理な寿司になっている。

日本人だと分かると、そのように握ってくれる。

 

気候は夏の筈だったが、上着がいるほど寒かった。おかしな天候だった。

太陽が出ないと、極端に寒い。太陽が出れば、暑い、皮膚が焼けるほどだ。

そんな日は、たったの一日しかなかった。

外国に行って知る、気候のおかしさだった。

日記@BlogRanking

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