虚空を観じて

今感じたことを書くことは、年取った脳みそにいいんじゃないかと考えて認めています。日常の風景から、過去の記憶まで。

求めない

2014年10月25日 | Weblog

山本夏彦だったか、石を投げた方は忘れてしまうが、投げられた方はいつまでも覚えているって、言っていた。

お金も一緒で、借りた方は早くに忘れるが、貸した方は多寡に関係なく覚えている。

 

恩は忘れやすいから、恩を忘れないことが大事なんだろう。

少しでも、恩を忘れないことを言うと、怒りだす人がいる。

恩を認めたくないのか、そんなものに価値を認めていないのか、この傾向はけっこう外国に多いような気がする。

ペルーでも同じで、そんなつもりはなくても、恩についてなにか言うと、

「エチャール エン ラ カ―ラ」

という。

つまり、恩着せがましい、というわけだが、意味的には、日本語よりかなり強い言い方になる。

考えてみると、おそらく、恩は恩で認めるが、あるいは世話になったことを意識しているがゆえに、それをいうと気分を害するのだろうし、

触れては欲しくないことなんだろう。

ペルーでは、自分の周囲を思い切り利用するのが普通で、これに関する表現の仕方もたくさんある。

逆を言えば、恩になろうが、なんになろうが、利用した方がいいし、

だからこそ、他人にはおもいやりを持たないことが生きるための知恵になっていると思う。

 

おそらく、恩を感じるというのは、英語でもスペイン語でも、ないことはないだろうが、よほどのことがないかぎり使わないのではないか。

たとえば、アメリカに移民し、アメリカ国籍を取得しても、アメリカと言う国に恩を感じるなんてことはないだろうと思う。

恩ではなく、それはアメリカは利用するためにある、そんな感じなんだろうと思う。

日本語では、ありがとうを乱発というか、ささいなことでも、お客でもあっても店員にありがとうをいう。

これが日本人と、韓国人、中国人を簡単に見分ける方法だとも言う。

 

文化、といってしまえば、そういうことになるが、ありがとうでお互いの気分がよくなれば、それでいいではないかと思うが、

そしてこれが日本人の生きる知恵なんだろう。

 

 

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まったき同じ

2014年10月24日 | Weblog

ネットから、テレビでは報道されないニュースを知ることができる。

青山さんって、肩書は知らないけれど、記者時代に、阪神淡路大地震の取材中の出来事を話していた。

正確ではないが、だいたい次のような内容だった。

海上自衛隊が、船で、(どんな船か知らないけど、護衛艦みたいなものか?)救援に向かって、神戸港に到着したが、

神戸港で、「戦争の船は来るな、自衛隊は来るな」っていう、反対運動あって、行政はそれを認めて、

海上自衛隊は接岸できなかった。

これをニュースで流そうとしたが、

とにかく、防衛庁から、会社から、記者クラブから、上司から、皆から反対があって、ニュースにすることができなかった、

と言うことを、話していた。

これを動画で聞いた。

 

驚きの内容だったが、もっと詳しく知りたかった。

あのさなかに、「戦争の船は来るな」って、騒ぐ余裕のある人々が大勢いたことになるが、

いったどんな被害者たち、イヤ被害者とは限らないが、救援に来た海上自衛隊に来るなって大騒ぎできる思考が信じられなかった。

そんな反対しても、自衛隊員は必死に救援しているし、

ボランティアも大勢かけつけて頑張っていたし、

反対よりも、救援の方が先だろうにって、普通は考えるが、あんなさなかにも、異常者がいたことをはじめて知った。

恐らく、想像だが、被害者には、港までわざわざ行って、反対の叫びをあげるなんて、余裕はないだろうから、被害者ではないだろうと思う。

そうすると、このごろ知ったプロ市民って、ことになるが、お金をもらって、わざわざ神戸まで行って、反対運動したんだろうか。

どう考えても正常とは思えないが、日本にこのての人々が大勢いることに驚きを覚える。

 

異常者と言えば、例の慰安婦捏造記事で、日本を貶め、さらに多大な苦痛を与え続けている元記者が脅迫されて、

「・・・許されない」

と主張したそうだが、法治国家たる日本では許されないのは、当然だ。が、

このひと、まったき異常者だろうと思う。

この異常さの示し方は韓国のやり方とまったき同じ。

 

 

 

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嫉妬

2014年10月21日 | Weblog

韓国人の異常な嫉妬心は、手に負えない。

恨とよく言われるが、これは間違いで、異常な嫉妬心だろうと考えている。

在日は自分たちの非を、充分知っているだろう。日本には勉強しようと思えば資料はいくらでもあるからだ。

恨みなら、真実を知ることによって、消失する。

嫉妬心は、真実を知れば、ますます嫉妬は強くなる。

真実は嫉妬心へのエネルギーになる。

それゆえ、真実を知っても、それを認めようとはしない。

日本が苦しめば、それは喜びになり、

日本が喜べば、嫉妬心に変わる。

 

昔から大陸の皇帝は、朝鮮半島に、劣等感をこれでもかって、植え付けたのではないか。

属国の間、劣等感の海の中だったろうと想像している。

皇帝は、そんなことは意識していなかっただろうが、結果的にそうなったのだろうと思う。

劣等感は、自分より劣るものをさがす。それもすぐ近くに存在しなければならない。

そうでないと、人間はいきてはいけない動物だろう。

こんなことは、日常生活で見られる。

これは、現代まで続いている。

朝鮮半島の彼らの、黒人差別や、他国をやたら下に見たがる性癖は、ここに原因があるのではないか。

 

素人なりに、そう思う。

 

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こだわり

2014年10月19日 | Weblog

仏教の考え方は好きだが、日本人の昔からのあり方の方が気にいっている。

詳細は知らないが、用明天皇は、神道はもちろん尊敬しているが、仏教もやると言ったと言う。

おそらく、用明天皇が神仏習合の初めだったんだろうと思う。

聖徳太子は戦に勝ったら仏教の寺を建設すると願をかけ、首尾よく勝利し、その通りに四天王寺をつくった。

しかし、四天王寺には、戦の相手方物部守屋を、しかも神道式で祀っていると、モノの本で知った。

いつ頃からそうしているのかしらないけれど、

昔の日本人の、こんなところがいいなあ、と思う。

 

こだわっていない、そんな風に見えるのがいい。

こだわりとか、思いこみは、どうもイカン場合が多い。

こだわりも思い込みも、極端に傾きやすい。

 

どんな職人も、一般的にこだわりの感覚が強いと思うが、どうもなあ、と感じてしまう。

こだわりの食材、なんてテレビでよくやる。

こだわりの食材を、こだわる事なく、簡単に手に入れられる立場なら、いいけど、

無理して買うのは、どうかなって思う。

無理しても買えない僕なら、幸い関係ないが。

 

買えないばかりでなく、何に対してもこだわりを選ぶことができない立場って、意外と楽な気がする。

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無理な注文

2014年10月18日 | Weblog

寒い。

急に寒くなったような気がする。

自然だから、何でもアリだが、身体の機能が追いつかない。

こんなときは、風邪に注意。

後は、関節の痛み。

 

ブラジルにはじめて行ったとき、一日で、四季がめぐるってことをはじめて経験した。

信じられなかったが、朝夕が冷えて、日中は半袖。そのまま半袖でいると、ヒドイ目にあう。

このごろの日本の気候も、そんな感じがする。

 

今朝、テレビで大臣のお金やうちわの問題を長々やっていた。

どうでもいいとは言わないが、長々やることはないだろう。それはテレビでも審議でも同じ。

長々やることは、他にもあるだろうにって思う。

平和ボケって、こういうことを言うのだろう。

政治家の「感覚」は、一般人とはまるきり異なるなと、あらためて思う。

こんな事件は、はいて棄てるほどあるのに、学習しない、というか、ナメテいるというか、やはり、感覚が違うのだろう。

政治家だから、それなりに頭脳も明晰だろうに、こんな連中が秘密保護法だの、集団的自衛権だの、拉致被害者問題だの、

と立派な主張を繰り返すのと、差が大きすぎて、よくわからない。

 

素人には、批判はできても、じゃあ、どうしたらいい、なんて意見はないから、困るが、

政治家、それも昨日今日なった議員ではなくけっこう血統もよく、当選回数も多い先生の感覚は、

一般人とは、ちがう、それも、とんでもなく大きい差があることだけは理解できる。

棲む世界が違う、ということだろう。

 

棲む世界が違う人が、違う世界のことに愛情を持って、政策を決めていく、

そんなことは、最初から無理な注文だった、それを知るこの頃だ。

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気がつけば

2014年10月14日 | Weblog

韓国で開催されたアジア大会の、不正疑惑、不手際、意地悪などの羅列を動画で流しているが、

ちょっと以前なら、真実とは考えなかったが、

どれもこれも、異常なほど多い。

異常なら、どれもこれも故意だろう。

たび重なる韓国の考えられない言動を見ていると、不正疑惑は疑惑ではなく、事実だろう。

不手際も、意地悪も、すべて事実だろう。

 

拉致被害者やそのご家族のことを思いやれない政治家や識者が、

日本には現実問題として存在する。

先日亡くなった土井さんは、戦争はイケナイ、憲法死守など大変立派なことを常々主張していたが、

拉致被害者には、爪の先ほども愛情を注がなかった。こんなに人類愛に満ちた人だったが、拉致被害者には一片の情をかけなかった、

だけでなく、北朝鮮に情報を流したと言うことまで言われている。

裏を返せば、つまりこの方は、戦争反対でもなもなんでもなく、さらに人類愛に満ちているわけでもなく、

ただひたすら日本人が苦しむこと、悲しむことだけを願い、

日本を攻撃する戦争なら大賛成だろうし、

日本を戦争できる国にさせない、手かせ足かせをかけておきたいだけの、

単なる異常者だったことが分かる。

 

拉致被害者のことに思いやれない、韓国の非常識な言動を擁護する、

日本のヘイトスピーチだけを攻撃し、韓国や北朝鮮の批判をしない、

しかも、人類愛に満ちた主張を繰り返し、自衛権に反対する、

こんな主張は、実は、真っ赤なウソだった、

そのことを土井さんは証明してくれた。

こんな政治家が、日本にはたくさん存在する。

 

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あり得ない

2014年10月12日 | Weblog

武器をつかって、人を殺して行く。

自分たちの思想に従って行動していく。

戦争すること、相手を殺して行くのは、彼らには普通のことで、正義を貫いている行動になるだろう。

そうせざるを得ない状況がこれまでの歴史の中にあったのだろうと思う。

おとなしくしたがっていれば、いつまで経過しても、いいように利用だけされて、生活は一向に改善しない。

武力をつかって、何とかしようとするのは、やはり普通のことだろうと思う。

先進国が、立派な言葉で、愛情豊かな発言してきても、現実はかくのごときだろう。

これを、遠くの出来事だと思っていると、孫の代に禍根になる。

 

 

アメリカの経済一辺倒の政策は、どうしたって、大きな格差を生む。

社員と社長の給与の格差が100倍も200倍も300倍もあって、

しかも安価な労働力のバイトをつかって、それが長く続けば、

国だって、国民だって良くなるとか、安定するとか、安全になるとか、安心できる社会になるとか、

あるいは、豊かな感情をもって生きていくことができる社会になる、

そんなことはあり得ないだろう。

ましてや人口減をとめることなど、永遠に来ない。

しかも、下層の労働力を外国に求めて一時的に繁栄しても、そんな状況などは長くは続かないから、

下層の労働力は、権利を主張したり、反発したりするのは、当然だろう。

 

平和な社会、安心安全な社会、だれもが豊かな気持ちで、隣人に思いやりをもてる社会、

そんなのあり得ないことは、イスラム社会が証明しているだろう。

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韓国するな

2014年10月10日 | Weblog

不正するのを、「韓国する」というらしいが、今回のアジア大会から使われたようだ。

不正するだけではなく、すぐ怒りを爆発させたり、異常な嫉妬を表現したり、やたら比較したり、

こういった意味でもそのうち使われるだろう。

 

 異民族が同じ国で、共存共栄はできないだろう。

先進国は労働者を必要として、外国から移民労働者を受け入れた。

そのまま継続的に発展すればもんだいもなかったかもしれないが、発展は長くは続かない。

停滞だってする。国情だって、どうなるか不明だ。

そうなれば、まず移民労働者から解雇になるだろう。

こっちのほうは、発展よりおおむね長く続く。

 

差別は、厳然とあるだろう。

表面ではないが、心の奥、否浅い所で、ある。

 

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過去を無視

2014年10月06日 | Weblog

過去に学ぶ、なんて高尚なことは、実は国を牛耳っている人々は嫌いなんだろうと思う。

 

局地的な戦争は、相変わらず続いている。

争いは、殺し合い。

これが現実だ。

過去に学べば、争いなんて起きないはずだが、そうはならない。

過去に学ぶのは、影響力のない国民だけだろう。

為政者の現実の感情にしたがって、現在が動いている。

 

学問の世界にまったく疎いが、

歴史は、算数のように万人が納得する答えが無い。

それでも、大学の教授だとか、識者だとか、研究者だといわれると、「そうなんだ」と信じてしまう傾向にある。

そういったことも、朝日新聞の今回の、

「捏造事件」は、

教授、研究者、インテリ、識者などという肩書きや権威を頭から信じてはイケナイことを、教えてくれた。

 

歴史に学ぶ、なんてことは妄想で、せいぜい当事者だけで、こどもにすら伝えられない。

世界の為政者は、歴史に学ぶなんてことはしない。

ひたすら、猜疑心を強くしている。

現実の世界情勢は、思っているほど愛情に満ちてはいないことも事実だろう。

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想像以上に

2014年10月03日 | Weblog

アジア大会の、不手際、買収疑惑が動画に多数アップされている。

一つや二つどころの話ではない。

韓国って、想像以上に、愚かな国だと思う。

 

銅メダル選手が、銅メダルの受け取りを拒否した映像は、悲しくなる。

選手にしてみれば、精一杯の抗議だろう。

 

日本のテレビで報道されることはないが、どの映像も一見の価値あり。

 

韓国は、韓国人は、想像以上に愚かな国民だ。

 

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