虚空を観じて

今感じたことを書くことは、年取った脳みそにいいんじゃないかと考えて認めています。日常の風景から、過去の記憶まで。

世界の常識

2018年01月14日 | Weblog

18日からNYとペルーにいってくる。

久しぶりだから、楽しみにしている。

NYは寒いだろう。ペルーは真夏だ。

もっていく着るものが面倒くさい。

 

NYはよくできた町だなと思うが、発想は社会の上層部のそれだろう。

働く場所と日常をおくる場所が区別されている。

日本は、そんな差はない。

白人と日本人の違いだろう。

 

同じ地球に生きているのに、生活様式がまるで違う。

蛇口をひねればお湯が出てくるところと、水道すらない地域もある。

同じようには文明は行き渡らない。

自ら動いて文明を享受する国もあれば、ひたすらタカル事に精を出す国や、そんなことには興味も示さない国もある。

民族の移動があれば文化、生活様式の違いがあり、軋轢は自然と生まれる。

そこに差別だのヘイトだのといっても、せんないことだろう。

 

資本主義は金持ちと貧乏人をつくる。

金があれば上層部に属し、なければ下層になる。

バカみたいな話だが、現実だろう。

これはしかし資本主義ではなく、単なる金追及主義だろう。

 

 

知識人の議論は、かみ合わないと思う。

結局、自分の言いたいことを主張することになる。

日本が武装を高めることや、長距離ミサイルの導入だとか、こんなことは戦前の日本と同じで、

不安を感じると意見を言えば、

一方では、抑止力になると説明する。

聞いているほうは、なんだかわからない。

不安を感じるなら、どうすればいいのか、対策を言ってくれないと、素人にはわからない。

装備を高める側は、具体的で、わかりやすい。

ミサイルに攻撃型や防御型の区別が存在すのも、わかったようでわからない。


力なき言い分は、昔も今も効果はない。

 

慰安婦、などという言葉は昔からあったのか、戦争中だけの言葉なのか、わからないが、

売春婦の代わりに使用したものだろうとは、察しが付く。

その慰安婦を取材した日本の俳優が言っている。

カメラが回れば、泣き叫んで訴え、カメラがなければ、あはは、いひひと笑って談笑するという。

こんなタカリの構造は、韓国だけはなく、世界にある。

それが生きるための魂胆だったのだろう。

こんな話は、災害にあった住民の態度と同じだ。

同情を誘うパフォーマンスをする。

だから、日本の災害で、住民が毅然とした態度を見せ、世界は驚愕するのだろう。

 

ムン大統領が慰安婦と食事をして、また対処を約束するのは、

だから、笑えて来る。

同じ民族で、裏も表も百も承知で、やっていることだろう。

真面目にやるのが、そりゃあ、バカバカしくなるだろう。


こんなことに真面目に対応している日本も、疲れる話だ。

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いい天気

2018年01月07日 | Weblog

たいてい、意見は聞いていて、おかしいと感じるもので、

おかしいと思っても、反論だとか、異なる意見を言うとか、

そんな気も失せる。

仕事上のことなら、それなりの対処もするが、関係なければ、笑って終わりになる。

利害関係がなければ、だれでもそうだろうと思う。

意見も聞いていて、なるほど、賛成と感じることがあれば、相槌は、自然と大きくなる。

 


テレビの討論番組や、ワイドショーなどのコメンテーターの意見も似たようなもので、

テレビは見ないほうなので、よくわからないが、

タレントというか、作家というか、コメントの素人のなかには、

反論されて、興奮して、大声で、叫ぶ人もいるが、あれだけで、お金が稼げれば、いうことないなと思ってしまう。

 

専門家や学者、知識人など、意見を述べても、聞いていて、結局何を言いたいのか、わからない人もいる。

これは、しかし、聞いているこっちのほうが知識不足、理解不足は否めないが、

もう少し、素人にもわかりやすく解説してもらうとありがたい。

 

お正月からいい天気が続いている。

穏やかだ。

住んでいる社会も、世界も、この天気のような雰囲気なら、いいが、

あちこちで争いばかりだ。

争いは、第三者にはバカげたものに見えるが、当事者には切実なのだろう。

この頃、笑うことの一つに、韓国の慰安婦合意を否定する報道だが、

韓国の政府関係者は、何を考えているんだろうかと思う。

これだけは、第三者でも、当事者でも、関係者でも、笑ってしまうだろう。

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おめでとうございます

2018年01月02日 | Weblog

あけまして おめでとうございます。

本年もよろしくお願い申し上げます。

 

街からお正月の雰囲気が感じられなくなって、久しい。

文化を失うのは、文化とともになにか大切なものまで消失していくことを意味する。

時代の流れなら、仕方のないことだろう。


文化の定義はよくわからないが、少なくとも、時間の経過が必要だろう。

100年では文化にはならない。なにか否定的な習慣は文化とは言えないだろう。

ブラジルやペルーから日本への出稼ぎが激しくなったころ、

土曜日の夜に公園に集まって騒ぐ。当然周囲には騒音迷惑がかかる。

これに注意をしたのが周辺の住民だが、

「これが我々の文化だ」

とブラジルの人々は主張したが、

これは文化ではないだろう。単なる迷惑行為に過ぎない。

 

海外からの出稼ぎ、留学、移民は増えていくことだろう。

そこには必ず問題や争いが生じる。

生じれば、日本の文化は否定され、衰え、消えていく。

残念なことだが、避けられない。

他国の文化を、尊敬することなど、相当な教養がないとできない芸当で、

すでに、ヨーロッパで証明されている。


人種差別はイケない。が、

される側は抵抗、抗議ばかりに情熱を傾けるのではなく、

周囲に認められる思考、行為も必要だろうと思う。

言葉では簡単だが、

そもそもこんな考え方は、日本人だけに限られたものかもしれない。

 

尖閣諸島を占領する勢力がある。

国際法を遵守しない国がある。

これに立ち向かうことを否定する意見を主張する人がいる。

無抵抗で殺されると、主張する人もいる。

意見は自由だが、

これなど、観念論のさいたるものだろう。

そんな経験のない、頭の中だけで遊戯している思考、観念では、

なんら説得力を持たないし、なんら意味もない。

 

争いなどだれも望まない。

歴史上、そんな人種などはいないだろう。

過去からずっと争いが継続され、現代のように、文明が発達した時代でも、

なんら変わることがない。

偉人が、どれだけ平和、愛情、おもいやり、周囲を思う気持ち、

それを説いても、争いが続く。

今年は日本も巻き込まれるかもしれない。


本年もよろしくお願い申し上げます。

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