虚空を観じて

今感じたことを書くことは、年取った脳みそにいいんじゃないかと考えて認めています。日常の風景から、過去の記憶まで。

お陰さまで、今年も元気でした

2010年12月31日 | Weblog

訪問して頂いたみなさまありがとうございます。

ブログは、自分の脳みその衰えを防ぐためと、一種のストレス解消のような感じで続けています。

効果のほどは、前者は分かりませんが、後者のほうは結構あると思います。

 

昨日、死刑制度賛成派と反対派の議論をテレビでやっていました。

議論で相手の考え方を変えるというものではなく、お互いの主張をえんえんと繰り返すというもので、

視聴者には、それぞれの考え方がよく解って勉強にはなりました。

ただ、一つだけ気になったのは、亀井議員が、

「鳩山さんは、また新に殺人を犯した」

と、当時法務大臣だった鳩山大臣の、死刑執行命令書に署名したことを、「新たな殺人」と表現し、非難したことでした。

これは、しかし、大変な問題だと思いますが、ニュースにはなりませんでした。

 

来年も、ブログは続けていきたいと願っています。

どなたかが、たまに読んでいただけると言うことだけで、励みになります。

来年は、自分の父親が死んだ年齢と同じになります。

父は死ぬ前日まで元気に働いていたので、

なんとなく、自分も同じかもしれないと、思っています。

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ハゲ用シャンプー

2010年12月30日 | Weblog

散髪にいこうと思ったが、時間が取れなくなった。

髪の毛もめっきり少なくなった。

まだシャンプーを使っているが、そのうちシャンプーもいらなくなるかもしれない。

ハゲ用シャンプーというのは、あるだろうか。

調べたことはないので分からない。

ハゲ用シャンプーがなければ、シャンプーはもっぱら髪の毛用ということになる。

髪を洗うさい、地肌を揉むように洗うのがいいというが、

それならハゲ用シャンプーがあってもよさそうなものだ。

コマーシャルでもハゲ用シャンプーにお目にかかったことが無い。

ハゲ用シャンプーを開発すれば、いけるかもしれない。が、

なにをうたい文句にするのか、難しい所だ。

 

周囲を見渡すと、気のせいか、シャンプーのいらない男がやけに目立つようになった。

 

 

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アメリカナイズの弊害

2010年12月29日 | Weblog

 スーパーなどに行くと正月用飾りをたくさん売っている。

みればお正月だなと、思う。

お正月を迎える儀式は大切なことだ。儀式がもたらす影響が大きいと思う。

お正月から働く人がたくさんいる。ありがたい。

働く人がたくさんいすぎて、お正月の雰囲気もなくなってしまったが。

着物姿もめっきり少なくなった。

実質ばかりを追い求めると経済的には裕福になるが、そのかわりになにか大切なものを失ってしまうような気がする。

 

地方に、大型大量販売店が駅前にできるのは、便利になるし、しかも安価で売ってくれるから、地元にはありがたい。が、

地元でやっている昔ながらのお店は危機だ。

時間がたてば、シャッター通りの出現になるなる公算が大きい。

価格や商品量では勝負にならない。

だからといって、その大型店がいつまでも元気に営業していることはないだろう。結局はその地方も疲弊していってしまうからだ。

 

生産者から消費者に届くまでには、いくつもの仲介を通す。そのたびに価格が上がる。

その仲介者をなくせば、安価に販売でき、消費者は喜ぶと誰もが思う。

だれもがそれをやりたいと考える。が、仲介者は失業する。その悪影響は残る。

ちょっと前までは、日本ではそんなことはしなかったのではないか。

 

大型店は、食べ物から住居製品に至るまで、自社マークをつけて、安価で大量に売る。安価、しかも質は変わらないなら、消費者は安価を選ぶ。

なんとなくイヤな感じがする。

これも一時はいいかもしれないが、そのうち悪影響がでてくるだろう。

 

大型店は、いつでも商品をいっぱい並べている。それはしょっちゅう商品を出したり、消費期限に注意して入れ替えをしているからだろう。

そういった仕事は、たぶん、アルバイトに頼っているのだろうと思う。

アルバイトは盆暮れ、正月もなく働く。今の時代に仕事があるのはありがたいし、贅沢は言えないが、なにかどこかおかしな感覚が残る。

 

アメリカナイズされた経済の論理だけで物事が動けば、いずれその弊害は出てくる。

一見不合理に見えるようでも、長い目で見れば、案外理にかなっている場合もあるのではないかと思う。        

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英語禁止時代

2010年12月27日 | Weblog

怨霊や深い愛情などというのは、考えたこともないが、どうも死んだ後にも影響を及ぼしそうな気がするが、どうだろうか。

人間の思いだとか、心などは死んでも、この世に残りそうな気がする。 

愛憎やお金の貸し借りの思いなどは、簡単には水に流せない。いつまでも覚えている。

他人にしてやったいいこと、他人から石を投げられたことは、忘れない。

恐らく、昔はもっと激しかったろうと思う。が、そうならば、

理不尽にも虐殺された側の、たとえば中国の革命の、何千万人と言う犠牲者、ポロポトによる犠牲者などの怨念などはすさまじいと思うが、その怨念が現代に不思議な影響を及ぼしている現象などは聞いたことはない。

そう考えると、どんなに怨念をもって死んでいっても、この世に絶望的な影響を与えないのかもしれない。

結局は、分からない、ということになる。

とは言え、こいうものは「ある」と考えた方が、この世で生きるためには有益なんだろうと思う。

 

もと自衛隊の人が、UFOに関する本を書いたことを知った。

さっそく買おうと思うが、まだ本屋さんに行っていない。

最新鋭のジェット機を操縦している最中に目撃している例は、多い。多すぎる。

空を飛んでいる最中にUFOを見たことを報告すると、ジェット機を操縦する資格を失うってしまうというか、身体的に異常があると判断されてしまうから、だれも報告しない、ということも、驚きだった。

事実なら、日本の自衛隊は、英語使用禁止を真面目に実施した第二次大戦時代と、まったく変わらない。

愚か、だと思う。    

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自分の身は自分で

2010年12月25日 | Weblog

一方では簡単に人を殺める人、傷つける人がいれば、

もう一方では、障害をかかえようが、貧乏だろうが、がんばって生きている人がいる。

まだまだ充分食べられるのに、捨ててしまう環境があれば、食料が足りない国もある。

この世の中は、なんでもありの混在。

 

国を制御している役人の優秀さには敬意を表するが、安定が長く続けば、よからぬ考えや、ふらちな人々も出てくるのは避けられない。

政治も、国を思って、国民を思って、ものごとを進める政治家は、もはや少なくなってきているように見える。

家を失った人々がたくさんいても、その苦しさは「安定」している側からは想像でしかないし、分からない。

訴えても右から左だろう。

円高の苦しさや、赤字続きの会社の気持ちも「安定」側からはさっぱりと分からない。

過酷な労働というか、低賃金のアルバイトの現場などは「安定」側からは見えないだろう。

 

昔、ペルーにテロが激しく活動していた当時、大使館から、どのように身を守るか、の講義やビデオの説明会があった。

誘拐されたら日本が守るだとか、大使館は全力を尽くすとか、困ったら大使館に逃げ込んで、などとは一切なかった。

2時間程度の、誰でも心得ている注意事項の後、

「最後は、セルフディフェンスです」

と、言い放った。

この意味は、なにも危険から身を守る為だけのもではないことを、このごろ知った。         

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酢ダコ

2010年12月23日 | Weblog

ペルーで生活していたとき、よくタコを食べた。

タコは生きているものを手に入れることができた。

ペルーのタコは、種類は知らないが、かなり美味しい。

市場で生きたタコを買う。

頭の部分に卵がぎっしり詰まっている。それを上手に取り出す。すぐゆでる。

こいつは、かなり美味しい。日本ではなかなか口にできない。

あとは、塩でよくもみながら洗う。タコのヌルヌルが取れるまでしっかり洗う。 叩く必要はない。

沸騰しているたっぷりの湯にタコを入れる。何回かに分けて入れていく。すると足の部分がくるくると頭側に丸くなる。

沸騰して10分で上げる。すぐ氷水につけて冷やす。

中国人に教わったゆで方は、タコを入れて一度沸騰したら、そのまま火を落として、放置する方法。一度やってみたが、出来上がりはいまいちだった。

ペルー人もよくタコを食べるが、ゆですぎてタコの味は飛んでいる。

 

タコのゆで方にうるさい人がいる。

水を使わないで、タコをそのまま鍋に入れる。するとタコから水が出て、その水でタコがゆだる。これがやわらかくて一番だと言っていた。この方法はやったことがないので分からない。

鍋に水を張り、ビニールに入れたタコをその中に入れる。すると蒸された状態になる。この方法が、一番おいしかった。ただちょっと面倒くさい。

 

酢ダコの出番だが、日本では簡単に買える。

昔のように、生ダコから酢ダコを作ってみたくなった。

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公務員の志と政治の力

2010年12月23日 | Weblog

無政府状態の国や、テロが跋扈している地域、治安が悪い国が多くある。そこに暮らす人々は、安心、安全という環境を待ち望んでいるだろう。

苦しむのは、いつだって力のない、静かに暮らしたいと願っている人々だ。

こういった状況と言うのは、太古の昔から変わらないだろうと思う。

 

テレビの討論会で、

「政治家は小さな工場、現場を知らないから実地に体験すべきだ」

と発言していたが、その通りだと思う。

法人税を下げても、もともと赤字で税金を支払うことができない企業は、その恩恵にはあずかれない。

一方では、滅茶苦茶高い法人税を払っている日本の企業は、素直にすごいと思う。よく、いままで頑張って経済大国を構築してきたと感心する。

それを下げるのは、素人は当然だと思う。

 

希望に満ちた明日をつくるのは、個人の努力の問題だと思うが、

個人の力の及ばないことは、公務員の志と政治の力しかないように思う。

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10年ひと昔

2010年12月21日 | Weblog

10年ひと昔という言葉を、昨日久しぶりに聞いた。

80代後半のひとがふと漏らした言葉だ。

苦難ではないが、試練を10年過ごしたと言った。

黙って話を聞くと、なるほどなと思うと同時に、勇気が湧いてくる。

自分を振り返ると、どうも10年くらいの感覚で、物事が動くような気がする。

いい時期が10年くらい続くと、そのあとは試練の10年。どちらが先かわからないが、

自分は今、試練の時期のようだ、と勝手に思っている。

それも10年近く経過するからと、根拠なく来年はよくなっていくだろうと信じている。

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お金の力

2010年12月20日 | Weblog

ペルーには昔からドロボーが多い。

ペルーに行った当時も、ドロボー天国だった。

ドロボーに入る家は、だいたい一か月ほど調査をして家人の行動を調べ上げるそうだ。

狙われたら、防ぐことは難しい。

ましてや、話にだけ聞いている日本人ではまったく危機意識はない。

それで、ぼくの家もドロボーにやられた。着る物は根こそぎ持っていかれた。

当時のドロボーは、誰もいない家に入ることが多かった。たまに家に人がいても、抵抗さえしなければ、その人を傷つけることはなかった。

それが、犯罪の欧米化というか、ドロボーに殺されることが多くなったような気がする。

統計があれば、明らかになるだろう。

当時のペルーは、ドロボーしか生きていく道がない人々が多すぎた。

 

日本もだんだん当時のペルーに似てきた。

働くところがないのは、つまり無給だ。無給だと、だれかに食わせてもらわないと生きていけない。

大学を卒業しても、まだ親の世話になるのは、本人もたまらないだろうし、親の方も辛い。

お金の力は、想像以上に大きい。

CMの通り、人生は確かにお金じゃないが、その力は絶大だ。

 

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痛ましい事件

2010年12月17日 | Weblog

痛ましい事件がまた起こった。

27歳の青年が刃物で、無差別に切りつけた事件だ。

「自分の人生を終わりにしたかった」

と警察で言ったという。

ほんの少し前までは、こういった事件の原因は「社会が悪い」ということを盛んに言っていた。

最近はもう、さすがに言わないだろうか。

 

ペルーは、スペイン人によって征服されたこともあって、

女性をとても大切にする。レディーファーストが行き届いている。

普通の夫婦は、旦那さんが働いてお金を稼いでくる。家庭ではお金は旦那が握る。だいたい一週間後とに、旦那は、

「今週はこれでやってくれ」

と生活費を奥さんに渡す。

奥さんは、お金が無くなると、旦那にそのことを言う。

レディーファーストとは、実は、外ではという条件がついている。

日本は、最近は違うかもしれないが、旦那は全額を奥さん渡して、

奥さんから小遣いをもらう。

これを言うと、ペルーの友人達はみんな驚く。

「日本は、女性が虐げられている、と聞いたが・・・」

と反論してくるが、

「家庭では、旦那は奥さんに経済のやりくりをみんな任せている」

と説明すると、

「あ~~~」

と信じられない顔をする。

レディーファーストとは、実は、家庭で経済を握る男の、一種の知恵のようなものだろうと、思っている。

 

努力して、頑張って、また努力して、他人から励まされて、また頑張って、それで、希望を失うのが、現代の世の中なら、あながち「社会が悪い」という考えもそれほど遠くない原因なのかもしれない、と思う。

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カンフル剤

2010年12月17日 | Weblog

スーパーなどで消費期限の切れた食べ物は、そのまま捨てているのだろうと思うが、それを食べ物に困っている人々に分けりことはできないだろうか、考えてしまう。

なにかうまい方法はないだろうか。

この前テレビで、年金などはすべて廃止して、国民全員に毎月8万程度のお金を分配するシステムを紹介していた。

夫婦二人で16万円だ。

いま時給1000円でも月16万円は稼げない。

横文字でなんとか言っていたが、忘れた。

もちろんいいことばかりではないだろうが、分かりやすくていい。

最低を保証すれば、働かない人が増えるのではないか、といっていたが、

たぶんこれはないだろうと思う。

この議論は昔からあるそうだが、まだ実践している国はないそうだ。

 

お金をたくさんもって、高級車をそろえて、豪邸に住みたいと願う人もいれば、適度に働いて、好きなことをやって生きたと思う人もいるだろう。あるいは、全く働かないで、生きたいと願う人もいるかもしれない。

胃に穴をあけて働かなければならない今のシステムよりは、いいような気がする。

今は奴隷社会だと言った知人がいる。

バイトなのに、給料面だけ時給800円900円で、責任は大きく、仕事がきついのが普通だという。

そのうえに就職氷河期なら、

社会全体がよくなっていくのは、まだ先のことだろうか。

 

 

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これでよかった

2010年12月15日 | Weblog

歳をとったからといって、人間的に優れてくるとは限らないことは、自分が年取ってよくわかる。

 

ペルーで、有名な日系人のお宅を訪問した時、

「お金はもういらない」

と言った、お金持ちがいた。

ペルーで最初にメロンを栽培し、売り出した農業の専門家だった。

ここまで来るには、並大抵の苦労ではなかったろうと感じる。

その人が、お金はもういいと言った。当時、70歳を出たころだったと思う。

その時は、受け流していたが、今になって、お金はなくとも、なんとなくその感覚がわかるようになった。

 

「これでよかった」

という実感を持つためのなにが必要なんだろうか。

 

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心の宇宙

2010年12月14日 | Weblog

知り合いの写真家が、

「宇宙は心の中にある」

って、言っていたのを思い出す。

実際の宇宙の存在と、心の中の宇宙とでは、話にはならないのだが、知り合いが言わんとすることは、よく理解できた。

 

お正月、という感覚がなくなってきたのはいつごろだろうか。

長い間ペルーに住んでいたが、大晦日には友人宅に大勢集まって夜を明かした。これがお正月の迎え方だった。お正月の雰囲気はまったくなかった。

子どもの頃は、お正月には新しい服を着ていた。

「オッ、いい服着ているなあ」

と上級生がからかい半分に言った。

「お正月には、新しい服を着るもんだ、とおかあさんがいっていたよ」

と応えると、

「ない人はどうするんだよ」

と、反論された。

こんなつまらない会話を、覚えている。

お正月には、新しい服を着るもんだ、と言った母親の言葉は、案外真理かもしれないと思う。

当時の僕の田舎では服などはそうそうに買えるもではなかった。

せめてお正月に着る服くらいは買える仕事の成果がでればいいという願い、運の良さ、努力などが詰まっている。

 

心にある宇宙には、過去の大事な出来事が詰まっている。

元旦には仕事がある。

せめて、下着だけは新品にしよう。

 

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そのうちひょっこり

2010年12月12日 | Weblog

父親と会話をしたという記憶がほとんどない。

思い出す光景もたくさんはない。

僕が小学6年のときに、脳卒中で死んでしまったにしては、もっと記憶があってもいいはずだが、

たぶん、当時のどこの親父も、ペラペラ息子と話をするなんてことはなかったのかもしれない。

ときどき、テレビで、占い師や霊能者と言われる人が、

「いま、ここにあなたの亡くなったお父さんがきていますよ」

などと、言う。おまけに、ああ言っています、こう言っていますと、かなり真に迫った感じで言う。

事実かどうかわからないが、機会があれば自分もやってみたい。

不思議な能力をもった人々は、意外と多くいるだろうと思うから、そのうちひょっこりと目の前に現れて、見てもらえるかもしれない。

期待しないで、待っていよう。

 

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心証

2010年12月11日 | Weblog

ちょっと違和感を覚えたニュースがあった。

検察が死刑を求刑したが、証拠不十分で無罪になった事件だ。

裁判員のコメントが紹介されていたが、

「遺族の方には申し訳ないが・・・・」

「遺族の方には残念な結果だが・・・」

といった内容だったと思うが、つまり、心証は犯人だが、犯人だと確定する証拠がないということなのか。

もしそうならば、こういう裁判は、白か黒か二つに一つで、中間がないから、仕方ないかもしれないが、 証拠不十分なら、心証は明らかにすべきことではないような気がする。

 

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