虚空を観じて

今感じたことを書くことは、年取った脳みそにいいんじゃないかと考えて認めています。日常の風景から、過去の記憶まで。

異なる世界

2009年11月07日 | Weblog

成田空港の第1ターミナルに、ペルーからの友人を迎えに行った。

第2ターミナルとは、雰囲気が違う。

第2は、鬱陶しさを感じないが、第1は、鬱陶しさを感じてしまう。

鬱陶しさの原因はハッキリしていて、普段の生活のリズムが変わるからだ。

空港を歩いている外国人の歩き方、行動の仕方、服装、顔つきなど 、落ち着きが無いように思われる。

緊迫感というか、気をつけなくちゃ、と身構えてしまう。

一言でいうと、穏やかさがない。

 

第2は、この反対で、リズム感が合うのか、一種安心感のような感覚がある。

 

ペルーに向かうとき、アメリカ経由が多い。

アメリカまでは第2ターミナルのような感じだが、アメリカからペルーに向かうときは、チェックインから、第1ターミナルと同じ雰囲気になってしまう。

乗客の動作、話し声などぼやぼやしていられない。

 

以前、日本に出稼ぎが増えて、ブラジル人の夜遅くまで飲み食いすることが問題になっていたが、これも同じで、生活のリズムが変わることによる鬱陶しさが原因だ。

一方は習慣だというし、一方はうるさいと感じる。この両者の間には、短時間では埋めがたい溝がある。

これは話し合いだとか、ルールを決めるだとか、そんなことでは、じつは解決できない。どちらかが、どちらかを受け入れるしかない。自動的に数の論理と声の大きさになる。

 

例えて言えば、

高級レストランでは、作法や食べ方があって、慣れなければ鬱陶しい。習慣になっている人には流れるような感覚で食事ができる。

大衆には大衆のリズムや行動パターンがある。

住んでいる世界が違うから、両者は相容れない。

実際にはこんな単純に、二つには分けられない。さまざまだ。

人それぞれの生活習慣がある。

それぞれが住んでいる世界が違う。

異なる世界は一つになれない。せいぜい表面的な交流くらいだろう。

多分、これが現実だろうと思う。

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