地蔵菩薩三国霊験記 2/14巻の8/16
八、海藏上人建立の地蔵の事
伊豆の國大島郡は海岸孤絶の所、激浪滔々として禽獣不通の境なり。彼の島の西南に一の霊地あり。上古に役行者飛び来たり栖玉ひけるとぞ。然るに嵯峨天皇の御宇弘仁の比(ころ)俄かに行者一人出現し玉ふ。海藏上人とぞ申しける。始めて爰に来たり玉ひて山を開き草創し一宇の伽藍を建立して本尊は通身の地蔵菩薩を安置し奉る。靈仙窟宅霊験無双の道場所願成就の砌なり。されば地蔵菩薩は邊土下賤の境を栖とし極悪深重の族を友として微塵の利益を施し玉ふ御事此の所にてぞ知られ侍るなり。彼の上人は尋常の人にあらず。別行異人の作法なり。口には薩埵の名号を誦して手には念珠を捨てず心に慈仁を思ひ三業勇猛に精進して真の導師とも云べし。去るほどに威厳自在にして波を踏み雲に乗りて來去し玉ふ。ことに地蔵の像を負ひ奉り玉へり。木食草衣の形躰樹下石上の栖と見へしも花池寶閣の浄土七寶荘厳の床とぞ覚ふ。化導の功を菩薩に譲り奉るとて年齢百歳に充て廿四日の暁、錫杖を取りて履を踏み庭上に出玉へば白雲下りて上人を覆と思へば雲上遥に登玉ひぬ。三十五日を経て亦皈り給ひて又飛び去り玉ひぬ。尒より已来現じ玉はず。良(まこと)に神変不測の上人地蔵菩薩の変作等流法身とや申すべき。寔(まこと)に無為の指南寂滅の主なるべし。如是の事を聞くに付けても皈依し奉るべきは此の尊、頼るべきは悲願なり。