地蔵菩薩三国霊験記 9/14巻の11/13
十一、 女人活る事
摂州有馬郡にあやしき女人貧にして栖みけるが、地蔵を信じ奉ること年久く形像を求めてまつりたきことを願へども元来貧なれば得がたし。かく年月を経るほどに或ときあやしげに作りなしたる像を人の持ち来けるを直(あたひ)百錢にて停奉りて喜ぶことかぎりなし。とてもあはれ供養をのべ奉りたきと願の中に不慮に卒病(急病)にて身退きける。されば最後まで此の大願のむなしからんことをなげきけるが、息絶て鬼ども五六人来たりて彼女を引立てつれゆく。餘の怖さに詮方なく地蔵の名号を唱て目を閉じてぞ泣き居けるが、さしもけだかき御皃(すがた)なる小僧一人来たり玉ひて彼の鬼どもに向て言く、いみじき僻事かな、それほどのことは先生の慳貪の業をいましむるにこそあれども然るべからず。其の女人を放すべしと云て、ひき取り玉ひて女人の手を引行玉ひけるが見れども猶止まらずしてありしを、小僧の玉ひけるは、いかばかりするとも汝等我が願力にかつべからずと女をつれ行玉ひけるほどに内裏のごとくなる所にぞ到りける。大王にの玉ひけるは、彼の女人は我に結縁ありて此を善縁の始めとして正覚を成ぜんとをもひ侍る。罪を吾にゆるし給へ、娑婆に皈して懺悔せしめて功徳の主となさんとかきくどきて乞玉ひければ、さしもの勇猛の大王ともかくも御はからひあれとぞ言(のたまひ)しかば小僧悦んで出玉ふが細き牖(まど)の中より身をほそめて出よとの玉ふと思へば生活(いきかへり)ける。人心付けて佛の御恵も尊く亦鬼どもの呵責のほどいつの世にか忘るべきと渡世のついでに布を織りて其の代をあつめてつひに供養をぞ遂げにける。此の名世にかくれず當國の國司に召し置かれて家冨て盛んに夫は婦の功を以て喜びの眉をぞ開きける。
引証。本願經に云、若し未來世に善男子善女人有りて現在未來世に百千萬億等願百千萬億等事を欲求せんに、但だ當に地藏菩薩形像を歸依瞻禮供養讃歎すべし。如是の所願所求悉な皆く成就せん(地藏菩薩本願經見聞利益品第十二「復次觀世音。若未來世有善男子善女人。欲求現在未來百千萬億等願。百千萬億等事。但當歸依瞻禮供養讃歎地藏菩薩形像。如是所願所求悉皆成就」)。