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流出雑記 

2016/1/30

2016年01月30日 | Weblog
ついた目鼻を一度取り外して初心に帰ろうとしたけれど、そうすると今度は心がなくなってしまった。電気ショックを与えて心の行方を探すけれど、心室の扉はかたく閉ざされていて、押しても引いても開く気配がない。動悸の動機に探りを入れたところで有益な情報が得られるはずもなく、捜索も詮索もすればする程心の足跡はかき消され、長年連れ添ってきた肺の呼吸も心を失っては心許ないのだった。

2016/1/29

2016年01月29日 | Weblog
石橋を叩いて
ここを渡ってくる人の安全を
確かめるつもりが
橋を叩き落として
誰もそこを渡って来れず
渡らせ橋は水に流れる

流水模様の浴衣に袖を通し
水子地蔵を拝みに出掛ける
下駄の音
時々魚の跳ねる音

ひと気のないぬるい夜を漂流し
永久橋から川向こうを眺めれば
横たわる深い溝
あちらとこちらを別け隔て
目と鼻の先
徒歩10分の果てしなさ

2016/1/27

2016年01月27日 | Weblog
利き手

浮世にあって浮き足立ったまま
ままならぬ二足歩行で
抜き足も差し足も
抜き差しならず
右も左もわからぬうちに
前にならえ
右向け右
スキップであろうがステップであろうが
足並みを揃えることに
異議申し立てる左利きは
右中心の世に鏡文字で
徹底抗戦の意志をしたためる
生来の利き手に
導かれた基本姿勢を
真に受けて構築された精神の
左舷前方を泳いできたけれど
足に藻が絡みつき
浮世に溺れ
救助隊の浮き輪につかまり
一命を取り留め
取り留めのない会話を交わした
救助隊員と恋に落ち
二年後に結婚
三年後には娘をもうけた
浮世に浮かぶ雲の群れと
団地の四階ベランダにはためく
洗いたての洗濯物
網戸から風に乗って柔軟剤のにおい
右利きの娘はもう五才になる

2016/1/25

2016年01月25日 | Weblog
ゴールデンバット

卵の買い置きも尽きて
孵化の望みをなくしたら
手持ち無沙汰のさみしさに
あてどなく毛糸を編んで夜を明かす
長々と伸びたそれはきっと
マフラと呼ばれるだろうが
そんなつもりもなくただただ編み込んだ
延々続く時間の痕跡
ろうそく明かりの灯る部屋
充血した目に映る室内は煤けて

トマトジュースで数百年
生き延びてきたけれど
それももう終わり
次の朝が来たら朝日を浴びて
灰になる決心をした

最後のゴールデンバットに火を点けて
肺を煙に巻くけれど
一時も忘れたことがない
ついぞ味わうことのなかった貴方の血の味
そればかりが相変わらず鮮明に
輝ける悔いとして胸に
刺さっている

2016/1/22

2016年01月22日 | Weblog
端から食傷気味の初期衝動
初心翻り惰性の趣きで蛇行して
蛇の道はガラガラヘビの鳴り物入り
昼夜問わず枕元まで祭囃子がついて回る
眠れぬ夜の夢音頭
隈を作って歌舞いて候
花道の端から端まで
ずずずいっと
裾を引いて
だらりの帯の尾を引いて
花魁道中さながらに
練り歩く花道の先は夢の島
埋め立てた日々の残骸の陸
発生したガスに引火して
容易に消えない火の手が上がり
類焼した背中を燻らせる
いこる背骨がはぜるなら
山あらしか火の鳥か
いずれにしてもジレンマの最中

2016/1/20

2016年01月20日 | Weblog
空き地に立ち枯れのセイタカアワダチソウ
夏の裏側に取り残された発育の跡
根深く恩恵を吸い上げて
吸い上げ続けた果てに枯渇した土地で
閉じた唇の隙間から泡をふいたのは
知らず知らずに摂取してきた毒素のせい
他を寄せ付けぬ繁茂の
煩雑なまでに根も葉もありすぎて
過密な事実の上に
アスファルトの上塗り
事なかれ事なかれ
慣れろ均される事に
事なかれ事なかれ
尽く油ぎって都合よく虹を夢み
舗装された道を歩行する
風は吹けど帆の張り方を知らぬまま
雨降って地固まるのを人は
絶望的に待てなくなっている

2016/1/18

2016年01月18日 | Weblog

まだ今年は始まったばかりで昨日が観劇初めだったけれど、すでに今年一番良かった舞台になるんじゃないかと思う。

森ノ宮ピロティホールで『レミング』を見た。演出は維新派の松本雄吉さんで、来月同演出家の次の作品に出演するけれど、そういうことを差し引いた感想として、作品に感動するところがあった。

『レミング』の初演を見ていないし、他の演出家による上演も見たことがない。戯曲も読んだことがなく、寺山修司にはげしく惹かれたこともない。内容に関しての予備知識はほとんどない状態で見た。

ある日コック見習いの住む下宿の部屋の壁が突然なくなり、隣人である夫婦、病気の夫と看病する妻の部屋との仕切りがなくなる。大家に修理を依頼してもそんな下宿はどこにもないと言われ、壁のなくなった部屋には現実なのか誰かの空想なのか夢なのか判別のつかない人々が次々とやってくるようになる。都市生活者の往来、隣人の夫婦は病気の夫を看病しているように見えて実は妻の方が病気であったかも知れない、医者を演じているかも知れない患者、患者を演じているかも知れない医者、何十年も同じ映画のシーンを撮り続ける大女優、だったかも知れない女、女優を撮影する監督の役をしているだけなのかも知れない映画監督、カメラを構えて撮影するふりをしているだけなのかも知れない撮影班、往来する都市生活者たちは撮影現場のエキストラかも知れない、さらにそこで撮影しているそれらすべてもフィルムのなかの出来事でしかないのかも知れない、舞台上で起こっているすべては、コック見習いの住む下宿の畳をめくった床下に住むその母の幻想だったかも知れない、コック見習いも精神を煩っているだけなのかも知れない、ほんとうは床下に母などいないのかも知れない。

どの登場人物のありように疑いが掛かっている。それですべての登場人物が誰でもない人に見えてくるというか、最後に残る人物の印象というのが舞台上にいる「誰か」ではなく現実には「表舞台には上がってくることのない人たち」のことだった。社会的な視点から弱者、病者、不適合者と見なされる、言わば社会の辺境にある者の占拠、叛乱のようで、演劇とはそういう価値転倒、現実にははみ出してしまうもの、いかがわしいものを宿す場であるべきと私は思っているので、そういったところに掴まれた。大きな劇場にほぼ満席の観客、贅沢な舞台装置や照明、衣装、キャスティングで主演を立ててわかりやすいドラマを巧みにやってのけるのでなく、上演が終始演劇に対しての批評としてあるように思われた。さらに「演じる」ということに付された疑問はもっと広範囲の、つまり現実を生きる振舞いすべてに対する投げ掛けとしても受け取れる。演じることそれ自体が台詞を発した瞬間に作品に批評されるかのような、それでいてそれを照り返す強い形式を持った演技、演じるということが要求され、それを記号的に機能させることができるキャスティングになっていた。

歌劇と言っていいくらい次々にシーンと音楽と踊りが変わり、場面転換の流れに一切隙がない。そのなかで中盤、奇妙な間のあるシーンがあった。往来もいなくなりコック見習いがひとりで舞台の上手から下手を数回行き来する。靴音がマイクで拾われて聞こえる以外に音は無く、舞台上は極力シンプルな状態になっている。それがけっこう長いので一瞬舞台の機構が止まってしまったのかと思うようなインターバル、空き地のような時間があらわれ、それがとても良かった。

そこからはまた息を吹き返したかのようなテンポの芝居が展開され、ラストシーンに差し掛かると銀色の紙吹雪が舞う。過剰な程舞い続け、この作品の主題になっているステップを全員でしつこいくらいに踏み続ける。終わらない。ザッ ザザッ ザッザッザというリズム。なかなか終わらない。足で踏みながら途中屈んで同じリズムで床をノックするように叩いた。それが今自分たちの立っている場所を確かめているようでもあり、ここはどこなのか、床のずっと奥の奥、裏側のさらに突き抜けた先、足場のない世界の果てを尋ねるノックのようでもあった。プロセニアムの枠の中が着地点を見失ってちょっと狂ってしまったんじゃないか、その狂いに劇場自体が巻き込まれているかのような感覚に陥ることはちょっと今までにない醍醐味だった。

 


2016/1/16

2016年01月16日 | Weblog
イヤホンの管を通って胎児の印の器官から鼓膜を震わせ鼓舞させる。細胞組織の隙間に流れ込んでくる音楽。知らない言葉も遠くの感情もゼロ距離で内耳に鳴る。わからないことなんか何ら問題にならない。音の振動がDNAに伝われば見知らぬ遺伝子を拝受して顔立ちが少し変わることだってある。顔立ちが変われば立って歩くこともまた改められる。

2016/1/11

2016年01月11日 | Weblog
心配事があるといって
心肺をティッシュのように配り歩いてしまえば
手元に何も残らないのは当然で
すかすかしたゆとりのない胸元に
豊かなものは宿らない
心配事は誰にも見つからないように
マヨネーズでもつけて食べてしまって
消化することで同化
循環器系のめぐりにのせて
ゆくゆく心配であったことを溶かし
豊満な胸元の一部とするほうが
よほど建設的である

2016/1/9

2016年01月10日 | Weblog
made in chinaであろう
キラーヒールの湾曲に
気付かないまま身を任せ
彼女は地下鉄のホームに
斜めに立っていた

体の重みを売りに出し
望んだわけではない場所に漂着したなりで
あやふやに根をおろし
粘着質な用土に若さの糧を
むしろ吸い取られながら
いつだって数割の
無理を含んだ彼女のかたちは
歪んだの骨格の上に
最低限の肉をつけて
そこが彼女のこの世の居場所

そもそも黒髪が生えていたことを
頭皮から忘却して
バッグと揃いのモノグラムの柄を
細胞に転写する
つけまつげに包囲された緑の瞳と
一瞬目が合った